4話 提案
「………眩しい」
目を覚ました四季は太陽の光が眩しく、手で眼を隠しながら呟いた。
「ハァ~。とりあえず受けるるか」
上半身を起き上がらせようと手を支えに起き上がり辺りを見渡すと、熊の魔物と戦った場所とは違う場所であった。
そこは何処か幻想的な、それこそ絵本に出てきそうな雰囲気のする場所であった。
その風景に四季が見惚れていると、右の方から四季の名前を呼ぶスコールが走ってくる。
「シキお兄ちゃんーー!!」
スコールは近くまで爆走してくると、残りわずかな距離をジャンプして、こちらにダイブしてくる。
「フワァ」
四季の顔に向かって飛び込んでくるスコールに、四季はスコールの頬を両手で掴むと、そのまま左右に伸ばして、スコールは間抜けな声をあげてしまう。
「ひたいよ、しきおひぃちゃん。はやく、おろひて」
手足をバタつかせて必死に振りほどこうとするが、手足が短いために振りほどくことができない。
その様子をしばらく楽しむと四季はスコールの頬から手を離す。
「ううぅ。酷いよ、シキお兄ちゃん。」
解放されたスコールは四季のあぐらの上に乗ると、前足で引っ張られた頬を撫でながら泣き言を言うが、四季はそれをスルーする。
「ところでさ、スコール。ここ何処なんだ。あの熊野郎と戦った場所じゃないというのは分かるんだが」
訊ねられたスコールは背中を預けたまま、首だけ四季に向ける。
「ここはね、お母さんが寝てた場所だよ。シキお兄ちゃんがあの魔物を倒してから少しした後にね、お母さんが駆けつけたんだ。それで、シキお兄ちゃんをここまで連れてきたんだ。それにしてもシキお兄ちゃん、一日中寝ちゃうから心配したんだよ」
「そうか、心配かけたなスコール。お前のお母さんにもお礼を言わないとな」
スコールの頭を撫でてやると、スコールは嬉しそうに尻尾を揺らす。
「ところでさ、肝心のスコールの母親は何処にいるんだ?」
「えっと、お母さんはね」
「フフ、私ならここです」
声のする方向を向くと、森の中から一人の女性がこちらに向かって歩いて出てくる。
見た目は二十代後半で、綺麗な白銀の髪に、何処か母性を感じさせる雰囲気を纏った女性である。
だが、スコールの母親というのは些か疑問である。確かに、スコールの白い毛の部分と女性の髪が同じ色ではあるが、そもそもスコールは狼であり、女性は見た目が人間である。
四季の疑問そうな眼差しを受け取った女性は、可笑しそうにクスクスっと笑い、四季達の前まで来る。
「フフ、私がスコールの母親で間違いありませんよ。私はスコールの母親のハクと申します。この度は息子のスコールを助けてくださってありがとうございます」
丁寧に頭を下げるハクに、四季は首を横に振るう。
「気にしないでくれ。スコールを助けたとは言っても、成り行きの結果だ。だから、礼は言わなくていい」
四季がそう告げると、ハクも頭を上げ直した。四季はハクの頭を上げると、疑問に感じていた事を改めて質問をすることにした。
「ところでさ、なんでスコールは狼の姿をしているのにハクさんは人間の姿をしているんだ?」
四季がハクに質問をしている間にハクは手招きでスコールを呼び、スコールはハクの足元まで行く。
「『精霊族』ですから、人化をすれば『人間族』と、同じ姿になりますよ。スコールはまだ、人化の練習はしていないので無理ですが」
「成程、流石は異世界だなぁ」
“人化”といった異世界ならではの事に、四季はわくわくしながら呟いた。
「今度はこちらから質問なんですが、何故あなたはこの森にいるんですか? それに魔族との仲が悪いとはいえ、その他の種族などの知識は『人間族』の王城で勉強しなかったんですか異世界の来訪者さん」
告げられた瞬間、四季は無意識に傍に置いていた刀を握り締めて、ハクの動向を警戒する。
そんな四季の行動にスコールは驚き、ハクは笑みを浮かべたままスコールを背中に隠すと、四季に重圧を掛けてくる。
