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害しかもたらさないお客様を神様とはとても言えないので笑っていられません。

さて、朝が来てしまった。勇者達が悪いとはいえ私達が大人しくしていればグノさんに会わせて、はい終了、お帰り下さいだった筈なのに。翌々日領主の使いが私個人に勇者からの勝負の申し込みの書類を持って来た次第だ。無駄に仕事が早い、勇者が作ったとも思えないが。


仕方なく私はそれを受けた。殺す気はないらしく、私にルールを決めさせると言うので万が一にも死なないように魔術、呪術、法術、呪い、魔術道具、呪術道具等々の訓練所に置いてある練習用の木製の武器以外の使用を基本禁止した。


呪いは呪術とはまた違う。この世界の呪いは魔術や呪術より単位としては大きく、魔力以外を代償にして何かを起こすもの。まぁ、供物や宣誓、詠唱が必要不可欠なので戦っている最中にまともに使えるようなものではないのだが、呪いの種類によっては条件が簡単で莫大な効果を生むらしいから一応禁止して置く。尚、魔術や呪術、法術は呪いと同じ単位で考えると全て魔道に分類される。魔道の中に三つとも含まれる。


さて、あっちの都合で二週間以内と言われたのでぎりぎりまで遅くしたあれから二週間後、今日が勝負の日である。


正直勝つ気はない、ちなみにギルドに乗っ取りの意思がないのは次の日に火の巫女だけが謝罪の品と共に来て頭を下げて確認して行った。個人的な恨みを除いて考えれば結構いい人なのかもしれない、あくまで格下に謝罪することはこの世界では基本的にない。元の世界でもそうかもしれないけど。


乗っ取りの意思がないと確認されたということは、勇者と騎士の気が済めばいいだろうわけで、私が負ければ丸く収まる。勇者には必ず勝つチートがあるわけだし全力を尽くして負ければいい。死ぬことはないだろうし、凛子も私が負けることに納得してくれた。私がシノブだとばれてもいないことだし下手に印象に残らない、勇者にとってのただの小悪党であった方がいいわけだ。


「シノブはなんだかんだでいい奴だだよね、本当。私なんかあの騎士の顔見たら殺してしまいそうさ、太刀筋見るに私より弱そうだし」


アリがそんなこと言いながら氷の塊を作っては人型にして砕くを繰り返している。仕事しろ、と言いたいが今日のギルドは領主に貸しきられている。冒険者の方達には外に設置した臨時受付で依頼のやり取りだけしてもらっている。今日は新規登録とか一部のことはできなくなって不便な思いをさせてしまうことになる、私のせいだ、非常に心苦しい。


「騎士は集団で戦うものですからね、それにアリは下手な冒険者より強いんですから」


「ギルドにはSランクで登録してるさ、あまり強い方じゃないけど」


「……私の知り合いの強さが尋常ないんですけどどうしてでしょうか?」


「それはシノブも尋常じゃないからさね」


アリにあっさりと一蹴されて私はため息を吐く。


「それにしても遅いですね、勇者一行様は」


正確な時計が無いからあれだがそれでも多少遅い、人を待たせるのは他人の時間を奪うことだと何故考えないのだろうか。


『シノブ! 我だ、早く来ぬか!!』


ギルドの外からそんな魔物の声がしてけたたましい馬の嘶き、そしてざわめく人達の声の中にユニコーンという単語が混じっているのが聞こえてきた。どう考えてもスレイプニルさんが来ている。それもざわめいている内容に勇者とか聞こえてこないからおそらく一人で、多分厄介事を持ってきている。ものすごい聞こえないフリをしたいけどそれも私を名指ししている以上無理だろう。


