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お母さんは誰より強いです。

明日のことに関してリコリスさんも交えて色々と話し合った後、明日に備えて今日は休んでいていいよと言われたので私はもうすぐにでも家に帰ろうとギルドを後にした。


ギルドは後にしたのだが、私の目の前にはニコニコ笑うリコリスさんがいる。


「……え、とタリスさんはまだギルドにいますよ?」


「お母さんに用があるわけじゃないから大丈夫です」


変わらない笑顔に、また何か面倒なことになりそうな予兆を見た気がしたが、流石に今から無視して通るわけにいかないのでじゃあどうしたんですかと言うしかなかった。他にどうすればいいのかわからなかった。


「《忍》さん。ちょっと今日家に行ってもいいですか?」


背中に汗がじわっとにじむのがわかる。発音自体はこっちの世界の呼び名とそう変わらない、だけど私にかけられた翻訳術式がまったく動いていない。それがどういうことかと言えばリコリスさんは意図的に日本語を使って私の名前を呼んでいるということ。


私にリコリスさんが来るのを拒むことはできない、リコリスさんが私についてどれくらい知っているのかはわからないけど少なくとも私が勇者と一緒に来たことは知っていて勇者と接触がないとこんなことはまずありえないのだから。


でもおかしい、私が知る限りでリコリスさんが王都に行った話はない。もし行ったとすればタリスさんと一緒に行ったということになるがそれならリークに戻って来る理由がない、やはり行っていないと考えた方が納得行く。


それに結婚したいと思っているんですよ発言の真意も不明だ。そのままじゃないんじゃないかとどうしても疑わざるを得ない、そのままでもめんどくさいというのにこれ以上どうこじれていくことになるのか。


家に帰るまでに結論は出なくてニコニコし続けているリコリスさんが、今まで強すぎるけど基本的には態度の良い優良冒険者だったリコリスさんが、ファーヴニルのような得体のしれない何を考えているのかもわからないそんな化け物のように思えてしまう。怖い。とても怖い。


「……後ろにいる人、出てきてもいいですよ?私はシノブさんの敵じゃないですし魔国の敵でもないですから」


リコリスさんがぼそりと呟くとアレクさんがどこからともなくぬるりと現れて出てきた。敵でないと言われたって当たり前だが信用することはできないみたいで、私を襲った時に持っていた槍をしっかりと握ったままで近づいてくる。いくら冒険者が普通にいる町とは言え流石に騎士が呼ばれてもおかしくないぐらいの剣幕と雰囲気で私はつい懐に手を入れて魔核を握ってしまう。


「と、とりあえずアレクさんもリコリスさんも上がってください。お互いに武器は私に預けて……」


先にリコリスさんに斧も鉈も全部玄関に置いていってもらって先に入ってもらう。応接間には武器の類どころか花瓶も無いから大丈夫なはずだ。


「……武器が無ければ私が奇襲して……」


「アレクさん。人の家をなんだと思っているんですか」


なんだか呆れたような顔になったアレクさんから槍を受け取ってそれも玄関に置いて玄関に鍵をかける。


部屋に入ると備え付けのソファーの向かいどうしに座っているリコリスさんとアレクさんが、それぞれ少しづつ空けて隣に私が座れるようにする。どっちに座っても色々と怖い状況になっている。


仮にリコリスさんの隣に座ったとしようか、そうなると私はアレクさんと対峙するような形を作ってしまう。そもそもアレクさん側からすれば私は生きていても死んでいてもどっちでもいい、むしろ死んでくれた方が確実で助かる筈で、敵対したなら殺すしかない。つまり私は魔国に再度命を狙われることになる。もう隠密にとはならない状況でもいいから確実に狙ってくるだろう。死と闘争の世界へ行くことになるのだ。


一方、アレクさんの隣に座ったとしたらどうなるのか、リコリスさんはまず色々と得体がしれない。まぁ仮に他意がなく私と単純に結婚したいけど少し頭のおかしな人だとした場合だが、それはそれで恐ろしいことになってしまう。アレクさんが騎士崩れさんの二の舞を演じてしまう可能性が高いだけでなく魔人種はみんな死ねが通じてしまうこの国だから殺される可能性がある。


そうなるとアレクさんからの連絡が無くなった魔国は私が殺したと思うだろう。結果、私は魔国に再度命を狙われる。死と闘争の世界へ行くことになるのだ。


……詰んだ。どう転んでも魔国を敵にしてしまうことになる。二つの違いはリコリスさんを邪険に扱うかどうかの一点だけ、これはリコリスさん側を選ぶべきなのか、選択を保留にすることはできないものか。死と闘争の世界が私を手招きしている。


『シノブ、とりあえずどちらも座ってない辺に座ってください。自分がバックアップします』


カイトの声に従って席に着く。なるほどここならどっちつかずで話の内容次第ではどうにかすることができる筈、私が下手に喋れないから相談はできないけれどそれでもカイトがいてくれることは頼もしい。


