ギルドの中で迷惑行為はやめていただけないでしょうか?
応接間には誰もいなかった。アリも勇者も騎士も。それがなんだかものすごいざわざわとした。虫の知らせってこういうことかと思う様な頭の中を何かが這い回るのに近い感覚に私は強い焦りを覚える。
すぐに受付のあるロビーに移動する、ロビーなら誰かいるし裏口から出てもグノさんのところに行くにはギルドの前を横切ることになるから分かる筈だ。私がいないとグノさんはまともに話してすらくれないというのに先に行っているということは無いと思うが、勇者だからあり得ない話じゃ無い。
「君、さっきもずっとただそこに座ってたよね? 誰かが声かけてくるの待ってたんじゃないの?」
チンピラみたいな勇者の声が聞こえる。
「すみません、お客様の迷惑になるようなことを控えてもらってよろしいでしょうか? ギルドは信用から成り立つ組織ですので信用を失う訳にはいかないんですよ」
アリのイライラした声が聞こえる。少し声が高くなるのがアリの怒っている時の合図だ。
「俺はただ話しかけただけだぜ? 何も迷惑なんか……」
勇者が困惑したような声で言う。注意されたことなどないのだろう、ギルドが連合国の所属でなければ実際難しいと思う。とにかく早く行こう、そう思ってロビーに出て行くと絡まれていたのは見覚えがありすぎるでかい斧を持った冒険者。
「アリッサムさん、どうかしたんですか?」
一応スイカを出しておく、荒事になる前に牽制しておく。とりあえず私の凛子になにやってんだクズがと言う気分ではあるがそんなこと顔に出さない、我ながら私情を出さないプロの対応である。
――ズッ
近づいたら騎士にスイカがノーモーションで刺された。スイカが魔核をとっさに移動させなければ死んでいたかもしれない。
「クリス様、うちの職員に、それも急所を狙って、剣を突き刺すとはどういうことですか?」
こめかみに青筋が浮き出ていないか本気で心配だ。お客様には笑顔で接するのは当たり前なのに笑顔が歪んではいないだろうか。
「魔物が職員? そんなことが許されるとでも? 許可なき魔物の飼育、使役は法律違反です」
「許可書は頂いています、私の所有物として認めるというものです。人の物を壊すのは法律違反ではありませんでしたか?」
第一、生きるためでもなく、襲われたわけでもなく魔物を狩るなど許されていいわけが無い。殺人と何一つ変わらない。
「我々、冒険者ギルドは勇者だから、その一行だからでなんでも許されるような理不尽な場所ではありません。冒険者の生活と物の流通に携わる連合国の設立した公正な場所です。そもそもギルド内では職員と冒険者に限って適応される法律は連合国のものです。もちろん、ギルドの外に出るには許可証がいりますし、さっきジーノ君が言ったように許可は頂いています。」
アリが勇者と凛子の間に体を入れる。アリもターゲットだろうからそんな至近距離にいると危ない気がするが譲れないギルドのプライドもある。ギルドは生活のために、基本的に平民と言われる人達のためにあるものだ。
「ちなみに彼女は私の妻です。じっとしていたのは誰かが声をかけてくるのを待っていたのではなく、私の仕事が終わるのを待っていたんです」
凛子の腕を引く、凛子はまるで借りてきた猫のように大人しく私にすがりつく。小刻みに震えているのは怒りからだろう。
「さぁ、ジーノ君も来たことですしグノーシスさんのところへ向かいましょうか?」
王国の多くの位の高い貴族はギルドを吹けば飛ぶような存在だと思っている。自分達の権力の前には儚いものだと。
しかし、実態はそうでは無い、ダイレクトに職を与え、身分証明をし、流通を助け、ギルドは生活に密着し食い込み依存させてすらいる。ギルドが無くなれば流通が退化する。
肉や薬草の調達は全て冒険者個人との契約になり安定した供給は見込めなくなるため価格は高騰する。それだけじゃ無い、好き勝手に狩り出すと生態系が死んで環境が変わる。強力な魔物が街に出て来る一因にもなる。ただ、それで懐が痛むのは平民と平民達の稼ぎか直接影響する位の低い貴族。
革命が起きても何も言えない。他の三国のように国営の斡旋機関と需要が分かれていれば別だが戦争に金を使っているこの国ではそんなことはできていない。
まぁ内心では今のやり取りが国際紛争になったらという想像と猫かぶっている凜子が表には出してないけどイライラしているのが怖くて怖くて仕方がないのだが、私もそんなことはおくびにも出さないようにする。
「ユウヤ、何度も言ったけれどもうそういうことやるのやめた方がいいよ」
