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第八章

「ええっ!? いや、そんないきなり!?」


 普段ほとんど鳴ることのない携帯を片手に声を上げていた。久しぶりの電話の相手は母親だった。突然告げられた難題に反論をしようと口を開こうとした瞬間、電話は一方的に切られていた。


「ああ……」


「……」


 しばしの沈黙。

 切られた電話を片手に立ち尽くす僕のことを猫が見上げている。

 僕は慌てて部屋を見回す。

 以前まで散らかっていた洗濯物や部屋は口うるさい猫の厳しい指導により今は片付けられていた。

 もし問題があるとすれば……。


「今から妹が来るのね」


「ええ!? なんでわかった?」


「私、猫よ? こんな近くで話をしていたらさすがに聞こえるわ」


「そうか……」


 いや、そうかと納得している場合じゃない。

 問題はこいつだ。

 ここはペット禁止だし、その上、こんな不思議色のしゃべる猫がいたら大騒ぎだ。


「……」


 いや、落ち着け。来るのは妹なんだから、この際ペット禁止はおいておくとしてだ。こいつのことだから、妹の前でしゃべるようなヘマをするとも思えない、が、色はどうしようもない。


「何を考えているか知らないけど、そこにある下品なDVDと本は隠した方がいいんじゃない?」


「あ、そ、そうか……」


 猫に指摘されて、慌てて秘密DVDを手にとった。確かに猫が言うようにあまり目のつく場所にあっていいものでもない。

 僕はそれらをまとめてベッドの下に……


「そこはやめておきなさい。見つかるわよ」


「うっ……」


 猫はいつもの座布団の上からあきれたように言った。

 そうは言えども、この狭い部屋で隠す場所などそうたくさんあるわけでもない。 ダメだと言われるとどこでもダメな気もしてくる。


「いやいや、そうじゃない……」


 僕の崇高な趣味の話よりも猫をどうにかしなければ……。


「うん?」


「えっ?」


「誰か階段を上がってくる。ここの住人ではないわね」


「もしかしてもう来た!?」


 仕方ない。

 かなり強引だが本はデスクの引き出しに押し込み、数枚のDVDは猫が横になっている座布団の下に押し込んだ。


「……」

「あとは……」


 明らかに不快な顔をしている猫の対処を考えているうちにインターホンが鳴った。

 ピンポンの主は、鳴らしたのと同時にドアを開けようしたのか、ガチャンと音を立てて行く手をドアのカギに阻まれている。

 なんというデンジャラスな……。

 親からの密告とドアロックのおかげで未然に不意打ちを防ぐことができたのは僥倖という他ない。


「と、とにかく、妹に見つからないようにな」


「考えておくわ」


 僕は慌てて鍵を開け、覗き込むように少しだけドアを開ける。わずかに隙間ができると向こうから強引にドアを開放させられた。


「お兄ちゃん、遊びにきたよ!」


 僕の妹、黒田蘭は近所迷惑になるのではないかと思うほど元気よく声を上げた。

背はそれほど高くない。中肉中背より、少し低めで細め、女性らしい曲線は以前より明確になった、と思う。長い黒髪、肌があまり焼けていないのは屋内での活動が多い文化部のせいだ。

 兄のそれとは違い、妹の運動神経はすこぶる優秀だ。残念なことに僕には現れなかった我が家の遺伝的特徴である。そのわりに運動部に所属せず、文化部に席を置き、そこで何やら優秀な成績をおさめているという話を母親から聞いた事がある。

 本人が言うには学校ではまじめで物静かで通っているらしいが、僕の知るかぎりでは、そんな印象は少しも出てこない。


「お、おう……よく来たな」


「うん? 一人? なんか、誰かと話しているのかと思ったんだけど」


 蘭はさぐりを入れて来る探偵のように僕の顔を覗き込んでくる。


「独り言だよ、独り言。一人暮らしになると増えるんだよな~、独り言ってさ」


「ふ~ん……あれぇ、部屋、すごく綺麗にしてるんだね~?」


 蘭は通路を塞ぐように手を張っていた僕の腕の下をスルリと潜り抜け、部屋の中へと入っていく。


「ま、まあな……」


「てっきりすごく散らかっているのかと思ってた。もしかして彼女?」


 妹の探るような上目使いに俺は素直に首を振った。「まさか」と。しかし、蘭の疑惑を晴らせてはいないらしい。今にも家宅捜索でも始めかねないような目の光りようだ。


「あれ! 猫がいる!?」


「……!?」


「真っ黒子じゃん、かわいい!」


「えっ? 黒?」


 蘭が部屋の奥から歩いてきていた猫を抱き上げた。その猫の色は妹の言うように全身真っ黒。青い部分など一つもない。


「もうダメじゃん、ここ猫飼っていいのぉ?」


 そうは言っているが、蘭は猫にすっかり懐柔されてしまったようだ。猫は人懐こい子猫のように妹に抱かれながら、その胸に頭をこすり付けている。


「ねぇねぇ、名前は? 名前はなんていうの?」


「えっ?」


「名前あるでしょ?」


 飼っている猫に名前をつけていないという事があるだろうか……? 付けていないとすればそれはかなりのレアケースだ。


「えっと……く、クロとか?」


「クロ? まんまじゃん」


 蘭は笑っているが、蘭に抱かれている猫は睨んでいる。

 どうやらお気に召さなかったらしい。

 不意に猫は蘭の腕から逃れると、一声鳴いてから、寝床の座布団にそばにごろりと横になり、もう一声鳴いた。

 おいおい……。


「あらら、クロちゃん、どこいくの」


 妹は猫の鳴き声に引き寄せられるように猫のもとに近づくと、今度は猫のそばに腰かけて猫を撫でている。猫が少し体勢を動かせば、僕の高尚な趣味が兄を慕う妹の目にさらされてしまうだろう。


「と、ところで、大学はどうするか決めたのか?」


 蘭の注意をそらすため、僕は一先ず話題を変えた。


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