お出迎えって辛いです。
久しぶりの更新なきがします。二ヶ月ぶりでしょうか。
リークの街の南門、それは王都に向かう街道の方向にある。
やっぱりいざ来てみても気が進まない事は変わらない。支部長の元パーティメンバーじゃなければましなのだが、残念なことに支部長の元パーティメンバーだ。
支部長のパーティは多人種のパーティで魔術戦士の支部長に精霊人種の呪魔使い、獣人種の槍術士に魔人種の魔法使いの四人パーティ。
ちなみに何故入国がほぼ不可能とされる魔人種が堂々といられるかと言うと、その魔法使いは魔国民ではなく連合国出身で、ギルドが身分を保証し多額の賄賂を払って許可を取ったらしい。
言っておくが私は人種で区別はする、宗教や体質の問題があるからそれは仕方がない。ただ差別する気はない。
でも支部長の元パーティメンバーはあまり関わりたくない。これも聞いた話だが全員性格がおかしいのだという。イレイスさんにあのウサギの耳を引きちぎりたいとまで言わせるのはどれだけの悪人だろうか。
それに加えて、南門の方向は高ランクの魔物が発生したと思われる湖の方向、支部長に言われて仕方なくではあるが門の外にいる私としてはいつ強い魔物が来るか戦々恐々だ。
携帯杖じゃ心もとないからと学生時代に使っていた丈夫な杖を引っ張り出してきたが久しぶりすぎてゴブリンにてこずる始末だ。
そんなことを考えているとまたゴブリンが現れた。鳴き声は上げるが言葉は発しない、群れなのに連携をとらない。
大体イメージ通りのゴブリン。残念なポイントは温厚で臆病だということだ。
よくあるファンタジーのゴブリンのイメージは醜悪で弱く、すぐに襲いかかってくるといったものが大多数だろう。しかしこのゴブリン達は襲いかかってくることはない、私を見て怯え、パニックになり、叫び出す。
叫び出すとゴブリンを狙って肉食の魔物が集まってくる。門を壊せるほどの大物は来ないだろうが駆け出し冒険者じゃ相手にならないぐらいの魔物は来る。
とりあえず私は目の前で叫び出したゴブリン達の内一体の頭に杖を降り下ろし撲殺。最初は抵抗があったが話せない魔物なら普通に殺せるようになった。
逃げ惑うゴブリンに小走りで追い付いてしっかり頭を狙う。歩幅が小さいゴブリンの全力疾走は小走りで十分追い付ける。追いつくことよりも並走しながらしっかりと頭を捉えるのがポイントだ。それほど力む必要がないから確実に当てるのが大切になる。
魔術を使えばエーテルボールで頭がボンッと弾け飛ぶからもう少し楽なのだけどこの後で通常業務もあるからなるべく魔力は節約したい。
森から出てきたのは五体、残り三体も少し追いかけて殴る、少し追いかけて殴るの繰り返しで殺していく。
最後の一体を殺したところで遠くに馬車の姿を見つける。撥水防水防魔防呪防刃防火加工の高性能制服の上着を脱ぎ、ゴブリンの血を拭いてすぐにウォーターボールに入れて濯ぎファイアボールで一気に乾かす。お出迎えだから身だしなみは大切だしハンカチも清潔にしておきたい。流石は高性能制服、雑に扱っても綺麗に仕上がる。
今日来るという冒険者の人は商人の馬車に相乗りしてくる。無人種以外だと門番に一度止められるのでSランクともなればギルド職員が予め門番に来ることを伝えておき、門の外から中まで付き添うのだ。
私がどうするか頭の中でおさらいしている間に馬車は次第に近づいてくる。台数は三台、その周囲に何かが動いている。護衛の冒険者かと思ったがどうやらそうじゃなさそうだ。
ならなんだろうと思って見ていてそれが何かわかった時、私は叫びそうになった。図鑑でしか見たことがない竜種、その中でも代表的な種で文句なしのSランク、細かい種類はこの距離ではとてもわからないがあれはドラゴンの類に間違いない。
私はギルドから持ってきた望遠鏡を使ってドラゴンを見る。体色は土のような茶色で目だけが赤い輝きを持ち、トリケラトプスのように前に出た二本の角と蝙蝠のような翼が特徴的。大きさは馬車より大きく、目算で尻尾含まずで五メートルぐらい、尻尾も入れれば十メートルは固い。だがドラゴンにしては小柄だ、二十メートルに近い種がほとんどだと言うのに。
翼が体の割りに小さいこと、、前に出た角、発達した後ろ足、さらに顔の形、爪の長さ、尾の先に付いた小さなこぶ等細かい特徴。それらから考えるに精霊国との西の国境付近にある砂漠近くに棲むサンドラゴンだと思うのだが体長が足りない。
