他人の名前を間違えてはいけません。
次の日、ちゃんと話し合いたいからと勇者達は昨日と同じように全員で来た。こちらで対応するのは支部長を除いて昨日と同じ、応接間に向かい合うように座っている。支部長は本当に仕事をするべきだと思う。
「正直、私の側からすればギルドで迷惑行為を行い、人のことを悪と決めつけ、妻を勝負の景品として扱って、自分でルールを決めていいと言ったのに無効だと騒ぎ立てた勇者様と話すことはせいぜいどんなお願いを聞いてもらうかということぐらいで文面でのやり取りでも一向にかまわないのですが、何をしに来られたのですか?」
「……調子に乗るなよ、平民の召使風情が」
「調子に乗っているのはどちらなんでしょうかね。貴族であることを振りかざし、私の夫を侮って手痛いしっぺ返しを食らった馬鹿はそこにいる勇者様でしょう?」
凛子の挑発に騎士が剣を抜くと凜子が一歩前に出る。
「落ち着けリコリス、シノブも挑発すんな。話が進まない」
タリスさんがそう言って凜子を後ろに引っ張る。
「……今、俺達にはメンバーが足りていない。物語に則るなら法の神子と召使がいないといけないのにいない、俺達はシノブが召使なんじゃないかと思ってる」
勇者が神妙そうな顔つきでそんなことを言う。今すぐにでも突っ込んでやりたいがタリスさんに怒られたくないのでとりあえず大人しくしておくことにする。
「そぉ、《雄也》と私達にはシノブ君の協力が必要なのぉ……」
木の巫女、確か高井 早苗さんがそんなことを続ける。
「《雄也》がやったことは確かに酷いことだったけれど、許してくれないかしらシノブくん」
土の巫女、飯田 千春だった様な気がする人も眼鏡をくいっと上げてそんなことを言う。
「すぐに法の神子も連れてくるから《雄也》のために、この世界のためにシノブくんも一緒にがんばりましょーよ」
水の巫女、田沼 水奈さんがそんなことを言う。
「俺達と一緒に来てくれないか? 世界を救うために……頼む!」
勇者が自分から頭を下げて、巫女達も火の巫女、甲斐谷 妃奈を除いて頭を下げる。騎士は微動だにしない、当然ついてくるよなと言わんばかりだ。
「……お話は以上ですか?勝負をなかったことにしろとかそういうのはありませんか?」
「ない、俺なりの誠意だ」
私の問いかけに勇者が真剣を絵に描いたような顔でそんなことを言う。まるでドラマのワンシーンのような出来栄えだ、三流以下の。
「他の方、特に先ほどから一言も発されていない《甲斐谷》さんから補足することは?」
何も言わないのはどちらの意味なのか、ここで何を言うかで私はもしかしたらこの人を許すことができるかもしれないと思う。あくまでもしかしたらで確証なんてかけらもないけども。
でもスレイプニルさんは愚かなことを嫌うはずの方だから、そのスレイプニルが仕えていると言う方であるだけの真摯な対応を期待したい。
「……この申し出は、おそらく《中山》君にメリットはありません」
甲斐谷さんはそれだけ言って口を噤んだ。勇者に対する義理のようなものがそれ以上言うのを躊躇わせたのだろう。だから断れと言えば勇者達との仲は険悪になる。これでももう充分なのに。こんな奴ら見限ってもいいだろうにこれからも一緒にいることを考えている。
勇者や他の巫女達が何を言っているんだとか、馬鹿なことを言うなとか、そんなに雄也を自分のものにしたいのとかそんなことをぴーちくぱーちく、スズメより汚くさえずるけれど、もし本当に言う通りの人だったとしても私は甲斐谷さんを他の四人より信じられる。
「結論から言えば、その全然ありがたくない申し出は、この職を辞してでも受け入れたくはありませんので拒絶させて頂きます」
当然用意していたままの答えだ。貴族からだから普通は圧力があるかもしれないがそこは第六王子に丸投げできるし、もう断らない理由なんてない。断る理由ならば今さっき増えたところだが。
「なんでだよシノブ! お前は世界がどうなってもいいって言うのかよ!? このままだとみんな殺されるんだぞ!?」
「あなたの言う世界っていうのはどこを指しているんですか?」
「もちろんこの世界さ! 魔族は人間を皆殺しにしたら亜人も皆殺しにして魔族の世界にするつもりだ!!」
なぜ、こいつは現実を知らないのか。甲斐谷さんは何もしなかったのか、できなかったのか、どっちにしても自分でわかろうと思えばわかれたはずだ。
「……とりあえずその差別用語をやめろ」
