ちょっと思い出しながら話を聞きますby凜子
「うん、シノブ、それは流石にやめてもらっていいかな」
「第二王子を暗殺しようって言っただけなんだけど……」
「だからそれをやめようか。正直簡単ではあるんだよ、殺すだけなら僕でもやれるわけだしさ。でもそれじゃあ駄目なんだよそれじゃあね。それに勇者召喚は第二王子を殺しても止められない、なんなら第二王子派の人間がいきなり叩き落とされることで一斉に凶行に走りだす可能性が高い。国を動かしているのは王侯貴族だ、一気に蜂起されでもしたら国の機能が麻痺する」
確かにそうしたら困るか。貴族になってしまった以上そうなったら大きな責任も伴うし、いくら第六王子の紹介で優秀な執事が雇えても自分の領地で手一杯だ。という顔を忍がするので、隣にぴったり寄り添う。一緒にいるよというアピールだ。
「あの第一王子がいなくなった影響もまだ大きい。騎士団は内部で権力の取り合いだ。それに、みんなには悪いけれど私達は今回の勇者召喚は防げないものと考えている」
忍が多少魔操術を使って私の体を持ち上げて膝の上に座らせる。わりと筋肉の塊の体だけども、筋肉の質が人間のものじゃないから軽い。筈だと思う。重いとは思われたくない、愛が重いとは言われたけども。
「私は膨大な魔力とそれを使役しうる肉体を持って産まれた。なるべく隠したけどね。そして妹は無人種にあるわけがない、魔人種にごく稀に発言する固有の術を持って産まれた。これはおそらく魔女の役目にある召喚者に対応している」
一瞬びくんと体が跳ね上がる。膝の上に座らされただけでも幸せなのに軽く抱き着かれた。忍が私を殺しに来ている、幸せ殺しだ。
「私達だって妨害はしている。でも第二王子を殺してそれが止まるとは限らない。それに……シノブには悪いけど、本当に魔族がまた攻めてくることがあれば、勇者召喚は必要になるかもしれない。だから魔法陣の破棄もできない」
我慢しないとすぐに顔が緩みそうになる。すぐに忍に抱きつい返したくなる。最近魔力を使う量が減って柔らかくなった体に頬ずりしたくなる。
「……じゃあ、第六王子はこのまま召喚させるんですね?」
「……そういうことになるね。言い訳でしかないが、召喚後に好き勝手に戦争に出させたりはしないと約束する」
「魔女の子はどうするんです?」
私がちょっと口を挟むと、第六王子はそのこともあって来たと言う。
「出現地点を特定できたら、ヒナの弟子、又は養子とするのが一番だとこっちでは考えている。リコリスが容易く社会に入れたのはジギタリスの娘にして弟子だったからと言っていい。聖火の巫女は数日後、その影響力の大きさからSランクになる。情報源はまぁ、お分かりだと思うけど。社会的地位と、現状人類に速度で追いつく術のないユニコーン。まず捕らえられことはない」
私達のところで、とならなくて少しホッとする。そして、少しホッとした自分が少し嫌になる。忍に好きだとちゃんと言ってもらえたのに。信じてないみたいだ。
「特定できたらってことは今は特定できていないんですね」
カイトが言うと、第六王子はそのことで来たんだと言う。
「常設型の魔法陣は魔力を通しやすい物質で描かれている。だから目で見ることが出来るんだけど、妹が言うにはその魔法陣の中に魔法陣が描かれていることによって魔力の流れがあるらしく、その魔力の流れがまた一つの魔法陣を作っているんじゃないかと思うんだ」
つまり、それを私が見て伝えると。そうすることでもしかしたらどこに現れるのかわかるかもしれない。そういう事だ。妃奈ちゃんとスレイプニルさんがいるから日帰りも可能だけど。
「とりあえずはリークのリコリスが現れたという地点を重点的に見張ってはいるけれど、なるべく早くしたい。できれば明日だ。君ならここから王都まで半日とはいかなくとも二つ三つ先の町まで行けるだろう?そこにヒナを待たせてある。夜の間に合流して朝出立して欲しい」
正直不満だ。せっかく忍が甘やかしてくれている時に、なんで離れなきゃいけないのか。でも忍は悲しませたくない。きっとこの世界に来たばかりで魔物に襲われ死ぬ人を思って悲しむだろう。
でも、行かないといけない。多分それが一番いい、私はこの世界で忍の隣以外に居られる気がしない。
だけど、行きたくない。忍を取られてしまいそうで怖い。
もしも私と同じ様な人間でない誰かが来たら、きっとその子は助けてくれる人を好きになる。忍の事を好きになる。私がお母さんを好きな様な好きならいいけど、私が忍を好きな様な好きだったら、怖い。
今はいい、でも大人になってきたら?私が三十代になって、忍も三十代になって、でもその子は私達と同じ年齢でこっちに来るなら二十代前半。忍は、その時私を取ってくれるのだろうか?十歳年下の女子は魅力的に見えてしまうんじゃないだろうか?