「……とりあえずリコリスさんは何を?」


とりあえずどうとでも取れるような聞き方をしておく。多分リコリスさんは丁寧に説明してくれるだろう、まずは話を聞くべきだ。無視できる段階は終わってしまったような気がする。


「ちょっとした告白をしに来ました」


とりあえず、好き嫌い云々の告白じゃないだろう。流石にそれはないと思いたい。


「私は《忍》さんと同じ異世界人です。元の名前は《凜子》、《忍》さんのクラスメイトでした」


覚えてますか?とリコリスさんがにっこり笑う 。覚えていないわけがない。肉じゃがよりカレー派の、私の初恋の子だ、確かに最初似てるなーとは思ったが、あまりに強いし、戦災孤児だっていうし、似てると思っても本人だと思うわけがない。


むしろなんでリコリスさんは私が忍だと確信を持てたのか。


「それは本当か? 嘘じゃないのか?」


「アレクさんが疑うのも尤もですけど、間違いないと思います。私はもちろん、勇者達もクラスメイトの名前を出す理由なんてないですから名前を知ってるだけでも十分です」


仮に出したとしてもりんちゃんは無い。クラスの輪を乱す勇者達とはなるべく関わり合いにならないようにしていたし、勇者は自分のことを好きになる女子にしか興味がない。


『シノブ、だとしても一応本物か確認して下さい』


カイトが言う、確かにこれは確実ではない。確認は必要だ。でも具体的に何を聞けばいいのだろうか、勇者達が知らなくてりんちゃんが知っていること。小学校の時のことならあれだろうか、でももしかしたら勇者達も知っているかもしれない。


それ以外で頭に浮かぶのは肉じゃがのことばかり、でも肉じゃが談義はイレイスさんも交えて一度してしまった。何か肉じゃが以外でないだろうか、何か。


「小三の時《忍》さんと調理実習で作った卵焼き、ちょっと甘すぎたけど美味しかったです」


確定した。小三の時に調理実習で私と凜子が同じ班で卵焼きを作ったことを勇者達が知っているわけがない。というか覚えていると思わなかった、凜子にとっては大したことではなかったはずなのに。


「間違いなく《凜子》さんです」


「小学校の時みたいに《りんちゃん》って呼んでもいいですよ?」


でも外ではリコリスですけどね。と言って笑う。アレクさんはイマイチピンときてなさそうだがもう間違え様がない。


さて、どうしよう。だからこの後どうしようという話なのだ。


「で、私はシノブさんが異世界人だと知っているので私の前ではスライムの子とかネズミの子とか出てきても大丈夫ですよってことです。危険なので」


なんだかどっと疲れが出た。いや、十分大したことではあるのだが私を殺そうというわけでもなくむしろ私の安全のためだったとわかったわけだ。なんとなくリコリスさんの化け物っぷりにも説明がついたし、支部長から私が魔物を飼っていることは伝えられたとはいえ何故スイカ達の存在がばれた理由はわからないけれど。勇者と接触が無かっただろうこともわかったし良かったと言っていいだろう。


「なるほど、わかった。明日は私もついていくと言っておく。シノブの安全の確保を命じられているからな」


アレクさんはそう言って帰って行った、思ったよりあっさりと終わったがとにかくよかった。私の安全も確保されるし、アレクさんに下された命令を考えるに魔国の側でもそう悪くない判断をされたらしい。


「カイト、スイカとカケル呼んで来て」


とりあえず連れていくとしてリコリスさんにわからなかったら殺されてしまうかもしれない、それはスズメ以外には許されない。スズメはリコリスさんでも殺せないから良い。


「わかりました」


人の声でカイトが返してくる。リコリスさんに配慮してということなのだろう、正直スイカが三人いても勝てる気がしないリコリスさんなので怒らせないような態度でいいだろう、多分。


「ところでリコリスさんは」


「《りんちゃん》って呼んでいいですよ?」


「……リコリスさんは」


「《りんちゃん》って呼んでいいですよ?」


「……リコ」


「《りんちゃん》って呼んでいいですよ?」


「……《凜子》さんは、どうやってこの世界に?」


勇者達と一緒に来たわけじゃない、しかも一般には戦災孤児ということになっている。どういう過程を得たらそうなるのか少し気になった。あと、スイカ達が来るまで無言とかものすごい気まずい。そもそも距離感がわからない、好きだった女子で同じ異世界人で……小学校が一緒は幼馴染でいいのだろうか、で、こっちではギルド職員と冒険者の関係、だけどなんだかよくわからないことになっていてただの業務上の関係では無く……何とも面倒くさい関係だ。キングサーモンで一喜一憂していたのが懐かしい。まだ燻製残っているけど。


