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第十三章

「あ、青い猫!?」


「はい、 青い猫飼ってますよね? 私、見たんです、あの……」


「ちょ、ちょっと、待って!」


 こんな人通りのあるところで、そんな話をされても困る。僕は彼女の手を引いて、近くの喫茶店に入った。


「コーヒーでいい?」


「じゃあ、カフェラテで」


 僕は彼女を人気の少ない席に座らせると、ブレンドとカフェオレをカウンターで注文した。

 青い猫って、やっぱりクロの事だよな? 青い猫を探しているって事は……あれか、やっぱり、本を巡って何か……?


「いやいや……」


 現実的に考えて、もしそうだとしたら、こんなふうに声をかけてきたりしないか。 

 あんな真剣な顔で……。

……何かあいつのことを知っているのかな?

 僕がブレンドとカフェラテを手に席に戻ると、声を掛けてきた彼女は立ち上がってお辞儀した。


「ありがとうございます、えっと……申し遅れました、私、森宮茜っています」


「う、うん、森宮さんね。僕は黒田太陽。よろしくね」


 自己紹介しながら、念のためもう一度記憶を辿ったが、やはり初めて会う人物だ。森宮という名前も初めて聞く。誰かの関係者でもない。

 彼女に座るように促して彼女の前にカフェラテ、自分の前にブレンドをおいて席にについた。


「「それで……」」


 声が重なった。

 僕は彼女に先を譲って、コーヒーを口に運んだ。なんだか久しぶりに外でコーヒーを飲んでいる。ここの所、猫に合わせてお茶ばかり飲んでいたせいか思っていたよりも苦く感じた。


「……あの、青い猫のことなんですけど……その、真っ青な空みたいな色の猫、飼っていますよね?」


「……どこで、それを?」


「失礼ですけど、家に入っていく所を見たんです。一度だけですけど、窓辺で横になっているのが外から見えたし、それで……」


「その部屋が僕の部屋だったと?」


 彼女はコクンと頷いた。

 すごい行動力だな。と、思わず感心してしまう。女子高生が一人で、偶々見かけた猫のために素性の知れないその部屋の住人に声をかけてくるなんて。

 とてもじゃないが、僕はそこまで行動的になれそうもない。


「なんでその猫に興味をもったの?」


「それは……よくわからないんです。でも、前にどこで、その猫を見たことがあって……。それが、何かすごく重要なことに関係しているような気がして……」


「重要なこと?」


「私……何か、私にとって大事なことがあったような気がして……でも、大事なことのはずなのに、思い出せないんです。思い出せなくてモヤモヤして……でも、あの青い猫をみたら、なんか思い出せそうだったんです」


「……」


 彼女の話を聞いて、僕は鳥肌が立った。

 もしかして、もしかしてだけど……この子、あの本の関係者なのかもしれない……。

 猫が前に言っていた。時間までにサインをしなかった時には記憶が消されると。

 彼女がサインをしなかったために、記憶が消されているのだとしたら……?

 僕の頭の中に急速にざわめくようにあの黒い本が思い出された。

 そんなバカな。そんな事あるか?

 僕は彼女の事を彼女の言葉を辿りながら、記憶に刻み付け、何度か頭の中で繰り返す。

 彼女はどこかで猫にあった。もしくは猫を見かけたに違いない。

 青い猫なんて普通に考えればいるはずがない。ロシアンブルーという品種の猫がいるが、実際に真っ青という事はない。もし本当に見たとして、忘れてしまうなんて事があるか? 

 そういえば、針はどこまで進んでた? いやいや、本はどこに置いた? じゃなくて、その前に本にサインをしなかった場合、何か起こるんじゃなかったのか!?


「あの……大丈夫ですか?」


「え? ああ、ごめんごめん……」


 急に黙り込んだ僕を見て、彼女は心配そうな顔をした。


「……」


 僕は本の話題を出すべきか迷いながら、言葉を選んだ。もし、ルールが適用されているのなら、この森宮茜にも本のことを言ってはいけないのかもしれない。

 どうにかして、本のことを知りたい……。向こうから本の事に触れてくれたら、話しやすいんだけどな……。


「……実は私、昔から病気とかしたことないんです。でも、ある時、気がついたら病院にいたことがあって……」


「病院?」


「はい。結構大きい病院で……特別な入院施設があって……私、なんども、そこに通っていたような気がするんです。何度もですよ、変ですよね?」


 病院に通っていたという話題にも関わらず、その話をする彼女はどことなく楽しげで笑顔がこぼれていた。時折、寂しげな顔と笑顔を行き来している。


「何度も通った気がして、なんとなくだけど、病院の中の通路とか見たことあって……そこで働いている人も、なんだか知り合いの感じがして……でも、知らない人で。当たり前なんですけどね、だって、私、そこに行ったはずないんだから。みんなが私のこと知らなくても……」


「……」


 だんだんと声のトーンが落ちていく。

 ただ話を聞いていれば少しあぶない娘だ。普通なら妄想癖か何かでないかと思うだろう。 

しかし言えることは、その忘れてしまった何かのために彼女なりに行動し、何かを探り掴もうとしているということだ。おそらく彼女にとってそれほど重要なものだったに違いない。


「それで、その病院で、見た気がしたんです。青い猫……」


「……!?」


「あ、と言っても、後ろ姿だけ。病室から出ていくのを……やっぱり変ですよね、病院の病室から猫だなんて」


「あ、ああ、そうだね……」


 それはきっと間違いなく、あいつだ。猫は、その病院にいたに違いない。

 ということは……。

 僕はコーヒーを一口口に含み、状況を整理しようと努めた。

 もし、茜の所に猫が来たのだとしたら、きっと猫は茜のそば、つまり彼女の家に居候するはずだ。病院にいたということは、もしかしたら病院に入院していた人物のところにいたのかもしれない。

 それは、たぶん、茜の関係者。親友、親類、もしくは恋人とか……。


「ところで、黒田さん……」


「うん?」


「青い猫、飼っているんですよね?」


「青い猫ね、それは……」


 僕は静かに言葉を選んだ。



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