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属性魔術を教えて涙を流します。

朝一で買った焼きたてのパンに、香辛料を刷り込んだキングサーモンの身と玉葱のスライスを挟んだサンドイッチ。ここ数ヵ月でもっとも豪華な朝食と言っても過言じゃない。本来生食用じゃないだろうからそこだけは少し不安だがこれを食べる為なら怖くなどない。最悪スイカに胃洗浄してもらう。


今日はきっといい日になるだろう。午後からはリコリスさんが来るがそれまでは自由だ。支部長にいじめられることも馬鹿な騎士崩れに絡まれることもない、スイカの急襲も終わった。


あまりに楽しみすぎて夜明け前に起きて朝食前に冷燻を始めてしまった。さて、この貴重な午前中をどう過ごそうか。


掃除をしようか。でもスイカが暇があればあるだけ家の中を徘徊しているからか埃の一つも目につかない、スズメの巣以外。スズメの巣はそれそのものがゴミみたいなものだ。


となると魔物の図鑑でも捲るしかないか。教授が毎年新種や新データを付け足して厚さを増しに増した魔物の図鑑、多分教授の持つそれはこの二年の間に少なくとも一冊ぐらいは増えたことだろう。


そういえば昨日リコリスさんが見ていたのは竜種のものだったっけ。


私は何となく気にかかったので竜種の図鑑を手に取りパラパラと捲って見る。バハムートにオルトロス、ガルーダやワーム……一種一種の詳細は少ない。生態系の頂点ゆえの生息数の少なさもあるし、調べにいけるのは最低条件がSランクであること、さらにまともな調査をできるのはその中でもかなり高い位置にいるものだけだからだ。


Sランクは皆化け物だがその中での格差も確実にある、むしろAランク以下とは比べ物にならないぐらい大きい。スライム複数をソロで相手にするのがやっとのSランクもいればスライムなんかどうでもいいと竜種と戦いながら片手間で片付けるSランクもいる。ちなみに支部長は後者に近い、本当にやめた理由がわからない化け物だ。


さて、竜種だ。竜種にはその中でも種類がある。それは流れるものと流れないものだ。


流れるものはそもそも環境にこだわらないものが多い。水源さえ確保できれば生きられたりする。食べるものも特別何かが欠かせないということはない。


流れるものの筆頭として捉えられるのはヴリトラだ。地球では木、石、鉄、湿ったものでも乾いたものでも傷つかない竜で乾季の象徴とも言われている……筈だがこの世界のそれは違う。


まず姿がとてもじゃないが竜には見えない。何に見えるかと言われたら空飛ぶカメレオンと答えるのが妥当だ。形は小さな羽が生えている以外はカメレオンそのもの、餌も長い舌をとりもちのように使って食べる。


そしてその残念さに反する恐ろしい習性を持つ。体色は変えられないがその代りに気に入った色みの生物を身に纏い、服として持ち込んでくる。中にはAランク、弱いながらもSランクのもいてその状態のヴリトラは死を呼ぶ空中要塞とまで呼ばれSランク冒険者が十数人で戦う程厄介だ。


下手なところで落とすと纏っている魔物達も全て野に放つことになり、倒すには数日かけてその時纏っている魔物達が生息できない環境まで誘導しそこで落とさなくてはいけないし、落とした後纏っている魔物達も敵に回すことになるのは避けられない。どうしても数が必要になるためヴリトラが来ると破格の報酬を国や街やギルドが出すことになって財政が動く。


ギルドでは財政が傾くことをヴリトラに襲われたなんて言うぐらいだ。


大分脱線したが流れる竜種は多大な被害を与えやすい。さて、今、思い出したのだが、私の研究は目撃例等から流れる竜種の行動予測をするというものだった。


個体の識別がしやすく比較的行動が遅めの竜種、サラマンダーを対象としたもので、過去百五十年にも渡るデータから固体判別が可能な七体のサラマンダーの行動録を作り、どんな場所を通ったかや生態などを考慮して考察。ある程度予想されるルートを書いてみたのだ。まぁどうせ使われることはないだろうし所詮サンプルは七体しかいないから確実とは思えない。


さて、実は私はあまり竜種自体が好きな訳ではない。比較的好きではあるがあくまで比較的、分類としてはごった煮みたいな感じでよくわからない竜種よりも、私は元の世界からのイメージに近い死霊類がお気に入りだ。ゾンビはいかにもゾンビだし、リッチーみたいな高位のアンデッドもイメージに近い。ただ自分の手でアンデッドになることはできないのでそんなにごろごろいるわけじゃない。


