好きと名前
「…ッ……げほっ!!げほっ!!!」
「竜!?大丈夫!!?」
ここはどこだ…零ちゃん?
俺はゆっくり身体を起こした。みんなが心配そうにこちらを見ている。…一人を除いて。
「身体は痛くない?四醋剣に乗っ取られて…」
「ああ…なんとなく思い出してきた。なんだろう、全く身体が痛くないんだ。気持ち悪いくらいに」
「そう…よかった、よかった……」
零ちゃんは俺に抱きついた。かなり心配してくれたのだろう、目は真っ赤だった。
「それで、竜…聞きたいんだけどむつきは?」
「む…つき?」
「会わなかった?むつきがまだ出てきてないの…」
指の震えが止まる。思い出した、思い出した。
伝えなきゃ、みんなに、伝えなきゃ。
「早くむつきを助けて!!俺と入れ替わるように四醋剣に…」
「落ち着いて竜、ゆっくり説明してくれ」
りゅうさんに宥められ、俺は深呼吸をする。
そして、今起こったことを話した。
四醋剣は生贄を欲していた。
俺たちはそれを四季剣だと勘違いしていたのだ。
だから大雪を乗っ取ったのだと。
しかし、実際は違う。
あいつは生きた人の魂を欲する。
本当に囚われていたのは、大雪じゃなくて俺だったんだ。
だからずっと身体が重かったんだ。
でも、これはさっきまでの話。
むつきは四醋剣の中にいる俺を見つけた。
だから俺を引っ張りだして、代わりにむつきが四醋剣に取り込まれた。
そこまで気づいてたんだ。
「そ、そんなことが…」
零ちゃんは俺の話を聞いて目を丸くした。
隣を見ると横たわっているむつきの姿がある。顔は真っ青で生気がない。
「目が、目が合ったんだ入れ替わる時に。むつき、笑ってた。満足そうに笑ってたんだ。四季剣だって外に投げ捨てて、それで…」
「落ち着け、竜」
先ほどまでずっとモニターを見ていた優がこちらへ来た。
「あいつは何て言っていた?」
「はっきりとは聞こえてないから分からないんだけど、たぶんむつきは…」
『だいじょうぶだよ、わたしがまもるから』
「なあ優、むつきを、むつきを助けて。お前じゃないと無理なんだ。むつきはきっとお前のことを…」
「ストップ、その先はむつきから聞いた方がいいんじゃない?」
零ちゃんが俺のセリフを遮った。確かに、それもそうだ。
「…行ってくる。誰も犠牲にさせない。あいつと俺の約束だから」
優はもうボロボロだったが、誰も止める者はいなかった。
優、押し付けちゃってごめん。
でもむつきはきっと俺じゃなくて君を待ってる。
早く迎えに行ってあげてくれ。
再び竜の身体の中に来た俺は四醋剣の前に立っていた。
全く、俺は何度自分に刃を向ければ良いんだ。
ここに来るためとはいえ、痛みはあるんだぞ…。
…四醋剣の中にむつきがいる。清明じゃ歯が立たないのはもう知っている。さてどうするか…
竜の言ったとおり、四醋剣の前には立春が投げ捨てられていた。
あんなに四季剣が誇りだと言っていたくせに、またすぐに捨てたのかあいつは。
四季剣を解放して戦う意思を見せると、四醋剣も戦闘態勢になるだろう。
丸ごと飲み込もうとした四醋剣の中にわざと飛び込む。小賢しい真似をする。
そっと四季剣を拾う。熱い、あいつの思いが伝わってくるようだ。
…俺はなんて馬鹿なんだろう。
その時だった。
急に立春が光りだし、その光は清明へと移っていく。
いつのまにか姿を消していた清明が、なぜか手の中にあった。
何が起こっているのか俺は一瞬で理解出来た。
あいつは、自分を犠牲に俺を……
「やめろ!!やめてくれ、これ以上俺に罪を重ねさせないでくれ…」
俺はそう嘆いたが光が流れるのは止まらない。そしてすぐに、立春の光は消えてしまった。
俺は怒りをぶつけるように清明を強く握った。そして唱えた。
『四季剣解放、花魁』
四醋剣の中から出てきたむつきを抱え、現実へ戻ってきたが彼女は虫の息だった。
もう、長くないのだろう。
みんなにその事実を伝えると、ショックのあまり呆然としていた。
あの後、新たに得た四季剣である花魁を使い俺は四醋剣の殻を破った。
第二段形態となった俺の四季剣は、四醋剣を簡単に倒すことができた。
こんなことは普通あり得ない。
四季剣が他の四季剣に力を与えるなんて。
…四季剣は持ち手に強く依存するという話を聞いたことがある。
おそらくむつきが俺に力をくれたのだろう。
