お呼びですか、お姉様!!
嫌な予感って当たるんだね!
能天気にただいまなんて言っているこいつは、幼馴染の佐伯尊。
ナンパ一筋十数年、女性を見たら声を掛けずにはいられないというとんでもない野郎だ。
「あー…帰ってきたの…ってか、予定じゃ明日じゃなかった?」
『うん! でも…俺、梓に会いたくなっちゃってさ』
ごおおっと雑音が入る。
電話越しでもわかる彼の悲しそうな表情に、私はため息を吐いた。
「イギリスで、女の人に振られた?」
次にはどんがらがらがっしゃーんという盛大な音が聞こえてきた。
例えるなら、階段から何かを落としたような。
『振らっ、振られてないよ!? ていうか、俺ナンパ目的でイギリスいった訳じゃないからね!?』
この焦り具合は、本当に振られたか。ドンマイ。
尊、イギリスに何しに行ったんだよ。留学だよね?ナンパばっかりしてないよね?
『イギリスの女性はあんまりナンパに引っかからないの! しかも俺最近ナンパ控えてるのに…』
「え? 風邪引いた?」
『何でそうなるんだよ! わかるだろ! 年頃の男がナンパ控えてるって言ったら理由は一つ!』
怒ってる。電話越しでも怒ってるのがよくわかるくらい怒ってる。何で?だってナンパが生き甲斐のような佐伯氏がナンパ控えてるって、それもう風邪でしょう。
『俺はお前の事が…!』
突如、携帯からの声を掻き消すような雑音が耳を劈いた。
「ちょ…碧流!?」
「ふぇっ」
ぽたぽたと大きなエメラルド色の瞳から涙を落とす。
携帯からは尊の焦った声が漏れていた。
それが聞こえたのか碧流は、いやいやと首を振ってまた大きく息を吸い込んだ。
きぃん、と再び耳に突き刺さるような音が教室に響く。
「るっさ…! 千春! 碧流止めてよ!!」
耳を塞いで助けを求める私に、比較的安全地帯にいる千春はふるふると首を振った。
それでも音は届いているようで、烈は眉をひそめている。
「申し訳ありません、お姉様…。…私もお姉様の彼氏など認めませんから!!!」
「誰が!? 誰が彼氏!? これ幼馴染!!」
だめだ、誰もアテにならない。
「あああああっ、もう! 碧流、ちょっと静かにして! 電話終わったらホットケーキ作ってあげるから!」
自棄になって碧流に叫ぶ。
先程までの爆音が、嘘だったかのようにぴたりと止まった。
「本当に…? 約束だよ?」
「わかった! 約束! だからちょっと静かにしてて!」
途端にぱあっと顔が輝き、ぶんぶんと首を縦に振る。
よし、碧流攻略。
「碧流!?」
「あーあ。姉貴がどっかの馬の骨に取られるー」
「よし、携帯を燃やせばいいんだな」
待って。無気力さんもおかしい事言ってるけど、烈何言ってんですか!?
「あんた達もホットケーキ作ってあげるから黙る! それとも要らないの!?」
ぐっとそれぞれが小さく呻いて口を閉ざす。
流石だ、ホットケーキ。
「はいはい佐伯さんお待たせ」
『梓大丈夫!? なんか爆音したけど!』
「ん、大丈夫大丈夫。ちょっとー…あの、知り合いが」
何も知らない尊にLancelotの事なんて話してもわかってもらえないから、こう言うしかない。
私は私を愛してくれる家族ができた、なんて。
尊は知らなくていい。
私達が持っている能力のことも。
「文化祭には参加するんでしょ?」
『うん。そのために帰ってきたようなもんだからね』
「お土産お待ちしておりまーす」
『ちゃんとありまーす』
地球市民は二つに分類される。
能力を持っているか、それとも否か。
もちろん、Lancelotやとれじゃーずは能力持ちの集団だ。そのような集団を、私達は秘密結社と呼ぶ。
能力の発現傾向とは突飛なもので、例えば私のように精神状況が不安定な時に覚醒する者や、生まれつき能力持ちの者もいるらしい。
Lancelotのメンバーが、どういう経緯で能力を得たのかは知らないけど、いつか知れたらなと思う。
「じゃあ、また明日学校で」
『うん。またね』
ぷつんと電話が切れ、携帯の画面がホームに戻る。
さてと。ホットケーキ作らなきゃ。約束だからね。
私は廊下を伝って家庭科室へ入った。
「千春と無気力さんは抹茶で、碧流と烈はイチゴだろうなあ。私はどうしよ」
千春が大量購入してきたホットケーキミックスを二つ手に取り、冷蔵庫から必要な物を取り出す。
卵、牛乳、イチゴジャム、抹茶。
取り敢えず混ぜて焼けば出来上がる簡単なやつなんだけど…まあ好評だからいいとしよう。
「出来たよー? おーい?」
軽く声を掛けるとドタバタと足音がして扉が蹴破られる。勿論、見た目詐欺の千春によって。
「お呼びですか、お姉様!!」
うん、やっぱり見た目詐欺だよね。