ちなみにだいたいは魂がないとかで私と意思の疎通ができない。リッチーとかは普通に人間の言葉を喋れるし、私のチートが関係なく普通に接することができる魔物だ、まぁ、逆に考えれば問答無用で襲われるということだけど。でも一度この目で見て見たい気はする。リッチーは生前の記憶も保持しているらしく性格も極めて生前に近いものになるという事で魂とやら以外は本人と変わらないのだとか。


そんなわけでひたすら死霊の図鑑を読んで午前を過ごし、ついに悪夢の午後を迎えた。


「こんにちはシノブさん」


「いらっしゃいリコリスさん」


思いっきりの営業スマイルで、ついに三回目、流石に慣れてしまったミスマッチな服装のリコリスさんを家の中に迎え入れる。営業スマイルの素晴らしいところは、気分はよくなるのに不思議と距離を取られていることがわかることにある。戦いはすでに始まっているのだ。リコリスさんにはただ教えているだけ、お友達にはなりませんよということをはっきりさせようとしているのだ。


「とりあえず素手でのエーテルボールの行使はできるようになったんですよね?」


「あ、はい。こうですよね?」


ぱっと開いた掌の中にエーテルボールが出現する。若干魔力が流れ出ていってしまっている分があるけど、それでも密度が高いから問題ない。しかも密度以外の点も私と遜色ないレベルの出来。あらためて私の心がスズメみたいなひき肉状態になる。誰か私を慰めて欲しい、学校を途中で中退していった女友達のアリの笑顔が脳裏に浮かぶ。お家取り潰しにあった彼女は今何をしてるのだろう。私よりも深い絶望を味わっているのだろうか。


「最初は斧でもエーテルボールをと考えていましたが、変な噂を広められていますので、すぐに戦闘に使えるよう、素手でその状態から属性を追加する方向に持っていきましょう。目標は全属性のボールと二属性以上で中級魔術を使えるように、頑張りましょう」


私はそう言いながら二階の空き部屋へと向かう。つまりとっとと終わらせてもう家に来ないで下さいと伝えたいのだ。


「今日はお庭じゃないんですね」


「はい、属性を付加すると結界張ってても見えますし、それに一応図鑑を見せているということになってますから」


パッと開けた空き部屋は本当にただの空き部屋。前は備え付けの家具があったのだが、一部が腐っていたのでスイカの餌にしてしまった。ほんの少しながら魔力を帯びていたためにスイカはそれなりに喜んでいた。


「まずはファイアーボール、ウォーターボール、アースボール、ウッドボールの内で自分の闘い方に織り交ぜられそうなものを選んでください」


ここで中級が使えても戦闘中に使えるとは限らない、戦闘の中で真っ先に混ぜられるとすればボール系になる。それに戦闘に使える方がイメージしやすい筈だ。もう昨日のことで懲りた。気分を損ねすぎないように早くパパッとこの関係を終わらせる。


「……そもそもそれぞれの属性の特徴がよくわからないんですけど。教えてもらえますか?」


「一般的に火は破壊、水は流動、木は生命、土は静止の特徴を持つと言われています……しかしこれはあまり正確ではありません」


私はゆっくりと右手の五本の指の内四本の先に小さなエーテルボールを作り別々の属性を付加する。


「まずファイアーボールを見てください。どう見えますか?」


今回私が作ったのはこの世界でメジャーな芯があるタイプのファイアーボールだ。


「炎の中に芯が入っていますけど……これがどうかしたんですか?」


「そこが大切です。これは厳密には火だけでなく土や木も混ざっているのですが、実体の部分とほとんど実体のない部分があります。つまり腕力次第ではウォーターシールドなど変形する盾でも防げず、普通の盾などの固体のみでも実体のない部分は形を変えられるので容易に防げない。そのために破壊の属性を持つと言われているだけです。破壊とかそんな抽象的な特徴なんてありません。しかし一方でこれらの特徴と呼ばれるものは、呪術と組み合わせる際には関係してきます。ただ今は関係ないので忘れてください」


呪術に関しても勿論最低限のことは知っている、教科書も持ってくればもう少し詳しくわかるだろう。ただ本格的にやる生徒以外には基礎の基礎しか教えてくれず、私はその基礎の基礎しか習ってないので教えられないとも言える。というか私みたいな専門家でもないものが魔術を教えているのがすでにおかしいのだ。


