実はそんなに万能じゃない
「しっかし、会計が会社の経済活動を網羅しているとは。まさに会社を映す鏡なんだな」
「……えっと、ちょっと違うかなぁ」
「んっ? でもよぅ、会社の経営を報告するために会計が必要なんだろ?」
「そうなんだけど、鏡っていうのがどうもね。どっちかって言うと写真とか絵画に近いかなぁって」
「どういうことで?」
「経済活動・事象から『なにが何円増減したか』を分析したり、そこから報告書を作成する時、細かい規制にしたがって作成するのよ。だけど会社の業種って製造・小売・通信といろいろあって、そのすべてが適切でかつ画一的な規則を設けることってできないの」
「それじゃぁ、実際とは異なるってことなのか?」
「そう。つまりは一部の規則には複数の測定方法、複数の報告書の記述方法が用意されていて、各社が自社に適している方法を自由に選べるようになっているの。これを『選択性』っていうんだよ」
「えっと、推理モノで云えば、限られた証拠(規則)で推理(報告書)して、犯人(事実)を捕まえる(たしかめる)ってことか」
「まぁそうなるね。でも、それは推理モノであって、商品を売る側としたら、規則があるとはいえ、自分たちが『その範囲内』で会社の報告書を作ることができるから、すこしは『見栄えをよくする』ことができるのよ」
「見栄えねぇ。つまり悪いところもあるけど、報告書に書かなくても……って、それってダメじゃないのか?」
「ま、まぁ、あくまで正当な範囲でね。ただそんなことをしていたら税務所なり警察なり来るから、ある程度はしっかりちゃんと報告したほうがいいよ。こどもの嘘は可愛いけど、大人の嘘はやっぱり信頼問題になるから」
「これもやっぱり信頼に関わるものなんだな」
「それじゃぁそれに関して問題。一年間の取引がすべて同じの会社がふたつあります。さてこの会社同士の報告書は同じでしょうか?」
「取引がまったく同じって、そうなるとやっぱり報告書も一緒じゃないか? というのは引掛けでいいえになるのか?」
「……ちっ、引っかからないか」
「おいまてっ! お前お金の女神さまだっただよな? 神様が舌打ちしていいのかよ?」
「まぁそれはおいといて、答えは違うになるわね。まったく同じ活動をしたとしても、会計処理が異なれば、当然利益の大きさなどは変わるから、同じ取引(事実)であっても経営(会社)が異なれば報告も異なるわけ」
「いや、それはまぁ、冒頭の限られた規則で報告書を作成しなければいけないから、なんとなくはわかったけど、おなじ経営をしていて報告書が異なるってのはどうにも違和感が」
「うーん、それだけ経営者や経理担当者の考えが反映されてしまうってことだね。ほらよく医療ドラマで患者を救いたい医者と病院を良くしたいっていう経営者がぶつかるシーンがあるでしょ?」
「あぁよくあるな。とくに大きな病院とか」
「これを『恣意性』と言って、恣意と言うのは自分の思うまま、自分だけの勝手な考えって意味なんだけど、だからといって会社の報告書が信頼できないわけじゃないのよ」
「なるほどな、会計にも弱点ってのがあるんだなぁ」
「もうひとつ、前回話したグラムやリットルといった数字化できないものは記入もできないわけ。会計はあくまで貨幣額に換算できるものしかできないのよ」
「つまりそれにどれだけ頑張ったかというのは記録できないってことか」
「そういうこと。会計は会社の成績などを表す重要な情報だけど、『内情の一面』を示しているにすぎないのよ」
会計の原則に『会計は真実を示さなければならない』(真実性の原則)というものがあります。当たり前っちゃ当たり前な話ですね。
本当のことを書かないと会計の役割なんて無いようなものです。
この真実っていうのは「絶対的な真実」ではなく「相対的な真実」を指します。
絶対的というのは、1+1=2のようにひとつだけしか答えがないもの。相対的は複数の答えが得られるが、どれも真実と呼べるものを指します。なんとなく理系(絶対的)文系(相対的)に分かれそうな考えだなぁというのが筆者の考えです。
会計の規則を遵守(それに従い守ること)していれば、それは『真実だと認められる』んです。
ある経済活動を測定するさい、導き出せる答えがかならずしもひとつだけではないからですね。
たとえば、リンゴを10個を1,000円で仕入れましたが、次の日にもリンゴを10個1,200円で仕入れました。そして次の日にはリンゴを1個150円で10個売れましたが、この場合、儲けはいくらになるでしょ?
「という問題なんだけど、答えられる?」
「そうだな、最初の日に10個1,000円で購入したってことは、その時の値段はひとつ100円だろ? でその翌日に仕入れたのが10個1,200円だから、ひとつあたり120円になる。そうなると合計の値段は2,200円になるわけだ。それがひとつ150円で5個売れたってことは、
(100×10+120×10)÷10=110
150×5-110×5=200
ひとつ200円の儲けになるんじゃないか?」
「うーん、間違ってないけど、それって商品の値段を平均化して計算しているよね?」
「まぁ同じリンゴならそうなるんじゃないか?」
「でも商品にはブランドがあるから、かならずしも平均化して計算するとは限らないのよ。たとえば商品を仕入れた時の値段で区分する方法。こうなると最初のリンゴ(10個1,000円)が1個150円で売れたら?」
「えっと、150×5-100×5=250になるから、1つ頭50円の儲けだな。んっ、儲けはこっちのほうがいい気がする」
「さらに物価100円のリンゴふたつと120円のリンゴがみっつ売れた場合はどうなる?」
「150×5ー(100×2+120×3)=190。190円になるけど……あれ?」
「さて、これでもっとも利益があったのはどれでしょ?」
「ふたつめの仕入れた商品別にしたほうが利益があったな」
「そう。もちろん計算方法が違えば、同じ取引でも違うってわけ」
「これがさっき言っていた同じ取引をしたふっつの会社の報告書が異なるってことになるのな」
「そういうこと。こういう選択肢を駆使して、報告書の見栄えをよくすることって日常茶飯事だし、間違ってはないの」
「見栄えを良くすることはわかったけど、具体的にどういうことなん?」
「投資家に対しては、利益を多く見せるため、なるべく費用が少なくなるように。税務署に対しては、税金の支払額を小さくするため、儲けを少なくなるように。経営者や会計担当者が『自分たちに都合のよい方法を選ぶ』わけだね。まぁあくまで正当な範囲での話だけど」
「なんか大人の汚い部分を見てる気がして、気分が悪いな」
「そうだけど、やっぱり悪いことをすれば税務署も黙ってないよ。ありもしない取引をでっち上げて利益が多いように見せかければ「粉飾決算」と言って、社会的制裁を喰らうことだってあるんだから」
「いくら隠していても、お天道さまにはぜんぶ見えてるんだな」
「天知る地知るってやつだね」
基本的に『会計は数字でなければ表現できません』。
ですので、お金の動きはすべて把握していますが、会社を構成する他の重要な要素に関しては示すことができません。
社員に企業理念が浸透しているとか優秀な人材がいるなど、数字に換算できないものは、当然ながら会計では表現できません。
会社の本当の実力を測るためには、こういった会計以外の情報を考慮する必要があります。ですが、会計以外の要素は客観的評価がしにくいため、やはり会計に頼りがリになってしまうんですね。
まとめとして会計のメリット・デメリットを軽く一例として。
メリット
会社の決算報告に不可欠。
会社の利害がひと目でわかる。
デメリット
会計報告書がかならずしも正しいとはかぎらない。
従業員の努力などは評価されない。