考えすぎて人生に絶望します。
終わった。私の平凡幸せライフは少し日が傾き始めた昼下がり頃に終わりが確定した。
リコリスさんからの突然の告白である。リコリスさんが恋愛するのは勝手だけど私はやめて欲しかった。リコリスさんが一般的に超優良物件なのはわかる。性格よし、収入よし、見た目よし。世のニート達が涎で池を作るぐらいの位置にいる。
ただやっぱりどうしても回避できないほどに目立つ。恨みを買うし、勇者達の目に付きやすくなるし、受付業務から外され……外されるのはいいか、私の魔物に関する知識はただの魔物にちょっと詳しい人とは一線を画すから仕事はある筈だ。だけど目立つしカケル達のこと話さなきゃだし……
……待てよ。リコリスさんと結婚する場合について考えるより前に、結婚しない方向に持っていくことを考えるべきだ。まだ詰みではないと信じて。
冷静に考えるんだ。まずリコリスさんに対して弱い理由を考えろ。
それはギルド職員であることだ。これは最悪転職すればいいし、別の支部に転属するという方法もある。国を跨げば流石に大丈夫だろう、小国は心配だし、獣人種の国や精霊人種の国は差別に会うかもしれないが連合国ならそんなこともないだろう。
だが支部長がいる。転属願いを受け取ってくれる気がしない。それでも逃げようと安定した給料を失った私はカケル達を庇いきれずに見つかり、犯罪者になり……極刑。
となればギルド職員はやめられない、少なくとも収入はこれ以上減らせない。
王都の教授を訪ねようか。スイカもカイトも教授と関わったのがきっかけだし卒業する時もこのまま助手をしないかと誘われたし、雇ってくれるかもしれない。それに教授ならカケル達の許可もとれる筈だ。勇者達に会う可能性は多少上がるが勇者達が魔物の生態に興味があるわけがない。目立つような論文を出したりしないで大人しくしていればいいだけだ。ギルド職員程安定した職業なんて騎士ぐらいしかないのだが、まぁそれぐらい妥協しよう。
それで行こう、王都にいればもしかしたら第六王子も少しは味方してくれるかもしれない。
リークの街を去るのは少し悲しいものがあるが、誰か好きな人がいるわけでもなければどこかお気に入りの場所があるわけでもない。ただ、スイカは不定形だし、カイトはネズミサイズだし、スズメはひき肉だしでいいけど、カケルはそうは行かないから出発するのが難しい。学校にいた時は小さかったから良かったが今は私が乗れてしまいそうな大きさに成長してる。
あれ、そうなると私はこの町から出ることができないんじゃないか?図鑑は捨てられない、カケルも当然捨てられない、捨ててもいいスズメは大丈夫なのに何という理不尽だろう。
行く時にカケルが見つかったら、私は犯罪者になり……極刑。
……終わった。私の平凡幸せライフは日が落ちると共に終わりを迎え、日が昇るころには私の道は絶望しかない。でも物は考えようかもしれない。もし勇者達が何らかのきっかけで私の能力を知ったとして、その時私に現地の奥さんがいたら私がここにいて戦わないための理由になるかもしれない。
結局どうしよう。訳の分からなくなった頭を抱えて私は夕食だけはしっかり取って寝た。夕食の時、今朝のパンの残りを齧ろうとしたら半分以上スズメに食い散らかされていたので、スズメをひたすらサンドバックにすることもした。ついでに一応約束なのでイレイスさんにクッキーも作った。念のため小袋で五つぐらい用意したがまぁそれだけで寝た。
さて、日は昇って朝である。今日はもうやる気が無かったので自分からスイカに飛び込み、カイトと一緒にナッツだけポリポリ齧って朝食にして出勤した。カイトがそっとあの発言はスイカには言わない方がいいですよねと言われたがもういいよ、どうでもと答えた。
仕事は素晴らしい。無心になれる。決まった台詞を言い営業スマイル、水晶と依頼書を受け取りながら営業スマイル、水晶と依頼書を返して営業スマイル、また決まった台詞を言いつつ加護魔術をかけ営業スマイル。
営業スマイルは仮面だ、私の見せたくない部分を覆い隠してくれる。イレイスさんが逆に怖いと言ってきたがお客様には好評のようである。心なし一人当たりにかかる時間が短く済んでいる。
そして昼休みと化す昼下がり、イレイスさんが困惑したような顔で話しかけてきた。
「シノブくん、笑顔が輝きすぎてて気持ち悪いよ?いつもの三倍笑顔だもの。もう少し自然な笑顔を心がけて……」
「クッキーいります?」
「いる!」
イレイスさんは小袋をサッと開けクッキーをかじり出す。イレイスさんを黙らせるのにこれ以上の手はない。
私は昼食を取りながら改めて先のことを考えていた。一度寝たからか幾分冷静になれた、教授に先に会いに行き、手続きをしてからカケルを連れていくという手もある。
いきなり結婚とはならない筈だから、付き合うことにして嫌われるよう仕向ける手もある。気まずくはなるが受付業務から外してもらって裏方に回ればいい。
