朝の風景
魔族と人間の戦争が終わって五年。
平和になった世界は、魔族と人間が分け隔てなく暮らす理想郷になりつつあった。
まだ完全ではないことは確かだ。戦争時代に、大切な人を殺された人々は憎しみを心の中に抱いている。
人間も、魔族も……――。
真の平和とは、その憎しみという壁を乗り越え、許しあえる世界こそ――理想郷に違いない。
現実は違うのだけれども。
憎しみを乗り越えることなんてなかなかできない。
まして、誰かを失った悲しみを忘れていいはずはないのだ。
悲しみをも自分自身の中に取り込み、どうやって後世に活かしていくべきか。
それが大切な事なのではないだろうか。
俺もそう思う。
魔王の息子という立場であり、戦場では何百人という人間を殺した。
殺したからこそ――罪を償うと決めた。
人間と手を取り合い、大空の下で畑を耕しながら村人と皆で歌うことが俺の夢だ。
誰も傷つかない世界。
人を殺しておきながら何様だと言われても仕方がないだろう。
俺だって人間達に言いたいさ。俺の友を何人殺したんだ……と。
だから俺は許した。
憎むべき敵を――友を殺した種族を。
真の平和を――約束を守るために。
でだ………………。
平和うんぬんの前に言いたいことがいくつかある。
「う、うぅぅん…………」
「……………………………」
「すー…………すー……すー……」
「なんでお前が俺のベッドで寝ているんだ」
上半身を起こして隣で寝ている少女に目線を向けた。
目を引くのは何といってもシルクのような金髪と、誰が見ても美しいと思える寝顔だ。
俺もこいつの事は可愛いとか、綺麗だとか思う時もある………時々な? 時々……。
普段はポニーテールにしているが寝るときはほどいている。
未だにこの髪型には違和感を感じていた。
「おい、起きろ! また人のベッドに潜り込んで――!」
毛布を引っ剥がし、隠れていた首から下の部分をさらけ出す。
この時期、冬は明けたとはいえまだまだ朝方は寒い。
冷たい風にあてて、嫌がらせをしてやろうと思った……が。
「ぶふうううううううっ!?」
「ふわぁぁー……。もう、寒いよヘリトぉ。…………くしゅん」
『ヘリト』は俺の名前だ。ヘリト・ディアブラーダ・ニナ・エンディマン――まあ、長いからみんなヘリト、ヘリトと呼ぶのだが、今はそんなことどうでもいい。
俺は勢いよくベッドから転げ落ちると、体を彼女の方へ向けたまま後ろに下がった。
魔王の息子が情けないと思うかもしれないが――誰だって、裸の女が居たら驚くだろ。
あ、いや、うん。俺が見慣れていないだけかもしれないけどさ。
「なんでまた服を着ていない!?」
「あれえ? ほんとだぁー……」
寝ぼけているのか、彼女は上半身を起こすと背伸びをした。
一糸まとわぬその姿に色気よりも美しさを感じた。
絹のように美しい彼女の病弱的白い肌、黄金に輝く金髪は窓から差し込む朝日によってキラキラと輝きを増す。
未だに眠たそうにしている翡翠色の瞳は宝石のように見た者を虜にするだろう。
ぷくりとした胸部ときゅっと引き締まった腰に目が自然と行ってしまうのは男の性なので仕方がない。
気にすることなく欠伸をして、彼女はベッドから降りてこちらに歩み寄ってくる。
俺の目を見て、舌なめずりをすると四つん這いになっった。
尻餅をついて立ち上がる気力がない俺は、後ろへ下がり、背中と頭に壁がぶつかったことが分かる。
――追い詰められた!
