ポンコツ魔術師に魔術を教えて自己嫌悪に陥ります。
突然だが、五元素説を知っているだろうか。火、水、土、木の四元素にエーテルを加えたものでこの五つの元素で世界が構成されているとする説が五元素説だった筈だ。
中一の頃無駄にはまったっきりでこっちに来てからは地球のことを知る方法なんてないから実際合っているかわからないが確かそんな感じだ。木じゃなくて風だったかもしれないがとりあえず木にしといて欲しい。こっちの世界では木だから。
「まず知っているとは思いますけど魔術には五つの属性があります。火、水、土、木、そしてエーテルです」
この世界では絶対神が作った世界の上に四つの属性を司る神がいて、その他はエーテルが満ちている、とかされていて魔術は四つの属性とエーテルの五つの属性が魔力でなんやかんや技術だ。
「そしてこの中で異質なのがエーテルです。エーテルは属性ではなく力そのものでありエーテル魔術は属性を持たない純粋な魔力を使う術であると考えればいいと思います」
地球でのエーテルについては知らない。ただ少なくともこの世界のエーテルはこういうものだとされている。
「さて、魔術が形を成すためには強いイメージを持つ必要があります。その基本がこれです」
体を流れる魔力が心臓から送り出されて指先に集まり、私の持つ木の枝に流れ、そこから出て小さな球を作るイメージ。球の内部では力が渦を巻き毛糸玉のようになっているイメージ。それを思い浮かべることで木の枝の先に透明なエーテルの球が出現する。
「これはエーテルの塊ですが体の中で火が生成されるイメージを作れれば火球が、水なら水球、土なら岩が生まれ、木なら折り重なった葉でできた球が生まれるでしょう。ただこれはあくまで私の場合で、属性を加えたらどうなるかをどうイメージするかによって形は変わります。先入観は持たない方がいいですね」
これを腕力で投げるのがボール系と呼ばれる初級攻撃魔術だ。火ならファイアーボール、水ならウォーターボール、土ならアースボール、木ならウッドボールとなる。込める魔力と威力が直結し突発的に発動できるため汎用性は高い。たださっき言ったように個人差もあるし、速度は投げる腕に依存する。投げるのが下手な人だと狙ったところに当たらないというデメリットもある
例えば私が作る火球は芯が無いが、ろうそくやランプなど芯がある物に灯されている火しか見たことがない人には芯の無い炎は想像できなくて内部に不純物が生じる。しかし種類としてはファイアーボール、芯があっても無くても同一の魔術とされる。
「エーテル魔術師が多属性を使えるようになりやすいのはこのように一度魔力だけで取り出せることが大きいです。人間にはどうしても合う属性と合わない属性が存在していて、出す過程で属性を付加するイメージだと差が出やすいのですが、エーテルのボールに付加する形なら外に既に出ているため体質の向き不向きがあまり関係なく、イメージとの差が少なくいきます。私個人の意見としては目の前に対象物があることでイメージしやすいというのもあると思います」
この世界の魔術師が杖を愛用する人が多いのもおそらくそう、イメージしやすいからだ。他の魔術師達も杖を使うから魔術を使う時は杖という先入観があり、杖と魔術を合わせて考えることでイメージしやすく使いやすくなる。詠唱も多分同じ理由、言葉にすることでイメージを固める効果あるのだろう。私達受付があなたに精霊の祝福がありますようにと毎回言うのもイメージを固めるためだ。
「ただ間に一つ余分な動作を挟むわけですから咄嗟に撃つには向いていません。とりあえずできると思いますけどエーテルボールを作ってみてください」
「……できないです」
指に凄まじいまでの魔力を集中し放出こそしてはいるものの球にできていないリコリスさんに、私は聞こえない程度に軽くため息を吐き、どうしてこうなったと思った。まぁある意味予想通りではあるのだが。
「杖を使えばできないこともないんですけど……」
「でもそうすると斧と同時に使えないから意味がないです。斧か素手かでできなければ意味がありません」
