なにもできなくてやきもきします。
妃奈さんのところで保護される事になった新しい魔女だろう沙羅さんは、サーヤという名前で冒険者をする事になった。
場所はリーク。つまり私がギルド職員をしていた街で凛子がタリスさんに拾われた街である。
凛子が読み解いたものから第六王子が発見したルールによるとリークの外れのある一点を起点として半径五百メートルぐらいの範囲内に現れる様になっていたみたいで、そこは昔は大公クラスの貴族の領土で一つの屋敷があったらしく、そこに向けてというところらしい。意図は知らない。
ただ、第六王子曰く、魔女を秘密裏に処分する為か、魔女を勇者のストッパーとして確保しておく為かどちらかだろうとのこと。
そしてもう一つ、どうやら今度の魔女は魔力が見えるだけでなく魔物の言葉が聞けるらしい。スレイプニルさんの言葉が当然の様に聞けたとかで、妃奈さんが一回私の所に連れて行った方がいいんじゃないかという話にもなりかけたが、私にあまり関わらせない方がいいという事になった。
理由としてはまぁやっぱり私の所にいると新しい勇者と接触する危険が高いという事だ。紗羅さんを確保して置けばとりあえず勇者一行は揃わない、そもそも第二王子はその存在自体知らないのだから、妙に関わりすぎる方が危険だ。
だからと言って、かなりの頻度で来ていた妃奈さんと急に関係を切るのもおかしいということで変わらずスレイプニルさんと来てもらっている。つまり、表向きは影響が無い様な形で、妃奈さんは第四王女の方にもかなり頻繁に呼び出されているらしい。
まぁそれはさておき、魔物の声も聞ける話だが、凛子は勇者の物語にある通りに魔女が召使い役を愛せないとダメなんじゃないですかねと言っていつものようにぐいぐい来ていた。
確かに勇者の物語では魔女が召使の代わりに魔物の話を聞いてくれて、召使の言葉を受けて魔物達は道を空ける。
そこから考えれば魔女が魔物と話せるというのは何ら不思議でもないのだけど、そうなると私の能力、召使い役の能力とはなんなのだろうか。まぁ、今更わかったところでという気もするのだけれど。
そして同時に気になるのは完全に私の上位互換じゃないかという事である。
戦えないけど魔物の声が聞こえるというのが取り柄の私と、魔力が見えるし、どうやら法術も扱え、当然魔物の声も聞こえるし、タリスさん曰く筋もいいという沙羅さん。どうあがいても勝ち目がない。元々冒険者でもないし勝とうという気もないのだけれど。
私が冒険者にならなかったのは話の通じる魔物を殺すのが怖かったからだが、魔物は知能が高い方がその分討伐が難しい。引き際をわきまえるようになるし囮や罠に引っかからなくなる。そして討伐が困難な魔物はランクが高く設定される。
強くランクの高い冒険者はランクの高い魔物と戦うことになる。つまり、話の通じてしまう魔物とそれだけ遭遇する機会が多くなってしまうのだ。
「というわけで、結構心配なんだけど何か聞いてない?」
「私がお母さんに教わった時はいきなりAランクの依頼に連れてかれたけど……」
「え?」
私がまだリークの街にも言ってない時の話みたいで、その話を聞くと私は震えた。明らかにスパルタだし、そこに出て来る魔物出て来る魔物高ランクだ。妃奈さんが同じようにするとは思わないけれど、妃奈さんはタリスさんに師事してもらっている。
「……まぁ、《妃奈》ちゃんはそんな風にはしないと思う。私もお母さんと二人でってわけじゃなくて他にもSランクの冒険者いてだったし」
それでも大分危ない気がする。安全面もそうだけど、ギルドの規約的な問題で、私の前任者かさらに前か知らないがSランクがいてもAランクの依頼になりたての冒険者を連れて行くことを許可するべきではない。