「さて、実際の特徴をということになるのですが、まず火です」


芯のないタイプのファイアーボールに移行してみる。小さくおぉとリコリスさんが歓声を上げる。誰でもできることだと思うのだがそういえばこの人はこんなこと以前の問題だったのを思い出す。


「火は重さのないものです」


実際は物体でもなかったはずだけどそこは気にしない。地球と物理法則が違うかもしれないし。こっちの人と喋ってるんだからこっちで得た知識だけ表に出せばいい。


「なのでエーテルボールのようにそのままぶつけても余程の熱さや引火する物がない限りほとんど意味はありません」


この世界のエーテルは何故か微妙に質量がある……っぽい。ただ火には無い。速度があっても重さがないのでよっぽど高温や多くの量を絶え間なく出したりできない限り直接的に攻撃に役立つことは少ない。


「というわけでスライムや火を恐れる類の魔物、人などには有効ですがそれでもハッタリ程度にしかなりません。中級の形状変化の段階で武器に纏わせる、呪術を組み合わせるなどの方法が一般的です。熱も加えることで切りやすくなりますから。ただ正直使いづらく、使う人は少ないです。その分対策を持つ魔物や人が少ないということでもありますが、メインにするにはあまり向いていないと思います」


かなりこき下ろしているような気がするが、この世界の最も残念な属性なのだ。極めれば別だが私程度だと単五電池程しか戦闘には使えない、日常でもそこまで使わない。火打ち石と火打ち金で十分。私みたいに常人並じゃない魔力があれば別だが獣人種の人等になると素の魔力量が少ないからコスパが悪い。


「次は水です。まず、当たり前ですが重さがあります。よって普通にただぶつけるだけの行動にも一応意味が出てきます、また、水ですので後に残らない、よって追撃の邪魔になりにくく敵に利用されにくいのも特徴です。不定形ですから形状を自由にすることができます。汎用性にも優れ、安価な魔力回復薬一粒できれいな水を大量に出せるので、遠出する時に使えると便利です。ただイメージとして水は流れるものという先入観が強いためか形状を保つのが難しいと言われます」


ファイアーボールを消し、ウォーターボールを制御する魔力を少し抜くと、ウォーターボールは内部の流れに従ってぐにょぐにょとわけのわからない動きを取る。コントロールはきついが説明が楽になるのも確かだ。でもやっぱり辛いからすぐに安定させる。


「ただ逆に捉えれば変幻自在ということです。ウォーターシールドを例にとると火が来たら薄く、範囲を広げて封殺し、土が来たら厚く、狭くして堪えるなどができます。汎用性には優れていますがやはり集中力が必要になるので乱戦には向かないかもしれませんし、一点に集中されると土や木に比べて脆いです」


水は私の得意な属性だ。生活魔術としてこれ以上のものはないとすら言える。氷を作れば冷蔵が可能になるし、最初からお湯を出せば火をつける必要もない。掃除洗濯にも使えるし素晴らしい魔術なのだ。その水魔術の権化とも言えるスライムであるスイカの有用性はさらにその上を行く。張り切りすぎるところと料理ができないところとおせっかいなところと早く結婚しろとかシノブの子供が早く見たいとか言うところが治れば理想的だ。


「土は重く、一度作ればわざわざ魔力を使わずとも状態を保っていられるのでこのように……」


ウォーターボールをただの水とし、アースボールもただの石ころにする。受け止めるために出した左手に落ちると水の球は指の間を流れ落ち、石ころは指の上に合った時と同じ形を残している。


「あらかじめ造っておくということができます。投げる石なんて拾えばいいという考え方もありますが、拾えない場所もあるでしょうし、形状が自由になるのでそれなりに使えるかと思います。弱点としてはひたすら邪魔なことです。例えばアースシールドを作り、攻撃を防いだとします。するとそこに土の盾が残ってしまうので一旦移動するか無理に操作して避けさせないと反撃できません。土の壁ごと攻撃というのも虚を突けるかもしれませんがあまり得策ではないでしょう。自分からも見えませんからね」


土はあまり生活に使い道がない。せいぜいスズメを殴るのに手ごろな鈍器が欲しい時とか、スズメを刺すのに手ごろな刃物の形をした何かが欲しい時とか、スズメの腹が減って仕方がないときに胃袋にぶち込むぐらいだ。ちなみに使用後は魔力が微量残っているのでスイカの食事になる。でも、ちょっとした小物を作る時には便利でもある。重いけれど、ギルドでは稀に椅子がない時に土の魔術で作る人が見られる。


