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chapter-4 疑惑の茂み



 放課後。

「ほんとだ、カズの言った通りだ」

 小屋の屋根を触りながら、声を上げたのは健太郎です。学校で和真に言われた様子そのまま、端が欠けて僅かに中が見えるようになってしまっています。

「カズはなんで来ないんだろ」

「宿題忘れてきたから怒られて居残りでやらされてるんだって」

 まったくアイツは、と紗耶香がため息混じりの返答を返すと、クギを拾いながら健太郎は思いきりどや顔をしてみせます。「ふふ、写す気ならオレみたいに前の日に学校で見せてもらわなきゃダメだねー」

「ケンタ……」

 もはや呆れて口も利けない紗耶香。そんな二人をよそに、未菜はさっきから辺りをキョロキョロ見回しています。

 ちなみに、今日ここにいないのは和真だけではありません。友洋は学習塾、優衣はピアノのレッスンがあって来ていないので、修理をするのは三人だけです。

「オレが世話がかりなんだから頑張って追いかける!」と和真は鼻息荒く宣言していましたが、あの分だとまだ当分は来ないでしょう。意外とみんな、忙しいのです。

「サヤカ、クギ持ってるから上から打ち付けて」

「はいはい」

 上から板を押し当てると、健太郎はクギを立てます。そこに紗耶香が金づちを降り下ろし、一本一本埋め込んでいくというやり方です。

 あおいのお守りは、未菜の役目。優しく抱っこしながら、しきりと辺りを見ています。

 どうしたのでしょうか?


「……ねえ、二人とも」

 ふいに、未菜が呟きました。

「?」

 健太郎と紗耶香は揃って未菜を振り返ります。目がそれた拍子に、紗耶香の降り下ろした金づちが健太郎の指をヒット!

「痛ったっ!」

「あ、ごめん! 大丈夫?」

「大丈夫なわけあるかっ! やばい……これから一生この指動かないかも……! お前のせいだぞサヤカっ」

「……いや、それはオーバーでしょいくらなんでも」

「二人とも!」

 痴話喧嘩ムードを打った切ったのは未菜でした。語気とは裏腹に、その顔は何だか少し不安そうです。

「……なんかね、さっきから誰かが見てるような気がする……」

「うそ、どこから?」

 紗耶香の言葉に、未菜はあおいを抱いていない方の腕で彼方を指差しました。ちょっと草丈の高い茂みの中に、確かに何かの気配が感じられます。

「見に行ってみる。ちょっとあおいちゃん抱いてて」

 紗耶香にあおいを手渡すと、未菜は歩いて行こうとします。恐怖からか、少し表情は硬いですが。

 その肩を、健太郎が掴みました。

「待って、オレが行くよ。もし悪い人とかだったら、逃げなきゃじゃん。オレの方が足が速いから」

「あ、ありがと……」

 やっぱり怖かったのでしょう、頷く未菜を見遣ると、健太郎は小走りで草むらに向かって駆け出します。

 もっとも怖いもの知らずの健太郎には、未菜の事よりも自分の目で“何か”の正体を確かめたいという気持ちの方が強かったのですが。


 はふぅ、はふぅ、はふぅ。

 規則正しい音が聞こえます。誰かが、息を荒げているみたいです。

 こんな草むらの中にいるなんて、いったい誰だろう。そう思いながら背の高い草を掻き分けて行くと、何か茶色っぽいモノが見えてきました。

「あ」

 思わず声を上げる健太郎。

 子犬です。

 ちっちゃな子犬が、何匹も地べたに寝そべっています。ぐっすり眠っているみたいです。

 Cの字形にきゅっと丸まって、身体を寄せあっている子犬たち。さながら縫い包みのようなその姿に、健太郎は見とれてしまいます。なんて可愛らしいのでしょうか。


 と、その時でした。

 がさがさっ、と少し向こうの草むらから音がしたのです。

 その音で、健太郎はやっと我に返りました。そうだ、子犬を見に来たんじゃない。変な奴がいそうだったから、その正体を見に来たのだったと。

 足元から目線を外して、音のした方をじっと見詰める健太郎。その前に、草むらを踏みつけながら何かが現れました。

 何か、ではありません。犬です。それもかなり大きな。

 ぼさぼさ伸び放題の茶色の毛は、心なしか子犬たちにそっくりです。親子でしょうか。ただ健太郎に分かるのは、明らかに機嫌が悪そうだという事だけ。

 大切な子供たちに不用意に近づかれて、腹を立てているのかもしれません。健太郎の顔に、さあっと青色が混じりました。

「え……えへ、へ……」

 曖昧な笑みを浮かべても、親犬の目付きは変わりません。回れ右をすると、親犬が何かをする前に健太郎は猛ダッシュで逃げ戻ったのでした。




「犬?」

 翌日の朝の時間。ランドセルを棚に収めるのもそこそこに駆け寄ってきた健太郎から、和真は昨日の事の次第を聞きました。

「それ、どのくらいの大きさだった?」

 このくらい、と健太郎は腕を目一杯広げます。「鼻の先っぽからしっぽまで、こんなにあった。茶色くて、鼻息が荒くて……」

「怖い…………」

 まだ話を聞いただけにも関わらず、優衣は離陸寸前の飛行機でも見ているかのように震えています。しかし今回は、和真もさすがに怖くなりました。こちらは小学生、相手は体長一メートル以上もあるのですから、怖いに決まっています。

「どうしてあんな所にいたんだろう」

「子犬もいっしょだったんでしょ。おうちが近くにあるんだよ」

「あおいもきっと、怖がってるだろうな……」

 大きなガラス窓の向こうを、和真は見詰めました。どんよりと重たそうな雲が空一面を多い尽くしていて、和真の不安を余計に煽ります。

 そういえば今日、また台風が来るって言ってたっけ。今朝のニュースでアナウンサーが悲壮な顔でそう伝えていたのが、唐突に思い出されました。

「……ねえ、帰りにあおいちゃんのところに寄っていかない?」

 同じことを考えていたらしい優衣が、そう申し出た時でした。

 ピンポンパンポーン、と鐘が鳴ったのです。見上げた天井のスピーカーから、校長先生の少し焦ったような声が聞こえてきます。

『全校児童に連絡します。今日午後、ここ大田区を台風が直撃します。非常に危険ですので、今日は二時間目で授業を切り上げて下校することになりました』

 わーっ! と上がる歓声の中に、和真も健太郎も優衣も取り残されました。


 健太郎が、ぽつりと呟きました。

「……いきもの飼うって、大変なんだなあ……」





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