「かつて私は、『人間族』が召喚した異世界の勇者と会っていましてね。貴方がその勇者と同じ容姿、格好をしていますので、そうだろうなと思ったんです」
四季はハクの話を聞きながら、ゆっくりと刀を手から離す。
四季は今の優先順位を考える。まずは情報だ。この世界の情報がない状態では色々と危ないので、まずは情報を手に入れなければならない。
その次は安全。この森は熊の魔物といった危険な生き物がいる。熊の魔物一体で死にかけた四季ではこの森から出ることは出来ない。だが、ハクからの重圧で、ハクはクソジジイ以上の強者であることは分かる。仲違いしなければこの森を安全に抜けることは出来る筈だ。
「ハクさん、まず最初に言うけど、俺は『人間族』の召喚した勇者じゃない筈だ。その事について話すから聞いてくれ。そしてこの世界について教えてほしい」
ハクは四季を見て少し考えると、四季に向けていた重圧を解いた。
「分かりました、話を聞きましょう。《クリエイトアース》」
ハクが呪文を唱えると、何もない場所に土の椅子と机が地面から現れる。
その様子を見た四季は現在の状況を忘れて、ハクの魔法に魅了されていた。そんな四季にハクは先程までの重圧と違って、暖かな眼差しを向ける。
「さぁ、シキくん。席に着いて、貴方の話を聞かせて」
ハクの言葉に四季もすぐに気を取り直し、ハクと向かい合うように席に座り、スコールはハクの膝元に座る。全員座ると、四季は召喚される前と後の状況を説明する。
「話は分かりました。話を聞くかぎりでは、何らかの事故で『人間族』の召喚の間に召喚されなかったんでしょう。シキくん、心の中で《情報》と唱えて下さい。そうすれば、貴方の情報の中の称号欄で勇者か分かる筈です」
言われた通りに、四季は心の中で《情報》と唱える。すると目の前に画面のようなものが現れる。
シキ・ヒュウガ
《魔法属性》 無
《魔法》 感知魔法
《称号》 巻き込まれた者・異世界人・米愛好家・抜刀者
(どうやら、勇者じゃないようだな。最初の三つは分かるが、最後の一つはあの刀を抜けたから獲たのか? それに感知魔法か。どうやら俺も魔法を使えるようだが、名前からしてサポート系の魔法だろうな)
自分の《情報》を見てあれこれと考えていると、向かい側に座っているハクから笑顔ではあるが、冷たい視線を浴びせられる。どうやら、放置してたのが不味かったらしい。
「えっと、俺がそちらに行った方がいいですか」
四季がハクに訊ねると、ハクからの冷たい視線も解かれる。
「その画面は本人のであれば、その本人は画面を動かせるので、こちらに動かしてください」
四季は言われた通りに画面をハクの前に動かす。渡されたハクは四季の《情報》を気になって見ようとするスコールと画面を見て、事実確認をする。称号欄を見たのだろう、ハクは画面から眼を離す。
「確認も出来たから、貴方の話を信じるわ。それにしても災難だたったわね。巻き込まれたてしまうなんてね。先に言っておくけど、私は帰還する魔法があるかは知らないわ。かつての勇者も帰還した者はいなかった筈だから」
申し訳なさそうに言うハクだが、四季はどうでもよさそうに首を横に振る。
「それは別にいいさ。特に向こうの世界に未練はないから、帰れなくても問題ないって思ているし。」
「でも、家族が」
「家族は一人いるけど、十五の時に、元服したなって、言ってどっかにいたから、関係なし。それよりもこの世界について教えてくれ」
「……分かったわ。それじゃ説明するわね」
ハクの説明によると、この世界は『スフィア』と呼ばれ、五つの大陸と小さな島々が存在しており、基本的に各種族は大陸ごとに別れて住んでいる。大陸ごとの距離は短く大陸間の移動は楽のため、たまに変わり者が違う種族以外の国に住んでいるらしい。