火の巫女、私がこの世界に来ることになった直接的な原因が勇者のマントを引いて下がらせる。また視線が一瞬合うがまた逸らされる、露骨に避けられているような気がしてならない。私が忍だと気付いていての反応だとすると解せないしそんな女性に嫌われる理由はないと思うのだけど。
「でも、普段ならあっちだって嫌がってない訳だし……」
「私達の認識が足りなくて礼を欠いた対応をしてしまって申し訳ありません」
勇者の口を殴って塞いで火の巫女が頭を下げる、それに続いて勇者も小さく会釈する程度に頭を下げる。騎士は頭を下げることもしない。
「私達ギルド側としてはあなた達の側から、危険性を把握するために説明して欲しいという依頼を受け、その対応として説明役に私とジーノ君を斡旋したという捉え方をしています。基本は一般のお客様と変わりません、そこを忘れないでくださいね?」
「何を偉そうに平民風情がこちらが譲歩していれば調子に乗って」
この人は典型的過ぎてもはやネタにもならない貴族で、そしてアリの家から貴族位を剥奪した系の貴族なのだろう。アリが第六王子の正妻をただの地方の田舎貴族のくせに狙っているとひがんでいた貴族のお嬢様とそっくりだ。田舎貴族風情がが口癖だった。
農業が売りの地域だったけど後に領地の農民達が飢饉でも変わらない税の重さに、分家の人間に実権を奪われたと聞いている。
まぁ、あの時は貴族の上下関係が邪魔だったアリだが今はそんなしがらみは無い、何かやったらギルドからしたらなんてことしてくれたんだって話になるけど。
「騎士団が信仰する光明神の教えでは選ばれし物は弱者を守る盾であるというものがあった筈ですが弱者を無下に切り捨てる教えもありましたっけ?」
「不敬罪はその場で処断可能」
キンッと軽い金属音がして騎士の剣があっさりと弾かれる。知らなかったとはいえ喧嘩を売った相手があまりに悪すぎる、第六王子が目をかけて近くに置いていたような人間は私を含めて基本的に普通のわけがない。ギルドの人事二科は容赦なく支部の人員を首にして逆恨みされるし、アリは無人種だから魔国ではただ種族の問題だけで襲われることもある。アリがそこらの冒険者よりも強くないわけがない。
なんかもう私の周りにいる人はだいたいおかしいような気がしないでもないがそれを気にしたらスズメの残念さとかも真面目に考えなきゃいけなくなって涙だけが溢れ出ることになる。
剣を弾いたのは結界、中級法術の代表格であるが、普通の法術師には瞬間的に剣を弾けるレベルのものを作るのは普通はできない。
「連合国では本当のことを言って処断されるような法は御座いませんので、条例がある地域はありますが」
アリがすっとポケットから棒を出す。それに何の合図も無しに樹氷のように氷がついて氷の剣が形作られる。呪術の級はわからないが多分中級ぐらいだろう、まぁ級が強さと比例するとは限らないのだが。
「もしも、まだやる気があるのならばお相手しますがどうしますか? それともお帰りになられますか?」
氷の剣を右手で構え、左手の五指にエーテルボールを作ったアリがにっこりと笑う。いっそ来い殺してやるからという考えが透けて見えるような気さえする。流石に騎士と本気でやり合うとなると火の巫女も勇者もいるから難しいと思うのだが、騎士はやる気なような気がする。
「一撃防いだくらいで……」
「クリス、やめろ!」
「しかしこの者達は勇者様を侮辱しました」
勇者に肩を掴まれた途端、悲痛そうな顔になる。素晴らしい演技力だ、こうやって勇者を動かしているのだろう。
「女性を泣かせるだなんて……そっちの子は可愛いからいいとしてお前は許さない! どうせ隣にいる子だって何か汚い手を使ったに決まっている! 全然釣り合ってないし!!」
こいつの頭は中二で止まっているのかってぐらいに馬鹿だ。むしろ汚い手を使われたのは私である。気がついたら婿養子、タリスさんがいないから自分の名字も把握していない私の気持ちがわかるかという感じだ。それに言いたいことはほぼ同じだったが泣いたのは騎士自身だし私がやったのは声をかける、スイカが刺されたことに抗議する、凛子が妻だと主張する、の三つである、もっと働けよと言われるレベルだ。
「勇者様に釣り合っていないと思われてもどうでもいいのでそこは言及しません。話は少し変わりますが、スレイプニル様に肉類を給仕なさらないのは健康を害し、その力を発揮させない、今の状態ではほとんど虐待と変わりません、毎日用意できる範囲で肉類を献上するのがいいかと思います」
そう言うと勇者は何のことだかわからないというような表情をする。
「あの馬の名前はツバサだし、馬に肉なんてやっても食うわけないだろ、そんなことも知らないだろうと俺のことを馬鹿にしてるのか!?」