サンドラゴンは比較的小型ではあるが十五メートルは下らない。子供とも考えられなくはないがそもそも色がおかしい。
昔々の学者の文献には、ただ白い砂漠の中で土の怒りは流れ出る命のような鱗を持ち、夜よりも暗い黒真珠のような目は絶望を思い起こさせたとある。土の怒りとはサンドラゴンの別名、流れ出る命は流血のことを表した言葉だ。つまり、サンドラゴンは赤い体で黒い瞳。
通常種で無いなら変種か新種か、どっちにしても私の心は高鳴っていた。ドラゴンに憧れる小学生のような中二病のような気持ちもあるし、ドラゴンが人と共に行動しているということから考えられる私と同じような能力を持った人間がいるのかもしれない可能性もある。
だがその淡い希望はさらに近づくとなくなった。あのドラゴンは本物じゃない、土のような色だったのも当然だ。土魔術で形作られていておそらくは呪術で操作されている。それにしてもまるで生きているような動きだ。教授が見たらきっと喜ぶだろう。
そしてその様子から察するに、来る人物は多分精霊人種の呪魔使いの人だろうと思われる。
呪術は物を媒体として使う。それにしてもあれだけ細かい動きを可能とする呪術だから体の方もそれに合わせなければいけない筈で、かなり複雑な術式が必要になる筈だ。
で、私がちょっと残念な気分で待っていると、馬車が門の前に着いて何人かの商人といかにも魔女らしい赤い折れ曲がった三角帽子を被り裏が赤い黒地のマントを着た黒っぽい赤髪の小柄すぎる人が降りてきた。
一目でわかる。この小柄な人が支部長の元パーティの人だ。呪魔使いの筈なのに武器は斧、それも身の丈よりも大きなまるでリコリスさんが持っているようなごつい奴。どう見ても間違いなく変でもれなくおかしくて間違いなくどこか抜けた変な人だ。できるだけ関わり合いたくない、斧を持っているからかリコリスさんを想像させるのもなんとなく嫌だ。
「おや、ギルドの方が門の前にいるとは珍しいですね。どうかなさったのですが?」
商人の内のリーダーらしき人が私に話し掛けてきた。ギルドが出迎えを寄こすことなんてあまりないことなので商人側としても気になったのだろう。時には危険な魔物が出ていてとかも考えられるので気にしないわけにはいかないのかもしれない。
「特に何があったというわけでもないのですがとある冒険者の方が王都からこの街に来るということでお出迎えに」
「そうですか、それはもしかして……」
私が答えると商人のリーダーの人はちらりと視線をある人物へと向けて。
「お前がシノブなら私のことだろうな」
予想通りの人から女性らしい声が私に話しかけてきた。仕事なので仕方なくはい、私がシノブですと言うと商人のリーダーさんは早々に門の内側に入って行ってしまってそこにドラゴンと一緒に取り残される。もう胃の辺りを抑えてうずくまりたい。
「じゃあ行くか。もしかしたら結構やばいかもしれねぇからな」
「やばいってどういうことですか?」
つばで顔が見えていないにもかかわらずなにか怪訝そうな顔をしたのだけはよくわかる。なまじ存在感がある人だからわかってしまうのだろう。
「……お前、自分のやってた研究憶えてないのか?」
研究、そういえばこの人は王都から来たわけでもしかしたら私の研究を見たのかもしれない。あまりよく見てはいなかったのか記憶を手繰り寄せる。
「サラマンダーの移動についてだったと思いますが……それがどうかしたんですか?」
ちょっと前に竜種の図鑑を見て思い出してなかったら思い出せてなかったかもしれない事を考えるとちょっとだけリコリスさんに感謝すべきかもしれない。Sランクの人の力は強大すぎて殺人でも罪に問われない事があったりもするのだ。その危険度はリコリスさんとは比べられないほどになる。
「ジジイのところでそれのレポートを見せてもらった。このリークの街の南側に住みつくって推測もお前が考察したんだろ?」
「あぁ……」
おぼろげだった部分まで完全に思い出した。今まさに強い魔物が現れたと思われるところにサラマンダーが現れる可能性を私は研究から導き出していた。今の今まで忘れていたけど。
「一番弟子の研究だとか言ってサラマンダーの目撃報告かなり集めてたぞ、あのジジイ。まさか弟子が自分の研究忘れてるなんて思わずにな」
間違いなく毒のある言葉が私にザクザク突き刺さってくる。全力で話題を逸らしたい、見ず知らずの人に毒を吐かれ続けるだなんてどんな罰ゲームなのか。
