身勝手なことを願います。by現火の巫女
無人国、魔国、精霊国、獣人国の四国が千三百年程前に国交を断絶してから百五十年あまり、四国の中心部にどの種族にも属さぬ種族が忽然と現れ自分達は魔族であると名乗る。その種族はあらゆる魔物を従えて軍団を成し、四国を襲った。
そして四国はそれぞれに迎撃を試みてそれぞれ失敗し、国交を回復し協力して事に当たる運びとなった。しかしそれでも魔族の勢いは一向に収まらず四国は次第に国土を減らしていった。
〜精霊国立図書館所蔵、《勇者の物語》序章より抜粋〜
精霊人種が秘匿していた魔術と、魔人種が秘匿していた呪術と、獣人種が秘匿していた技術を纏め、一つの陣を作り無人種が秘匿していた法術で陣を起動して異世界から八人の異世界人を召喚した。
一人の人は鋼の肉体と強靭な精神力を持ち、三種の術をそれぞれ習得した。彼は勇者と呼ばれた。
一人の人は太陽が照らすような優しさを持ち、火の魔術と破壊の呪術を極めた。彼女は火の巫女と呼ばれた。
一人の人は掴みどころのない知性を持ち、水の魔術と流動の呪術を極めた。彼女は水の巫女と呼ばれた。
一人の人は伸び伸びと自由な発想力を持ち、木の魔術と生命の呪術を極めた。彼女は木の巫女と呼ばれた。
一人の人は何にも動じぬ冷静さを持ち、土の魔術と静止の呪術を極めた。彼女は土の巫女と呼ばれた。
一人の人は清廉で高潔な精神を持ち、法術の全てを極めた。彼は法の神子と呼ばれた。
一人の魔族は見通す魔眼とただ圧倒的な魔力を持ち、どの術も等しく極めようとはしなかった。誰もが彼女を呼ぼうとしなかった。
彼等七人に勇者が召し使いだと言う男一人がその八人であった。
〜獣人国立資料館所蔵《魔族討ちし勇者の物語。》第一章より抜粋〜
百万にもなる魔物の群れと数千に昇る魔族を前に勇者一行はしばしの休息を取る。その中で召使と魔女は沢のほとりにただ二人でいた。
召し使いは言った。
「私は人であれ魔族であれ魔物であれただ殺す現状をこれ以上見続けたくはないのです。どうか私を殺してください」
魔女は言った。
「ならば私だけを見て、私とあなた、二人だけの世界ならば命が散ることもなくただ幸せだけがあるでしょう」
召し使いは言った。
「あなたと二人だけの世界には、あなたと私の二人だけ、死の世界と変わらないことでしょう」
魔女は言った。
「ならばあなたは何を望のか?あなたを殺したくない私は何をすればいいのか?」
召使は言った。
「私はあなたの耳が欲しい、魔物の声を聴ける魔族特有の耳が欲しいのです」
魔女は言った。
「ならば私があなたの耳となりましょう、常にあなたの傍にあり続けあなたの耳となりましょう」
魔女が聞き召使が話す。召使の言葉は魔物達の心を動かし、魔物達は勇者が通る道を開け、勇者はその道を通り魔族達の懐へと軍を進めた。
~魔国都中央図書館所蔵、《勇者の召使――国営魔力保有生物生態学研究部創設者――》第十三章より抜粋~
「何故俺達が戦わなければいけないんだ」
勇者が言うと召使は黙って首を振る。
「私はもう戦いたくはないのです勇者様。あなたがいなくなれば魔族が四国を統一し、争いは無くなるでしょう」
召使はそう言って剣を振り上げる。何故戦わなければならないのかと再度問いかけるも返答はなく、防戦一方の勇者を見かねた騎士が間に割って入り召使を盾で殴り飛ばした。
「やめろ!」
勇者が追撃をかけようとする騎士の腕を掴んでそれを止める。
「あなたは勇者なのだ!一人にこだわり敗北することは許されない勇者だ!それを忘れてどうするか、所詮は召使、いなくても代わりのいる存在だがあなたにはそれがいない!!」
騎士の言葉に勇者は苦悶の表情を浮かべながらも剣を取り、一太刀の元に召使を切り伏せる。
「……仇は必ず取る、たぶらかした魔女は必ず俺が殺す」
~人間国王立図書館所蔵、《勇者の物語~三国を救った者~》第二部七章より抜粋~
四国の内、無人国の勇者時代に関する歴史認識は他の三国と大きく隔たりがある。
まず魔族と魔人種が同一視されていることがあげられる。他三国では魔族は四国共通の正体のわからぬままに終わった敵性人種であると認識しているが、無人国においては魔族は魔人種と同一の存在であり魔人種のことは魔族の子孫であると語られる。
次に俗に勇者一行と呼ばれる勇者と共に旅をする面々が違ってきている。他三国では一行は勇者、火の巫女、水の巫女、土の巫女、木の巫女、法の神子、魔女(魔族とも呼ばれる)、召使の八人であるとされているが、無人国においては魔女は一行では無く単なる魔族であり、代わりに騎士と呼ばれる無人種の女性が語られている。