タリスさんが小さく言う。魔人に最も近い精霊人種のタリスさんがこの国で魔族だ下等な亜人だと言われるのは珍しいことではない。本来レッドキャップな訳でその言葉の範囲に入らないはずだが、もちろん気分のいいことではない。
それもまさかあらゆる人種が集まる連合国発祥であるギルドで聞かされることになるとは思わなかっただろう。
「亜人や魔族という言い方はギルドではご法度です、冒険者だったら除籍して追放するレベルですから以後お気を付け下さい」
連合国は種族を区別する法もないし、ギルドを中心とした小国の集まりだから明確な地位の低い高いもない、良くも悪くもごった煮だから差別的な言い方は許されない。お互いに尊重し合い敬意を払うのが当然、種族で差別するなどということは特に許されてはいけないことに分類される。下手な暴力沙汰よりもよっぽどその罪は重い。
「それに、仮にそうだとしても人の名前もちゃんと呼べない方々と一緒にいようとは思えない。もちろん他にも理由はいくつもいくつもありますけど」
凜子と半年の間に色々と話してわかったことがあった。それは私以外にはこの世界の言葉と日本語を使い分けることはできてもその差がそこまではっきりとは分からない。静かな所で話している中で聞けば、その差がわかるかもしれない程度でしかない。
「名前を呼んでいないって……お前の名前はナカヤマ シノブだろ? ちゃんと……」
「私の名前はシノブじゃなくて《忍》です。翻訳術式が動いていない感じ、わかりますか? 《日本語》を聞くとそういう感覚が耳にあるのにこっちの言葉だとない、違和感があるんですよ」
魔物の声も聞き取れる私の声は魔力が関係する音声に敏感らしい。魔力の流れが見えるような感知能力がある凜子にもわからないのだから勇者達には尚更この差はわからないだろう。
「まだ私が一緒に来た人間だということにピンと来てないんでしょう? 顔も声も名前すらも覚えていないから私のことをそう認識できない、だから私に伝えようとする場合こっちの世界の人達に伝えるのと同じように勇者達の中で翻訳術式が働いた」
私はこいつらの眼中になかった、それこそ召喚される前から、それを明かしても気づかれないほどに。
「私を日本語で呼んだのは《甲斐谷》さんだけでした、私はそんな勇者一行を完成させるためのピースじゃないんですよ」
ギルドに入ろうと思った理由には収入が安定している他に、敬意を持って接してもらいたいというのがあった。何もできないゴミクズのように扱われたからということがあった。
「……つまりぃ、シノブくんはすねてるのぉ? 私達にちゃんと見てもらえなくて悔しかったのぉ?」
「どう捉えていただいても結構です。今も呼び方変わってないですし、人と人の関係を築けなさそうだ」
高井さんがそんな戯言を言う。どっち道行く気はないが私を煽って余計に怒らせてどうしようというのか、アホなのか。
「ただ無人国のためにしかならない戦争に命をかける理由もないし、妻に怒られたくないし、この街は気に入ってる。お義母さんに怒られたくないし、魔人種の知り合いもいるし、ギルドクビになりたくないし。私が勇者一行に加わりたいと思う理由、ありますか?」
特に凜子とタリスさんを怒らせるのは怖い、危険度が半端じゃない上に絶対に逃れらない。どうあがいたって絶望しか待っていない。
「ギルドをクビになっても勇者一行になれれば収入も増えるだろうし、奥さん達が怒る理由もない、召使だから命をさらすようなことも無い、魔族の知り合いだなんて捨ててしまえばいいし、早く戦争を終わらせてこの街に戻ってくればそれでいいでしょう? 勇者一行というのは名誉なことだし、デメリットこそないわよ?」
「はぁ、私はギルドの理念が好きなんです。収入は足りてますしね、すでにこの身の上のせいで一度暗殺されかけてます。魔人種の知り合いはあなた達みたいに害しか持ってこない知り合いじゃないので捨てがたいですし、結局この街を一度離れることになりますし、妻もお義母さんも二人ともすでに怒っているんです。お義母さんに至っては今目の前で怒らせてくれましたし」
飯田さんがそんなことを言う。この人は理詰めの人なのだろうが凜子が私の妻だということすら失念している状況で詰めればそれはそれはぼろぼろの論理になる。顔に出さないだけで焦っているのかもしれない、もっと焦ってしまえばいい。
「それに魔人種を殺した人殺しの名誉よりも、魔力保有生物の研究に従事して魔物の犠牲を減らす方がよっぽど名誉だと思います。すでに第六王子に来てくれと言われていますしね」
