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第二十一章

 僕は実家の自分の部屋を見回した。

 何も変わっていない。ここを出るまで一生懸命向かっていた年期の入ったデスクも、漫画と一緒に参考書が入った本棚も、主にゲームをやるために置かれていたテレビもそのままだ。

 僕は綺麗に整えられている自分のベッドに身を任せ、見慣れたはずの天井を見た。

 ベッドの匂いが懐かしい

「あの時のまんまだ……」

 当たり前だ。

 冷静に考えてみれば、まだそれほどに時間が経っているわけではないのだから。

 部屋の中のものが急に風化したりすることはない。いきなり埃を被り、突然古ぼけてしまうわけじゃない。セピア色にうつる写真のような、思いでの場所になるほど離れてはいないはずだった。ただ、懐かしく思うだけなんだ。

 同級生は今頃どうしているのだろう。

 僕はボンヤリと頭の中に沸き起こるものをほったらかしにして考えつづけた。

 学校、大学とか専門とかに行って、バイトして、もしかしたら就職して、恋人がいて……。そんな生活をしているのかもしれない。

 同じクラスで同じ学年だった奴が、今は……。

 夕日が窓から差し込むような時間までベッドの上にいたにも関わらず、少しも眠ることなく天井を眺め続けた。

 昼寝とか、久しぶりに家において置いた漫画にでも手を出そうかと思ったが、何だかどちらもすることができなかった。

 不意に一階で玄関の方でドアが開く音がした。と同時に元気のいい「ただいま」という声が階段を駆け上がった。

 蘭だ。僕はベッドの上で妹が帰ってきた足音を聞いていた。

 一階から歓声にも似た声が聞こえ、声だけでなく、間もなく蘭自体が階段を駆け上がってきた。

「お兄ちゃん! 帰ってきてたの! もう、どうして教えてくれなかったの? メールとかくれればよかったのに」

 息を弾ませた蘭はノックもせずに僕の部屋のドアを開け、満面の笑みで言っていた。

「うーん、サプライズ?」

 部屋に飛び込んできた蘭に僕はベッドから体を起こして、用意しておいた言葉を少しもったいぶったように言った。蘭は楽しそうに笑うと、そのままここに居座ろうとしたので、僕は部屋で着替えてこいと手を振る。

 その動作に蘭は膨れる。

「もう。もうすぐお父さん帰ってくるから、下に降りてきて、ってお母さん言ってたよ」

「うん、わかった」

 父さんが帰る時間なのか。

 そうだよな……蘭が部活を終えて帰ってきているのだから。

 ずいぶんと時間が過ぎてたんだな。

 僕は口で「わかった」とは言ったが、内心は急速に落ち着きを失いつつあった。

 母さんはああ、言ってくれた。けど、父さんはなんて言うだろう? 父さんは特別厳しい人だと思ったことはないが、特別に理解のある寛容な人ではない。僕の事など、社交辞令的な事以上、何も聞いてこないと思うが、それでも緊張する。緊張して、思わず今住んでいる自分の部屋に帰りたくなった。

「どうしたの? お兄ちゃん?」 

「うん? 何でもないよ。それよりも早く着替えてこいよ」

 不思議そうに尋ねる蘭に僕は顔も見ないで言った。蘭は何やらソワソワした様子で僕の事を覗き見る。

「……?」

 なんだ? そんなに顔に出ていたかな? などと思っていると、蘭は「ね、ねえ、クロちゃんの事は秘密ってことでいいんだよね?」と声をひそめ、誰もいるはずのない廊下の外を確認しながら言った。

「……うん、秘密で頼む」

 僕は蘭に合わせて声のトーンを落とした。

「置いてきちゃったんでしょう? まさか連れてきてないよね? 大丈夫なの?」

「それは大丈夫だ」

 即答。本当の事を言って、あいつに関しては色々な意味で大丈夫だ。

 大体、普通の猫ではないのだから。

 夜までに帰るとは言ったが、このまま泊まってしまっても問題はないだろう。あいつなら一日くらいなんとかしてしまうだろう。

 僕は今晩、帰るつもりだったが、泊まって行こうかと思い始めたことを蘭に言った。

 すると、蘭は何故だか嬉しそうな顔をすると「着替えて来るね」と言って部屋を出て行った。

 蘭が居なくなると、部屋は別空間に飛ばされたかのように静かになった。僕は何もせず、静かに呼吸だけをしていた。

 ……。

 それが太陽にしかできない、とても重要なことだったとしても、母さんはしてほしくない……か。

 母さんの言葉。何度も頭に出てきてしまう。頭の中で何度も繰り返し。何度もその意味を考えながら、何か言い訳のようなものを僕は心の中で繰り返していた。

 何か意味がある答えを期待していたわけじゃないんだ。ただ、こんな質問をしても相手にされないかと思っていた……。

「何言ってるの? 早くご飯食べなさい」とか言われるかと思っていた。それが、結果として質問の答えになって、心のどこかでがっかりする覚悟をしていたんだ。

「お兄ちゃん、お父さん帰ってきたよ。夕ご飯だって」

「うん、今行く」

 制服から着替えた蘭に言われ、僕はベッドから立ち上がる。

 実を言うとそんなに腹は減っていなかったのだが、僕は蘭に手を引かれるような気持ちでリビングへと降りて行った。

「お、久しぶりだな」

「う、うん……ただいま」

 食卓にはすでに仕事から帰った父さんが座っていた。

 母さんが台所の方でまだ何かしている。それを蘭が手伝いはじめた。

 僕はどうしたらいいのかわからず、居心地が悪くて一先ず座ることにした。四人掛けのテーブルで父さんに向かい合う席が僕の席だ。

「……どうだ、大学は?」

「うん、まあまあ、かな」

「そうか」

「……」

 父さんとの会話はそこまでで、母さんと妹が席につき、夕食が始まった。

 妹が学校での話しをして、母さんが僕の同級生の話をしていた。父さんは相変わらず淡々としている。

 なんだ……。

 僕はこの前、バスに乗っていた時に考えていたことをふと思い出した。

 あの光の一つ一つに誰かが生活していて、その誰かっていうのは、一人ってわけじゃなくて、家族がいるっていうことで……。

 そうなんだな、僕もそんな場所にいたんだよな……。

 僕は妹の話題に少しだけ笑ってみせた。


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