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chapter-3 緊張の自宅



 10歳という年齢は、人間が初めて見かけ以上の働きを見せるようになる歳なのかもしれません。

 六人の工夫と努力は、目覚ましいものでした。近くの工場街の知り合いから廃材をもらってきて、学校や工場からこっそり持ち出した釘を打ち付け、屋根も壁も立派な小屋を建ててみせたのですから。


「毛布持ってきたよー!」

 未菜の声に、屋根に穴が空いてないか見ていた友洋と紗耶香が振り返ります。

「あ、じゃあ中に敷いてー」

「……意外とでっかいね」

「四隅を折ればいいよ。ほら、こうすれば折り目も出来ないし……」

 上手い具合に敷き詰めれば、あおいの居住スペースは完成です。

 場所だって選びました。以前のような中途半端な草むらではなく、思いっきり開けた土地に建てたのです。ここは六人の誰も来たことがないくらい奥にあり、周りは背の高い草ばかりなので外から小屋を見つけることは容易ではありません。

 全ては、あおいのため。


「いい感じじゃない!」

 額に光る汗をぬぐった紗耶香。他の五人も、満足げに頷きます。

 優衣の発案から四時間が経つ頃には、もう小屋が完成していました。粗大ごみに回されていた布団も添えれば、まず安心。

「あおい、どう?」

 薄暗い小屋の中を覗き込みながら和真が尋ねると、

「みゃお!」

 と、返事が返ってきました。あおいはすっかりご満悦の様子です。

「毎日交代でお世話しようよ。二人組かなにか作ってさ」

「確かに、こっそり飼うんだもんね。うちから持ち出すのも大変だし」

「誰とペア組む?」

 みんなは顔を見合わせました。別に誰でもいいのですが、それでは一向に決まりそうにありません。

「じゃんけんにしない?」

 友洋の提案です。「グーとチョキとパーがあるから、それぞれ二人ずつ出したら決まるよ。ついでにそれをグループ名にすればいいじゃない?」

 なるほど、確かに名案です。

「じゃあそうしよう!」

「じゃんけん、」

「ぽん!」


 ……無事、決まりました。

 和真と優衣、健太郎と紗耶香、友洋と未菜。なんの偶然か、見事に男女別々です。

「ケンタ、お世話の日忘れたりしない……?」

「バカにすんなよ! オレだってそのくらい覚えてられるし!」

「うそー、怪しいよー。ケンタ何回宿題忘れたっけ?」

「うるさいうるさいうるさいっ!」

 ……早くも仲違いが始まっています。やり取りを断ち切るように未菜が声を上げました。

「じゃあ、明日はカズたちで明後日はサヤカの所だね」

「よし決まり!」


 はしゃぐ六人を、あおいは自分の事と知ってか知らずかじっと眺めていました。

 飛行機の巨大な影が、小屋の上をすごいスピードで跨いで行きました。






 その夜の事です。

 ぼんやりマンガを読み耽っていた和真の耳に、不穏なニュースが飛び込んできたのは。


「……ところで、昨夜から発生していた低気圧ですが、どうなったのでしょう?」

「それなのですが、先ほど台風一号に成長しましてね」

「ずいぶん早い時期の台風ですねえ」

「はい。中心の気圧は979ヘクトパスカル、最大瞬間風速は18メートル。非常に速いスピードで北北東の方角へ進んでいます。こちらが進路予想になります」

「関東地方を直撃ですか。しかも明日ですね」

「そうなります。首都圏と東北地方にお住まいの皆さまは今夜と明日いっぱい、強風と大雨にお気をつけください」


「あらやだ、台風ねえ」

 台所の方から、食器洗いの音に混じってお母さんの声が聞こえてきます。和真も思わずマンガから目を離して、画面に映し出された台風の映像を見つめました。大きな白い渦が、沖縄と東京の間辺りにいるのが分かります。

 ガタガタと雨戸が音を立てると共に、嫌な予感が身体をすり抜けました。

「……あおいの小屋、大丈夫かな」

 急に不安になりました。それなりの形を整えたとは言え、あれはあくまで犬小屋の域を出ないくらいの大きさと耐久力しかありません。もしも竜巻でも起きたら、木っ端微塵になってしまうではないですか。

「母さん、ちょっと外見てきていい?」

 いてもたってもいられなくなって、和真は半分身体を起こしながら尋ねました。

 ですが、外は既に強い風の支配下に落ちています。お母さんはすげなく一言、

「だめ」

 和真は尚も粘ります。

「ちょっとだけだから」

「だーめ」

「ケンタのうちに行くだけだから」

「こんな時間に何しに行くのよ」

「しゅ……宿題見せてもらうんだよ!」

「自分でやらなきゃ意味ないでしょ!」

「…………」

 ダメです、梃子でも動きません。

──仕方ないや。明日朝一番に見に行こう。

 不安で重たくなった頭を振ると、和真は自分の部屋のドアを開けるのでした。




 翌朝が来ました。

「うわあ…………」

 窓を開けた優衣は、思わず声をあげてしまいました。

 タオルやらビニールやら、見覚えのないものがベランダにたくさん落ちていたのです。ここは三階だというのに。

 夜中ずっと風が吹いていたせいでしょう。強い風に煽られそうになって、慌てて優衣は窓をぴしゃっと閉めました。

 で、閉めた拍子に思い出しました。そう言えば今日は私たちがあおいちゃんのお世話係だったっけ、と。


 はっとします。

「そうだ、あおいちゃんの小屋!」

 大変です。この風、もしかしたら小屋を吹き飛ばしてしまったかもしれない!

 優衣はダッシュで玄関を抜け──お母さんが何か言っていたような気がしましたが聞き流し──外へと飛び出しました。マンションの一階へと降りるべく、階段目掛けて猛然と走り、

「──わ、びっくりした! どうしたんだよユイ!」

 ……和真と鉢合わせしました。

「あ……あおいちゃんが……あおいちゃんが!」

「あ、今さっき見てきたよ」

 焦るあまりその場でぴょんぴょん跳ねる優衣に、お皿を振りながら和真は笑います。「屋根がちょっと破れたけど、大丈夫だった。放課後、修理しに行こう」

 その一言が、どんなにか不安を取り除いてくれた事でしょう。

「よかったぁ…………」

 急に膝の力が抜けて、優衣はぺたんと尻餅をつきます。よかった、本当によかった。あの可愛い笑顔が見られなくなるなんて嫌だ。

 ほっとしたような笑みを浮かべる優衣ですが、

「……ユイ、なんでパジャマなの?」

 次の和真の言葉に顔が固まりました。

 恐る恐る、服を見ます。クマさんの可愛らしいイラストがプリントされた……、

 見る見る赤くなる全身。

「こっ……これはその……!」

 無邪気とは怖いものです。泡を食ったように弁解する優衣に、首をかしげながら和真はさらなる爆撃を加えます。

「それとユイ、もう七時五十分だよ? 遅刻するぞ?」

「きゃああああああああああああ!!」

 あおいのショックで寝坊したことに気がつかなかったのです。可哀想に、優衣は悲痛な叫びを上げながら自分の家のドアまで全速力で駆け戻るのでした。




 ともあれ、小屋の無事は確認されたのでひと安心です。

 ピークを乗り越え、少し風の穏やかになった一日が過ぎるのを、六人は今か今かと待ち構えます。







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