chapter-12 落着の病院
何日かが、一瞬のうちに過ぎてゆきました。
今日は水曜日、学校のある日です。
授業が終わると、和真、健太郎、友洋に優衣に紗耶香、それに未菜は、揃ってとある場所へ駆け足で向かいました。空港のそばの、あの原っぱではありません。駅前にある動物病院です。
そこには既に、六人の親が顔を揃えています。居並ぶ銘々の表情の厳しさに、早くも子供たちは萎縮してしまいました。優衣などもう既に、雷が落とされるのを予感して首をすくめています。
やや遅れて、例のお巡りさんが着きました。ここにみんなを集めたのは、このお巡りさんでした。
「これはどうも。さ、お座りください」
病院のフロントにある長椅子に一同を座らせると、お巡りさんは口を開きました。
「まずは初めまして、警視庁羽田警察署天空橋交番に勤めております、鮫洲と申します。事の次第は既にお子さんから聞いていると思いますが、今回お集まり頂いたのは他でもなく、先日の羽田空港開発準備地区での逮捕劇の件です」
面倒な言い方をしましたが、数日前のあの事件だと和真たちにはすぐに分かりました。大人の言葉遣いは、いちいち小難しいから困ります。
「それで?」
和真のお母さんが先を促すと、お巡りさんは話の続きに入りました。
「お子さん方が共同でネコを飼っていたことは、もうさすがにご存知ですね。実はそのネコは、事件の発生した場所に一週間前、今回逮捕された二名の男──蓮沼と池上が捨てたネコであった事が判明しました。彼らはこの付近のペットショップの店員でして、たくさん産まれすぎて余った子ネコや子犬を再三に渡ってあの場所に投棄していたのです」
「だから犬がいたんだ……」
健太郎はようやく合点がいきました。あの怖い大きな犬たちもまた、捨て犬だったのです。
なんと酷いことをする男たちでしょう……。犬への申し訳なさも相俟って、怒りが再燃します。
「悪徳ブリーダーやペットショップによる売れ残りの愛玩動物の投棄は、かねてより問題視されていまして、現在は動物愛護法で固く禁じられています。羽田署では現在、二名の書類送検の準備とともにペットショップへの立ち入り調査の用意を行っています。また昨日、都の保健所と協力して例のエリアを詳細に調べました。その結果、多数の遺骸や生体が見つかりまして、生きていたものは保健所の方で保管しているという現状です」
お母さんたちは一斉に、ため息をつきました。身近なところでそんな恐ろしい事件が起こっていたなんて、知らなかったのです。畳み掛けるようにお巡りさんは言います。
「このような悪質な事件が明るみに出て解決に至ったのは、ひとえにここへお集まりの彼ら、穴守小に通うお子さん方のおかげです。我々羽田署は、皆さんのお子さん方に大変感謝しています。ですからどうか皆さんも、お子さんを責めないでください。彼らは自力で小屋を建て、頑張って飼おうと努力していました。立派ですよ」
お巡りさんがみんなを呼び寄せた理由が、ようやく分かりました。
お巡りさんは事情説明だけではなく、子供たちを褒めるためにこうして集めたのです。
「……そうなの?」
和真のお母さんは、驚きもあらわに和真を振り向きました。
和真もびっくりしていました。そして同時に、誇らしくなりました。自分たちのおかげで、事件が解決したのです。顔を見合わせた子供たちはみんな、予想外の誉め言葉を受け取って晴れやかでした。
しかし。
「……でも、あれからあおいちゃんを見てないよ……」
優衣の言葉で、その場は再び静まり返りました。
和真は思い出しました。あの日、悪人を捕まえたお巡りさんは別のお巡りさんに彼を引き渡すと、あおいをも連れていってしまったのです。
「お巡りさん、あおいをどこに連れてったの?」
「そうだよ、お巡りさん。私たちまだ、何も知らないよ」
口々に尋ねる声に、お巡りさんはにこやかに笑います。いったい何なのでしょうか。
「獣医さん、そろそろ終わりましたか?」
その言葉を聞いて、いつの間にか後ろに立っていた白衣の男の人は立ち上がりました。「処置は、もう既に。ここに連れてきましょうか?」
「お願いします」
白衣の男の人は頷くと、廊下の奥へと消えていきます。ばたんと扉の開閉する音が二度聞こえました。
そして──
「にゃあっ」
「あ、こら待ちなさい!」
そんなやり取りが聞こえたと思ったら。
一同の座る椅子の前にあるテーブルの上に、見覚えのあるネコがぴょんと飛び乗ってきたのです。
お腹には包帯が巻かれていますが、可愛らしいあの顔やフサフサのしっぽは今も変わりません。はっとみんなは息を呑みます。
「あおいちゃん!」
優衣が飛び付きました。そうです、あおいです!
「私たち、心配してたんだよ……!」
安堵のあまり涙を浮かべながら、優衣は何度もあおいに頬をすり寄せます。あおいも同じことを、優衣に返しています。
「ずるい、オレも!」
「あーっケンタ抜け駆けすんな! 私もだよっ」
「ちょっと、ぼくも入れてよ!」
「わ……私も!」
あーあ。とうとうみんな、あおいに吸い寄せられてしまいました。
和真だけは、まだ茫然とそれを見ていました。
そんな和真に、お巡りさんは言います。「勝手にこの子を連れ去って、すまなかった。何せ捨てネコだった訳だし、暴行が加えられていた可能性も考えて獣医さんに診てもらっていたんだよ」
「腹部を蹴られていたようだけど、内蔵破裂も起こしていないみたいだ。この子はタフだよ、全く」
白衣の──いいえ、獣医さんも笑います。「安心していいよ。この子は元気だ」
その時、和真の瞳にじわりと涙がにじみました。
ああ、今やあおいはあんなにみんなになついています。
悪者は捕まりました。お巡りさんはこうして、褒め称えてくれました。
これ以上の幸せがあるでしょうか?
とにかく胸がいっぱいで、嬉しくて、堪えきれなくなった和真は声を上げて泣き出しました。もう何も、心配することなんてないのです。何もかもが良い方向に動いてくれているのです。
ようやく全てを知った和真のお母さんは、息子をそっと抱きしめて、その背中を撫でました。
今までがんばってよかった、本当によかった。お母さんの胸の中で、和真はそう思いました。
「つきましては、提案なのですが」
お巡りさんの声に、大人たちは耳を傾けます。
「私としましては、この子たちの冒険を支えてあげたい。つまり飼わせてやりたいと思うのです。しかしながら、以前のようにあの野原でというのは危険が大きすぎます。そこでですが、交番の横にやや開けた土地があるんですね。一応交番の敷地ですので、フェンスもあります。そこで彼らにお世話をするのを許す、というのは如何でしょうか。いざという時は我々警察も駆け付けられます」
お母さんたちはお互いの顔をまじまじと見交わします。果たして、どうなるでしょうか?
「……うちは、それで構わないと思います」
最初に賛同したのは、和真のお母さんでした。「うちはただ、子供が台風やら何やら危ない時にも出掛けていくのが怖かっただけなんです。──あ、それと勝手に牛乳が減るのもですね」
お母さんたちの間から、失笑が漏れます。牛乳が懸案事項なのは、みんな変わらないようです。
やがて、次々にお母さんたちは口を開きました。
「私も、それで構わないと思います」
「うちもそれには賛成です」
ついに、全員の諒解を得ることができました。お巡りさんは泣き止んだ和真たちに、優しく笑いかけます。
「じゃあ、それでいいね?」