そろそろもう来ないように断りたいところだし、第六王子の名前を出して断れば流石に諦めるだろう。
「第六王子ってあの妙に長い髪の人だっけー、王様は道楽息子とかなんとか言ってたけどそんな人に仕えていいのー?」
田沼さんがそんなことを言いだす、案外そう言うところで物怖じしないらしい、最終カードを切った方がいいのだろうか。
「私は第六王子の学友でもありましたから、人となりを知っています。あなた達よりも余程」
でも流石にそれはやめておこう。第六王子登場は本当に本当の最終手段だ、お忍びで来ていることも問題だし勇者達と実際に反目すればそれは間違いなく王子にとっては悪評になる、もしかしたら私を雇う上でも障害になってくるかもしれない。
「この件に関して私から特に言うことはもうないのですが……何か言うことはありますか?」
「……ふざけんなよ」
勇者、神田が呟く。こういう感じはめんどくさいことになる感じだ、こっちがふざけんなよと言いたい。
「俺は勇者だぞ!! なんで召使に断られなきゃいけないんだ!!」
「……私は、冒険者ギルドリーク支部魔物討伐課の職員で受付業務、人外生物接客を担当しているシノブです。召使じゃない」
「だとしても!! 俺はお前みたいに平民じゃないし偉いし!! 勇者なんだぞ!!」
「黙れよ《神田》」
指先にウォーターボールを作って神田の顔に投げつける、まぁ、当たる前に甲斐谷さんに蒸発させられたけど勇者を黙らせることはできた。
「勇者だから、どうした? 戦争に参加させようとするってことは私に殺させようとするってことだぞ?」
「……でも! あいつらは!!」
「私の能力は魔物の声が聞けることだ。時々冒険者の付き添いで狩りに同行することがある、その時に知性のある魔物と遭遇したり、そういう魔物が狩りの対象だったりすることがある」
実際はそれに最初に気づいたり見たのは総合学校の実習として森に入った時だ。
「市場ではただの肉として売られている魔物が死ぬ寸前に助けてくれとか、死にたくないとか、何で自分がとか悲痛な声で命乞いする。だけど冒険者達はまず聞けないし、生きなきゃいけないから殺して食べたり納品する。納品した先ではそれを毛皮も肉も骨も血も大概何かしらの形で有効利用する。そこで使わない部位をギルドを通して使う人に流通させたりもする」
授業で第六王子が殺した親のラピッドウルフの子供だけは助けてと言う命乞いを聞いた時、私は単位が落ちることとか頭から抜け落ちてそこにいた子供を殺せず、カケルと名付けて未だに一緒にいる。その時は何の肉も食べる気になれなかった、もしかしたら気持ち悪くて何か吐いていたかもしれない。
「でも、戦争は違う。全部無駄になる、殺してただ焼く、放置する、存在の否定と言ってもいい。しかもその戦争は実際世界のためなんかでもない、ただの怨恨で続く悪しき慣習、私にそんなことに加担しろと言う」
ものすごい演技臭く、舞台役者にでもなったかのように言う。実際はけっこうな量の血は捨てられているし使われ無い骨も多い、ただ戦争に関しては私が知っている限りのことで言えばそういうことだ。この国の人達は怒りを持っているかもしれないがそうでない私達が参加するべきものでは無い。戦うの怖いし。
「お前は純然たる人殺しだよ、人を殺していることをわかって言えよ、夢見続けるには長すぎるぞ《神田》」
「……俺、は勇者であいつらは敵で……」
勇者は泣きそうになっているが私より体も大きくごついやつが泣いたって遠慮しようという気には到底なれない。むしろ湧いてくるのは怒りの感情だ。そんなことも考えなかったのかと、言われるがままにやっていただけだったのかと。
「では、そろそろ勝負の件に入りますね。」
騎士が動いてこないのが怖いところなのだが、早めに終わらせたい。手紙のやりとりとかして勧誘されても困るしこのままの流れで話す。
「勇者一行を解散してください、スレイプニルさんももちろん何の肩書きもない一頭のユニコーンにして下さい」
「……貴様、平民の分際で国家の意思に逆らうのか!?」
流石にこれには騎士も動くが何を焦るのやら、焦る理由なんてないというのに。
「再結成する分には私は感知しません、なんなら今この場で解散宣言してまた勇者一行になりますでもいいんです。それなら表向きは解散したことにもならないでしょう?ただ、もしかしたら辞めたいという人もいるのではないかと思いまして」
どっちみち、勇者達は逆らえない。呪いの効果は無視できない。
次の次の回で一度区切りを付けようかと思います。いつもありがとうございます。