このリコリスさん。最初に登録した時は杖を使い無属性の力の塊を武器として使っていたのだがほとんど知り合いもいないし人見知りだったらしく、パーティを組めず一人でも戦えるように斧に持ち替え、体の内で魔力を使いパワードスーツのようにすることで素の獣人種を超える膂力を得て戦っていたのだとか。
ちなみに体の内、又は接している武器の内部での魔力の使用は魔術ではなく、魔力操作術と言われる技術になり魔術の使えない獣人種の得意とする技術になる。
リコリスさんは魔術師なのに魔術をまともに使っていなかったのだ。もうまともに魔術師とは言えないどころかどっちかと言えば魔術戦士、むしろがっつり戦士である。
「……やっぱり訓練所に行かれた方がいいのでは? 支部長も過去にはエーテル主体の魔術戦士でしたしスタイルは支部長が一番近いと思いますよ?」
「それはダメです! そしたら私がポンコツなのがばれちゃうじゃないですか!」
Aランクのくせにポンコツとか言われると私なんかは本当にゴミになるのだが、リコリスさんは人にばれないように魔術を並行して使えるようになり上を目指すのだという。
「じゃあとりあえず今から私が詠唱込みでエーテルボールを作り、ウォーターボールにし、ウォーターシールドに変形します」
ウォーターシールドは守護の魔術。魔力を取りだし、属性を付加し、形態を変える。中級魔法に分類される魔術になる。私は木の枝をぽいっと捨て人差し指を立てる。
「体にめぐる魔力、私に従い指先へと集まり、その力を球に閉じ込め現れろ……」
詠唱は中二病みたいに我が体内に内包されし魔の力よ……か言ってもいい。要はイメージが固まればそれでいいのだから内容はあまり関係ない。ばれたくないなら抽象的な表現にすればいいし、確実に使いたいなら一つ一つ確実に言葉を繋げればいい。
これで私の指先にソフトボール大のエーテルボールが生まれる。込めた魔力は確かにさっきよりも多いがそれよりもイメージが鮮明化されたのが大きい。
「魔力の流れは水の流れへと変わりエーテルボールはウォーターボールへ……」
エーテルボールの一部が水へと変わりそれが流れに乗って全体に行きわたると一度ぼんやりと青く光り完全な水球へと変貌する。
「ウォーターボールは渦を巻き円盤へと変わり私を守護する盾に、何物も通さない鉄壁の盾へ」
リンゴの皮が剥かれる様にウォーターボールががほどけて結び直されていき円盤状に成形される。最後の言葉は形には関係ないが性能に大いに影響する。あくまで水の渦であるから弾くイメージを強く持たないと盾としての意味を持てない。
「とりあえずこんな感じです。この詠唱のスピードや成形のスピードではほとんど使えませんけどまずは詠唱ありで球を作るところまでやりましょう。斧と素手の両方でです。慣れればきっと杖の時と同程度の攻撃ならできるようになります。それから属性に入りましょう」
リコリスさんが何故属性を使いたいのか知らないがとりあえず安定してエーテルが使えなければエーテルから入る場合はお話にならない。私でももっと早く守護の魔術は使える。カケルやスイカみたいな高ランクの魔物には使えないが、低ランクの魔物の攻撃なら防げる程度の魔術はギルド職員でも使えるのだ。
「シノブさんはどんなイメージでやってるんですか?」
「私は渦を巻くイメージでやっています。人によっては石のように固体でイメージする人もいますし魔力操作の延長で行ける方もいます。普段魔力操作術はどのようなイメージで?」
「なんとなくこう動きたいって思うとそうなってる感じで……」
結果だけ想定する人は全くいないわけじゃなく、むしろ高ランクになればなるほど多数派になる。精度では一つ一つ積み上げる方が高いのは言うまでもないがエーテルを使うように手間がかかるため高速の闘いの中で生きることになる高ランクの冒険者達はそのほんの少しの手間を嫌う。むしろそこに手間を挟まない人達が上に上がれる。