まぁ、ギルドとしてはSランク冒険者はなるべく確保するべしってところがあるから、タリスさんを手放したくないからその危険に目を瞑ったってところなんだろうけども。
私と凜子を結婚する様に色々と計画するぐらいだから少し規約を曲げるぐらいはするだろうが釈然としない。
ただ、凜子の言う様に妃奈さんがそんなことをするとは考えにくい、中学校に入るぐらいまでは日本にいたわけで安全対策なんかに対してもうるさい。妃奈さんはあの面子の中では一番そういったところがしっかりした人でもあり、変に逸脱した行動をできないタイプの人だ。
「あと、《妃奈》さんが結構頻繁にこっち来てるから、その間も心配」
十四歳といえばこっちではもう大人扱いをされ出す年齢、だけど日本ではそうではなかったわけで一人で依頼をこなしたりするのには不安がある。こっちの世界の常識を知らないからだ。
「大丈夫だと思うよ?最初は本当にすぐ近くで簡単に倒せる魔物の討伐とか薬草の採集とかだろうし」
一人でやるなら確かにそれぐらいが妥当だとは思う。でも、妃奈さんの元で実力より少し高めの所とかやっていたらと思うと不安になる。つい依頼の度合いを間違えていたりしたらと思うと不安になる。
「まだ私がギルド職員だったら……」
「大丈夫、それより自分の事。魔物と話せる能力が移ってないなら尚更」
凜子の言葉を受けて目を背けていた現実に目を向けざるを得なくなる。もちろん本気で心配でもあるのだけれど、それよりも自分に関係する問題として恐ろしい事がある。
前の勇者の死だ。
何があったのか詳しくはわからないが、同じ場所で魔術師団副師団長も死んでいて周囲には戦った痕跡があったことから、なんらかの理由で勇者と殺し合いになり、勇者が勝って殺したものの、出血多量で勇者も死んでしまい事実上相打ちになった様であったらしい。
おそらく勇者召喚後に勇者を殺そうとしたのだろうという事で、新しい勇者が来た事で用済みになったか、もしかするとその能力が半減するかもしれないと恐れたんじゃないかというのが予想だ。
召喚された人間達が持つ加護というのはあの魔方陣によってもたらされていると考えられているわけだが、魔方陣から私達の体へその加護が完全に移っているのかは疑問視されている。つまり、魔方陣から常に供給され続けているのではないかということだ。
だとした場合、供給先が二つあったら能力が半減してしまうのではないかという事だ。
私としては魔女の役から召使の役が魔物の声を聴く加護を受け取れるのならば能力自体が完全に移っていると考えた方が妥当な気がするものの、何分古い魔方陣だし私もその手の専門家でもない。第六王子もそうだろうとは言っているけど、そもそもこの短期間に二組召喚した例がないから予想外の事が起きる可能性はあると言っていた。
それに、向こうは魔女の役の存在を知らない。そうなると向こうは今回の勇者一行の中で魔物の声を聴けるものと思っていた召使が聞くことができなかった時、私の存在を思い出すだろう。それを根拠に前の召使の役がいるからその能力が今の召使の所に来ないのだと考える。
他も同じ、勇者はすでに狩られたけれど、他にも召喚された人間はいる。四人の巫女と一人の神子の役の人がいる。特に前の四人はどこにいるのかもしっかりわかってしまっている。
その中には第六王子側の貴族に嫁ぐ話が出ていたりと裏切り者のような立場にいる人もいて、いつ暗殺されてもおかしくない。そしてそれは私も同じで、何度も何度も襲われているわけだけど今回もまた襲われるだろうという事だ。
クロースさんにそのことを相談したら家庭の事情という事で休講にできる様に手続きを手伝ってくれた。不用意な行動で生徒に危害加えられたら絶対許さないと若干脅されたというべきかもしれないけども。
なんか周りの人達が大体激情型な気がする。その筆頭はここにいる凜子なのだけれど。