前髪で隠されたおでこを少し撫でる。微妙に膨らんだそこは元々生まれながらに角があった。今ではその上から皮膚が覆っているが、それも角の上に皮膚を移植したものだ。
人間の世界で生きられるようにとそうしてくれた。元の世界の両親が。
人間の言い方で言えば私は鬼という妖怪になる。
見た目はほとんど人間で、違いは角ぐらいだけども。血の繋がったお父さん曰く、パッと見て鬼だとわかる鬼は皆殺されてしまったらしい。だから私達は人の中で人と同じに人らしくあろうとしていた。
私はいい子だったと思う。優等生であったと思う。でも怖かった。鬼という言葉が出るたびに内心ドキドキして、それを察した先生に対して私は鬼が怖いという事にした。子どもらしいと思われたと思う。
血の繋がったお母さんから、まだ角を切っただけで皮膚を移植できなかった時、角が見つかって殺されかけたという子どもの時の話を聞いた。
私達は、いたらダメな存在だと言われている様で苦しかったとお母さんはいった。私もそう思った。みんな鬼は悪いもの、怖いものと扱うし、魔術や魔法や何かと一緒に存在しないものとして扱っていたから。
凛子ちゃんはいい子だ。周りはそう言う。でもそれは演じているもので、私はやりたい事をしているわけじゃない、友達を手伝うのも、手洗いを積極的にするのも、いい成績を取るのも全部。
家でもずっとそうだった。外でいい子を演じる為に、勉強して、運動して、それで、わからなくなった。
なんで演じなきゃいけないのと子どもながらに思った。みんな素直であれと言われているのに私は素直な中身を演じてる。それが苦しい。苦しいのにそうしないと怖い。まるで苦しくなる為に生きているみたいだと思った。
お母さんにそれを言ったら、凛子が皮膚の移植もできる状態になったら、本当に素直になってもバレないからと、そう言われて我慢してた。
でも、それってやっぱり隠すことは隠してるんだよねと。そう思ったけど言わなかった。ただ頷いた。
ある日、忍とぶつかった。頭と頭を打って、忍は私のおでこに傷がないか見ようとして、折れた角を見た。
私は絶対に言わないでと口止めした。お母さんに聞いた話が怖かったから口止めした。そして、そのことは怒られるのが怖くてお母さんにも言えなかった。
忍は言わないでいてくれた。一回、私の頭を撫でようとした大人に殴りかかって行ったことがあった。嬉しかった。
その時から、忍と結婚したくなった。忍が他の女の子と話してると家に閉じ込めたくなった。幸せな家庭を築きたくなったし、見ているだけでゾクゾクするものがあった。
あの時の事を今も覚えているかはわからない。だけどあの時から私は忍を好きだ。救われもした、その後皮膚の移植もされて、ちょっとたんこぶがってぐらいになったけれど、でも気持ちは変わらない。
忍の前だと優等生のふりをするのが楽しくなった。優等生でいる自分を、わかりやすくいい子な自分を好きていてくれている。それに気づいた時から私はいい子の自分が好きになった。
忍が私を好きだと気付いて、恥ずかしいから告白はしなくて、忍が冷めてしまったのを見た時もっと押せばよかったと後悔した。
同じ委員会に入って、異世界に飛ばされて、こっちで再会した時には押すしかないと思った。結婚はできたから結果オーライだけど、本当は私のことを好きじゃないんじゃないかと不安になった。
今は私に好きだって言ってくれたし、それが嘘じゃないとわかるのに不安は収まらない。優しい忍は、明らかに私よりも弱いのに私を守ろうとすらしてくれる。勇者一行が来た時も、無理やり押しかけた私を勇者一行に売り渡して自分の所に来させない様にすることだってできたのに。わざわざ正体明かして戦って。私はそれが嬉しかった。
でも、もし、来るのが私と同じような女の子だったら、やっぱり忍は放っておかないんじゃないか。そう思ってしまう。だから助けたくない、でも助けないと忍は悲しむ。
「……行きます、けど。一日で帰ってきますからね、シノブさん」
忍が私の頭を撫でてくれる。時々でこの辺りまで指が行く、触ってないということはあり得ない。だけど言わないでくれる、私が言わないから言わないでいてくれる。
もし、来た女の子が私の様な子だったなら、ちゃんと話そうとそう思う。
名残惜しいけど忍の膝の上から立ち上がって自分の部屋に行き革鎧一式を取り出す。
次は斧、だけど大きくて重いから鉈を一本にしておく。見た目は普通の鉈だけどこれでも相当のものだ。具体的に言うと、材料調達と加工が身内じゃなければ家が一軒建つぐらいの価値がある。私の一番良い鉈だ。
全部着け終るとふっと息を吐いて窓から庭に着地した。見られない様に、悟られない様に走っていくのだからわかりやすく玄関から出て行きはしない。




