文化祭準備
翌日。
「…尊が、イギリスに戻った…?」
野田さんから、朝一番にそう告げられた。
「そうみたい。昨日の夜、先生の所に連絡があったらしくて…実行係の引き継ぎは私がやるから、レシート貰っていい?」
「うん。ありがとう、よろしく」
財布からレシートを出し、野田さんに渡す。
「…あ、そうだ。聞きたかったんだけど」
顔を上げると、野田さんと目が合う。
その表情が、どこか固い気がした。
「霧谷くんと、知り合いだったの?」
「きりやくん?」
誰だそれは。私の知り合いに霧谷という名前の人はいなかったはずだ。
「…ううん、何でもない。忘れて」
そう言って、野田さんは席に戻って行った。
「…きりや…」
心に引っかかったままだが、これ以上野田さんに聞くことはできなかった。
「梓ちゃん!」
はっと我に返ると、目の前には雪奈ちゃんがいた。
「ご、ごめん。何?」
「文化祭の看板作りやることになったんだけど、一緒にやらない?」
「うん、いいよ」
「やった。梓ちゃんいれば何とかなりそう」
「そんなに期待値上げないで…」
今日は終日文化祭準備だ。制服の上から体育着を着て、絵の具で『三組メイド喫茶』と書く。未だすごく不本意だが、決まってしまったものは仕方がない。
「…雪奈ちゃん、それ何の絵…?」
「えっ、うさぎ…」
「ごめん、鏡餅かと思った…」
大きめの板に、絵の具で描いた看板を貼り付ける。左隅にいる鏡餅がやっぱり気になるな…。
「いい感じじゃない?」
「うん! 野田さんできたよー」
雪奈ちゃんが野田さんを呼ぶと、彼女は振り返ってこっちに来た。
「うん、いいんじゃないかな! じゃあ次こっちのメニュー作り手伝ってくれる?」
「いいよ」
メニュー作成班に加わり、打ち出されたメニューの紙に絵を描く。雪奈ちゃんは、また鏡餅を描いていた。
☆ ☆ ☆
「そう言えば、今週末はお姉さまの学校の文化祭でしたね」
「あー、そうだね」
昼食が終わり、食器を台所に出しに来た千春がそう言った。俺は頷く。
昼食作りはいつも千春と碧流がやってくれるので、片付けは俺と烈でやる。まぁ俺に何か作れって言っても出るのはカップ麺だけどね。
「遥希も行くでしょう? 丁度休日ですし、碧流が行っても不審ではありませんし」
「姉御、メイド喫茶? だっけ。すげーな」
「着るかどうかは教えてくれなかったけどね〜」
「はるき、めいどって何?」
「あー…なんて言えば良い? 金持ちの代わりにご飯作ったり掃除したりする」
「おい言い方」
ピッと烈が濡れた指を弾く。顔に水が飛んできた。だって、間違ってはいないじゃん。
「…千春、文化祭行くの?」
「何を言っているのですか? 行くに決まってるでしょう」
「…ふーん」
千春は訝しげな表情でこちらを見ている。「何でそんな当然なことを?」って言いたいんだろうな。
もう一緒にいて十年を超える。それくらいわかるようにはなる。
「俺、行かない方がいいと思うよ。姉貴の文化祭」
「…は?」
俺にはわかる。きっと千春は、姉貴の学校に行ったら辛い思いをする。
千春だけじゃない。烈もだ。
「…いやいやいやいや、遥希何言ってんだよ。行きたくねぇの? んなわけないだろ、お前に限って」
「はるき…?」
二人が心配そうな顔で、俺と千春を見る。
「行きたいよ。だって姉貴がメイド服着るかもしれないんでしょ? それは見たい」
「なら何で」
「遥希」
千春の声が、酷く冷たい。
「理由を、話してください。くだらない理由なら、本気で怒りますよ」
桃色の瞳が強く輝く。家の中だけど、能力の使用も辞さないという意思表示だろうか。
「…言えない」
言えない。言ったら千春に、烈に、最悪な事を思い出させることになる。
Lancelotを結成して、一年。その一年を掛けて蓋をした記憶を、抉じ開けなくてはいけなくなる。
俺は。
俺は、二人が一年前に戻ってしまうくらいなら。
「理由は、言えない。文化祭は、行かないほうがいい」
「…っ、ちはる、ダメ!」
桜吹雪が、視界を覆った。