そのため召使と魔女の恋物語は他三国では苦悩と純愛の美しい物語として知られるが無人国においては魔族にたぶらかされる弱気な男の話になり召使は勇者の手で殺されたとされる。
本レポートは他にも些細な差異から推測される無人種の考え方をまとめるものである。
~連合国中央書庫所蔵、《四国の勇者時代の歴史認識から推測される無人種の民族性》序文より抜粋~
「……知ってるような気でいたけど一回読んでみると印象変わるもんだな」
「私は《雄也》が読んでいなかったことにびっくりだわ」
雄也が言うと水奈がそれにツッコミを入れる。大体この二人はいつもこうして喋っている、早苗は昼寝、千春はずっと魔術について書かれた本を見ている。私はそれを見ながらもやもやとしたものが胸に満ちていくのを感じていた。
「ヒナはいつも暗い顔をしていますね、そんなに彼らが心配ですか?」
ぼそりと耳元でつぶやかれる言葉。騎士である彼女、クルスは私をここに縛り付ける。いや、私の持っている火属性魔術をほとんど魔力消費なしで使えるという能力をここに縛り付ける。
ここに来た時、雄也は勇者なのだと言われて舞い上がった、いや、私も勇者と一緒にいた四人の巫女の再来なのだと言われて少し舞い上がってしまっていた。物語の登場人物のような気になって、もう元の世界に帰れない、お母さんにもお父さんにもお姉ちゃんにも会えないと、とても理不尽なのだと気付いた時にはもう遅かった。
何人もの魔族を殺してしまってから中山君や田中君みたいに戦いに参加しなければよかったのにと後悔した。
そのことを言うとクルスはあなた方に自由は許されないのだと。あなたがもしもそのことを勇者達に言うのならば私は勇者達もあなたも殺すと、何も言わずに逃げたならば勇者達を殺すと、私とあなたでは相性が悪いからあなたは私に勝つことはできないと。
それまで仲良くしていたクルスの本質はあくまで国に仕える騎士であり、そのためならば非情にもなれる存在だと知った。
私に使えるのは火の魔術と破壊の呪術だけ。壊すしかできない私の能力は雄也たちを守ることができない。そして杖や何かからの大規模な攻撃手段しか持たない私はクルスが近づいて来たらクルスを殺せても自分も巻き込まれて死ぬ。
「……あなたのせいでね」
「それは心外ですね。あなた方はもう後戻りが許されない位置に来ているのにそういうことを言うから私は戻れませんよと告げているだけです。シノブやタイシは逃げ遂せたでしょう?」
「でもいずれは詰めていくつもりでしょう?」
「まぁ、人数が足りませんからね」
今の勇者一行は人数が足りない。それは当たり前のことだ、だって二人も何の能力も見られなかったからといって賢く逃げ遂せたのだから。本当は少なくとも一方は何か能力があったことだろう、法の神子として法術に関するそれを持っていた筈だ。
きっとこうやって一度逃がすことで再会と説得のエピソードを作り上げるつもりだ、時々魔物の討伐に行かせたりするのも民衆の間での勇者の株を上げるため。私のせいで巻き込んだ二人を結局戦いの場に巻き込まなきゃいけない。クルスに話さずに最初から雄也に話していればと後悔が止まらない。私の破壊の呪魔術は壊したいものほど壊すことができない。
「おーい《妃奈》、これさぁやっぱり田中と……あと誰だっけ?とにかくあの二人が法の神子と召使なのかなぁ」
雄也が呑気な表情で私に聞いてくる。さっきから少しづつ聞こえていたところによると二人の居場所を探ろうかということになっているらしい。止める為に違うんじゃないかと嘘を吐きたいところだけどクルスの視線がそれを赦してくれない。
「……そうでしょうね。」
「じゃあ、探そうぜ二人のこと」
探すのは二人のことだけ?そう聞きたい気持ちもあるけれど私は口を閉じる。雄也は元の世界からいわゆるハーレムのようなものを作っている、水奈も早苗も千春も最初は顔がいいからか寄ってきていて私は三人の仲裁のために幼馴染の義理でいた。雄也は私も雄也のことを好きだと勘違いしているらしいが別段そんなことはない。
行く先々で女の子に手を出して、勇者という肩書に寄って来る女の子達が自分の求心力やカリスマ力で寄ってくるのだと本気で信じているらしい雄也をどうしたら私が好きになれるのだろうか?残っているのは幼馴染としての義理と水奈達との友情だけで好意の類は親愛の情も含めて気が付いた頃には欠片もなくなっていた。
せめて二人ともまたうまく逃げ遂せてくれれば、勝手ではあるけれどそう思わずにはいられなかった。




