chapter-final 蒼空の未来
月日は流れて、もう一月になるでしょうか。
羽田空港の滑走路から飛び立つ旅客機の影になる、空港近くの交番の敷地。今日もそこには、六人の子供たちが元気よくやって来ます。
「一番乗りー!」
「何を、オレが一番乗りだよっ!」
「痛っ! 足蹴らないでよケンタ!」
「しーっ、あおい寝てるかもしれないよ……!」
「ふふん、早ければいいってもんじゃないもんねー♪ 私が一番静かに来たよ!」
「みんな……早いよぉ……」
ちょっと元気がよすぎるかもしれません。調書を書いていた交番のお巡りさんは、威勢のいい声にやれやれと笑います。
「にゃお!」
友洋の心配を裏切って、あおいはばっちり起きていました。今度こそ頑丈に修理された小屋の中から飛び出してきて、六人にじゃれつきます。もうすっかり、みんなの仲間です。
そして、もう一匹────。
「そら!」
和真が名前を呼ぶと、隣に建っている小屋から別の子ネコが出てきました。
まだ小さなトラ柄のネコ。「そら」です。あの事件の日、二人の男が捨てようとしていた子ネコでした。六人が引き取り、一緒にお世話をしています。
「みゃあ」
そらは鳴きました。お腹が空いているようです。
「お巡りさーん、牛乳あるー?」
未菜と友洋が聞きに行きました。牛乳はみんなでお小遣いを出しあって買い、交番の冷蔵庫で保管してもらっています。
「あおいは、まだいいの?」
健太郎の問いの意味が分かっているのか、あおいはにゃんと鳴いて丸くなりました。まだ要らないよ、ということでしょう。
この一ヶ月は、何事もなく平和に過ぎていきました。
そしてこれからもきっと、平和に過ぎてゆくことでしょう。
いえ、そうあって欲しいものです。
冬晴れの高い空を、雲がのんびり流れていきます。ぽかぽかと照る陽が暖かくて、眠くなってしまいそうです。
ここには広いスペースがあるので、眠くなると六人も一緒に寝転がれるようになりました。
和真は何となく眠れなくて、あおいを抱いたまま空を見上げていました。
そらと他の五人はもう寝て──いえ、まだ優衣は起きているようです。身を起こした優衣は、ずりずりと和真のそばへ寄ってきました。
「オレ、思うんだ」
和真はぽつりと言いました。
「あの日、オレたちが作ったその小屋を悪い男の人に持ち上げられるまで、あおいはずっと悪い男の人に甘えてたじゃん?」
「……うん」
「あおい、嬉しかったのかもしれない。家を作ってもらえて。だからあの男の人が家を持ち上げたとき、家を壊すな、みんなをいじめるなって怒ってくれたのかも」
和真の声に眠りを妨げられたのか、あおいは起き上がりました。和真は構わず続けます。
「オレたちががんばったから……あおいはなついてくれたのかな」
優衣は、えへっと笑いました。そして和真の隣に寝転ぶと、あおいに手を伸ばします。
「私も、そんな気がしてたんだ。あおいちゃんの怒り方、すごかったもん」
「怖かったよなぁ。もう許さないぞ! って感じだった」
「……私たち、あおいちゃんの居場所を作ってあげられたんだね」
ああ、その言葉が一番いい、と和真は感じました。
そうです、みんなは単に家を作ったのではありません。
家族を失い家を失い、ひとりぼっちだったあおいに、安心できる場所を作ってあげることができたのです。
家というのはその見える証拠。だからあおいは、家にこだわったのでしょう。
和真たちは飼い主にではなく、家族になれたのかもしれません。台風や野犬の群れ、それに悪い人との対峙という危機を乗り越えて、ペットと飼い主の間にある以上の絆を育むことができたのかもしれません。
いきものを飼うということの本質、そして本当の目的は、きっとそこにあるのではないでしょうか。つまり知らず知らずのうちに六人は、その答えに辿り着いていたのです。もし本当にそうだとしたら、すごいことです。
いつか願ったように、もっとずっとずうっと、こんな生活を続けられたらいいのに。
それは必ず叶うでしょう。六人と二匹の関係が、今のままである限り。
「あおい」
和真は優衣と一緒に、あおいを天高く持ち上げました。
そして、言いました。
「これからも……よろしくね」
羽田の地を蹴って遥かな世界を目指し、轟音と共に天空を駆け抜けていった飛行機の白銀の翼が。
その時一瞬だけ、あおいに重なりました。
まるで、これから先へ待ち受ける明るい未来へ飛び立つための、羽根のようでした。