…最期の力を。
さっきは囮で四季剣を解放したと思っていたが違った。
ここに俺が来ることまで見越して、立春を置いていった。
それなら合点が行く、行ってしまうんだ。
「ごめん、俺のせいで…俺のせいでむつきは…」
「お前のせいじゃねえよ、竜」
「そんな…むつき……やだよ、やだよ…あああ!!!」
「ごめんなさい、ちょっと利愛連れて外に出てるわ」
「ああ分かった。頼む、零。一度気持ちの整理をしよう…」
「俺もちょっと席外すわ…」
「うん…優はいいの?」
「ああ、俺はここにいる」
そっかと竜が言うと、みんな外で出ていった。部屋にはむつきと二人きりになる。
俺はむつきのそばに座り、そっと髪をなでた。そして、ゆっくりと話しだした。
「約束、守れなかった。一人にしないって言ったのにな…。
きっとあいつらはお前に泣いてる顔を見せたくないから外に出てるんだろうけど、俺はもう何度もお前に情けねえ所見られてるからもうどうでも良いよ」
「最後まで変な女だった、自己犠牲が激しすぎるんだよお前は。かと思えば変なとこでプライド高いし、意味が分からねえ生き物だわ」
「…でも気付けばそんなお前に惹かれている俺がいた。
ビンタ食らったのはさすがにビビったけど、その絶対曲げない所は好きだったよ。ただ頑固なだけだけど」
「自分で言うのもなんだが、竜や兄貴にも俺は完璧だと思われてんだ。本当はそんなことないのにな。こうやって生きていくのは正直辛いよ」
「はあ、こんなことならちゃんと伝えればよかった。俺は竜のような度胸はねえよ。
ぎくしゃくするのが怖くて逃げてるようなヤツだ。お前ならよく分かるだろう」
「お前なら、また新しいミロックを作っていけると思っていた。そばでその成長を見ていたいと思っていた」
「…なんでだろうな、全く涙が出てこない。ここまで冷たい人間だとは自分でも思わなかったや」
「お前の立春の力を、俺の清明が吸い取ってしまった。
ごめん、こんな能力いらなかった。どれだけ強くなっても、守るものがなけりゃ意味がねえんだ」
「なあ、むつき。俺にとってお前は太陽みたいな存在だった。
お前を見てると本当の俺がいるみたいで気に食わない。こうしたい、ああしたいと思っても出来ないようなことをお前はやってのける」
「お前にとって、俺はどんな存在だった…?」
ここまで言い終わっても尚、俺の目から涙は出てこなかった。声だけが枯れる。
むつきはまだ気持ちよさそうに眠っている。それがなんだか腹立たしくて、愛おしくて。
俺はさらにむつきに近づき、軽く口づけをした。
その時だった。
天井からいきなりピンポン玉が落ちてきたのだ。
侵入者かと俺はすぐに応戦態勢に入る。
「…いたっ」
「え?」
その声の主を見て俺は唖然とした。
むつきが、起き上がって頭をさすっていたのだ。
「……お前もしかして全部聞いてた?」
「ごめんなさい」
「え、いつから聞いてたの?」
「ごめんなさい」
「会話が成り立ってないんだが?」
むつきはごめんと言いつつも俺と顔を合わせようとしない。
俺も動揺からか語尾が強くなってしまう。
「な、なんで無事なんだよ」
「…圭太からクスリを渡されたの。もし何かあったらこれを飲んでって。一時的に仮死状態にして身体の負担を減らすことが出来るらしくて…」
「そうか」
「まあそれでも死ぬかと思ったけどね!圭太もなーんか信用できないし、毒薬だったらもう私ここにいないし!」
むつきは無理やり明るい声で話すが、今はそんな気ではない。
そんな俺の様子を察した彼女は申し訳なさそうに言った。
「ごめん、卯月…でも私、本気で考えて何度も何度も考えて、それで絞り出した答えだから許し…」
「許すわけねえだろ、アホ」
俺はそう言うとむつきの頬をつねった。
「い、いはいっへ!だはらあはまって」
「卯月じゃねえだろ。ちゃんと言って」
むつきは顔を真っ赤にしながら、また俺から目を逸らそうとした。
しかし、俺は顔を抑え無理やりこちらを向かせた。
「逃げるなよ、俺がなんだって?」
「優…」
「うん、そう。正解」
「それだけ!?他にもっとなんかあるよね?」
「あーあるかも」
「でしょ?ほらほら、早く言ってください〜。
ヘマして申し訳ございませんでしたとか、情けない姿って具体的にどんなでした〜とか」
