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★1分で読める短篇小説『仏様に花束を』

作者: 南野モリコ

1分で読める短篇小説です。不定期で更新しています。

 夕日を眺めるには少し早い時間、僕は屋上に来た。12階建ての病院は最上階が眺めのいいレストランで、昼間、屋上まで来る人は少ない。病室からここまでエレベーターに乗るだけなのに、息切れしている自分が情けない。


「K大学3年生の西村耕平君ね」

後ろから声がした。振り向くと、僕と同じ年くらいの女の子が立っていた。パジャマ姿であるということは入院中の患者だ。入院中にしては不自然なサングラスをしている。


「えーと、君は・・」「全盲よ」

僕が聞く前に向こうから答えてくれた。いかにも活発そうで、全盲とは思えない。というより、僕のこと見えるの?何で僕の名前を?


「全盲だけど、ちゃんと見えるのよ」

女の子は手摺と僕の間に立ち、

「自殺しようとしたんでしょ?」


僕は女の子の顔をサングラス越しに凝視した。

「全盲だってね、分かるんだよ。だから、ここまでついて来たのよ」


何でバレたんだよ。僕は杖を放り出してがっくりと座り込んだ。

特別、スポーツが得意でも健康が自慢だった訳でもない。けれど、バイクの事故で、右足が不自由になり、屋上に来るだけでもやっとの自分が受け入れられなかった。


もうバイクにも乗れないし、普通に歩いて外出することも出来ない。生きてたって仕方ないんだよ。なのに、こんな女に見つかったら、もう死ぬことも出来ない。


ガックリとした僕を見て気をよくしたのか、女の子は自分の話を始めた。

「私の名前、明日に生きるって書いてアスミって言うんだ。カッコいいでしょ。おじいちゃんが付けてくれたんだ。昨日、19歳の誕生日だったんだ。耕平君はいくつ?」


無視したが勝手に話を続けた。

「ね、この病院、幽霊が出るんだって。耕平君は、幽霊、見たことある?」

「ないよ」

「私はあるよ。どんな幽霊だと思う?なんとね、うちのおじいちゃん」


 ほんとにどうでもいい話だが、アスミは楽しそうにおしゃべりを続けた。アスミの家は母子家庭で、母親は同居している祖父に娘を預けて働きに出ていた。祖父は無口で人付き合いも悪く、昼間から酒を飲んで気に入らないことがあると手を上げた。


「おじいちゃん、大嫌いだったから、死んだ時も全然、悲しくなかった。でもね、おじいちゃん、幽霊になって、時々、部屋に来るようになったの。私は目が見えないけど、でも見えるのよ。お母さん、いつも仏様にお菓子をお供えしてたから、おじいちゃん、それを食べてたんだよ」


「おじいちゃんの幽霊がいたら、怖くて眠れないじゃない」。

僕は初めて話に反応した。

アスミのような年頃の女の子の口から「仏様」という言葉を聞くのが意外だったのだ。

「全然、怖くないよ。だっておじいちゃんだもん」

アスミのおしゃべりを聞いていると、遠い記憶が脳裏に甦った。「仏様にお茶をあげて」「仏様のお花を買ってきて」亡くなった祖母の記憶だ。


祖母が元気だった頃、家を訪ねると

「まず仏様に挨拶しなくちゃね」と仏壇の前に座らされた。買い物に行くと

「仏様のお茶とお花を買わなくちゃ」

よく言っていたっけ。アスミの話を聞いて、久しぶりに思い出した。それば、大切にしまった宝箱を開くように甘く懐かしく、僕の心を満たした。僕はサングラスをしている盲目のアスミが、突然、地元の友達の妹か何かのように愛おしくなった。


「私ね、おじいちゃんのこと、大嫌いだったんだけど、今は、大好きになってきたんだ。おじいちゃんがいてマジよかったよ。だって、おじいちゃん、生きていたんだし、名前だって付けてくれたんだからね。幸せって、すぐには分からないもんだね。ずっとずっと後になって気付くものなんだね」


夕食の時間を告げる放送が流れた。僕は少しほっとした。

「もう行くよ」

病室に戻ろうとすると、コンクリートの上に落ちた杖を拾いながらアスミは言った。

「自殺なんかしないでね。生きていてね。私さ、自分の顔、見えないじゃん。だから皆にアスミの顔、覚えてもらうために、たくさんの人と友達になって、思いっきり生きてやるんだ。手術は怖いけど、怖いのは生きてる証拠だもん。痛いのも、辛いのも、悔しいのも、全部、生きてる証拠だもん」


僕の手術は無事、成功し、リハビリに励んだ。アスミに会いたくなり、探したが、看護師も患者も皆、そんな女の子は知らないと言った。


ある看護師さんがそっと教えてくれた。

「3年前に入院していた立川明日生さんに間違いないわ」


立川さんは、幼少の頃、母親の虐待が原因で全盲になった。親戚の強い勧めで手術することになったのだが、土壇場で入院費を払うのが惜しくなった母親が屋上から突き落としたと。


僕は茫然とし、涙が止まらなくなった。僕はアスミの言葉を何度も繰り返し繰り返し、思い出している。痛いのも、悲しいのも、生きている証拠。幸せは、その時には分からない、ずっとずっと後になって気付くもの。





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