数日前
事の発端は五日前……魔王である親父に呼び出されたところから始める。
俺は現在、魔族領と人間領の境にある村――『ホーツク村』に暮らしている。
やっている事と言えば、村人から様々な依頼を出され、それを解決していく仕事をしているのだ。
俺が直接出向くのではなく、雇っている魔族や人間達を派遣しする仕組みである。
つまり俺は管理職を任せられている。
魔王直々にこの村で働き、魔族と人間が共存しているこの村で色々勉強してこいって四年前に言われたのだが…………。
呼び出されるということは、それ相応の理由があるはず。
ホーツク村は人間と魔族が暮らしているが、一応魔族側の管理地区となっている。
村人たちが何か俺に対して不満があった場合、話はすべて魔王の耳に入る。
もしや何か怒られるよなことをしたのではないか? と考えた。
いやいや、これでも人間達からの信頼も得て、仕事は順調にこなしてた。
村長(人間の男性。今年で八十歳)からも「よく頑張ってくれています」と褒められたばかりだった。
なら、何用で親父は俺を魔王城へ再び呼び出した?
まさかまた戦争でも起こるのでは……? とも考えた。
グダグダしていても前へは進めないと、悩むことを止めて俺は魔王城へ向かい、王座の前で頭を下げた。
あの時の会話は今でも鮮明に覚えている。
「よく来た我が息子よ」
「っは! 魔王様、わたくしに何用でしょうか?」
前魔王――俺の親父は歴代魔族の中でも最強と言われ、その昔魔族をたった一人で統一させたと聞いている。年齢は俺も知らない。長生きってことだけは確かなのだが、困ったことに親父はこれといって自分の事を話そうとはしたがらない。
親父の身長は二メートルを超え、その巨大な体から発せられる魔力は俺ですら恐ろしいと感じる。
魔族の中でも『竜族』と呼ばれ、角や羽が生えておらず、魔族中でも人間に最も近しい姿をしている種族が親父と俺だ。竜族だから竜になれるわけではなく、竜の血――『竜の魔力』を宿しているのだ。
竜の魔力については後程話すとして、親父は豪快に蓄えた顎鬚を触りながら俺に向かって話し始めた。
「息子よ、仕事は順調か?」
「おかげさまで。村も日に日に豊かになっております」
「それは良かった。あの場所はワシにとっても思い出深い場所だからの」
親父がこうやって自分の過去について話したのは初めてではないだろうか?
俺は疑問を感じたが、親父は話を続ける。
「これからも精進してくれたまえ」
「仰せのままに」
「――ところで、ワシもそろそろ孫の顔がみたいのう」
「………………は?」
聞き返した。
聞き返しますとも。
孫の顔が見たい?
何言ってるんだこの年寄りは?
「いやのう、戦争も終わり平和になったじゃろ? ワシも孫を抱っこして、よしよーし……なんて言ってみたいなー」
「…………親父、とうとうボケたか?」
「魔王やってると疲れるのじゃよ。癒し、そう癒しよ! ワシは癒しがほしいのじゃよ!」
「なら女でも適当に作って甘えとけ!」
「ワシは生涯、お前のお母さん以外は愛さないと決めておる」
「魔王の癖して、なんだか真面目な事いうなオイ!?」
とまあ、先ほどまで真面目にしていたが、本来は何時もこんな感じである。
魔王とはいえ、心ある生き物だ。俺が尊敬する親父は優しく、強く、そして真面目である。
「相手はいないのか?」
「暇がねえよ。いや、興味もない。俺は騎士であり魔王の血を受け継ぐ唯一の存在だ。遊んでいる場合じゃない」
「真面目だねえヘリト。お母さんそっくりだよ」
「いや、多分これは親父似だと思うが……………」
「ま、相手がいないなら仕方ない」
「そうそう、諦めて――」
「実は見合いの話がある」
俺がリアクションをする前に、王座の後ろから見覚えのある少女が出てきた。
先ほどからそこで待機して話を聞いていたんだろう。