しかし、付き合う前の段階で嫌われるのはいけない。そうすると業務から外してもらう理由には弱い。その気まずさは他人にはわからず非常に苦しいし、私のせいでリコリスさんがこの街から去るかもしれない。
後者はちょっと厳しいかもしれない、やるなら前者か。明日にでも手紙を出そう。うまく行けば一か月強で王都に行ける。うん、これなら行けそうな気がする。流石にそうなればリコリスさんも諦めるだろうしそもそもそこまで私と結婚したがっているかどうかという話もある。
「そういえばシノブくん。湖の方に流れた大物が来たんでしょ?」
「かもしれないです。今度調査隊を編成するようで魔物討伐課の職員から一人二人が冒険者に同行するだろうって課長は言ってました」
朝来た時に課長に言われたことだ。お前は受付だからたぶん対象外だろうがと前置きされて言われた。
どうせ課長が行くのだろう、知識として網羅している種の数は私の方が断然多いが課長は生きた魔物をこれでもかと見ている。経験で課長は私の遥か高みにいる、冒険者の過去は無いが調査隊としての経験からCランクに手が届くかどうかぐらいの強さもある。
「へー、どんな魔物だろうね?」
「そうですね……オークキングとかヒノワグマなんかじゃないでしょうか」
オークキングは普通のオークより弱い。オークは一見イノシシの獣人種のようだが知性も理性もない魔物、つまり私が話せない魔物、そしてスイカよりもカイトよりもカケルよりも、さらにはスズメにさえ負ける頭の弱さを持っているのだ。
オークキングの弱さはさらにその上を行く。オークキングは通常のオークより二回り大きく、その拳は岩をも砕く。だが魔力量が通常のオークと変わらない。
そもそも魔力を意識的に操る知能がなく、何かを殴ろうと力を込めると魔力が勝手に拳に集まるオークはその間、体内の魔力の密度が薄くなり、呪術が非常に効きやすくなる。私なんかの魔術と併用しないと効果を成さない呪術でも機能が一時的に滞るぐらいのダメージを与えられるだろう。
しかしオークキングはその遥かに下を行く。私なんかの呪術で頭が吹き飛ぶ、腕に当たれば腕が爆砕、魔力が集まっている筈の拳でさえ指の二、三本なくなる。そもそもの魔力が薄すぎてインパクトのその場所ピンポイントにしか魔力がない。呪術を付加した剣なんかで斬ると漫画みたいに斬れる。
それでもキングと呼ばれるのはそんなオークキングが二百を越えるオークを連れているからだ。図体が大きいだけでオークキングはキングになる、是非とも弱肉強食の上にカリスマ性や知性まで問われるキングサーモンを参考にして欲しい。そんなんだから食べ物がある場所を求めて各地を転々としなければいけないことになる。あえて残しておくということも考えて欲しい。
オーク単体はDランクだかオークキングが連れてくるオーク達はBランクとされる。数の暴力が酷いのだ。まず幼稚園児が保母さんに群がるように一斉に群がり、ひたすら殴る。時には目の前の仲間も殴り脳味噌をぶちまけ、その死体を乗り越えて殴りかかる。囲まれたら最初の一撃で死なない限り生きるにしても死ぬにしてもオークの脳味噌を浴びまくることになる。
湖にはロンリーアリゲーターというBランクの魔物がいる。ワニなのに縄張り意識が強く、同姓の個体を縄張りの中に入れることはなく、他の個体の縄張りには異性でもなかなか入りにいかない。ぼっちだらけの種だ。
そんなロンリーアリゲーターとオークキング達が遭遇するとどうなるか。フルボッコである。もちろん被害はオークの方が甚大なのだがロンリーアリゲーターは湖を追われることになり、そのロンリーアリゲーターに追われた別の種が、更にその種に追われと弱いゴブリンなどが町の近くにまであふれる。
同じ様な現象を起こしかねない一種、ヒノワグマはオークキングとは違う意味で危険な魔物だ。多分ツキノワグマを知っている人はヒノワと言うと日輪を想像するだろうと思うがヒノワグマの場合は火の輪だ。内部に保有する魔力が火の属性を持っているらしくまず威嚇で吠えるとヒノワグマの体から炎が迸る。それは輪のような形で地面に残る性質を持つ呪術的要素も持った炎で、その炎が名前の由来。
獲物を狩ろうとする度に吠えるので周りが火事になり獲物がなくなり移動することになる。
しかもヒノワグマ、炎は完全に威嚇専用で獲物を仕留める時はボクシングのようなスタイルを取る。
まず距離を詰めて素早い左のジャブで牽制、相手がまともに考える余裕がなくなるように時折ワンツーやフックを交えて追い詰めたらあえてほんの少しの隙を見せ、誘い込んで凶器の爪で抉り突く。
ヒノワグマのこの攻撃は家計が非常に助かった騎士団のプレートメイルも容易く貫き、竜種でも受け止めようとしたら死ぬとまで言われ、ヒノワグマの攻撃の型を基本とする流派ができたほどである。まぁ……最終的にヒノワグマの凶器攻撃を模倣するための理想的な凶器を作る鍛冶屋の工房になっているらしいが。
