◆第一章 一話
永遠にここからは出られないのではないか。
僕は途方に暮れていた。
見渡しても見渡しても目に付くのは一面の緑。
鳥の鳴き声。
暑苦しくて嫌になる程、耳を劈くような蝉の鳴き声が響いている。
汗を拭い止めていた足を動かし始める。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
本来ならば、新社会人として会社で働いているはずだった。
高校を卒業してすぐに職に就いた。
特にこれから学びたい事などなかったし、早く自立してあの家から逃げ出したかったのが本音だ。
怯えるだけのあの家から。
母親と父親が毎日のように喧嘩を繰り返し、その被害は僕らにも及ぶようになった。
喧嘩の原因はいつも些細なことだ。
姉も兄も、既に就職していてあの家にはいない。
あの家にいるのはまだ高校生だった僕と、今度高校生になる妹だけだった。
妹を一人、あの家に置いておくのは気が引けるが、僕が働いてお金を貯めて助け出す。それが僕の就職の理由で、社会への期待だった。
僕は何かに甘えていたのだ。
何か弱みになるようなものを持っていれば、きっと社会は僕を助けてくれる。
そう、心のどこかで思っていたのかもしれない。
けれど、半年前に抱いていた期待が跡形もなく消え去った。
無駄に期待を抱きすぎていたのだ。
現実はそれほど甘くはなかった。
その結果、僕は今に至る。
入社式から一週間が過ぎて間もないというのに、早速僕は逃げ出してしまった。
あの会社を選んだのがミスだったのか。
僕には合わなかった、などと言い訳をするのは都合が良すぎるのだと思う。
それでも合わなかった。
例えあの会社でなくとも、きっと僕は社会で生きていく事が出来ない人間なのだと痛感した。
現実はそんなに甘くはない。
「はぁ……はぁ……。」
息が切れる。
もうそろそろ体力の限界か。
歩くだけでも辛いのに、暑さで更に体力が奪われていく。
今頃、会社でパソコンと向き合ってキーボードを打っているはずじゃなかったか。
どうしてこんな森の中にいるのか、どうやってここまで来たのか、何も覚えていない。
「喉が……乾いたな。」
どこかに水はないのだろうか。
このままではここで息絶えてしまう。
残された妹はどうなってしまうのか、考えるだけで寒気がした。
僕しかいない。
そうは分かっているのに。
「何かお探しですか?」
「えっ……?」
透き通るような声がその場でこだました。
そこにいたのは、何とも美しい女性だった。