「って、勇者じゃねえか」
「ヘリト、その呼び方やめてって言ったでしょ? 私のことはセレネ。いい? セレネで呼んで」
ポニーテールの金髪に、翡翠色の瞳。
青と銀色に輝く鎧に身を包んだ少女は俺の顔を見ると嬉しそうに笑顔を振りまく。
確か昨日十七歳になったとかで手紙がきていた。
この五年の間に彼女とは手紙のやり取りをするほど仲良くはなったが、頻繁にあったりはしていない。
偶然仕事であったり、何かのパーティーだったり、もしくは町で会ったり……あれ? 意外と遭遇率高いな。
「なんでここにいるんだ?」
「今さっき魔王さんから聞いたでしょ?」
「聞いたって……お見合いの話だけど」
「その相手が私よ。わーたーしー!」
にかーっと笑って自分自身を指さすセレネに俺は何かの冗談かと思った。
魔族と人間が結婚をする――これはここ数年では珍しくない。
戦争が終わり、魔族と人との間に愛が芽生え結婚し子供を産む。
特に俺が暮らしているホーツク村では頻繁に魔族と人間による結婚式が行われている。
「冗談だろ?」
「冗談? じゃあないの! 私とヘリトが結婚するの!」
「お見合いの話なんだから、結婚するとは決まっていないだろうよ……」
ちらっと親父の顔を見ると、満面の笑みだ。
ああ、なるほど。こりゃ、冗談じゃないらしい。
「そもそもお前、色んな国の王子とか、金持ちから求婚されてたじゃないか?」
「私はヘリトがいいの。初めてであった時、互いに殺すことだけを考え剣を振った! 剣先から伝わる貴方の真剣な思いと、勝ちたいという執念! あと顔。その他もろもろに惚れたの!」
「おい、何か雑念が混じってるぞ」
こいつ、顔で選んでないか?
「ま、それは冗談でヘリトの事は本当に好きなの。貴方と剣を何度も交えている時、他の誰とも違う『気持ち』が私には伝わった。単純に思えるかもしれないけど、勇者だからこそ分かるヘリトの魅力なの」
「あー、なんだっけ? 勇者の加護で、相手の気持ち的なアレが時々わかるっていう……アレ」
「説明下手くそね。でも、そんなところも好き」
セレネと俺が言いたいのは、勇者が受けているいくつかの『加護』の中に『伝心の加護』と呼ばれるものが存在するのだ。
勇者が触れた相手や、強い念のようなモノを感じるとその人物の考えや思いが分かる――という俺からしたら極悪な加護だ。
一応使用者の意思によって発動するので必ずしも考えが読み取られるわけではない。
勇者――善の使者だからこそ与えられる加護である。
「残念だけど、俺は結婚とかには興味ないから。騎士としてこの世界を守る義務があるし、お前の事まで考える余裕はないんだ」
「別に私はまだ勇者の力があるから自分の身は自分で守れるし。ヘリトの邪魔どころかものすごく役に立つと思うんだけどなー」
「まあ、勇者が部下にいたら今の仕事は三倍速く捌けるだろうけど……」
ポツリ……こんなことを呟いてしまった。
瞬間、キラーンとセレネの瞳が輝く。
「聞きました魔王さん!」
「おお、聞いたぞ勇者」
「てことは私がヘリトと結婚すれば、彼の仕事量は激減し、村の発展へ繋がって人間と魔族の関係がうぃんうぃんになりますよ!」
「ついでに二人のプライベートな時間も作られ、子作り子育ての余裕もできるじゃろうな」
話がおかしな方向へ進んでいるのは間違いない。
「待て。色々と待て。おかしいだろ、その話……!」
「おかしくないよ。だって、ヘリトは仕事を優先したい。遊ぶ時間はいらない。結婚は無駄な時間だ。でも、仕事ができれば結婚はしてもいいってことになる。なら、結婚する相手が仕事を手伝える勇者なら問題ない。結婚するなら勇者以外ありえない。勇者って誰だろう? あれ? 私じゃん! 私の勇者力高すぎぃ! ってことよ」
「ぜっっっっっっぜん意味が分からんわ!!」
親父とセレネは何を言っているだ?