「……ところでそのドラゴンってサンドラゴンを元に作ったんですか?」
とりあえず話題を逸らしたい。教授が一番弟子だと思ってくれていたことを知らなかったとは言え手伝ってもらって資料も見せてもらって色々勉強させていただいたのに忘れていたのは完全に私の落ち度、正直すみませんと謝るしかできない。
「どこで判断した? 特徴的な二本角だけじゃねぇだろうな、それだけだったら共通するやつは他にも……」
若干不機嫌そうに言い返されるがそう言われるのは流石に私も心外だ。これでも駆け出しの学者よりは魔物について知っている自負はある。
「後は翼が体の割りに小さいこと、前に出た角、発達した後ろ足、さらに丸い顔の形なんかでアースドラゴンの仲間だと判断して首の短さに爪の長さ、尾の先に付いた小さなこぶや肩口に申し訳程度に生えた角を見てサンドラゴンじゃないかと」
でもこれだけ細かいところまで判別できるのだからそれだけこの人はこの造形……というよりもこの魔術と呪術にこだわりがあるのだろう、だから自分の研究を忘れるような私がこの造形を軽々しく口にしたことに嫌悪感を覚えたのかもしれない。そう考えると失礼だったかもしれない。
「……わかってるじゃねーか。じゃあこれはどうだ」
ドラゴンの輪郭が崩れて木で作られた骨格と脳に当たる部分に入れられた魔核のような呪術具が露わになり、一度その呪術具と目玉の位置に入っていた赤い宝石だけが残ったと思ったら別の呪術具を懐から取り出し土の魔術でその周囲に犬のような顔を二つ作ってそこに一つづつ赤い宝石を入れ、骨格を作り……とその場で数メートルの一体の魔物の形を作りだした。
首は二つ、それは大きな特徴だがそれだけでは特定はできない。双頭の犬と言えば真っ先に思いつくのはオルトロスだがこの世界のそれは個体では無く種の名前でオルトロスの中でも色々種類があり、サイズや形状が違う。今回は候補から外れるが頭が三つのもの、体が三つのものまでもいる。この人はおそらくオルトロスの中でどの種類かを断定しろということなのだろうか。正直判別の難しさはドラゴンのそれと比べて格段に上だ。
しかし見れば見る程さっきのサンドラゴンに比べても勝るとも劣らない素晴らしいできだ。土で作られている毛が風で揺れ、よく見れば呼吸しているかのように胸が動いている。まるで生きているかのようだという言葉がお世辞じゃなくただの事実に思える。ただ逆に考えるならば精巧なのだから必ず種類を特定できる、むしろこんなにこだわるのに答えのない問いを出してくる筈がない。
冷静に情報を得て判断するんだ。そうすればわかる、私は魔力保有生物学のエキスパートの教授の一番弟子、わからないわけがない。とりあえず今目の前にある魔物の特徴を一つずつ確認していく。
まず双頭であること、脚の数は前足二本後ろ足二本の計四本。たてがみの先は少し膨らんでいるようにも思えて蛇の頭のようにも見えなくはなく、特徴的な蛇の尻尾はこの位置からは見えない。蛇の種類で数種類判別できたりもするのだがそれ以外のところでも十分判別は可能……な筈なのだが何故かさっぱりわからない。
何故判別できないのかもわからない、頭の中で数種類の特徴が現れては消え現れては消えとなっているのにどの種も条件に合わない。無人種が知るオルトロスの中に答えがあるならばこの内のどれかである筈なのに、新種でもない限りあり得ない。
もし新種だとすると私には絶対にわからない。私は図鑑に載っている魔物なら全て言える自信がある、だが図鑑に載っていない魔物はマウス以外は答えられない。
いや、あきらめるにはまだ早い、教授や他の学生から噂か何かで聞いて知っていても明確な姿がわかっていないパターンも存在する。他にも新種か既存の種か怪しかったりその地域でのみの伝承だけがあり存在がそもそも怪しい魔物だったりもする。
だとするとオルトロスの仲間でも別の名前だったりする可能性がもしくは実際違う種類で似たような姿なだけなのかもしれないがどっちにしてもオルトロスではない可能性を考えるべきだろう。教授から聞いた伝承の類をできる限り思い出せ、記憶の中から答えと成り得る伝承や噂を思い出すんだ……
――この地域には死後の世界に通ずる扉を守る双頭の獣がいるという伝承がある。壁画や文献を見る限りは犬のようなオオカミのような外見、しかし未だに発見されてはいない。その名前は……
「……マウィオング、ですか?」