「呼び捨てでもいいのに……質問の答えは、《忍》くんが《神崎》さんに渡そうとしたプリントが一枚足りなくて、届けに行って教室のドアを開けたらこの世界にいたんです。お母さんが来なかったら多分……」


ハッと気づく、この世界に来たその時からリコリスさんは強かったわけじゃない、元々はただの女子中学生だ。どんな能力を持っていたとしてもそれに変わりはない。


だから私に執着するのかと、少し思う。私がリコリスさんにとっては唯一元の世界につながる存在だ。心細い部分があって私に執着していると思っていいんじゃないだろうか。


「……《凜子》は、勇者って言うか《木島》達に会いたい?」


なんだかさんとかつけるのが馬鹿らしくなって呼び捨てた、中学校に入ってからはずっとさん付けだったけどこう呼ぶべきだと思った。この質問に首を縦に振ったら、第六王子に連絡を取って勇者達に会いに行こう、凜子は戦いたいというかもしれないし。


「ううん。私は《忍》と一緒にいたいだけだから、あれはどうでもいい。一緒に魔国に行ってもいい、小学校からずっと《忍》のことばっか考えていた」


凜子の伸ばした指が私の指を絡め取り、なだれ込むように私に抱き着いてくる。しなやかで綺麗な動きに見惚れていたら気が付いたら両手両足が動かない状態で息がかかる距離に凜子の顔がある。あれ? これからカイト達がこの部屋に来るって忘れてませんか?な感じで、魔力操作も使ってみるが金縛りにあっているかの様だ。


「《小学校の時は、忍も私のこと好きでいてくれたのに中学校に入るころには冷めちゃって……私だけ一方通行の愛で告白もできなくて》」


私の首のあたりにある凜子の口から洩れてくるのは日本語。翻訳術式がまったく作動していない真正の日本語、発生する声も意識しないと切り替えられないのになんでリコリスさんができたのか。勇者達も気づかなかったことなのに、私にだけ伝えたいという想いが影響したのだろうか。とか現実逃避して戻って来てみれば密着しに行こうとしないと固められる形になっている。


『……シノブ、頑張って既成事実を作りなさい!』


ふと視線を向けるとドアの隙間からスイカの目とスイカに捕らえられたカイト。これ、誰も助けてくれないパターンかと思っていると凜子がシノブは私だけを見ていてと顔を無理やり真正面に向かせた。とうとう首も動かせなくなったか。


やっぱりかわいい、肌もきれいだし上気した頬とか唇とか少し潤んだような目とか……とか思うけれどもどうにかこの状況から抜け出さなければいけないわけで、私一人では無理なのに最大戦力のスイカが傍観の体勢、アレクさんは帰宅、養えるほどの甲斐性も無いのにどうすればいいのか。もう誰でもいいから助けて欲しい。


筋肉ついてるはずなのに柔らかいしあんな重い斧振るってるくせに結構軽いし、なんだか気持ちの方もだいぶ重いような気がするのにスイカとかよりも大分軽いし、なんだかこれは手遅れではないだろうか。、どう転んでも結婚から逃れられない流れだ多分。


もう魔国に移住するか連合国に移住するか二つに一つの選択肢しかない。


「落ち着いて、とにかく一度話し合いましょう……」


「《抱き着いてても話し合いはできるよね……》」


凜子さん、目が据わっていらっしゃる。絶対に逃がさないという気迫というか呪いじみた物を感じる。これがAランク冒険者の本気なのだろうか、視線で体が縫い付けられるような感覚がある。錯覚とかじゃなくてわりと冗談にならないレベルの拘束だ、凜子が両手を私の顔に這わせていて両手はフリーなのに全く動かせない。これがリコリスさんの能力だったりするのだろうか。


顔を背けることもできない、完全に硬直している。口も動かせない。


もうやだ、なんかわけわからないけどものすごい肉じゃが食べたくなってきた。人は現実から目を背けたいときに肉じゃがのことが頭によぎるのか、覚えておくことにしよう、どこで役に立つのかわからないけど。


――ボンッ


玄関の方で何かが弾ける音がした。途端凜子が私から視線を逸らして怯えたような表情で振り向く、スイカ達にも気づいた凜子にはその相手が誰だかわかったのだろう。私も凜子が怯えていることで誰だかわかる。


まずこの街で凜子、つまりAランク冒険者リコリスが怯えることになる実力を持った相手というのは私が知る限りでは二人しかいない。そしてその中で私の家に来る可能性があるのは一人、そしてリコリスさんを叱りそうなのもその一人。


「そーいう行為はーちゃんと段階を踏んでからにしよーなー?」


扉の隙間からぎょろりと覗く赤く光る目玉、小柄な体躯、血のような黒に近い赤色の髪。


いつの時代もどの世界でも血が繋がっていなくても母親という存在は最強で揺るぎないものなのだ。

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