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馬鹿馬鹿言いすぎて馬鹿になってしまいそうです。

「おはよー」


「おはようございます」


受付の外、まだ私服のイレイスさんと受付の内側から挨拶を交わす。イレイスさんが遅い訳ではないがすでに私はいつでも受付業務を始められる状態にある。


髪はいつも通りスイカとの一戦の末に整えられ、着ているのはギルドの制服。そこまでデザイン的に変な訳でもないし、ギルド職員であると示しておくと人気の少ない時間帯でも安心して移動できるので家から着てくることにしている。特にここリークのギルドは支部長がSランク冒険者だった上に年齢的には現役バリバリ、へたな魔物を相手にするよりもよっぽど恐ろしいため他の支部なら時々起こる冒険者によるギルド職員への逆恨みが発端となる事件は非常に少ない。


「ところでシノブくん。どうなの?」


数十分後、裏から出てきて受付に座ったイレイスさんが妙にニヤニヤしながら聞いてきた。だいたい言いたいことはわかるがそれを言うと、全然違うよ、仕事のことだよ。なに? 頭の中リコリスさんのことで一杯なの? 次のデートはいつ? とか聞かれるのでわからないふりをしようと思う。


「何のことですか?」


「子供ができたことがわかってリコリスさんと同居しだしたんでしょ?もうすでに結婚してたなんてボク聞いて無かったなぁ、おめでとう。で?いつ子供は産まれるの? 名前は考えてるの? あ、ボク名付け親になろうか?」


イレイスさんのキラキラとした笑顔から放たれた祝福の言葉は私の想像のはるか上空を行き、衛星軌道に乗った後私の精神に着弾した。あまりに突然のことに何が何だかわからない。


「え……と、なんのことですか?」


きっと嫌な汗がだらだらと流れ、表情筋が固まり引きつっていただろう私の歪んだ笑顔はイレイスさんにはどうやら気恥ずかしさからくる照れ隠しと取られたらしく、隠さなくてもいいよぉと笑われた。


「まさか先越されるとは思ってなかったなぁ。十七歳のくせに既に結婚までしてるなんて……まぁボクは永遠の十六歳なわけだけど」


イレイスさんの外見を考えると非常に痛々しい発言も私には聞こえているようでまるで聞こえてなかった。さっきの言葉が頭の中をぐるぐる駆け回っている。


おかしい、こんな話になっているのもそうだが、なぜそんな見え見えの嘘をイレイスさんは信じてしまえるのかが一番おかしい。こっちの世界ではお腹が膨らんでくるまで明確に妊娠を知る方法は無い、一昨日ギルドに来てリコリスさんと話している筈なのにどうしてあの鎧との間にすらスペースがありそうな引き締まったお腹で妊娠していると思ったんだ。


きっとこの人はとんでもなく馬鹿なんだろう。いくら砂糖が地球に比べて高級品だからといってタルトで誘拐されてしまう人だもの、むしろ馬鹿でないわけがない。スズメの残念さは怒りを覚えるがこの人の場合はこんな風に勘違いされようと哀れみしか感じない。


「あれ、シノブ君? なんで泣いてるの? なんで僕の顔を見て可哀想な子犬を見るような表情をするの?」


「……とりあえずそんな事実はありません。リコリスさんとの関係はギルド職員と冒険者以上のものは無いです」


「でも支部長が裏で、みんなでシノブくんを祝うために今度サプライズパーティをしようって……」


信じやすい上に口も軽い、どう考えても二十代後半だと言うのになんと残念なんだろう。この世界はなぜこうまでも残念なのだろう、こんな世界に連れて来られてチートもあるのにギルド職員やっている私も大概残念なのだけど。この世界を呪わざるを得ない。


だがとりあえずこれ以上被害が出る前に支部長を止めに行こう。イレイスさんが聞いたのはここ数十分以内のことのはずだからまだ裏にいる筈だ。イレイスさんとの会話を切り上げ、鍵を開けるための水晶をポケットから出し扉に嵌めて裏に入る。


「このように周りを固めて行けば……」


「支部長、イレイスさんみたいな馬鹿みたいに純粋で実際馬鹿な人にあんな嘘しこんで何がしたいんですか」


支部長は魔物討伐課のギルド職員を相手に何かしら相談しているようだったけど構わずに話し掛けた。


「シノブ君はボクを馬鹿だと思ってるの?」


「イレイス君みたいな正直で馬鹿な子は馬鹿みたいに言いふらしてくれるし馬鹿な子が言えば本人が信じていることもあって信憑性高いだろう?嘘を吐いている自覚がないんだからね馬鹿だから」


確かに嘘だと思っていない人が言えばそれは信憑性があるだろうが、あまりに馬鹿にしすぎている。


「支部長もボクのこと馬鹿って思ってるんですか?」


「支部長、さすがにこの嫌がらせはリコリスさんも巻き込みますから洒落にならないです。それに、いくら馬鹿のイレイスさんが馬鹿だからって馬鹿のイレイスさんのこと馬鹿にしすぎです」


