地下 初めての来客
「さてとそろそろ設定するか」
目が覚めたオルフェウスは地下迷宮の最下層にて魔物の設定をしていた。魔物は様々な方法で増えるが共通して言えるのは魔力がある土地にしか生まれないようになっている。地下迷宮などはまさに生まれるのに適した環境である。現にこの迷宮内に魔物の元とも言える魔物苔が生えていた。魔物とて地球上の生物と同様に最初は植物だ。与える魔力、つまり栄養素が違うと別の魔物に変わる。ただそれをオルフェウスが迷宮全体にある魔物苔に直接魔力を与えては何百年とかかってしまう。
そこで魔法石板の出番だ。説明書によればこれに魔力を通すと魔法石板が注ぎ込んだ魔力を全ての魔物苔に与えることが出来る。その上どのくらいの分量で与えるかという指示も出せ、自動でやってくれるのでとても楽にできる。
「しかしまあ、確かにこれじゃあ歴代の魔王が地下迷宮を創るのを嫌がる訳だな」
オルフェウスは魔力がごっそり持っていかれるのを感じ取り、眉を顰めた。というのも魔法石板でやると魔力の消費が多い上に50階から上、つまり1~49階の階は魔物苔から別の魔物へと進化しなかった。歴代の魔王達が地下迷宮を創らなかった理由は地下の湿った空気で馬鹿でかい魔力をごっそり削り取られるよりも魔王城で戦ったほうが威厳を保てるし、何よりも卑怯者扱いされにくい。なので迷宮主は魔力が魔王以上のものがやるケースが多い。
閑話休題
とはいえ魔力の燃費が悪いかといえばそうではない。地下迷宮に現在オルフェウスの魔力が浸透しており、馴染んでいる最中なのだ。これが原因で魔物苔が進化しににくなり、地下迷宮ができて数日で滅ぼされた要因にもなっている。だがこれによってどんどん魔物が成長するのだ。所謂魔力の先行投資だ。
「この調子じゃあ少し面倒だな……」
しかしこのままでは万が一地下迷宮に入って来られたら困るのは違いない。オルフェウスは最下層から1階まで瞬間移動した。その理由は地下迷宮に潜らないようにオルフェウスが見張るためだ。これは元がつくとはいえ魔王であるオルフェウスだからこそやれることで魔力だけの他の迷宮主がやろうとしたら間違いなく死ぬ。
見張りをしてしばらく経つとオルフェウスは飽きてしまった。オルフェウスはもともと飽きっぽい性格である。故にマンホールの蓋を開け、外の地上を見た。
すると銀色に光る何が落ち、オルフェウスはそれが気になり蓋を閉め、元に戻った。
「なんだこりゃ?」
それは訳のわからない文字で書かれており、オルフェウスは首を傾げる。すると
「キャァァァァーッ!」
眼鏡をかけた長髪気味のブレザーの制服が特徴の少女が叫び声を挙げ、オルフェウスの地下迷宮に入りこんで来てしまった。
「おい、大丈夫か?」
「イヤァァァーッ!!」
オルフェウスが心配し、パンツ丸見えの少女に話しかけると少女は顔を真っ赤にして再び叫び声を挙げた。
「ううう……お嫁に行けない……」
「ようこそ我が地下迷宮へ。だが今は準備期間中だ。」
オルフェウスはその少女の言葉をスルーした。どうせ何か言っても地雷にしかならないからだ。
「だ、地下迷宮?」
「もしかして地下迷宮の存在すらも知らないのか?」
「え? はい」
「わかった。迷宮主として教える義務があるし教えよう」
オルフェウスは二つ椅子を作り少女を座らせると自らも座った。
「だがその前に一ついいか?」
「なんでしょうか?」
少女はオルフェウスの威圧に呑まれてしまい、敬語で話す。
「お前は見たところ上から蓋を開けてわざわざやってきたみたいだが何故そうした? 地下迷宮を知らんようだし地下迷宮の物が目当てじゃねえだろ」
「あー……実はですね。定期券を落としちゃって手当たりしだい探していたんですよ。おかげで制服はボロボロになりますし……」
そう言って少女は落ち込み、影を落とす。
「テイキケン? なんだそれは?」
オルフェウスの世界には定期券などは存在しない。それもそのはず。オルフェウス達の世界の住人の移動方法は魔法を使って移動するのが当たり前だ。馬も使うが馬は競馬や乗馬などの娯楽にしかほとんど使わない。
「えーとなんて説明すればいいんでしょうか?このくらいの銀色のカードなんですが……」
