因果応報って感じでしょうか。
倒れている生徒が二人、今まさに殴られている生徒が一人。殴っている人間は少し膨らんだ、ダウンジャケットの様な体の線が見えない服を着て、覆面もしていて男か女かもわからない。腰には長剣を下げているがあえて拳で殴り続けていたらしく手袋が赤黒く光っている。
「何をしているッ!」
クロースさんが鋭く怒号を発して抜剣する。
「そう声を荒らげるな、今まさに終ったところだ」
生徒を殴る手を止めて立ち上がったその人間は、私の方に視線をやると腰の剣に軽く手をかけた。
「……いや、やめておこう」
そう言いつつも剣から手は離さず、さっきまで殴っていた生徒の首ねっこを掴んだまま少しづつ下がっていく。殺していないのは人質にして逃げる為だったか、スイカもクロースさんも迂闊に手を出せた状況じゃない。
半歩足を前に出すと動くなと生徒をひょいと抱え上げて首筋に指を当て出す。魔操術を使えば私でも凜子の愛用の二メートル近い大きな斧を一応持てる様になる、体を鍛えている人ならば更に力は強く、それこそ人間を抱えていても問題ないし、意識を失っていて魔操術を使えない人間の首の肉を抉るのも簡単だ。
冒険者の中には野宿しないといけない様な依頼を受けた時に汎用ナイフを持っていかずに素手で代用する人すらいる。もちろん基本的にはナイフを使うのだけど、破損した時とかには武器だったりを痛めるよりもいいと、よく聞く話だ。
「どうしたら生徒を返してくれる?」
クロースさんが静かに問うと、動きを止めないままに視線を向けた。
「……そうか、この授業の担当……お前がクロースか」
「そうだ」
そうクロースさんが答えると足元を見た、どうやらスイカがついて来ていないことを確認しているらしい。指先から小さなファイアボールを地面に向けて投げて火をつける、やはりスイカを警戒しているのだろう。一般的にスライムは蒸発させて殺すものだし、火があると末端をじわじわ寄せて行けなくなる。
「お前がやることをやってくれればすぐにでも生徒は解放できる……シノブを殺せ」
私とクロースさんの視線がぶつかる。そして同時にこれは流石に死んだかなと思う、クロースさんなら迷わず私を殺すことだろう。私とは馬が合わず、生徒の安全を非常に気に掛ける人だ。凜子がいてくれたらなと思うがいないのだから仕方がない。
「お前の従姉妹は行方不明じゃなく殺されている。殺したのは第六王子の手の者だ。理由はすぐ隣にいる、わかるだろう?」
多分従姉妹と言うのは騎士なんだろうなと思う。他に接点がある貴族で死んだ人が思いつかない。理由が私なら第六王子の手の者とは言っているけど凜子なんだろうなぁと思う。妻が私のために殺人をする。普通なら信じられないだろうことなのに凜子と私に置き換えると信じられない要素が無いから恐ろしい。見ず知らずの人ならまだしも騎士とは大分嫌な思い出があるので凜子がよく私がいる場では我慢してたなと思うぐらいだ。
それに、そういう事を知っているという事はやっぱり第六王子関係か。つまり生徒達は私のせいでボコボコ殴られていたことになる。顔は何故か皆殴られていないが服の上からでも腕が変に曲がっていたりするのがわかる、どこかに後遺症でも残っていそうな傷つき具合だ。でも死にそうな感じはない。
「……なるほど。それで、あぁなるほど。よくわかりました。私達は同じ側に立っていると、そういう事ですね」
クロースさんが無造作に剣を抜くとスイカが私の前で集まって迎撃のポーズを取った。しかしいくらスイカと言えど体を広げていた時間が長すぎてその体積は普段通りぐらい。クロースさんと相討ちになってしまうか、勝ってももう一人には勝てないだろう。
「スイカ、無理そうだからスイカだけでも逃げたら?」
『見捨てるわけないでしょ。リンコにも頼まれてるし、シノブは家族なんだから』
わりと感動的な台詞な気もするけどそれ以上に、私より先に凜子なんだと思いつつ杖を構える。自分でも驚くほどに緊張感がない、色々とあきらめの境地に達してしまったような感じがある。
クロースさんは剣を片手で持ち、もう片方の手にファイアボールを作る。魔術と剣とを両方使う無人種定番のスタイル。バスターソードを使うのが一般的だが貴族が普段から腰に刺している様な剣というのはレイピアに近い。従ってクロースさんの持っているのもレイピアに近いもので、切るより突くものだ。
「……私の剣ではスライムと相性が悪い、加勢してくれませんか?」