「シノブ君の方がボクのこと馬鹿にしてない?」


「馬鹿で子供なイレイス君なら人の幸福を馬鹿みたいに馬鹿なりに馬鹿っぽく喜んでくれるって意味で私は馬鹿のイレイス君を馬鹿になんてしていないよ」


支部長はそういって笑う。私が振ったようなものだけどイレイスさんの話題に話を逸らそうとしているのが見え見えだ。


「支部長六回も馬鹿って言ってますよ? 確実にボクのこと馬鹿にしてますよね?」


「で、本当にこんな嘘流して何がしたいんですか? 馬鹿のイレイスさんまで利用して」


「ねぇシノブ君、それ付け加える意味あるの?」


「私はただ本当にリコリスさんと君が結婚してくれるように周りから固めて行こうとしただけだよ。そう……馬鹿のイレイス君を利用してね、馬鹿のイレイス君を」


「支部長も付け加える必要ありますか?」


確かにもし私とリコリスさんが結婚したりすればギルドとしてはそれなりの利益を得る。Aランク以上になると王都に行った方がお金も稼げ、宿屋とかのレベルも高いし色々な食材も集まり生活水準が上昇するため王都に行く人が多い。しかしここのギルド職員と結婚すればここにしがらみができ他のところに行く心配が少なくなる。


「やりたいことはわかりますけど、リコリスさんは可愛らしい人ですし希望者を受付に据えて私を事務仕事にすれば良いじゃないですか。私は馬鹿のイレイスさんじゃないんですから事務仕事もできます。鑑定の方も補助なら行けます」


「ねぇシノブ君、エルフって一般に賢い種族とされててボクにはそのエルフの血が四分の一入ってるんだよ?」


私の言い分を聞いて支部長はまったくわかってないねと呟き、事務職の人達も同意するかのように頷いた。


その空気に私は何がわかってないのかと言おうとしてその理由を察した。


「受付になるための条件、馬鹿のイレイス君はわからなくてもシノブ君はわかるだろう?」


「ボクだって……あ、あれ?」


「逆恨みするクレーマー冒険者に対処することができるように瞬時に守護が展開でき、加護も使えることですよね」


他にも読み書き計算ぐらいはできなければいけないがそこに関しては今聞かれている内容とは少し違うだろう。ちなみに瞬時にとは言っても力よ水にそして盾に。ぐらいの短い詠唱でという意味で無詠唱でやれとは言わない。


「その通り、ぶっちゃけそれだけできればDランク冒険者ぐらいにはなれるから魔物討伐とかダンジョン探索した方がよっぽどお金が稼げる。ここではかなり少ないけどクレーマー冒険者は少なくないから必ず安全ってわけでもないし、受付なんてシノブ君みたいな変わり者かイレイス君みたいな馬鹿、もしくは負傷して第一線を退いた人ぐらいしかやりたがらないんだよ」


「え? そうだったんですか?」


確かに今ギルドにある受付は私とイレイスさんの受付の他にもあるのだがその全て様々な理由で引退した冒険者がついている。


依頼書を見ながら私でもできそうだなと思うこともある。でも私の場合へたに近づくと魅了ではないが魔物に好かれやすい体質と意思疎通ができることで殺せなくなったり、付いて来られたりするので私は魔物討伐もダンジョン探索もできない。金銭的にも精神的にもきつい。


「リコリスさんを口説きたいにしても受付より冒険者の方がいいのはわかるだろう?で、冒険者とくっつかれてもうちに居続けてもらう手助けにはならない、というわけで君にやってもらうしかないんだ。馬鹿のイレイス君は女性だからできないし」


「支部長、ボク冒険者に転身していいですか?」


「今度王都にいる昔のパーティメンバーがお土産を持ってくるんだけどクッキーとかでいいかな?」


「ボク一生リーク支部の受付で頑張ります」


理屈としてはわかるが何も恋愛感情じゃなくてもいい筈だし、オマケとはいえ一切成長が無い馬鹿のイレイスさんを利用してまですることではないと思う。第一私やリコリスさんの心の問題がある。


「もし、リコリスさんがいなくなったら支部長が出張ればいいじゃないですか。それで解決です」


「まぁ無理にと言ってるわけじゃないよ。おうちデートしてたらしいって聞いたからお互いに脈ありかと思っただけだよ」


ふと時計を見ると業務開始までそれほど時間が無い。


「嫌われるようなことを好んでしたりはしませんけど、変なことはしないでください」


「大丈夫、わかってるよ。あぁそうだ、これは別件だけど一昨日眠っちゃっていた分今度埋め合わせしてくれるね?」


「……はい」


このタイミングで言ってくるのは非常にいやらしい。いったい何をさせる気なのか知らないがリコリスさん関係で何かさせると宣言されたも同然だ。つまり、わかってるよとは言ったけど積極的にくっつけるからという事でもある。


裏から受付にでるには水晶は必要ない。私は営業時間になる前に速やかに受付に座り、いつもの薄っぺらい笑顔を浮かべて仕事の準備に入る。少し遅れてイレイスさんも自分の受付に座る。


ただでさえリコリスさんの関係は面倒なのに本当に勘弁して欲しい。リコリスさんのためにも私のためにもカケル達のためにもよろしくない。


カケル達とリコリスさんといえばまさかこんなに早くには来ていないだろうけど大丈夫だろうか。スイカあたりがばらしたりしていないだろうか。


「ところでシノブ君」


「どうしたんですか?」


家のことも大変だがギルドでの仕事も冒険者の皆様の命に直結する仕事だ。受付であっても他の課との連携もしっかりとするべきだろう。とりあえず支部長よりこっちの味方をしてもらえるぐらいには。


「結局リコリスさんとの子はどうするの? 母親だけで育てるのは辛いと思うよ」


「……イレイスさん。子供なんていないんです」


しかしなにはともあれ私は先にこの残念で馬鹿な人の誤解を解くべきらしい。

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