「とりあえずは領地経営の方をしっかりやっていって、そっちの方は第六王子にお願いするしかないし」
「私から離れちゃうと危ないからね?できる事なら一切私から離れないで欲しいかな?」
ぐぐぐと体を寄せてくる凜子を同じぐらいの力でぐぐぐと押し退ける。凜子の一切はおはようからお休みまで着替えも風呂もトイレもだというのはわかっているから首は絶対縦に振らない。許したが最後、私の自由な時間はなくなる。
「適度にね、適度に。そういえば《凜子》は《田中》とは知り合いだったっけ?」
田中は私と一緒に召喚された最後の一人で、法の神子だったようだけどその力を隠して逃げた。学校に行きたかった私には第六王子が付いたが、そのまま城下町に出て行った田中には誰も付かなかったし、付かせなかった。
あの時は知らなかったけど第六王子に今回のこともあって聞いたところ、一応こっそり付いていた人間はいたらしい。が、城下町の教会で法術を学び治療の仕事をしていた時期があり、その腕前が上がって行くとふらっと姿を消した。付いていた筈の人も完全に見失ったという。
第六王子が言うにはおそらく結界を張っていないものと誤認させ、付いていた人間が離れたところで移動、馬車に護衛の一人として乗り込みその荷台にも結界を張ることでその馬車の荷台に意識が向きにくいようにして城下町を出たと。
「《田中》君はとあまり話した事もないね、一応知ってるけど、同じ委員会だったってだけ。ずっと《忍》のこと見てたし」
今もずっとそうだからねと私の顔に凄まじく視線を向けてくる。それをいつもの様に避けようとして、いつもの様に顔を掴まれて無理やり自分の方へ向けられる。
「そういえばシノブはそのタナカという人とは仲が良かったんですよね、学校に通っていた時によく聞いた名前です」
カイトが机の上に置かれた籠の中からひょっこり顔を出して口を挿む。非常にありがたいフォローだ。
『私も聞いたことあるわ、良い人だって言ってたでしょ?』
「まぁ嫌な性格のやつだったし、皮肉ばっかり言ってたけど、お前はどんくさいなぁとか言いながら絆創膏くれる様なやつだし、なんだかんだ面倒見がいいというか人のことを見てる。学校に通う様薦めて来たのも《田中》だしね」
そうスイカの質問に答える。
だから冒険者じゃなくて教会で治療の仕事をしていたんだろう。今はきっとどこかで治療院か何か開いているかもしれない、法術を使える人はそうそういないからお金は結構簡単に稼げる。そんな法術を延々使えるのだから治療院を開くぐらいのお金は簡単に集まる筈だ。
「第六王子が先に見つけてくれるといいけど、《田中》もきっと狙われているだろうし」
田中は色々とお釈迦にしたらしい私ほど恨まれてもいないだろうけど、第六王子が守ってくれるわけでもない、凜子みたいなSランク冒険者がそばにいるわけでもない可能性が高くて、見つけられたら危ない。
それなりの法術師のいる治療院には護衛なんてつけなくても常連の冒険者達が守ってくれたりもするものだけど、冒険者達が狩りに出る昼間や営業時間外はやはり危ないことに変わりないし、いる場所によっては冒険者のレベルも低い可能性もある。
足元に座っているカケルの首元に抱き着く。考える程嫌な予感がしてくるから少し現実逃避をしたくなった。
そっと背中に凜子の体重がかけられる、軽くリズムを取りながら叩かれるのが心地いい。スイカも寄り添うように来て、カイトも私の頭に昇ってくる。こうしているとリークの街にいた時みたいだ。
『なぁ、シノブ、飯ッグボ』
寄って来たスズメが飯をねだるのを凜子が貫手で喉を貫いて止める。実にリークにいた時の様で落ち着けた。久しぶりに今日のご飯は肉じゃがにできないかシェフに聞いてみよう。