細く軽い刀身というのはスライム相手に相性が悪い。そもそも武器で触れると溶かされる、それでも完全に核から分断できればその部位は確かにただの水になるので武器を使わない人は全くいないでもない。でもそういう人が主に使うのは斧だ。触手の様に伸ばしてくるところを斧で切れば分断できる。厚みもあるからそれなりの時間形を保てる。
見たところ長剣の幅はそれほど広くはない、でもクロースさんのは一秒捉えれば完全に溶かせそうな感じであるからまだマシ。二人で魔術戦に持ち込もうという話なのだろう。
「……私と彼女の関係も調べたのなら知っているでしょう?」
一瞬ためらった後、生徒を地面に横たえて両の手にファイアボールを作り出す。私は少しでも生徒から遠ざけたいし、自分もここから逃げ出したい。少しづつ離れていく様に後ずさり、スイカも一緒に下がっていく。
お互いにここから離れた方が都合がいい。生徒を巻き添えにするとクロースさんにとって好ましくないし、スライムとの戦いは火を使うため巻き込む範囲と言うのは非常に広くなりやすい。私としても殺される際に巻き添えで死人がいたらただでさえ嫌だというのにさらに気分が悪くなる。
結果として移動はスムーズに進み、しかしすでに終わっている生徒や他の教師達がいる方には行かせてもらえない。加勢は期待できない様だ。やっぱり自分の命に関しては諦めるしかないのだろう。
もう少しクロースさんと仲良くしておけばよかったか。それとも勇者と戦ったりしなければよかったか。前者はまだ何とかなっただろうという気がするけれども後者はどうしようもない、あれは喧嘩を買わなければ凜子を連れて行かれていたかもしれない。それは嫌だったし仕方がない。
数分歩いて森の中の少し開けた場所に辿り着くとお互いの動きが止まる。何時動き出すかという感じ、少し私も頭が冷えてもしかしたら逃げられるかもしれないと思う様になった。
狙うは足だ。脚を潰して生徒達を回収して逃げる。二人共の脚を潰さないと逃げることは叶わないけど、歩いて数分の距離、スイカの力があれば足をすでに潰した人の足止めは容易い。生徒達を何とか連れて帰るのはできない事じゃない。
「私だって一応戦えるんですよ」
杖の先から水を噴出させると皆が一斉に動き出した。その中でも一際異質だったのはクロースさんだ。
力強く踏み込んだかと思うとそのまま私でもスイカでもなく、一緒に私に攻撃を仕掛けようとしていたその人の手を貫いた。
「赤熱した剣、貫く力!」
クロースさんの左手の中から剣のような形状の岩が出てきて発火し、掌で爆発のような物が起きたかと思うとまっすぐ飛んで脚に突き刺さる。そして喰らった人は無理やり抑え込められているかの様に体が硬直する。呪術の基本での土の役割、静止だ。
そしてその一瞬でスイカが一気に硬直した体全体を包み込み拘束する。すぐさま水の中で間接が極められ、不思議なポーズで固まる。
「いや、シノブ教諭すみませんでした。大分心配をおかけしました」
クロースさんがそう言って剣を抜き取り、血を拭いて鞘に納める。スイカはその間も不信感丸出しだったし、私も信じられなかったのだがクロースさんは逆に憑きものが落ちた様にさっぱりとした顔をしていた。
とりあえず事情はよくわからないが、裏切った、様に見せて実は裏切ってなかった。という事らしい。
「生徒の安全を確保するためには本当に殺すか遠ざけて抑え込むしかないと思ったので……」
「あ、なるほど。じゃあ仕方ないですね」
さぁ、生徒達を迎えに行きましょうと言うとクロースさんは少し戸惑った様だった。
「いや、あの、従姉妹の事には触れたりしないんですか?」
「私のためにやってくれていた事であっても私は詳細を知らないので、話せることもありませんし……」
「……じゃあ、私から少しだけ言う事にします。騎士は私の従姉妹で元婚約者です、関係は良好でした。でも恋仲と言うよりもお互いに利害関係としてと言う感じです。彼女は私の家の方が大きかったからですし、勇者一行に付いて行ったのもそこですから。だから、暗殺されていてもその理由は彼女にあるのでしょう。そう私は捉えています」
急に早口でまくしたてられても正直よくわからない。
如何にもわかっている様に一つ頷いて、とりあえず生徒が優先ですよねと言ってそのまま生徒達の所に向かった。
『シノブ、本当は全然わかってないでしょ』
言葉に出すと聞こえるから言葉に出さず、こっそりと頷いた。あとでカイトに確認しよう。




