02:竜の集い
十一歳の母の命日。
その日は午前中に神木の元へお参りへ行き、午後は研究室で本を読んでいた。
「ルーファ?」
ルーファが近づいて来たのがわかったので出かける準備をするが、その様子がおかしい。
普段ならば人を驚かせない様に街までは来ない。森や湖と行った人があまり来ない所で留まっているのに今日は一直線にこちらへ向かって来ている。
「ルイジュ!おばあちゃんが呼んでいるんだ。一緒に来て。」
研究所のうえでルーファが話す。 降りて来ないなんて更に珍しい。
「どうした?」
「いいから来て。」
急ぐルーファに頷くと、研究室から顔を出していたカルアさんに後の事をお願いして赤く染まり始めた空を飛ぶ。
今の僕達が本気で飛べばあっという間にケイラク山脈を越える。
最高速度を出してしまうと止まるのに距離が必要となるのでそんなことはしないが・・・。
おばあちゃんことグアスランドさんの所にはいつもは見ない竜が居た。グアスランドさんよりは小さいけれどルーファ二人分以上の大きさだ。
「ルイジュ。呼び出してごめんよ。」
「いえ。」
見慣れない竜の事も気になるけれど、今はおばあちゃんの方が優先である。
いつも会話する時の定位置である彼女の鼻先へと降りる。
「今日はルイジュに頼みがあってね。」
「なんでしょう?」
「荷物の配達だよ。5年に一度のあれと言えばわかるかい?」
「はい。」
ルーファに会ったきっかけでもある王国へグアスランドさんの牙を届けるというものだ。
「対価にはとっておきの武器をあげよう。ルイジュは武術の才能はないみたいだし、良い武器をもてば少しはマシかもしれないからね。」
確かに武術が伸び悩んでいる事は相談したけど・・・。
「配達くらい何ももらわなくてもやりますよ。」
「冒険者は報酬を得て依頼を受けるものだろう?それに一回では無いからね。」
冒険者になってみたいという話しも確かにした。
「あと、たまには婆さんも孫にプレゼントもしたいのさ。」
そう言われてしまうと何も言えなくなる。
「リヴァイアよろしくね。」
「はい。」
リヴァイアと呼ばれたのは先程の竜。その声は澄んでいるが堂々としたものだ。
「この子がルイジュに武器をくれるわ。ことが終わったら付いて行きなさい。」
「わかりました。」
「メルティナも来てくれたの。それにソレイズも。」
そうやってグアスランドさんが声をかけている間にも竜はその数を増やしていく。
「カリズにフロウ二人の子が見れないのは残念だわ。」
そう呼ばれた二人は昔に国を落とした二頭。
「イドリア。ほら泣かないで。」
竜の涙は地に落ちると染み込み消えて行く。
二十程集まった皆の名前を呼び終えると再びこちらを向いた。
「そろそろね。」
何がそろそろなのだろう。
「ルーファ。」
「はい。」
「ルイジュを大切にするのよ。」
「もちろんだよ。」
「ルイジュ。」
「はい。」
「ルーファをよろしくね。」
「もちろんです。」
「皆も仲良くするのですよ。」
「「「はい。」」」
数頭が声を挙げて答え、他の竜はその場で頷く。
「皆はゆっくりく来なさいね。」
そういうとグアスランドさんの体が光り始める。
決して眩しい事は無く、その変化を目で追う事ができた。
光は地面からも発し山並みに沿って一本の線を生む。
やがて体から発する光と交わり、その体を光の粒子に変えて地へと吸い込まれ行く。
足下から徐々にその姿を消して行くが、その目はとても優しく、消え行く事を悲しんでいる素振りは無い。
「また会いましょう。大好きな子供達よ。」
その言葉を最後にグアスランドさんは姿を消した。
グアスランドさんが居た場所に残されたのは沢山の牙と一本の角。それに一つの大きな宝石。
「ルーファ。」
「うん。」
リヴァイアさんが声をかけると宝石にルーファが近づき宝石を飲み込んだ。
「そしてルイジュ君。」
「はい。」
「まずは牙を集めましょう。」
その声は先程と比べて少し優しい。
他の竜と牙を集めるとその数153本。
「5年に一度5本を王に届けて下さい。残る3本は好きにして良いでしょう。私はここで待っていますからまずは一度届けて来てもらっても良いですか?」
「かわりました。」
既に暗くなってはいるけれど特に問題は無い。
月も出ているし、光魔法もある。
『蛍光』
光魔法の基本である『蛍光』をいくつか生み出し、王城へと飛ぶ。
中庭に降り立つとその場に居た近衛兵に声をかけて王への面会を頼む。
いぶかしげにしつつも聞きに行ってくれた近衛兵は走って戻って来ると直に案内してくれた。
案内された先は王の執務室。
初めてみる王の両脇には見知った4人の顔。王の子供達だ。
「ルイジュ殿。話しの予想はついておる。」
王に殿何て呼ばれるとは思っていなかったけど、予想がついているなら話しやすい。
「そうですか。ではこれを。」