東の大陸に今回、召喚を行った《人間族》が治めている【王都ベイル】が存在する。ここは王国といくつかの民族が生活しており、国王と族長が協定を結んで、国王が治めている。
その北西に存在する大陸に《魔族》の【魔都ミディア】が存在する。ここは魔王と呼ばれる者に治められている。
逆に南西に存在する大陸に獣の特性をその身に宿した『獣人族』の【獣王国ウルクス】が存在する。ここは獣王と呼ばれる者に治められている。
西に存在する大陸に、ハクやスコールといった《精霊族》、エルフやドワーフなどといった《妖精族》が共に暮らしている【妖精郷アヴァロン】が存在する。ここは四人の四大精霊が治めている。
獣王国の東、妖精郷の南にある大陸に、竜や竜人が暮らしている【神竜国スピカ】が存在する。ここは竜王が治めている。
魔都から東、妖精郷から北にある海底に、人魚や魚人が暮らしている【海底国アトラス】が存在する。ここは魚人王が治めている。
現在、この世界では『人間族』と『魔族』の間でかつてない緊張が生まれている。
どうやら、魔王が『人間族』を滅ぼそうと画策していると『人間族』の国王が言っている。しかし、それは『人間族』の言い分がである。
確かに、かつての魔王はそれを実行して、『人間族』の勇者にその野望を止められたが、現在の魔王は極度の面倒ぐさがりやで、そういったことに興味がない。
今回のは、『人間族』の国王が『魔族』の大陸の豊富な鉱石が目当てであろうと言われている。
今回の召喚は強大な『魔族』を滅ぼすために呼ばれたものであろうというのが、ハクの考えである。
「下らない理由だな」
四季は呆れた感じに呟くと、同調するようにハクも苦笑する。しかし、スコールだけが『人間族』国王の行いプンスカ怒っていた。
「ハクさん、後ここはどこら辺なんだ?」
「ここは【アヴァロン】周辺にある島の一つです。私は魔物が増えたこの島の魔物駆除と、ちょっとしたバカンスに来たんですよ。昨日、一気に危険度の高い魔物を倒したので、ちょっとした疲れで休んでたものだから、この子が居なくなった事に気づかなかったんです」
ハクは膝に乗せているスコールを慈しむように撫でる。
「今度はこっちの質問ね。シキくんは、この後どうするの? もしよければ、スコールを助けたお礼に【アヴァロン】で住む場所を用意してあげるけど」
ハクの申し出は四季にはありがたい。知らない土地でここまで親切にしてくれるのはまずないだろう。
「【アヴァロン】はに連れていってもらうのは歓迎するけど、住む場所の用意は遠慮させてもらうよ。折角の異世界だからな、色々な国や異世界ならではの場所も見ておきたいし」
ハクは四季の断りに少し考えた後、次の提案をする。
「じゃあ、ここで一ヶ月訓練してあげるというのはどうかな。一ヶ月位バカンスする予定だったし、貴方にとっても良い話でしょ。この世界は貴方の世界よりも簡単に命を失う場所だから」
ハクの提案は魅力的である。つい昨日、熊の魔物に殺されかけた以上、いつ同じような状況になりかねない。それに、ハクの強さはあの重圧からして、間違いなく強い筈である。
受ける事にしようとすると、スコールが興奮するように四季に話し掛ける。
「シキお兄ちゃん、受けた方が良いよ。お母さんはね、その強さから“四聖”の一角に列ねているんだ。その強さから毎年、何人の人が弟子になりたがるけど、家族以外は面倒を見ないって豪語しているんだ。そのお母さんが特訓をつけてくれるのなんて滅多にないよ」
スコールの言葉に思わず、ハクの顔を見る四季だが、本人は笑みを浮かべたままである。スコールの言葉になおのこと受ける事にする。
「ハクさん、改めてこちらから頼む。一ヶ月訓練をつけて欲しい」
頭を下げる四季に、ハクも頷く。
「こちらこそ、宜しくね。これから一ヶ月、ビシバシ鍛えるから、泣き言無しよ。後、スコール。ついでに貴方も鍛えるからそのつもりで」
「うん、僕も強くなるよ」
こうして、四季の一ヶ月の特訓が決まった。