「シノブ、逃げたら駄目ですから」


カイトが駄目押しをする、わざわざ人の言葉を使うあたりアリに聞かせる目的もあるのがわかって辛い。渋々入り口から外を覗くとやはりスレイプニルさんがいた。


「……スレイプニル様、どうなされましたか? 火の巫女様はご一緒ではないのですか?」


『とにかく中に通せ、その我が主から伝言がある!』


カイトがいたとしてもここで話すと色々と困ることになりかねない、そもそも周りに聞かせていい話ではないのかもしれないし言われるがままに招き入れる。


「アリッサムさん、スレイプニル様が火の巫女様から伝言があると」


『シノブに対してだがシノブの上司であるなら貴様も聞いて置くべきやも知れん、通訳をしろ』


スレイプニルさんが言うとそれを追うようにカイトが通訳をする。


『勇者が勝負に物を賭けようとしている、そちらの条件で決闘を行うのだからそれぐらいいいだろうと』


まぁ、少しぐらいそういうのはあるだろうなとは思っていたが精々俺の妃奈に近寄るなってところだろう、それぐらいなら私だって近づく気も無いので何も問題なんてない。


『勇者が勝ったらシノブは妻と離婚し、その妻を戦士として勇者一行に加えさせろと』


「は?」


びきりと眉間に青筋が出たのが自分でもよくわかる。もちろん、スレイプニルさんはただのメッセンジャーだというのはわかっている、何も悪くなんてない、だけどスレイプニルさんを睨みつけてしまう、手には力が入るし全然笑えていない自信もある。今勇者に会ったのなら我を忘れて殺しに行くかもしれない。


『その代り勇者が負けたら自分にできる限りで何でもすると、だがあまりにひどすぎると我が主は勇者にそれを改めるようにと言い、そしてシノブが逃げる時間を稼ごうとしている。妻を連れてこい、そして我の背に乗れ』


「お断りします。要は勝てばいいんですよね?」


スレイプニルさんと、火の巫女、確か荒木さん、の厚意を無下にするようで悪いが流石にこれは許容できない、ただ尻尾巻いて逃げていいことと戦わなければいけない時がある。


「シノブ、無理があるさ」


『そうだ、いくら名前負けする実力であっても勇者には必ず勝つ力がある、仮にシノブが我よりも強かったとしても勇者は勝つ』


「だから?」


だからどうした、奴が勝つからなんだ。


「だからどうしたんですか? 勝負の際には呪い、使いますよね?」


騎士の決闘でも呪いは使われる、戦う旨を特別な紙に書き、それぞれの立会人の前で宣誓をして血判を押す。少量の血を供物としてその紙に書いた内容を強制的に遵守させるか破った者に明記したペナルティーを負わせる呪いだ。


『……勇者の側は用意してはいないようだ』


「ならこちらで用意しましょう、いくらでもあった筈です」


ギルドに置いて契約の遵守は当然で、破れば厳罰をギルドが行う、だが実力の高すぎる者やどうしても途中で後任にたくしもせずに投げ出されては困るようなものに関しては呪いを使って遵守させることがある。それなりに値段も張るのでそんなに使われるものではないがかなりの枚数がそれぞれの支部には備蓄されている。もちろんそれはこのリーク支部であっても例外ということはなく、支部長が大きな契約をした時に使っていたのを見たことがある。


「シノブ、そう言うってことは策があるんだよね?」


「勿論あります、勧誘された時の最終手段として考えていました」


アリの確認は愚問だ。絶対に勝つ力があるやつならこういう風に全てを勝負事で決めようとすることは考えなかったことじゃない。馬鹿にされていたから一回鼻を明かしておきたかったというところもあって、実際にできるかは別として大まかな攻略の仕方は全員分考えていた。現状私にはできないようなものもあるけれど私にできるものもある。


自分のいつも使う受付にも常備されているそれを取り出して、私が決めた戦う時のルールを書く、領主の使い経由で渡したものとそれの内容は何も変わらない。賭けることに関してはまだ書いておかないが空白を多めに取って置く、正面から受けて立たなければ意味がないしこの紙はお互いの合意が必要になるものだから私が有利になるようなことは書かない。


使う武器も最初は剣で戦うつもりだったがやめよう、剣と剣じゃ勝ち目がない。ただ負けるつもりならそれでもいいがただ負ける訳にはいかないのだからそれじゃダメだ。


いくら木製の武器だからって振れる程度に重い方が筋力の差を埋めるには良いし、技量の差を考えたなら軽いものの方が良い。魔術禁止ルールだから杖はやめた方がいいだろうがメイスは使える、聞いた話だと勇者は剣と盾で戦うらしいが冒険者は基本的に攻撃を受けずに避ける訓練をするため練習用の盾はない。


