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第三章

「……」


「……?」


 何とも言えない緊張と沈黙が猫と僕の間に張り詰める。僕が絶えかねて口を開こうとした瞬間、猫はそれを制するようにこう言った。


「お茶は?」


「……? へっ?」


「あなたは訪ねてきたお客に対してお茶も出さないわけ?」


 猫は不満げに長い尻尾でパシパシとデスクを叩く。かなり機嫌を損ねてしまっているらしい。


「お、お茶?」


 お茶を出す。

 これはそういう間だったのか。

 僕は慌てて立ち上がると冷蔵庫からペットボトルのお茶をコップに注いで猫の前に置く。

 なんと幸運な事に、今朝封を切ったばかり、開けたてほやほやだ。もちろん冷えてはいるが。

 しかし、猫は露骨に、いや、あえてこちらにわかるように、と言ったほうがいいだろうか、眉間に皺を寄せ険しい顔をしてみせる。


「何これ?」


「いや、お茶……」


「お腹が冷えるわ、温かいのを頂戴。濃い目ね」


 そう言って猫はデスクの上にあったものを押しのけてスペースを作ると、くつろぐように腹ばいになった。

 おかげでデスクの上に置いてあった、使われていない教科書などがバラバラと床に落ちた。

 僕は突き返された冷えたお茶を手に、少し考える。


「それを温めるのは却下だから」


 猫は僕の考えを見透かしたように睨んだ。


「あの」


「何?」


「急須もお茶葉もないんだけど……ティーパックはあるけど」


「……はあ。全く、まともにお茶も出せないの? なら、一先ずそれでいいわ。熱

いのを淹れて」


 猫はため息をついて呆れたように言うと、今度は毛繕いを始めた。


「……??」


 僕は言われるままお湯を沸かすと、ティーパックを湯のみに落とし、お湯を注いで、再び猫の前に差し出した。


「ど、どうぞ……」


「……」


 猫は湯のみを覗き込むとティーパックからお茶が滲み出ているのを確認する。


「ふん」


 確認しただけで、まだ飲まないらしい。確かに猫が言っていたような濃さにはまだなっていないのは事実であるが……。


「お茶菓子は?」


「……?」


「お茶だけ飲めと?」


 猫の不満ありげな視線に追い立てられるように、僕はもう一度キッチンを探った。

 とはいえ、自分の昼飯もどうしようかと考えていたほどなのに何かあるわけがない。


「あの、ないです」


「買ってきて」


「えっ?」


「お茶が冷めるわ。早く。ついでにお茶葉もね」


「いや、でも……」


「は、や、く」


 猫に急かされ、僕は部屋をあとにした。

 なんていうか、なんだろう? この状況?

 猫? 青い猫? デスクの上に突然、しゃべる猫が?

 僕は財布を片手に自分の部屋を出てから首を傾げた。


「……猫がお茶って?」


 うん、夢か。 夢だな、これはきっと。白昼夢だっけ? そんなやつだ。もしかしてゲームをしすぎたか? ゲーム脳ってこういうのを言うんだっけか? 現実とバーチャルが? の境がわからなくなって……。


「いやいや、待て待て」


 ゲーム脳なんかあるわけない。仮想と現実の区別だってちゃんとついているし、何より、今やっているゲームには猫のキャラとか出てこない。きっとただ疲れているだけだ。

 朝からずっと……というか、ここの所、連日ぶっ続けだったし。かろうじて昼夜逆転とまではいってなくとも、睡眠不足が続いていたのは確かだった。

 あんな幻覚をみてしまうほどに疲労が溜まっていたなんて。

 食事をしたらすぐに寝よう。何か栄養のあるもの食べて……。

 とりあえずレベルは上がった事だし、レアアイテムはまた今度にしよう。

そんな事を考えながら僕はコンビニへと足を運んだのだった。

 それが十五分も前のことだ。

 僕は熱いお茶を濃い目に入れて、コンビニで買ってきたどら焼きと一緒に、猫の前に差し出した。


「……」


「どうぞ」


「どら焼き?」


 青い猫といったらこれだろう。

 少なくとも、この猫が自分の想像の産物であるとするならば、これで大喜びのはずだ。


「まったく、人間っていうのは何でどら焼きばっかりだすのかしら?」


「……?」


 予想に反して青い猫は不満らしい。

この口ぶりでは、他でもどら焼きを出されたことがあるのだろうか?

 猫は気づいていないようだが、みんな思う所は同じだったのだろう。

 猫は湯のみを覗き込んで確認してから、出されたどら焼きをモフモフと食べはじめた。


「うん!?」


「!?」


 猫がどら焼きから急に顔を上げる。


「どうかした?」


「このどら焼き……」


「?」


「栗も生クリームも入ってない!」


「……」


 猫の言う通り、買ってきたのはごくごく普通のどら焼きだ。栗どらでも生どらでもない。


「なんて事! ただのどら焼きだなんて!」


 猫は器用に湯のみを手で支えながら、お茶に口をつける。


「アツッ!?」


 猫の口にわずかにお茶が触れた瞬間、猫は慌てて口から離した。バシバシとしっぽが不機嫌にデスクを叩いている。


「何? この熱いお茶は!?」


「いや、だって熱いのをって……」


「お茶を淹れる温度は八十度よ。熱湯で淹れたのね。全く……冷ましなさい」


「ええ!?」


「早く!」


「う、うん」


 僕は一度猫に差し出した湯呑を手に取ると、ふぅふぅ吹いてお茶を冷ます。猫の言う通り、熱湯から淹れたのでなかなかに熱い。

 温度がちょうどよくなった頃、もう一度、僕は猫の前に差し出した。

 猫は警戒しながら湯呑をのぞくと、両手で支えて一口飲んだあと、ごくごくと飲んだ。

 どうやら今度はよかったらしい。

 猫は器用に湯のみを手で支えながらごくごくとお茶を飲む。

 半分ほどどら焼きを残した所で、猫は少し落ち着いたのか一息をついた。


「あの……」


「次回からは気をつけてよね」


「……」


 次回からは、って、僕はまたこの猫にどら焼きを買ったり、お茶を淹れなければならないのだろうか?


「ふん」


 ともあれ、猫のご機嫌はよくなったらしく、ゆっくりとしっぽを揺らしながら何

度か顔を洗った。

 それからおもむろに一冊の厚い本を差し出した。


「……?」


 うん?

 そんな本、いつからそこにあったのだろう?

 僕が気がついていなかっただけなのか?

 本の大きさから考えても、この小さな猫が持ってきたとは考えづらい。しかし、そうでなければ、ここにこんなに大きな本があるという事の説明がつかない。

 その本の表紙は、黒い何かの皮のようなもので堅牢に作られ、厳重に鍵までつけられている。

 やけに古めかしい雰囲気のその本にタイトルはなく。普通ならば、タイトルが書かれているであろう部分にはタイトルのかわりに懐中時計のようなものが埋め込まれていた。


「なんだ? なんの本?」


 その懐中時計はよく見れば時計ではない。普通の時計のように数字は書かれていないし、中心につけられた針も二本あるが、どちらが時で分なのか区別がつかない。  

 一本はちょうど十二時の所、もう片方は一時の所を指している。

 僕がその本に見入っていると猫は改まった口調で言った「もしも……」。


「……?」


「もしも、今、人類が重大な危機に直面していて……。そして、あなたがその危機を救えるとしたら、あなたは救いたい?」


「……」


 ……!?


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