もしかして俺が結婚しない理由は仕事に余裕がなくて、その仕事がスムーズにいくようになれば結婚してもいいって解釈していないだろうか?
そもそも興味がないと言っているのに、この二人には耳がついていないのだろうか?
「魔王さん、これは結婚するしかないです」
「そうじゃの。決定じゃな。ヘリト、勇者セレネと結婚しなさい」
「待て待て待て待て! 俺の意見をまずは聞いて――」
「結婚式は何時にする! 早い方がいいわよね!」
「聞けよ!」
「今日が良いじゃろう。実はすでにホーツク村で式の準備をしておる」
「はあ!?」
だから俺を魔王城に呼んだのかっ!
ホーツク村から魔王城まで馬車で三日はかかる。
いつもなら移動魔法の効果がある門を使わせてくれるのに、馬車で来いっていうから故障でもしているかと心配していたが――。
「では、ホーツク村までの門を開こうか」
「早まるな親父! 良く考えろ! 魔王の息子と勇者が結婚ってのは重大なことだぞ! 安易に決めていいことじゃない!」
「そこは安心せい」
「何を!?」
「ワシ、今日で魔王辞めて隠居するから。ヘリトが今から新魔王ね」
「余計にヤバイから!」
何を言い出すんだこのボケた親父は…………!?
本来なら国の法律で魔王継承は四天王と種族長達による会議で決められ、全員合意でなければならない。
それをこんな簡単に済ませて彼らが納得するはずがないっ!
「大丈夫大丈夫。すでに会議も済ませてヘリトが魔王になることはみんな納得してるから」
親父が取り出した一枚の紙。
そこには四天王と種族長達の署名がずらっと並んでおり、最後の文面には『ヘリト・ディアブラーダ・ニナ・エンディマンを新魔王として任命する』と親父の直筆で書かれていた。
「これで魔王と勇者による夢の結婚が実現するぞ。よかったな、息子よ」
「良くないって言ってるだろうが!」
「では、移動するぞ」
親父は指をパチンと鳴らす。
すると、体が浮遊感に襲われ、足元の床が巨大な門へと変化した。
これが親父――魔王のみが使える移動魔法だ。生き物を移動させるにはそれなりの魔力が必要となる。
距離に比例して消費する魔力は多くなるのだが、魔王城からホーツク村までの距離を考えればぞっとするほどの魔力量だろう。
これは逃げるしかないと後ろを振り向いたが、セレネが突如俺にへ向かって抱き着き、首元にぶら下がった。
がっちりと掴まれ、移動できない。
「さ、ダーリン! 初夜不可避よ!」
「その呼び方と変な言葉を止めろ! ああ、待って親父! マジで一回考えなおし――」
弁解むなしく、ホーツク村へ移動した俺たちはそのまま式を挙げ、結婚した。
式の内容も酷いと俺は思う。
俺は魔力封印の効果がある鎖でグルグル巻きにされ、犬のようにセレネに引っ張られながら入場。
村の人間と魔族、あとは四天王と種族長達。人間側は勇者パーティーの面々と主要国の王と王子。
他は覚えていないが、盛大な式を村唯一の教会で行った。
誓いのキスで俺は窒息死しそうになり、村の医者へ搬送。
魔力が封印されているため、一般的な人間と変わらない体となるのだ。
そんな状態で勇者の熱い抱擁と内臓まで吸い出されるかと思ったキスに気絶したのは仕方ない……仕方ないことなんだ。
次の日、医者の家で目が覚めた俺が耳にしたのは『哀れな新魔王様……勇者様の生贄にされたんだわ』という奥様方の井戸端会議である。
これではどっちが化物か分からないな……。
てことで俺と勇者の新婚生活は始まった。
何度も言うが五日前の話だ。
うん、先が思いやられる………。