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友人を利用して悪いと思っているとでも?byヴォルフ

剣を抜くと死体は傷口から血を噴き出して倒れていく。私達に降りかかる血飛沫も浴びたくないので目の前に薄い氷の盾を張って防ぐ。


「カーペットに染みがつくのもあまり嬉しくはないね」


死体の傷口を凍らせ止血し、魔術で作った水を撒き、染み込んだ血と一緒に表面に浮き上がらせて一箇所にまとめ凍らせる。剣についた血も同じ様にして取る。


ただ凍らせるのも芸がないし花の形でも作ろうか、死者への手向けぐらいにはなるだろう。


ふと腕の中にいる婚約者が震えているのに気づく。襲撃を受け慣れていないのだろう、私と一緒にいなければ襲われる理由がないとは言わないが、今となっては私と大公のパイプは繋がっているわけで暗殺を仕掛ける理由もないその程度の身だ。


手の中に色のついた水を作る。基本的に役に立たない、意味もない、しかし誰も発想すらしなかった魔術だ。ただ単に色のついた水。作れるのはただの水だと思われていたからシノブが最初に作った時は驚いたものだった。


緑の水で葉と茎を、赤い水で花びらを、茎に棘はあえて作ることもないだろう。そうして作った氷の薔薇の花を見てミーミルは苦笑する。


「悪趣味ですよ、ヴォルフ様」


そう言いつつ髪に差すあたりそれほど嫌がってはないのだろう。魔術で作った氷は溶けるものと思わなければ溶けない。


「今度はどっちの義兄様よりの刺客でしょうね?」


「どちらでも変わらないさ、少しでも憔悴させようと三下を送り込んだだけだ」


しかし無駄なことだ。この程度の相手ならば相手は容易い。片手があれば十分足りる。片手で片手間でできる様なこと、嫌にはなるが憔悴するほどじゃない。ただ、私にはであるのが悔やまれる、ミーミルの精神は多少なり削れるかもしれない。


死体を魔術で生み出した葉で包み込み、結界に閉じ込め圧縮する。それを結界ごと燃やし尽くせば指ぬき一杯程度の灰だけが残る。後は放置していても埃と同程度のものでしかない。


「……シノブさんの方にもこういった危害が加えられているんですよね?」


「罪悪感があるのかい?見え見えの罠にわざと引っかかってシノブ達を大々的に巻き込んだこと」


ミーミルを席に座らせてまだ温かい紅茶に軽く口を付ける。襲撃を受けてすぐお茶に戻れる様な精神ではないだろうが私があまり気を使いすぎてもむしろ気まずくなる。私達は愛あっての関係でもない、歩み寄るべきだとは思うが無理をしては続かないだろう。


「えぇ……まぁ……シノブさん達の力はあれば心強いですが必須というわけではありませんし、この国の方でもないですから」


ミーミルは素直な人だ。兄弟が亡くなったのを事故だと思い込めるぐらいに。それが彼女の父なりの彼女の守り方でもあったのだろう。


しかし彼女も馬鹿ではないから薄々は感じていた。だから私との婚約に賛同してくれた。その中心的な動機は復讐と王族の血筋でもある責任感。やはり真っ直ぐな人であるから勇者召喚自体にも存在しない責任を感じているし、シノブを巻き込むのも納得いかないのだろう。


「まぁその点は私もわかっているよ。私が王になるためにシノブは要らない、しかしシノブは放置しておけば国が滅びかねない人間だ」


シノブ達は現れた時代も悪かった。こういう時代だからこそ召喚されたとも言えるが。


「国が滅ぶ、ですか?」


「そう国が滅ぶ。場合によっては世界が滅びてもおかしくないかな。それを防ぐために私達は生まれてるとすら考えているよ」


「私達、ですか?」


そう私ではなく私達だ。ミーミルにはまだおそらく想像もつかないだろうと思う、私もリンコの存在を知ってやっと関連性があるのではと疑いだしたぐらいだ。


それはそうと暗殺者から気が逸れたのはよかった。思わず紅茶にも口を付けているしすぐに落ち着くだろう、気づかれない様に魔法術で紅茶に微弱な精神安定作用を持たせた。話をしながら徐々に落ち着けば私がしたとは思わないだろう。


「私と魔国の第三王女だ。勇者の末裔にして勇者の生まれ変わりとも言える力を持つ私と、魔女の末裔にして魔女の生まれ変わりとも言える力を持つ魔国の第三王女。同時期に一歳しか違わず生まれてきた、不思議だろう?」