「好き」
「は、話聞いてた!?そんなんじゃなくて、さっきの…」
「好きだよ、むつき」
「う………」
顔を真っ赤にしながら、またむつきは顔を逸らす。
なんなんだこいつは。忙しいやつだな。
「いつもの威勢はどこいったんだよお前」
「だって絶対今その、好きとか言う流れじゃなかったくない!?」
「…してもいいなら目閉じて」
「何を!?」
「いちいちうるせえな。良いなら閉じる、ダメなら閉じない。それだけだろ」
「そんなこと言うけど、どうせ優は人が嫌っていってもするでしょ!?それじゃ閉じたって意味ないし!」
「よく分かってるじゃん」
俺は隙をついてむつきの頬に軽くキスをした。
「あ、アホ!バカまぬけおたんこなす!!!」
「語彙力終わりすぎだろ」
「ま、まだ目閉じてないじゃん、言ったならちゃんと守ってよ…」
「それもそうだな」
そう言うとむつきはきゅっと目を閉じた。
「ん、確認した」
俺はそっと、唇を重ねた。
その瞬間今まで出てこなかった涙が急に溢れ出てきた。
ああ、終わったんだ。全て終わったんだ。
「あ、あのね優。まだハッキリとはしない…けど!私もたぶん優のことが…」
ケータイのメール受信音が鳴り響く。おそらくむつきのだろう。クソッ、今いいとこなのに…
ケータイを見たむつきの顔は、一気に青ざめていった。
「ねえ優…これ…」
「あ?なんだよ」
『受信者:出背圭太』
『本文:ごちそうさまでした。俺、行きますね。お幸せに』
「ゴラァ!!!!」
「ちょっと優!?ここで四季剣解放はまずいって!!花魁?かなんかになったんでしょ?」
「…!お前、マジでいつから起きてたんだよふざけんなよ」
「怒りの矛先私に向けないで!?」
メールを読み終わる前に俺は無意識に清明を解放し、天井めがけて投げつけていた。
もしかしてピンポン玉を落としたのもあいつか?
やられた……!!
「そういえば、四季剣といえばむつきの生気全部もらっちゃったんだけど。清明が復活したのもあれが原因だろ?
もう立春使えないんじゃないのか?」
「なんだ、全部わかってたんだ。
…悔しいけど私も四醋剣と対面して、私立春と正春じゃ倒せないって分かっちゃったんだ。
でも私の立春は能力を上げるもの。だから晴明と反応するんじゃないかなって。
だって人でいけるなら四季剣いけそうでしょ?まあ、ほぼ賭けだったけどね。
実際勝てたでしょ?私の思惑通りだったね」
むつきはいたずらっ子のように笑う
「でも生気って言い方がなんかなあ…。あれは大丈夫、私が故意に流したものだよ。あの後、ちゃんと戻ってきたから正春もちゃんとある」
「故意?どういうことだ?」
「こうしたら優は絶対にまた四醋剣の中に戻ってくる。だから私の力を優に渡して、それで……」
ハッとなり急にむつきが口ごもった。
「ああなるほどね、俺に生気を与えたくて仕方なかったんだ?俺じゃなきゃダメだったと?」
「言い方!!!!」
「まあそれならよかった。あともう一つ」
「な、何よ」
俺は身構えるむつきに、軽くゲンコツをした。
いきなりゲンコツされたむつきは状況が理解出来ていないのか目を丸くしている。
「俺にしか聞こえてないのか〜残念〜って言っただろ。それのお仕置き」
「うわあ、ネチネチする男は嫌われるよ」
「お前に好かれてるからいい」
「べ、別に好きとは言ってないでしょ!?」
「でもあの場面で声が聞こえるってことは俺のこと考えてたんじゃないの?」
「そ、それは…」
「はい図星。今度焼き肉奢って」
「また突拍子もないことを…確かに優のこと考えてたけど、それは好きとかじゃなくて戻ったらどうしてやろうかってそういう…」
「優大丈夫!?今すごい音したけど!?」
バタバタと扉の向こうからみんなが戻ってくる。
…そういえば清明で天井に穴開けちゃったんだった。
「は?さっきのピンポン玉だけでクナイ投げちゃったの?怖すぎ」
「え…むつき?本当にむつきなの?」
「あっ、お騒がせしました〜…本物ですよ〜」
むつきの声を聞いた利愛は奇声を発しながらむつきに飛びついた。
それを引き金に全員がまた涙を流す。…愛されてるんだな。
感動の再会を果たしているのを見て、俺は部屋を出た。ここはそっとしておこう。
ミロック王3代目、如月むつき。
やっぱり敵わないな、お前には。




