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chapter-0 蒼空の過去




 ものすごい音を上げて、頭上を大きな灰色の影が通過していきます。

 飛行機です。乗客を何百人も乗せた鉄の塊が、目一杯羽根を広げて飛び立って行きます。まるで、「ああ、やっと地面から離れられる」とでも言うように、機首を空へと向けて。


 ここは、羽田。

 日本一大きな空港として知られる、東京国際空港のある街です。

 航空法の規制がかかるので、滑走路の近くには建物が立てられません。なので、空港の周りには広い広い草っぱらがあります。

 そこから見る空の、なんと大きい事でしょう。晴れ渡った空の下、今日もたくさんの空飛ぶ乗り物が、目の前に広がった滑走路を飛んで行きました。

 もう、夕方。背景は今やオレンジに染まり、午前中までの雨が嘘のように美しい夕焼けが雲に映えています。飛行機の身体にも、赤や緑の小さな灯りが点りました。

 本当ならみんな、お家に帰る時間。けれど空港や飛行機は頑張るのです。まだまだこれから乗ってくるお客さんは、たくさんいます。最後の一人が笑ってタラップを降りて行くまで、空港や飛行機は眠れないのです。


 そうです。

 本当なら、お家に帰る時間でした。




 ガサガサ、ガサガサ。

 誰かが、少し湿り気を帯びた草っぱらに分け入るような音がします。

「ここでいいか、めんどくせえ」

「そーだなー。ここならまぁ見つかんねえだろ」

 男の声が聞こえます。

 誰でしょうか。真っ黒な服を身に纏った背の高い男が二人、空港のすぐ脇にある草っぱらに立ち入っているみたいです。しかもその手には、何やら段ボールが。

「ほら、さっさとくたばりな。お前がいるとメーワクなんだよ。メーワク」

 口汚く罵る男の横で、もう一人の男が段ボールを蹴りました。小さな声が上がりましたが、飛行機の音で聞こえません。また一機、遥かな高み目指して舞い上がって行きます。

 蹴った男に、もう一方は言いました。「ほら、さっさと行こうぜ。まだ山ほどいるんだからさ、一匹ごときに時間使うのなんてもったいねえよ」

「ははっ。それもそーだな」

 段ボールをそこに投げ棄てると、二人は連れだって歩いていきました。ああ、その横顔のなんと清々しい事でしょう。大掃除でも済ませたかのようです。




 段ボールの中身が身を起こしたのは、それから数えること五分後の事でした。


 それは、小さなネコ。

 まだ子ネコです。


「にゃぁ…………」

 か細い声で、子ネコは鳴きました。もうかなり衰弱しているのでしょう、声量も小さいし掠れています。身体は痩せ細り、痣が何ヵ所も見られます。

「…………みゃ……ぅ……」

 もう一度、鳴きました。

 飼い主が恋しいのでしょうか。ああ、けれどその声は誰にも届きません。頭上を大きな魚のような身体が、信じられないような音を立てて飛んで行ったからでした。

 子ネコは、それの飛び去った方角を見詰めました。透き通ったオレンジの幕に向かってその力強い姿はどんどん小さくなり、やがて溶け込むように消えてしまいました。



 あんな風に、生きられたら。


 或いは子ネコは、そんなことを考えていたのでしょうか。




 見渡す限り空港の他に何もない、少し湿った草っぱらの真ん中で。

 子ネコは今、ひとりぼっちでした。








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