「言われてみれば確かにそうですが……」


偶然ではと思われるのも当然だが、ここに第三の存在が入ってくると事情が変わる。しかし意外と私が他の女の名前を出しても反応が薄い、まぁ利害の関係であるし私に連絡を取れる様な接点があるとは思っていないから当然か。


「そしてリコリスだ。私や魔国の第三王女以上の魔力を持ち魔女の役を持つ今の代の勇者一行」


「でもそれこそ偶然ではないですか?異世界から召喚されてきたんですよ?」


「歴代の勇者の生まれ変わりと言える容姿をした王族は皆勇者召喚を行った時に勇者達と同年代だというのは知っているかい?」


魔国の方は長いこと国交がなかったためにわからなかったがアレクが第三王女とのパイプになってくれたおかげでやはり同世代だったことが発覚した。が、ミーミルにはまだ魔国との繋がりは教えられない。


「初代の勇者と魔女は同じ魔法陣で召喚された。同じ世界の住人だったと考えられる。勇者召喚されると皆それぞれある程度性質にあった能力と役を得ている。ならば魔女の役を持つ存在は人ではなく魔族であると考えた方が自然じゃないか?」


「まさかそんな……」


「勇者召喚は今に至るまで残されている。機能している。今の時代に魔族が来る可能性も考えられないわけじゃないのではないか?それを勇者達は予想したから勇者召喚を残したのでは?でもあくまで異世界の人間、シノブみたいに協力的でないのも出てくる。では必ず協力してくれるだろう存在とは何か、国に責任を持ち自分達の血を引く王族、それなら呪いもかけやすい。魔族が来る時代に初代に比肩する力を持つ個体が必ず生まれてくる様にすれば、魔族と戦えるだけの力が王属が続く限り残ることになる」


リンコという存在を知った時、私の頭の中で生まれたこの仮説。今では真実だと考えている。あの化け物の様な力を見せられてそれは確信へと変わった。


「リコリスは異常な魔力を持っている。それこそ人の身に余る魔力だ。どの人種を探しても私と魔国の第三王女以外に比較対象に出来る様な魔力量をもつ人は見つからない。それは魔女の役を持ったからではないだろう、彼女は魔力を見る目がある。シノブが寝ている時にはシノブの耳も使える。いや、これはおそらく本来はリコリスのものがシノブに移っているのだろう。聴覚と視覚、二つの力があるのに加えて魔力まで?勇者の役ですら一つだ。考えにくい」


ならばどれかが元より持った力だとしか考えられない。


「どれが元より持った力かと考えれば自然魔力だとなる。他二つはあまりに特殊だ。そしてそれを裏付けるもう一つの事実がその魔力をフルに使えるその体だ。魔操術は魔力を込め過ぎれば普通の筋肉は断裂する、あの魔力量は私でも耐えられないだろう。しかしそれを耐える、導き出される答えは筋肉が私達のそれとは別のものであるということ。つまり種から違う」


「でも、獣人種の一部やレッドキャップ等の一部精霊人種、魔王族と言われる魔人種は多大な魔力で魔操術を使えると聞きます。向こうの世界の人達はそれが平均なのかも……魔族と言えるほどおかしくないのでは?」


「よしんば筋肉の質はそうだとしてもシノブ達とも魔力の桁が違う。シノブは一般人の約三倍、他の召喚された人間達もせいぜいが十倍、数百倍以上の魔力量は同じ種のものとは思えない。そしてシノブから聞いた話ではシノブ達の世界に精霊人種や獣人種の様な区別はない。シノブが言うことが本当なら人でない存在の伝承はある、しかし排斥される傾向が強かったらしい。向こうの世界で排斥されていたこちらの世界の精霊人種や獣人種、魔人種に当たる存在が魔族なのではないか?」


シノブの住んでいたニホンという国にはヨウカイという人ならざるものの話があるという。そのヨウカイに関する伝承の中で人に化けて何かを行うというものはかなりの数を誇るという。そんな種の中の一つが該当するのではないだろうか。


「……それを、シノブさんはご存じなのですか?」


やはりミーミルは素直なのだろう。夫婦間に隠し事はないべきだと考えているのか、騙されていることを危惧しているのか。私が当然教えていると思わない辺り私がどういう人かある程度理解してくれているらしい。


「教えてはないけど、シノブがわからないと思える理由はないね。僕と魔国の第三王女の事はともかくリコリスが魔族かもしれない、少なくとも自分と違う種の生き物かもしれないというのは知っているはずだ」