少女はそう言って手をカードの形にして教えるとオルフェウスは少し考えて口を開く。
「テイキケンとやらはわからんが、もしかしてこれじゃないのか?」
オルフェウスの手には銀色のカードがあり、まさしく定期券そのものだった。
「あ! これです! ありがとうございます!」
そう言って少女はオルフェウスの手に持っている定期券を貰う。
「(テイキケンとやらは一体どんなカードなんだ?そこらへんも踏まえて色々と上の世界のことを聞いてみるか。)」
オルフェウスが少女の定期券を渡しそう決めると目の前の椅子には少女が座っていた。
「出来ればそのテイキケンをもっと詳しく見せてもらえないか?えー……」
そう言えば名前を聞いていなかった。オルフェウスはそう思い言い惑うが少女から口を開けた。
「天谷優です」
「ではアマタニ。これを少し見させてもらうぞ」
「どうぞ」
優はそう言って定期券をオルフェウスに渡した。
「(やはりこのテイキケンには魔力がない。先ほども見てみたがこの謎の文字はなんだ? これの使い方は? ……謎だらけだ。聞いてみるか。)」
じっくり見ればわかるとオルフェウスは思っていたが自分の世界でもわからない物もあるのに異世界の物がわかる訳もない。そう結論付けたオルフェウスは口を開いた。
「アマタニ。前言撤回させてもらう。色々と聴かせてもらうぞ」
そう言ってオルフェウスは前言撤回すると優は特に用事もないため別に話すくらいならいいかと考えて頷いた。
「ではアマタニ。このテイキケンは何をする物なんだ?」
「それは電車やバスを決められた日々の間だけ使えるカード……です」
むちゃくちゃな説明になったがそれでもある程度は伝わったはずだと優は思っていた。だが…オルフェウスはさらに深刻な顔になった。
「電車やバスとはなんだ? 俺のところではそんな物はなかったぞ。……後無理に敬語は使わなくていいぞ。アマタニが俺を殺す気がなきゃ殺しはしねえよ」
そうオルフェウスは電車やバスを知らない。そんな事態に優はキョトンとしてしまったがすぐに口を開いた。
「それじゃ敬語はやめるよ? 電車やバスは簡単に言えばどこかに行くときに使う乗り物」
これだけ噛み砕けばオルフェウスも理解できた。しかしそうなると魔法を何故使わないのか気になった。
「移動する時に使うのは魔法ではないのか?」
「魔法なんてものはないよ。魔法は架空の存在」
そう言って優は鼻で笑うがオルフェウスはさらに笑った。
「これを見て魔法がないと言えるか?」
そう言ってオルフェウスは指先に火の玉を発生させ…優の足元に投げた。
「わっ!? ……ほ、本物?」
優はそれをジャンプして避けて火の粉を払った。
「本物だ。でだ……もし暇なら地上、日本を案内してくれないか?」
オルフェウスはそう言って頭を下げた。その理由は移動手段だけでも電車やバスなどのオルフェウスからしてみれば訳のわからない単語が並ぶ世界……日本はダンジョンを離れてでもみる必要性があると感じていたのだ。
「日本全ては無理だよ。広すぎ。電車やバスを使ってもどのくらいかかるかわからないし、私もそこまで暇じゃないもん」
とは言え高校生である優に日本全国を案内しろと言われれば流石に無理だ。少なくとも今は学校がある。夏休みから案内しても夏休みが終わっても案内出来ない可能性も否定出来ない。
「そんなに広いのか?」
「広い!」
「わかった。それじゃ近所はどうだ? それだけでも十分だ。」
「う〜ん……わかったよ。それじゃ着いてきて」
優はそう言ってマンホールの蓋を開けて外へと出ようとした。
「ちょっと待て。その前にやってもらいたいことがあるんだが……いいか?」
「やってもらいたいこと?」
「流石にここを留守にするわけにはいかねえからこの看板に《ただいま準備中》と書いてくれないか? 本当なら俺が書くべきなんだが…お前達の世界の字は書けないしな」
「仕方ないわね…」
そう言って優はオルフェウスから渡された羽ペンを持って看板に《ただいま準備中》と書き終えた。
「これで一安心だ」
「じゃあ行きましょ。えーと……」
「オルフェウスだ」
「じゃあオルって呼ぶね!」
二人ともマンホールの蓋を開け…外に出た。