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悪いスライムと戦っています。

この世界のスライムは例に漏れずやっぱりグロい。どこぞの自分は悪いスライムじゃないと自己主張するスライムがこいつは悪いスライムだと断言するような姿だ。


まず基本は不定形、スライムは液体と固体の中間の性質を持つ生物だがそれは当然。むしろプルプルしてる方が普通に考えたらおかしいように思うだろうからそれはいい。そしてスライムはその姿のままでは好んで人や獣の姿を模倣する。より強い魔物に擬態する意味があるとも言われているが真実は定かではない。まぁ、それだけならいいのだが彼らの模倣は機能性と写実性を中途半端に共存させてしまっているため、人から見るととても恐ろしく奇妙に見える。


人を模倣した例で言えば、手足は適当で指がわからないレベルなのに胴体はモデルのような完璧なボディラインを実現、まだここまではいいとしよう、一部で需要がありそうだ。


顔に入るとそれは急に恐ろしさを増す。スライムは全体が口なため口は再現しない、耳も鼻も似たような理由からない。この時点ですでに大分奇妙なのがお分かりだろうか。


目玉は作る。しかし乾かないように頭の内側に浮いている。それも複数個。さらにさっき口は作らないと言ったが取り込んだ食物を細かくするためにか歯は作り、目玉とぶつからない位置に浮いている。


総合すると人型だが半分不定形の顔には目玉と歯だけが浮き、体はモデルも嫉妬するボディラインなのに手足は液状で指もはっきりとした形はない。魔物である。まぁ魔物なのだけどそうとしか言いようがない。


何故そんなことを、と思うかもしれないがそれは今、まさにそのスライムが私に襲いかかってきているからだ。腕を振り上げ、歯をカチカチと鳴らし足をずるずると引き摺りながら吠え声を上げる。


『いつもながらそんなだらしない髪型で人前に出ていいわけがないでしょう!』


そう、私の寝癖を整えようと迫ってきているのだ。


「今日は休日だからいいだろうスイカ!」


ちなみにスイカは水禍と書く。禍々しい水で水禍、まんまだが我ながら気に入っている名前だ。決してスライムの体は水分が九割五分と知って西瓜みたいだと思ったからではない。


『カケルに聞いたからね、デートのお誘いを受けたとか。しかも相手はリコリスさん、収入もあり将来はSランクも視野に入れている優秀な冒険者!何がなんでも落とさないと駄目でしょう! さぁ大人しく寝癖を直させなさい!!』


カケルに言わなきゃよかったと思いながらカケルを探すと見つからない。ラピッドの名は伊達や酔狂じゃない、既に避難済みだ。


『さぁっ!!』


スイカの腕が波打ち球状の粘液が何個も放たれる。床が腐ったらどうしてくれるんだ、この家木製なのに。


「……くっ!」


私は手近の止まり木に止まって寝ぼけていた不死鳥の足を掴み盾にする事で私に当たりそうな粘液をしのぐ。


『がぁぁあぁぁ!? 目が! 目がぁぁあぁぁぁあ!!』


ちなみにこの目に粘液の入って苦しんでいる不死鳥、真っ赤な火に包まれた鳥ではない。この世界はそういう世界ではない。


まず首が短くほとんど見てもわからず、頭が大きい。比率の似た鳥はと言えば雀が適当だろう。そして色は赤や金ではない、茶、黒、白で構成される模様もやはり雀にしか見えない。だいたい人の頭より二回り大きいぐらいの雀だ。それだけならばまぁ残念でも可愛げがある。


ただこの雀、やはり魔物なので雀にしても色々とおかしい。舌はカメレオンのように長くおまけに二枚もあり二枚舌を体現、目はさらに多く四つあり、翼に至っては八枚もある。じゃあ足は十六本かと言えばたったの一本。思えば中一だった私の異世界への期待を叩き折って踏み潰した上に磨って粉にし風に飛ばしたのは図解されていた不死鳥だった。死んだら炎に包まれて再生する、そんな幻想は完全に打ち壊された。雀と名付けたのはやけくそだ。


『目が、目が痛いぃっ!』


ちなみに不死鳥のこの叫びは普通の人には聞こえない。魔物達しか基本聞こえない周波数らしく獣人種や精霊人種でも気づくのは一握りどころか一つまみで、無人種には片手で足りるぐらい、そして聞き取って内容もわかるものはいない。それにこの家には金銭的に使える限りの魔法道具で結界を張っているため防音な上に外から魔力の動きを感知されることはない。この家の中では魔力の流れが感じ取れなくなるのだ。自分の体内の魔力しか感じ取れないし、外からも感じれない。


『スズメを盾にして私の粘液を防ぐとは……成長したわねシノブ』


スイカは当たり前のように不死鳥のスズメの心配をしない。不死鳥とはいえ痛覚もあるし死もあるのだがそんなことは気にしない。この世界の不死鳥は死なない魔物じゃない、絶対に寿命が来るまで死ねない魔物だ。寿命は短いが首を切ろうが挽き肉にしようが火にくべようが串刺しにしようがミキサーにかけようが挽き肉にした上で火にくべて灰にして魔術で街全体に散らそうが再生する。