おそらく片手で使える類の剣を使うだろう。でも一方で勇者の物語には悪夢竜ファーブニルの堅い鱗を聖剣で切り裂く描写がある。普通に考えれば人間の筋力では魔術操作を使ってもそれなりに重い両手剣の類でなければ無理、だから片手でも両手でも使える類の片手半剣、バスターソードと言われるそれを使うだろう。


両手も使わせずに簡単に返されるような武器じゃダメだし私がある程度使えなきゃいけない。総合学校で習ったのは剣、槍、杖、メイスの四つ。


その中でも剣は貴族が儀礼用に身に付けられる軽い片手剣で、槍は馬上槍。となるとまともに使えるのは杖かメイス、で、杖は呪いや魔道が除外だから駄目として消去法でメイスで戦うのがいい。大振りだと当たらないし短いと相手のリーチの方が長くなるからバスターソードよりは長い程度のメイスを選ぼう。


防具は勇者が何を着るのか知らないが魔術道具と呪術道具を禁止したしわざわざ私を倒すために買う気にはならない程度の自尊心もありそうだからギルドの練習用の鎧を着ると言って普段着できる可能性もある。私は普段の制服の上に革の胸当てとすね当てを着ただけ、鎧は着慣れていないし動けなくなると困るからそれでいい。


勇者の軽装を誘うこともできるし自分の元々が大したことない以上自身の強化よりも相手の弱体化の方が容易で効果的の筈だ。


多分できる、いや、ほぼ間違いなくできる。あと一つ勝負に条件を加えればいける、二つ加えられればいちゃもんも封殺できる。ただあっちが見に来るメンバーが騎士と火の巫女だけならいいが、他の巫女達もいたらギャラリーがアリだけでは不安がある。第六王子はまだ滞在中だが出て来られては混乱するし、アレクさんは魔人種ってだけで殺される可能性がある。凜子はもちろん、借りを作ってでも支部長にお願いして、できれば後一人いて欲しい。タリスさんがいてくれれば完璧な布陣だったが仕方がない。


「スレイプニル様、勇者が来るまでどれくらいかかるとわかりますか?」


『我が主は荷造りをして逃げるのに十分な時間と言っていた、二、三時間はもたせるだろう』


「ありがとうございます」


狙われているから凜子には来るなと言ってあるから、一度家に行かなくてはいけない。最悪の場合には勇者パーティと抗争することになるかもしれない。乱暴にギルドの扉を開けて出て行こうとする。


「止まれ!」


そんな声がして進行方向に土でできた巨大な掌が出てきて私はそこに頭から突っ込む。柔らかくは作られていたが少し粘り気もある。


「おいシノブ、まさか勇者から逃げ出そうってんじゃねぇよなぁ?」


「お母さん!」


掌から頭を引き抜くと掌の陰から凜子と見覚えのある小柄すぎるシルエット。なんでここにいるのかわけがわからない人。


「タリスさん……?」


「ジジイ経由でリコリスから話は全部聞いてんだぞ? 私の息子が死ぬかもしれないわけでもねぇ戦いから逃げ出していいと思うなよ?」


教授経由、ということは第六王子の仕業だろう。スズメで二週間片道かかるところだがあの高すぎる道具をフル活用して勝負が決まってすぐに報告したらタリスさんなら空を飛んでこれるしスズメよりも早く動けるだろうし間に合っても全然おかしなことではない。


第六王子が何故凜子に通信具を貸してくれたのかとか、何でそんなすぐに連絡しようと思ったのかとかそこら辺の細かい事情は後で聞くことにして、これでいける。ほぼ完全に他力本願だがこれで勇者に勝てる。


「逃げないためにリコリスを呼びに行こうとしてたんですけど、お義母さんもいてくれると頼もしいです」


タリスさんと凜子の手を引いてギルドに戻り、支部長に交渉する。とりあえず借り三個ということで纏まった。借り一個でグノさんとの交渉に行かされたことから考えるとおぞましいと言っていいほどの代償を払うことになったものの準備はほぼ整った。

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