王の座る机に5本の牙を置く。
「うむ。確かに。」
王は受け取ると深く息を吐く。
「グアスランド殿は何か言っておったか?」
「いえ。」
竜達と僕以外には何も言っていなかった。
「そうか・・・。」
部屋を沈黙が支配する。
「ルイジュ殿はこれを何に使っているか聞いてはおらぬよな。」
「はい。」
この場に僕以外は王しか居ない事を考えると国の重要機密なのだろう。
「グアスランド殿の牙は神木の元へ埋められ、この国の結界を維持しておる。」
「父上?」
僕に話して良いものなのだろうか。
長男であるロバートさんも同じ考えなのだろう。王に一言かけた。
「良いのだ。知ってもらっておいた方が良い。ただし他言は無用に頼む。」
そう言って頭を下げる王。
「わかりました。」
「頼む。結界はこの国全てではなく、森の境までを覆っている。こう言えばわかるであろう?」
「森の迷宮は結界の影響だと。」
「それに魔獣が出ないのもそのおかげであろうな。」
このエルフの国は森に囲まれている。そして街道を通らずに森から侵入しようとする人は森の迷宮に迷い込み、運が良ければ森の外に、運が悪かったら森に喰われる。
その為、エルフの森から先が本当のエルフの国だと言う人も居る程だ。
「この結界は初代ツキシシ様がグアスランド殿との約束により国をここに作った三年後。二代目のサスティア様の代に作られた。サスティア様はグアスランド殿の友だったそうだ。サスティア様が亡くなると失われてしまうと思われていた交誼は、神木の元へ亡骸を埋めると言うただ一つの条件で今日まで続いていた。やがて我らは神木の元に埋められた亡骸は神木を通してこの国を守っている事に気付き、他の者も亡くなったら神木の元で眠る事にした。それまでもサスティア様を慕ってそうするものは多かったがな。」
そこまで話して一息つく。
「その後代々の王が変わる度にグアスランド殿に挨拶に行くことが習わしとなり、時に対価を支払おうとしたが、一度たりともグアスランド殿は受け取ってもらえなかったと記録されている。そして、儂が王となり挨拶に出向いた時にグアスランド殿から自らの死期に付いて聞かされた。真の竜種は私達ハイエルフよりも寿命が長いが永遠ではないことは知ってはいたが、「まさか私の代で」とも思ったよ。それから対策は練ってはいるが未だ結界の維持に足りるものは無い。隣国との関係は良好なので直に攻めて来る事は無いと思うが、あれだけの竜が集まったのだからグアスランド殿に何かが起きたという事は知れ渡るであろう。」
両隣に発つ子供達にその目を向ける。
「お前達には苦労をかけるかもしれん。」
「魔石では駄目なのですか?」
エネさんが王に尋ねる。魔石は魔獣が落とす石で、その強さによって込められている量が違うがいずれも魔力を含んでいる。
「おそらく多少は効くだろうが、我が国で魔獣は出ない。それに買うとしても一年の結界を保つ為に一本の神木に成人したハイエルフ十人分程の魔力が必要となる。それだけの魔石を購うにはいくらかかる事か・・・。」
「我が国にはダンジョンもありませんしね。」
「うむ。それでも魔石は集めさせておる。」
何か話し合いが始まりそう。
「あの。」
「なんじゃ?」
「なんで僕にこの話しを?」
それに話しが終わりなら帰りたい。
「まず遅かれ知られる事だろうが、グアスランド殿が亡くなった事を吹聴しないで欲しいという事が一つ。もう一つは人の身でグアスランド殿の遣いを果たしてくれたルイジュ殿への礼でもある。」
話しの内容が重要すぎるので、話してくれない方が僕としては良かったのだけど・・・。
「そうですか。お話が終わりなら帰ってもよろしいでしょうか?」
「そなたの帰る場所は城。ならばもう少し話してもよいのではないか?」
絶対に王様は僕を対策班に組み込もうとしていると思う。
「えっと。約束がありまして。」
「その者には後日、儂から詫びるという事では駄目かな。」
「それはちょっと・・・。」
「駄目か。」
「リヴァイアさんという竜なので厳しいかと・・。」
王様と言えども竜を呼びつけるのは無理だろう。
「なんと、約束の相手とは水王竜リヴァイア殿か・・・・。」
エネさん達も驚いているけれど、竜が集まっていた事を考えるとそんなに驚かなくても良いと思う。それともリヴァイアさんも有名な竜なのかな?水王竜とか付いちゃっているし。
「それでは儂が止める事もできんな。」
「では失礼します。」
「あ、メリナさんには言っておくからね。」
気を効かせてくれたウェルザード王子にお礼を言って、中庭から再びケイラク山脈へと戻る。
リヴァイアはレヴィアタンから。
「リヴァイアサン=リヴァイアさん」。をやりたいが為に・・。
リヴァイアたんも捨てがたかったけど変だものね・・・・・・。
後悔はしていない!
 