ただしその再生方法は火に包まれて再生とかかっこいい方法ではない、うじゅるぐじゅりと音を立てながら肉が集まり、傷を塞ぎ、自己治癒力で回復する。ちらりと見てみれば粘液で溶けきり骨が覗いていた顔も今は筋肉が剥き出しなだけ、もう一回ぐらいは盾に使えそうだ。


『でも甘い!』


声に反応して私はもう一度とスズメを盾にする。しかし、スイカは体をムササビのように大きく広げて覆い被さってくる。こうなるともう盾なんて意味をなさない。


私は盾にしたスズメごと思いっきり粘液に包まれた。スライムは直接触れていれば溶かさずに包むことができるし内部で呼吸もできる。この寝癖を直す作業はスイカからすれば子供を抱えて髪をとかす微笑ましく温かい感じのイメージなのかもしれない。


だが私の立場にもなって欲しい。スライムは体全体が口、ということは私は口の中で弄ばれているわけでイメージとしてはソムリエの口の中で転がされるワインか子供の舐める棒付きの飴か。スライムは溶かそうと思えば数分で私なんて溶かせる。命を奪うだけならさらに短くて済む。どうして安心することができるのか誰か教えて欲しい。


『はい、男前になったでしょ。これでリコリスさんを落とせれば、私も毎日ただの井戸水で無く魔法薬を飲めるようになるでしょ!』


粘液は全てスイカの一部、だから付いた粘液は全て残らず回収されセットされた髪は変にぺたっとすることなくいい感じに隙間が空いて自然な仕上がりになる。服も濡れていないし、垢や汚れが溶かさられているため肌も清潔、申し分のない状態だ。もちろんスイカがセットしたと知らない場合に限るのだが。


『体中がぁあぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁあ……』


スズメはとりあえず無視して、スイカのお眼鏡に適う服が無いかクローゼットの中を漁ってみる。


一番仕立てがいいのはこの世界に来る時に着ていた制服だが、これはこの世界には合わないし身長も伸びた今ではサイズも合わないただの記念品。次はギルドから支給されている制服だがこれで行くのは公私混同もいいところ、わざわざ外で食事に誘ってくれたのだからそれに見合った服装をしなければいけない筈だ。


「……これでいいかな?」


『ゴミでしょ』


残るは普通に買い物とかに行く時や休日に来ている服だけ、その中でまだマシそうなのを選んだのだがスイカから見るとどうやらゴミらしい。


「……スズメはどう思う?」


『ぅぅうぅぅ……まだ目が再生してないから待ってくれ……痛ぃ……』


スズメは流石私にこの世界の現実を教えてくれた不死鳥なだけのことはある。何とも残念だ。


「まだ午前中で昼までには時間があります。どうでしょう? 買って来られては?」


魔物の言葉の中での突然の人語だが私はその声の主を知っているので慌てることはない。その魔物はマウス。ネズミの背中に人の口がついた魔物で私としては比較的ましな方と捉えている分類の魔物、大体はただの鼠だが人語を喋れるというのが唯一にして最大の特徴だ。


ちなみに人畜無害だがマウスも勿論飼育や所持は国の許可を得ない限り違法になる。


「でもカイト、ほとんど金なんて無い。貯金はしてるがこんなことで無駄遣いするのも……」


マウスの名前は回答でカイト。我ながら微妙な名前だ、今になって色々ともうしわけなくなってくる。大分適当な感じで名づけてしまった自覚はある。


『無駄じゃないでしょ! うまくやればAランク冒険者の収入がそのまま入って来るんだから年収は十五、六……いやもっと入るしギルド内でも出世は確実……』


スイカは粘液を逆立たせ、波打たせながら力説する。ちょっと説教してるつもりなんだろうが怖い、慣れてなければ爆音に近いレベルで心音を響かせて走って逃げるところだ。


「スイカ……前々から言ってるけど私はあくまで平々凡々のギルド職員でいたいんだ。スイカが期待するような展開になったら嫌な方向で目立つに決まってるだろ? 勇者達の耳に入って懐かしさからとかそんな理由でもこの町に訪ねて来られたりしたら私はお終いだ」


そんな未来は支部長の次の嫌がらせ以上に想像したくもない。


『はぁ……いっそ勇者パーティーに加わればいいでしょ。そしたら英雄になれるかもしれないでしょ?』


私の目立ちたくない発言をスイカは完全に無視するつもりらしい。大体英雄になるとか以前に誰かを殺そうだなんて私にはとても思えない。


「……とりあえず今後リコリスさんだけでなく私的に関係を持つ方というのは少なからずできるでしょうし一着持っていた方がいいのでは?」


「確かにカイトの言うことも一理あるけど……」


はっきり言おう、私の美的センスは無いに等しく無難にまとめることが精一杯。色々見た目が壊滅的な魔物達の方がまだ見れるようなコーディネイトを地球では何回かしたこともある。