でもそれはシノブとしては関係ない。だから特に意識もしないのだろう。


「ではシノブさんは種が違うと知りながら……」


「こっちの世界でも人種を越えた結婚は少なくない、子も生まれる。厳密に違う種とは言えないから何もおかしな事じゃない。おかしいのはシノブの頭ぐらいだ」


ミーミルに差別意識はない。それでもこういう発想が出てきてしまうのはそれが一般的なこの国ならではと言える。それを悪い事とは言わない。この国の負の側面でもあり、能力で勝る多種族に対して常に優位にあろうとした挑戦の証でもある。


しかし今の多国間に跨るギルドが力を持つ時代に孤立すれば一国だけ技術のレベルが違ってくる。能力で劣り技術で劣れば勝ち目はない。逆に技術の水準を一度揃えられれば数で勝る種族であり、どの技術にも突出しないが様々な技術を扱える種族。順当に行けば発展のスピードはどの国より上だ。


やはり改革はすべきだ。そのためにシノブはいい広告塔になるし、シノブに台無しにされないためにも必ず味方のままでいてもらう。そうしなければいけない。


「シノブさんは確かに持っている権力や戦力に似合わない普通の方の様ですが、どこがおかしいんですか?」


ミーミルは今までの会話で多少興奮しているのか先ほどから紅茶を飲んでいない。だが、これを話せば自然と興奮するだろう。私が見るにこの世界で一番の危険分子の話だ。


「シノブの中で親友というと三人挙げられるらしい」


キョトンとするミーミルの前に指を三本出す。


「一人目は私、二人目はギルド人事二課アリッサム、三人目はカイト」


指の上にニョキニョキと土の人形を作り出す。人、人、ネズミと明らかに一つだけおかしいのはミーミルにも伝わっただろう。


「えと、人種どうこうのレベルじゃないですよね?」


「そうだね。しかしシノブにとっては一緒だ」


そう言って三つの土人形を手の中で丸めて一つの塊にする。


「道端で倒れながら泣き咽ぶ飢えた労働者、餓死しかけながら肉を求めて吠え声を上げる魔狼、これもシノブにとっては一緒だ」


二つ新しく作った人形をすぐにまた潰す。


「ただ一つだけ、話が通じるという前提条件を満たせばね」


シノブは自分と似た形をした、人型の魔物を殺すのに躊躇いがあった、でも話せない魔物は殺せる。話が通じない人間も話せない魔物もシノブの中では変わらない。


今回の場合施し分だけ素直に受け取るような労働者ならば殺せないが、欲張って根こそぎ奪おうとするようなら殺せる。魔狼に関しても同様だ。


「シノブは向こうの世界では平凡な人間だった。しかし召喚された。家族とも引き離され、能力は見当たらず役立たず扱い、元々未成熟な精神を持つ年齢だ。味方も誰もいない中では現実から目を背けるにも限界があった。だからシノブは極端に全てのものを四つに分けた。全部まとめて把握する頭がなかったからでもある」


土人形を四つ作って配置する。


「自分、味方、敵、どれでもないもの。その四つだけシンプルに現実を見直した。そしたら王宮には敵しかいなかった。だから学校に逃げた。そこで私含む数少ない味方を見つけた。でも周りは敵だらけだった。元の場所から敵がおって来る可能性もあった。だからそこからも逃げた。そして今敵より味方が多い場所にいる」


平凡はシノブの欲しいものの本質ではない。シノブが欲しいのは味方だった。そしてその味方も自分も大きな敵もなくいられる世界こそがシノブの本当に欲しいもの。


「リコリスが魔族だと誰かが断定したら、シノブは悪だと世界が認めたら、シノブの逃げ場はなくなるだろう。すぐ近くに味方はいても味方の他はみんな敵、なのに逃げられない。逃げても逃げても世界が敵では逃げられない。その時、シノブにとっての世界は村を襲う害獣と同じになる。駆除しなければいけない存在だ、そして駆除するための武器に味方がなってくれる」


世界がどうなるかは想像に難くない。リンコだけでも脅威だ、スイカも恐ろしい。魔核を意図的に分裂させられるスライム。最低Aランクの冒険者が必要になる歩兵隊。その時にはシノブの周りにはより多くの魔物がいるだろう、より多くの味方達がいるだろう。


そしてリンコが覚醒したならばそれはもう止められない。私と魔国の第三王女でも不可能だろうという結論に至った。


私と魔国の第三王女はそれを止めなければいけない使命を背負っている。


「そして世界は滅びてしまう。シノブの敵はみんな死ぬ」


軽く笑いながら言うとミーミルはなんとも言えない複雑な顔で私の手に手を重ねた。


なんでも見透かしたような目は私の中の何かを揺さぶる。


「……もう少し、話に付き合ってもらってもいいかな?」


私はミーミルにシノブと出会ってからの話を事細かに話すことにした。

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