結局ほとんど名前だけしかわかっていなかった魔物、教授が存在を明らかにしたい魔物百選に選んだ魔物の第八十三番目。正直全部口頭で説明されただけだったからだいたい忘れてしまっていたのだが案外覚えているもんだ。まぁ耳にタコができる程存在が明らかになっていない魔物の名前を羅列されていたから何個かは覚えていてもおかしくないのだけど。
ただこのマウィオング、私にわかっていることは正直何も無いと言っていい。細かい身体的特徴なんてもちろん知らない、消去法で導き出した不安だらけの答えだ。果たしてこれで合っているのだろうかという気持ちはどうしてもぬぐえない。
「よく知ってたなマウィオングなんてマイナーな魔物。ジジイから直接依頼された狩りだからギルドには報告されてねーのに」
帽子が少し上げられて妙に大きな血走った目がぎょろりと私の目をまっすぐに見てその口元には裂けるような笑顔が見られた。この笑顔まで込みだと斧もローブも威嚇的な意味ではとてもしっくりくる。うん、怖い、ここからケラケラ笑い出したら逃げ出さずにいられる自信はない。正直すでに逃げたい。
さっきから気になっていたけどジジイというのは十中八九教授のことだろう、教授はただの一学者に過ぎないから冒険者に依頼している、それは私が学生になる前からのことだったがまさかその依頼相手と会うことになるとは思っていなかった。いや、教授の依頼相手だから私の研究を知ってこうして会うきっかけになったわけだけど。
「……教授には魔物に関して色々教えていただきましたから」
図鑑のコピーにかかる時間中はずっと教授の講義を聞かされているようなものだったし休日にも呼び出されては助手としてこき使われ、解剖も何の前触れも無しに助手として最低限の知識は付けろとやらされたし、小テストみたいなものも毎日あったし、こんなのは序の口で他のものに至っては思い出すだけで恐ろしさのあまり体が震えそうなほどだ。
魔法使いの第六王子や薬草の心得があったアリが友達で無かったら過労死していたかもしれない、本当にありがたい、持つべきものは優秀な友達だ。アリの家は没落してしまったけど。
「突然震えてどうしたんだ、ジジイはスパルタだったのか?」
「いえ、そんなことはなかったですよ。はい」
「汗スゲーことになってるけど」
「それは汗じゃないです、心の涙です」
「心の涙ってなんだよ」
「気にしないでください、ところで用件はサラマンダーのことだけですか?」
サラマンダーは確かに竜種でSランクだが教授の元に入っただけで数十体が報告されている。それなりの数が報告されているということは数体しか報告されていないものよりも繁殖力が強いということ、そして繁殖力が強いということは弱い生物であることが多い。あくまで竜種の中でだからやっぱりSランクなわけだけど支部長がいれば十分に対処できるレベルの筈だ。
だから何か他にも何か用があるなら接待なので手伝おうかと思ったのだが軽く口元を歪めて視線を逸らした。私が口を出すべきでは無かったのかもしれない。
「……娘がこの街にいてな?」
あ、やってしまったな。この感じはかなり面倒な感じだ、無人種の国で無人種っぽいけど実際は異世界人の私と精霊人種でイカれた性格の呪魔使い、この二人が揃うだけでもう面倒な匂いがしているのに。
それに、さっき顔を見て確信したのだがこの人の種族はレッドキャップだ。この地球の北欧の切り裂き魔的な妖精の名前を持つ種族は静脈血のような色の赤黒い髪に醜悪とも取れる顔、小柄でありながら無人種並み程度の強さの体を持つ。そして一番の特徴は彼らの脳が赤色を特別鮮やかで魅力的だと認識すること、この習性からかレッドキャップは冒険者が大多数を占め、犯罪者もなぜか多い。
さらに彼らの身体的特徴もあって無人種の中には魔族と認識している人もいる。この国の中で最も障害殺人事件に遭う精霊人種と言っても過言ではない。つまりこの人は精霊人種でも特別騒ぎを呼びやすい種族、その人の娘がこの街でトラブルに巻き込まれていないことがあるだろうか?いやない、きっとない、毎日何かしら血まみれになってそうな気がする。
「二年前にこの街に置いてったんだがいろいろ心配で……」
表情とか言い方だけなら普通に娘を心配する母親のそれに思える、いくらレッドキャップで支部長の元パーティーメンバーだからって流石に失礼な考えだったのかもしれない。