ただ、そういう人達も細かいところから積み上げる行動を繰り返し、慣れることで途中経過を無意識に葬っているだけで、リコリスさんのように最初からそうやっていてそれでも発動させている人は初めて聞いた。魔物討伐課だから知らないだけで人間の賞金首の担当のイレイスさんに聞けばそういう例も教えてくれそうだが、聞くとリコリスさんいわくポンコツなのが分かるから駄目だろう。
「……杖でやっていた時はどんなイメージで?」
「その時もなんとなく他の魔術師さんがやっているのを見てやってました」
なんとなくでできるということはそれだけイメージ力はあるのだろう。ただ順を追うのが苦手なのかもしれない。
「とりあえず私がもう一回作りますからリコリスさんはそれを見ながら自分の指先にエーテルボールがある様子を想像してください」
多少荒くてもできればそこから細かくしていくこともできない事じゃない。とりあえずはどんな形でもできることだ。
「力は球に」
それだけで指の先にエーテルボールができる。学校に通っている時にエーテルボールは何千回と反復したからこれだけならこの程度の詠唱でDクラスの魔物にダメージを与えられるレベルのものができる。
「力は球に」
リコリスさんも同じように呟くと私のものよりも一回り大きなエーテルボールが生まれる。これならCランクの魔物にもダメージを与えられるだろう。私に比べて余分に魔力は使っているもののリコリスさんの魔力量はイレイスさんを超えるものがあるどころじゃない人間をやめてるSランクにいつ上がってもおかしくないレベル。無駄に使っても早くできる方がいい。
「やりました! できましたよシノブさん!」
無邪気に喜ぶリコリスさんに私は心の内で血の涙を流しながらよかったですねと微笑みかけた。私の学生時代の努力は一体なんだったのか。しかもこれで自称ポンコツである。私はもはやゴミですらなかった、気にもされない道端の石ころのような存在だったのだ。
「次……斧でやってみましょうか」
「いえ、とりあえず今日はこれを反復してみることにします」
今日はということはまた来るつもりなのだろうか?私は休日返上な上に精神的ダメージを負っているというのにそんな悪意のない顔で私に苦痛を与えないで欲しい。
「そうですか……では、窓口で」
「はい、今日は家にまで押しかけてしまって本当にすみません」
実は今の今まで魔術の練習をしていたのは何を隠そう私の家である。
リコリスさんが私に頼んだ理由は私がエーテル魔術師でもあるからだけではなく、私の家に張ってある結界にもあった。防音な上に魔力の流れが外から感じられないということは指を立ててその先にエーテルボールを作っていても外からだとただ指を立てているようにしか見えない。ウォーターボールは流石に水の塊に見えるが清潔な水を作ることぐらいはままあることだ。
カケルは地下室で息を潜め、スイカは井戸の中に沈み、カイトは多分屋根裏、スズメはひき肉となってリコリスさんをやり過ごしている。
もしバレたなら魔族扱いされて襲われたっておかしくはない中で敵に回るかもしれない相手を強化する私の気持ちがわかるだろうか? そしてよく効く胃薬を売っている薬屋は無いだろうか?
結界の中で魔力感知はいかれるから大丈夫だとわかっていてもリコリスさんはAランクの冒険者で頭は悪くないけどどっちかと言うと感覚派の人間なのだ、いつ気づかれるのかわかったもんじゃない。
「……またこの家、来てもいいですか?」
リコリスさんが夕焼け空をバックににっこりと笑いかけてくる。不覚にもドキッとした……なんてことはないが明らかに悪意が無い感じが非常に断りにくい。それでも断りたいのだが立場上この人は一番のお得意様なのだからこれは接待、機嫌を損ねるわけにはいかない。
「どうぞ。ただ来る時には一言連絡を入れてくれると助かります」
「じゃあ明日来てもいいですか? 庭だけしか使わないのでそこでエーテルボールの練習をさせてください」
ギルド職員じゃなければ断ることもできるのに、ギルド職員なんかなるんじゃなかった。
五元素は正しくは木じゃなくて風なんですが間違えてそのまま話を進めてしまったので修正する気はないです。
忍も合ってるかわからないって言ってますし!この世界ではそうなんですよ(開き直り)!