『僕もカイトに賛成ー! せっかくすらっとした長い手足してるんだからおしゃれだよー!』


カケルに長い手足と言われるとお前が言うかと言いたくなるが言ってはいけない。種をいじるのは地球でもこっちでもあまり褒められた行為ではないし、場合によっては殺し合いにもなる。つい最近も獣人種の若者に絡んだ酔っ払いが下手なことを口走り殺され、ギルドが間に立って何とか戦争の火種を消したことがあったりした、非常にデリケートな問題なのだ。


「はぁ、じゃあちょっとエルムさんに見立ててもらってくる。いつも通り絶対に外に出ないで誰か来たらカイトは適当に、スイカは井戸の中に、カケルは地下室に隠れるんだぞ?」


『……俺は?』


「スズメは挽き肉になって台所でやり過ごしてくれ」


『ひでぇ……』


私はスズメを華麗にスルーしてアイテムショップへと向かった。


アイテムショップは百貨店とかに近い店で規模としては小さいが、日常雑貨から武具防具まで取り揃えられていてとりあえず困ったらここに来ればだいたい大丈夫。ここにないなら専門の店へと言うような感じの店だ。日本ではデパートに近い気もする。


「こんにちは」


昨日私が飲まされた魔法薬を棚に並べている男が振り返るとこちらにニヤリと笑いかける。エルムさんはこの店の店員で跡取り息子、大体彼に聞けばアイテムのことは何とかなる。


「よっシノブ、服だったらもうすでに見繕っておいたからサイズ確認してくれ」


エルムさんに投げ渡された袋を見ると既に一式揃えられている。ぽかんとしたまま試着してみるとサイズもぴったりで、値段も私の財布にちょうどよくまとめられている。何故私の財布内の額を把握しているのか少し怖い。


「……なんで私が来る前から用意されてるんですか」


私が今日リコリスさんと食事をとるのはカケル以外に言った覚えはない。でもイレイスさんか支部長か、それとも他の受付の人達か、考えてみれば案外知っている人は少なくない。


「いや、昨日の夜リコリスさんが来てよ。明日はシノブとデートだから服を見繕ってくれって言われてさ。お前さんもまともな服持ってない筈だから午前中にでも買いに来ると思って用意しておいた」


まさかよりによってリコリスさんが吹聴しているとは思わなかった。多分冗談なんだろうがデートという言い方はどうなんだろう、無理やり食事に誘われただけの気がするが、何を狙っているのだろう。やっぱりそこには何か思惑が含まれているのだろうか。


「とりあえずこれ買いますよ」


考えるのもめんどくさい、着てきた服は紙袋に入れてそのまま店を出た。タグとかはついていないからそういう方面の心配はいらない。


一旦家に帰って着てきた服をスイカの顔面に投げつけてまた家を出ると大切なことに気付いた。待ち合わせ場所を決めていない。リークの街はそこまで広い町ではないが待ち合わせ場所を決めていないと容易に出会えないぐらいには広い。さらには一緒にランチとは言ったが具体的な時間も決めていない。


エルムさんが神速の対応を見せてくれやがったので時間は十二分に余っている。二、三時間あるからスズメを挽き肉にして再生するのを待って挽き肉にしてを五回ぐらいは繰り返せそうだ。


その時間を使って捜すのも一つの手だ。ただ私としてはこれ以上あまりお近づきにはなりたくないので、探したけれども会えなかったという様な印象を持って頂きたいところ。


この街で私が行きそうな所は見つかる可能性がある。イレイスさんやエルムさんに聞けばわかってしまうからだ。


しかし普段いかない方向に行くと多分迷う。私は自他共に認める方向音痴だ。デパートではぐれた幼稚園児の弟を探していて隣町で見つかったし、行く度に迷うものだからデパートの従業員に一人で歩いていたら即確保しろと手配書が回され、根気強く連れて行っていた親にも最終的には連れていってもらえなくなった。結局あのデパートの記憶はほぼ全て迷子センターのことで占められている。


とりあえず家に帰り、昼前に出て昼過ぎまで街を囲う壁のすぐ外にでもいよう。壁のすぐ外なら基本魔物はいないし出る魔物もたかが知れているから私でもなんとかなる。暇なのでむしろ出てくれた方がいいかもしれない。


杖も必要だしと私は踵を返し家の方へと向かう。スイカもフェイクだとしても行く気さえ見せればとりあえず納得するだろうしカケルやカイトは基本私の味方だ。スズメは……どうでもいい。


で、家の近くまで来たのだが緊急事態が発生した。家の前に白っぽい清楚なワンピースと不釣り合いな野暮ったい身の丈ほどもある戦斧というファッションチェックが裸足で逃げていくような格好をしたリコリスさんが立っていた。


「……詰んだ」


手を大きく振りながら笑顔で歩み寄ってくるリコリスさんを見ながら私はぼそりと呟いた。

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