「食事をちゃんととっているかとかですか?」
「いや、そこに関しては大丈夫、料理も上手いし家事全般問題ないくらいなんだがほんの少し性格に難があってな、もし恋愛なんかしていたら……人殺しぐらいしかねない」
ほんの少し性格に難があるだけで恋愛関係で人殺ししかねないわけないと思うのだが私はそこからはそっと目を背けることにした。なんとなくこの人の娘っぽい人がさっきから頭の片隅に浮かんでいるから尚更見たくない。まぁあの人は無人種でこの人は精霊人種、イレイスさんみたいにクウォーターならともかくハーフ程度では精霊人種の特徴は消えきらない。だから大丈夫、きっと大丈夫。でも念のため話題を変えて置こう。
「そうなんですか、ところで申し訳ないのですが実は支部長の知り合いとだけしか伺っていなくて名前を聞いてもいいでしょうか?」
「あの野郎相変わらず適当に仕事してんのな……私の名前はジギタリスだ、タリスとでも呼んでくれ、後もう少し気軽に話してくれていいからな、お前結構気に入った」
「それはありがとうございますタリスさん」
本当にありがた迷惑です。なんでもしますから気に入らないでくださいお願いしますと言いたいぐらいだ。わざと間違えればよかったかも知れない、しかし人間プライドを完全に捨ててしまうわけにはいかない。
しかしジギタリスという名前が余計にとある冒険者の方を想像してしまう。しかしあの人は無人種だし娘さんが冒険者とも限らないし百歩譲って冒険者でもそうランクの高い冒険者なんていない。でも絶対に話しを戻したくはない。
「で、娘の様子が知りたいわけなんだが、シノブ何かしらねぇか?」
心から残念ながら話を逸らすのに失敗してしまった。
「あぁ、先に娘のことを話さなきゃいけねーよな」
いいえ結構です。私は娘さんに興味なんて一切ございませんのでやめてください。証拠が無いのに何故かあの冒険者の人とタリスさんの娘さんが一緒であると確信している、もうこれ以上話さないで欲しい、気分的には九回裏の負けてる側のチームみたいな感じだ。
「娘は魔物専門の冒険者をやっていてな」
ワンアウト。しかし冒険者なんていくらでもいる、私が知らないだけでリーク支部にもレッドキャップの冒険者もいるのかもしれない。あの人とまだ決まったわけではない……
「私がこの街を発った時にはすでにBランクだったな。魔術師のくせに魔術は上手くなかったが魔力操作術はかなり上手い、武器は斧」
ツーアウト。でもあの冒険者は無人種だから大丈夫、レッドキャップじゃないんだ、タリスさんの娘さんはきっとレッドキャップの筈なんだ。
「ちなみに娘と言ってるけど血は繋がって無くてな、戦災孤児だったのを拾って育てた、私と違って無人種だ」
スリーアウト、ゲームセット。魔物討伐課の受付に来るBランク以上の人達はだいたい覚えているが女性で斧を使う魔術師、更に戦災孤児の無人種なんてリコリスさんしか思い当らない、というかリコリスさんしか存在しない。もういやだなこれ、帰りたい。タリスさんが街にいる間中ずっと休みをいただきたいぐらいだ。
落ち着け私、お出迎えまでが私の仕事なんだからここで門をくぐれば私は通常業務に戻れる。そうすればリコリスさんとタリスさん両方とプライベートで関わることにはならない筈だ。
「娘さんというのがリコリスさんのことならAランクに上がり、大きな怪我も無く元気そうですよ。私、魔物討伐課の受付なので」
「そうか、で、恋愛方面とかはどうかわかるか?」
どうやら本当にリコリスさんで合っていたらしい、外れてくれていれば良かったのに。
「いえ、プライベートなことは私にはわかりかねます。ところでそろそろ町の中に入りませんか?」
まさかお宅の娘さんに求婚されましたとは言うわけにいかないので私は嘘をついて話をすりかえることにした。町に入れば社会不適合者や冒険者の人達の相手をしているだけでいいのだ、もう少し頑張ろう私、もう少し頑張ればきっとすべてがうまくいく。
タリスさんがマウィオングから呪術具と宝石だけ取り出してマントの内側にしまったのを確認して私は門衛の人に門を開けてもらう。これで私の仕事は終了、今日一番の山場は乗り切ったと言ってもいい。
「お母さん……?なんでここにいるの?」
だがそんな希望は例のごとく簡単に崩れ去った。門を潜った先にはここ数日の悩みの種のリコリスさんの姿が、今ここに私にとって最も辛い(かもしれない)一日の幕が上がった。




