第二章
軽快な音楽と共にレベルアップ。画面の中のキャラクターは誇らしげに手を上げた。
「よし……やっと、レベルがあがった」
もうすぐ世界の危機を救うことができる。
……もちろんゲームの中の話であるが。
そういえば、朝起きてからどれくらい画面の前に座っていたのか?
トイレには何度かいったが、いい加減腰と背中が痛くなってきている。
ふと外を見るとすでに太陽は真上を通り越し、西へと傾き始めていた。
あ、昼飯食べるの忘れた……。
そもそも朝飯も食べていない。
何か食べるものはないか部屋の中を見回す。
起きた時のままになった丸まった布団が乗ったベッド、ここに越してきてから数回しか本来の目的で使われたことがないデスク、使用されていないがために綺麗なキッチン。
我が居城のワンルームを見渡したが、とくにこれといった食べ物を発見調達はできそうにない。
わかりきっていたことだが、何もない。これでは何か食べるためには外に買いにいかねばならない。
僕は世界を救う旅で疲れた体を床から引き剥がすと、窓を開けて外を見た。
天気がいい。
空は雲も少なく風も穏やかだ。赤らんできた空が目にしみる。
今日もいかなかったな……。
大学。
すでに六月が終わり、明日から七月になる。確か行ったのは半月ほどだけだったか、ゴールデンウィークで休みになった所から足が遠のき始めた。
日に日に行く気力がなくなり、気が付いたら自主休講。
今では一人暮らしの自分の部屋に引き籠もる日々を送っていた。
「僕は……」
「黒田太陽」
「そう、黒田太陽……うん?」
後ろから突然名前を呼ばれ、僕は驚いて振り向いた。が、誰もいない。
ドアは閉まっているし、テレビは消えている。
というか聞いたことのない声だ。
「どこを見ているの?」
「?」
怒っているような口調とは裏腹に姿が見えない。僕は少女のようなその声の主を探した。
「……?」
「あなたの名前、黒田太陽ね、間違いはないかしら?」
「あ、えっ? ね、猫!?」
僕のデスクの上に、どこから入ってきたのか一匹の猫が腰かけていた。
もし、これが錯覚や幻聴でなかったとしたら、しゃべっているのはこの猫ということになる。
「……ええ?」
僕の戸惑いなどまるで無視するかのように、猫は長いしっぽを揺らしながら僕のことを覗き込んだ。
「返事は?」
「えっと、あの……人違い……」
「……」
防衛本能だった、と思う。
危機回避能力が働いたのかとっさにそう口走った。
その返答に猫の目は急に鋭くなった。どうやら良くない選択肢を引いてしまったらしい。僕は猫の視線から逃げるように視線を泳がせた。
「うん、まあ、黒田太陽……だけど、でもよくある名前って言うか、もしかしたら、人違いの可能性もあるっていうか……」
「ふーん、まあいいわ。別にあなたで」
「……」
猫は後ろ足で頭を掻いてから、また僕の方に目を向けた。