おかしいな、本人から聞いたから名前は間違えていない筈なのだがなぜか話が通じない。そういえば勇者のことは主と言っていなかった気がする。後、なぜか火の巫女が赤面している、何故だ。
「……思い出しました。ヒナが最初につけた名前です、なぜその名を知っているのかは大いに疑問ですが、今はやめておきましょう」
騎士はもう涙なんて流しておらずけろりとして勇者の後ろにいる。これで普段騙されている勇者は馬鹿にもほどがあると思う。
「本当に迷惑をおかけしました。後日謝罪に伺います」
火の巫女がそう早口で言って二人を引っ張って行く。
「謝罪はいいのでもう来ないで下さい。この依頼は問題ありと断定し破棄させていただきます。別の人物を寄越すことをお勧めします」
アリが言うと君も本当はそこのやつにとか、二人をかけて勝負しろとかわけのわからないことを勇者が喚く。噂よりも数段酷い、こんなのに国を賭ける王様は真性のアホだ。
「そういえば、スレイプニルさんに厩は失礼かと思って魔物用応接間に通したんですけど、勇者達にはわからないかと……」
「え、私かなり挑戦的なこと言ったから嫌なんだけど」
「スレイプニルさんに聞いてきます」
遠回りしなければロビーから応接間までの間は短い。
「スレイプニル様、勇者一行が帰ってしまわれたのですが……」
『ふむ、我が主は勇者がまずいことをするとすぐにその場から逃げ出そうとするからな、忘れられることもしばしば。領主のところまで行くぞ』
勇者を連れて行った方といえば火の巫女か。私は個人的な恨みがあるが確かにあのメンバーなら一番好印象なのは間違いない、だからってスレイプニルさんの主となれるほどの器ではないと思うが。
一応、馬と同じような扱いを見せないと街の人達にギルドが文句を言われるということを説明して手綱を取り、乗せてもらう。歩いて行けなくもない距離だがユニコーンで行けば先に着くことも可能だ。それと早いので私とスレイプニルさんが話していることがバレない。
『我が主は洗練されているとは言い難いが慈愛の精神を持つ者だ。勇者など見捨ててしまえばいいものを自分が逃げると殺されてしまうと意に反した行為をしている』
「はぁ」
私は真っ先に逃げ出せた。能力がないからという言い訳もあって至極あっさりと終わったが人質に取られているとは気の毒に。本当にスレイプニルさんが言うように見捨ててしまえば楽になるだろうに、馬鹿馬鹿しい。今日見た限りで言えば勇者なんて庇う価値もない。
「でも、噂によると巫女様方は皆自身の得意な領分以外はほぼできないんでしょう? ならどっちにしろ普通に殺すと脅されるんじゃないですかね」
なんて話をしながら領主の屋敷まで行くと、ちょうど欠けていた土の巫女と木の巫女、水の巫女もいる現時点での完全版勇者パーティに遭遇した。
「お忘れになられていたので、お連れいたしました」
そう言って火の巫女に手綱を渡してギルドに戻ろうとすれば、待てと勇者から声をかけられる。
「今、俺の《妃奈》に触っただろ!」
「手綱をお返し際に確かに触れてしまったかもしれません。申し訳ありません」
踵を返してもう一度戻ろうとすると今度は肩を掴まれた。
「お前、奥さんいるのに人の女に手を出してるんじゃねぇよ!」
俺の女だと言われた火の巫女は軽蔑の目線を勇者に向けているわけだが。どうすればいいのだろうか。
「スレイプニル様が自分の主だと言っておられたのが火の巫女様だったもので火の巫女様に渡したのですが、お気に触られたのならばすみません」
そう言うとなんだこいつという表情を向けられる。まぁ、魔物と話せると言ったようなものだしそう捉えられても仕方が無いだろう。さっきこのユニコーンの名前はツバサだとも言われたし、本人が認めていないけど。
「私の飼っているこの子が魔物の言葉を人の言葉に翻訳してくれるのです」
仕方ないのでカイトを懐から取り出す。水の巫女がキモっとか言ったが背中に人の口がついているだけのネズミのどこが気持ち悪いのか理解に苦しむ。魔物とまともに触れ合ったことがないのだろうか。
「……どっちみちお前は放っておけない! 俺が退治してやる、勝負だ!」
「丁重にお断りいたします」
では、と肩に置かれた手を振り払ってギルドに戻る。今度はスレイプニルさんが我が主が貴様と釣り合うわけがないと勇者に向かって威嚇行動をとってくれたので助かった。
この分だと明日も来てしまいそうだがどうしようか。連合国と無人国で戦争というのも嫌だしどうにか丸く収めたいところだ。胃がキリキリと痛んでくる、肉じゃが食べて早めに寝よう。