「最後は木ですが……これはまず生きた木ではないということを理解してください。ただ、水とは違った形で変幻自在です」


最後に残ったウッドボールは今は葉を固めたような形だ。そこから枝が上へと放射状に伸びていく姿をイメージする。それに合わせてウッドボールから裸の枝が生えて広がりつつ伸びていく。


「このように伸ばしたり、葉を付けさせたり、枝を編みこんで形作って行ったりして行きます。土のそれよりもしなやかで、水のそれよりも力強いですが、投げにくいですしただぶつけるなら土の方が重く、水の方が邪魔にならないためボールの状態で扱うのには向いていません。最低でも中級魔術以上で輝く属性だと言えると思います」


木もあまり私は使わない。籠ぐらいなら作れるがそんなに籠はいらないし、精々スズメに打つための杭を作るか、暇な休日に魔物の図解を見ながら人形を作るぐらいだ。去年お土産物でもらったんだけど鑑定してくれと鑑定班に持っていったらそこそこの値が付いた。次の日魔物討伐課の課長の机の上に置いてあったのは驚いた。


「……ただ、これはあくまでまともに戦ったことも無い安全圏でぬくぬく生きてる凡人の私の意見です。あまり参考になるかはわかりませんが」


こう言っておかないと後でああ言ってたじゃないかなんてことになるのが嫌なのだ。リコリスさんはクレームをつけるタイプではないが、リコリスさんの生死に少なからず関係するかもしれないことだからスイカに川の水を完全に凍らせてもらってからカケルに乗せてもらって全力で渡るぐらいでちょうどいい。石橋を叩いて渡るぐらいじゃ安心できない、そもそも渡らないで生きたい。


「そんなことないです。私なんて色々な人が使ってるのを見てるはずなのに何も知らなかったんですから。ほら、シノブさんの教え方が上手いからこうやってできてるんです」


そう言ってリコリスさんがエーテルボールを四つに割って指先に拡散、そこに火、水、土、木の順に属性が付加されていく。まだ全部不安定さが表に出ているけれど、その所業が異常なことで教え方云々じゃなくて純粋にイカれたレベルの才能なのは容易に想像がつく。


私とリコリスさんの相性はかなり悪いようだ。何と言うか……もう自己嫌悪すら通り越した、自分と比較する対象者じゃないと思い知らされた。


感じるのは単純な尊敬と悲しさだ。私が全然できなくて落ちこぼれ、所詮は平民、とか勇者と一緒に召喚されたって聞いたけど本当に一緒に召喚されただけなんだな、とか言われながら覚えた四属性。その時の切なさとか色々なものが全部蘇ってくる。第六王子とアリに会いたくなってきた、あの二人の優しさに触れたい。二人とも酷いところもあるけど。


シノブの魔術なんて生活以上に活用することはそうないだろうから無駄に頑張ってなけなしの才能を使い果たしてどうするのとか言われたことあるけど。


「え、と。シノブさん? なんで泣いてるんですか?」


「すみません、汗が目に入りました」


「汗、かいてないですよね?」


「違います、心の汗です。けっこう疲れたので心が汗をかいたんです」


「心の汗ってなんですか?」


「ところでもう属性の付加ができてるようなのですが、もうリコリスさんは一度見ればできそうなので全属性で中級までやりますか?」


もうとっとと終わらせたい。ぶっちゃけこの時点で私はお役御免でもいいんじゃないかとすら思う。お役御免になりたい、いっそ引っ越してしまいたい。


「いや、もう少し安定させたいです。前のエーテルボールと同じぐらいのサイズで全部作れればいいんですよね?」


「そこまで大きくなくても大丈夫ですよ、ただそれぞれ純粋な火、水、土、木をイメージした方がいいと思います。私は……その、疲れたので休んできます。何もお構いできなくて恐縮なのですが、この部屋とトイレは勝手に使ってくださって結構です。台所は結構人に触らせたくないので水が欲しくても井戸の方に行くか私に一声かけてください、後、普通は行くことはないと思いますが、地下室には魔術道具や取り扱いを誤ると危険だったりデリケートな標本なんかがありますのでここもいかないでください。私は隣の隣の部屋にいます。」


勿論リコリスさんの機嫌を損ねるだろうとは思ったが扉を雑に閉めて一度井戸の方に向かうことにした。スズメは縛った挙句に土魔術に水魔術を併用して凍った土の塊の中に入れてあるし、カケルは地下室、カイトはしっかりしてるので大丈夫だが、スズメを庇うためにスイカが見つかったら意味が無い。地下室にこっそり移動してもらおう。

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