「ほら、おはようのちゅーしよう」
「しねえよ! 恥ずかしい! その前に服だ! 服!」
キスをせがむ彼女を手に掴んでいた毛布でガードする。
だが、彼女の力は予想以上に強くすぐさま毛布を奪われてしまう。
「はい、私の勝ちー。それじゃ勝利のキスをー」
「ちょ、ちょっとまて! 朝から盛り過ぎだセレネ!? ま、まって――」
俺の抵抗むなしく、唇を奪われた。
セレネは吸い上げるように唇を這わす。
頭はがっちりと両手で抑えられ、剥がそうとしても全く動く気配すら感じられない。
馬鹿力とはこういうことをいうのだと実感しながら、段々と頭から空気が足りなくなってくることが分かった。
ぬるっと彼女の舌が口内に侵入してきた。非常にマズい………。
このままだと、死ぬ。
死因がキスとか、恥ずかしくて二度死ねる。
ギブアップの意味も込めて、セレネの頬を優しく二回叩いた。
目を瞑っていた彼女もようやく気づいてくれた。顔が青くなっているだろう俺と目があった。
唇は解放され、咳き込みながらも一生懸命に空気を吸う。
本当に死ぬかと思った…………。
「ぷはっ! ごめんごめん、ついつい長くなっちゃった」
「ケホ……ケホ……ケホ……っ。お前……俺を殺す気かっ」
「愛しの旦那様を殺すような女に見える?」
「前魔王と12歳の時に互角で渡りあった怪物女にしか俺は見えない」
「ヘリトの意地悪っ」
彼女の事を紹介させて頂こう。
名前をセレネ・ムーンテミスといい、先ほど述べたように五年前まで勇者として最前線で戦っていた。
当時からすでに身長は160センチで、今とほとんど変わらない――というか、勇者の呪いという奴で体だけが先に成長し、ようやく現在に年齢が追い付いたと言っていた。
魔族と人間の長きにわたる戦争に終止符を打った張本人だ。
前魔王との戦いの末、二人は互いの考えに相違があること気付いて休戦。
そのまま平和条約を結び、あと100年は続くであろうと予言されていた戦争は呆気なく終わった。
俺としても当時は彼女と何度か剣を交え、互角に戦っていたはずなのだが――魔族最強と言われた前魔王と互角に戦ったところを目撃し手を抜かれていたことを知ったのだ。
昔はそれでこいつの事は大嫌いだったが――いや、今でももしかしたら嫌いかもしれない。
一緒にいることだって当時を思うと考えられない。互いが互いの命を狙い、殺すことだけを思いながら剣を振っていたのだから。
だけど、そんなこと言っている暇がないほどここ数日は忙しかった。
この戦争にはちょいとした裏があり、俺達魔族と勇者率いる人間軍は踊らされながら殺し合いをしてた。
それが前魔王とセレネの戦闘中、話がかみ合わないという真実に気がついて発覚。
首謀者を協力して探しているのだが、五年過ぎた今でも捕まっていない。
「せっかく私が17歳になったからこうやって一緒に暮らしているのに……。もっと私を甘やかして!」
「嫌だよ、面倒くさいし。それより服だよ。ああもう、床に捨てて……」
女性物の下着がベッドのわきに転がっていた。
真っ赤な燃えるような下着は、彼女がこの間俺に買って来たと嬉しそうに見せつけてきたものだ。
ため息を吐きつつ立ち上がり、ソレを拾ってセレネに投げつける。
下着は彼女の頭に乗っかり、なんとも間抜けな姿になった。
「パジャマもこんなところに脱いで」
「ヘリトが着させてよー」
「子供じゃねえんだろ! 良いからさっさと着ろ!」
ベッドの下からピンクのネグリジェを引っ張り出す。
せっかくのフリスやレースが埃まみれになってしまい、これを作ってくれた職人に申し訳ない気持ちになった。
「もう、朝だから着替える」
「それじゃあこれは洗濯するぞ」
「はーい」
俺がネグリジェを引っ張り出している間に下着を着たようだ。
そのままの恰好で後ろから抱き着かれ、背中に少し柔らかい物が当たる。
…………いや、分かってるよ。胸だよ、胸。
「何してんだ?」
「えへへ。ヘリトの背中大きいー」
「はいはい。そういうのは良いからどいてくれ。俺も着替える」
ちなみに俺の容姿を説明するならば、少し長めの黒髪に、瞳は透き通った赤、身長は175センチほどで魔族の中では小柄な分類に入る。
今は黒のシャツに青色の薄い長ズボンを履いている。これが俺の寝間着だ。
「今日はどんなお仕事」
「村人達から、西の森にゴブリンが居て駆除の依頼が来ている。今日はそっちを頼む」
「うん、わかった」
と言いつつもまたセレネはベッドに転がってウネウネと動き始めた。
何をしているんだ……と思いつつ近づいて起き上がらせようと手を伸ばした。
が、逆に引っ張られて俺もベッドに寝転がる。
「うおっ!?」
情けない声を出してベッドに仰向けに寝た。
するとセレネが覆いかぶさるようにして俺の首元に両手をついた。
「…………なんだよ」
「うんうん、何でもないんだけど、ちょっとこうしたくて」
「は?」
「興奮する」
「バカ言ってないでさっさと支度しろ。俺も書類整理やら色々仕事が溜まってるんだ」
と言ったが彼女は動いてはくれない。
十秒ほど無言で見つめあい、動かないでいると――セレネは顔を近づけて、先ほどとは違い軽く唇が降る程度のキスをした。
「うん、今日も一日頑張れそう。それじゃ、私部屋に戻るね」
下着姿のまま、セレネは部屋を出ていく。
取り残された俺しばらく彼女の行動に頭を悩ませた。
いつもならまた激しいキスをしてくるのだが、今日はすごく素直だったな。
「なんだ、あいつ?」
とはいえ、こんなやり取りがかれこれ5日続いている。
いや、もう5日も経ったというべきなのか……。
5日前――俺とセレネは結婚した。
17歳になった勇者。そして前魔王である親父が隠居のため、俺が魔王の座を引き継いだ。
よって魔王と勇者による新婚生活が始まったのだが……。
「はあ…………不安だ」
これからの事を思うと、自然とため息がでる。
悩んでも仕方がないと、ひとまず着替えることにして、俺はベッドから起き上がった。
猫之宮折紙です。
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