第十一章
「あの、少しお話聞かせてもらってもよろしいですか?」
「……!?」
それは、コンビニで生どらの賞味期限を確認していた時の事だった。
僕は突然後ろから声を掛けられ、僕は驚きのあまり声が裏返りそうになった。
普段外で声を掛けられることなどないものだから、自分が何か悪いことでもしてしまったのだろうかと自分の身なりや周囲を確認した。問題ないはずだ、生どらの賞味期限を見比べるくらい。
それに声をかけてきた人物に僕はますます困惑する。想像しうるあらゆる予想を覆して、振り向いた先にいたのは女の子だった。
制服を着ているから高校生だと思うが、少なくとも蘭の高校のものではない。
……身長はおよそ160センチいくか行かないか、髪は染めているような痕跡も見られないツヤのある長い黒髪を肩まで垂らし、少し焼けた感じの肌と締まった健康的な腕と脚が運動部に所属しているのではないかと想像させた。リップもつけず、まるで化粧っ気はないが、もとの顔立ちからかなり可愛いほうではないかと思う。
……?
「……?」
だめだ。ここまで観察してもまったく記憶と結びつかない。初めて会う人物のような気がする。
だいたいこの近所に知り合いはいないし、実家にいる時だって妹の友達に声をかけられたことだってない。
なんだ? いたずら? 誤解? 人違い? 罠? もしかして猫の本を狙って……!?
「あの、お話……いいですか?」
「い、いや、すみません、今急いでいるんで……!」
コンビニで生どらを片手に言ってもまったく説得力はないのはわかっているが、僕は慌てて生どらをデザートが並ぶ陳列棚に戻した。普通に考えれば、見知らぬ女子高生にいきなりコンビニで声をかけられるなんて状況は、漫画やアニメの世界でもないかぎり嫌な予感の方が強い。
それに決まった台詞を応答するだけのコンビニ店員の以外、初対面の人間に話しかけられることなんて滅多にない僕は自分でちゃんと声が出ているか、しゃべれているのかも不安だった。
もちろん、女子と話す機会がなかったわけじゃない。高校時代は共学だったし、世界の半分は女なのだから。
ただ、僕は一部の男子がそうであるように女子と会話する機会が極端にすくない、一般的な男子高生だった。しかも、今声をかけてきたのは特に縁がなかったタイプなのだから仕方がない。生どらなど棚において逃げ出したくもなる。もしも、その行為が少しも不自然でなかったら、ダッシュでコンビニをあとにしていたかもしれない。
僕は今にも走り出してしまいそうな足を我慢させながら、最速の歩きでコンビニを出た。
自分で言うのも何だが、こんな対応をされれば普通は諦めるはず。
謎の女子高生は、すでに舌打ちしながら僕の事を見送り、口汚く罵りながらファッション雑誌を物色しはじめているかもしれない。
そう思うと……
「ちょっと待ってください!」
「ええ!?」
「本当に少しだけでいいんです! 少しだけ!」
「ちょ、なんですか!?」
彼女は僕の袖をしっかりと掴むと、その細腕から想像できないような力で引き留めた。
振りほどこうと一瞬考えたが、彼女の大きな瞳がまっすぐと向けられ、僕は足を止めた。
いや、彼女のすがるような瞳に、足を止めさせられた。
……何なんだよ……そんな目をされたら逃げにくいじゃないか……。
「何?」
「あの……あの、青い猫、青い猫を飼ってませんか!?」
「……!?」
悠樹の姉、茜は悠樹の病室で面会時間ギリギリまで過して帰っていく。もちろん、学生である彼女にとってそれは貴重な時間だ。
悠樹は姉が自分のために、友人との時間や部活の時間を割いて自分に会いにきていることを気にしていた。何も言わなければ、毎日のように茜をたずねて来てしまう。
そのため、悠樹の方からニ週に一回でいいと断っているほどだった。それでも茜は週に二回以上訪ねてきていた。
「……」
私はいつものように病棟に忍び込み、悠樹の部屋でくつろいでいた。
悠樹に会ってから半年。
本の針はちょうど半分、六時のところを指している。
「ねえ、これ、本当に、こんなことが起きているの?」
「ええ、そう。すべて本当のこと。でも、誰も知らないけどね」
「僕が名前を書くとしたら……このページでしょ? 何も書いてないけど?」
本の中身に興味があるのか、少しづつ読み進めていた悠樹は、時折本の内容に関して私に尋ねた。そこには今までの起きるはずだった災厄の記録がつづられている。その記録の最後のページ、何も書かれていないページを私に向けながら不思議そうに言った。
「そうね。それがルールだからよ。何が起きて、何を防ぐのか、何を避けるのか、わかってしまったら、それによってサインをするかどうか決めてしまうでしょう?」
「ふーん……」
悠樹は納得いかなげに頷きながら、本のページをめくっている。
記録にはあらゆる国、人種、年齢問わず名前が書かれている。名前を書くと、その行為のよってその人間が死んだとき、内容が浮かび上がる。
「僕ね、この本にサインをしようと思ってるんだ」
「……そう」
まるでちょっと散歩でもしてくるね、とでも言うような気軽な口調での突然告白だった。
私はあまりに唐突だったので、驚きが声にないように、間をおいてから返事をしなければならなかった。
私はため息をついてから微笑む彼を見た。
「……なら、私も話しておかないならないことがあるわ」
「えっ?」