ちなみに、もしオークキングとヒノワグマが遭遇した場合どうなるかというと、まずヒノワグマが吠え、オーク達がヒノワグマに殺到、たどり着く、その前に威嚇の筈の炎に焼かれる。威嚇だけでオークは全滅することになる。残念にも程がある。仮に辿り着けてもジャブで爆散するのだから無理だろう。ヒノワグマはフットワークも軽快でオークよりも大柄、間合いを取るのが非常に上手いという話だ。
とにかく、だいたいその辺りの魔物が来ているのだろう。オークキングもヒノワグマも生態系を歪めかねない危険な魔物だ。調査隊が派遣されたら次は討伐隊が編成されるに違いない。
「そうなんだ、やっぱりリコリスさんが戦うのかな?」
「まぁ十中八九リコリスさんに依頼が行くでしょうね。サポートはBランク魔術師のブラングさんとか弓士のケインさんじゃないですか?」
「うーん……リコリスさんならサポート要らないんじゃないかなぁ?」
この時の私は迂闊だった。今朝リコリスさんが来ていないこと、リコリスさんが明日も家に来るとは言っていなかったことを忘れていた。ギルドならば安全であると、謎の感覚に陥っていた。
覚えていたならこう話に入りやすそうな話はしなかった。自分の名前が出ていればいくらギルド内の仕事の話とはいえ入ってこれる。
「私がどうかしたんですか?」
気が付いた時にはすでに遅く、私の受付の前に淡い黄色のワンピース姿のリコリスさんがいた。何故か背中に斧がない。斧があればもしかしたら気付けていたかもしれないのに。というか気が付いたらいるってどういうことなんだろう。
「今度リコリスさんに大きめの討伐依頼がくるかもしれない話だよ。ところで今日はどうしたの? 斧は?」
イレイスさんがリコリスさんをあろうことか受付の中に入れてしまう。なんということだろう、受付の中にいたら逃げようがない。仕事に戻っても受付の中だと近くにいすわられてしまうかもしれない。
「あ、気づきました?」
普通なら気づくだろう。身の丈より大きな斧がなくなってるんだから。流石にそんな目が節穴な人はいない。多分いない。
「小さいのにしてみたんです」
チラりとリコリスさんが私の顔を見て小さくはにかむ。そしてふと視線をずらせば腰に小さい斧と鉈が両脇にそれぞれ一本づつ計四本。
とりあえずリコリスさんに一つ言いたい。
凶器の数が増えただけならいざ知らず、斧と違って簡単に取回せるような武器の方が当たり前に考えて怖い。さらに言えばカバーに血のような跡がある。まだ仕事に使っている筈の大斧なら納得いくが普段小型の斧や鉈を持ってギルドに来たことはなかったはずだ。その血はいったいどこで付いたのか。
「その方がワンピースに合ってるけどどうかしたの?」
イレイスさんはやっぱり血には気づいてない。というかお願いだから助けて欲しい、私に奥に行ける用事を下さい、受付の人間には基本的にそんなものは無いけれど。
「怖がられちゃうかもしれないじゃないですか」
だから結局怖いです。と言いたいけど言わない。言うのも怖い。それとさっきからイレイスさんと話しつつ私の方を見てくるのもなんか怖い。
「特に好きな人とかには怖がられたくないです」
もはやイレイスさんと話しているはずなのに私の方に視線が固定されている。自然な笑顔がこんなに恐ろしいとは思わなかった、営業スマイルの方が壁を作れるという持論が崩壊しそうな生きようという本能を揺さぶる根源的な恐怖を感じさせる。
そしてなぜイレイスさんは気づかないのか。なるほどねーじゃないと思う。私はイレイスさんの頭にも納得いかない、二十代後半から三十代前半の筈なのにおかしい。とりあえず視線が合っていないことに疑問を抱いて欲しい。
「もし、その好きな人が例えばですよ? ギルドの、魔物討伐課の朝から昼の時間帯の受付の同年代の人で魔物の血でまみれた私とかを見て知っている人だったとしても日常ではまた別ですし」
確かにそれはそうですけどやっぱり怖い。もう名指しみたいなものだし、直接言ってくれた方が……いや、やっぱりそれはそれで辛い。絶対に逃れられなくなる。
「まぁそのせいで手ぶらだ殺れると思われたのかさっき同業者に襲われちゃったんですけどね。」
「今月はもう二回目だよね。今度は誰?」
「いつもの人です。ダンジョンの……今日もお前がいなければ僕がナンバーワンなのにって来たので鉈でビンタしてきました」
その人の血なら納得がいく。私が赴任する前年にSランク冒険者がいなくなり、リーク所属の冒険者の一番上はAランクになった。ダンジョンの人は話したことはないがダンジョン専門のAランク冒険者。神に愛された高レベルの法術師。
ことあるごとにリコリスさんを襲いその度に返り討ちに会う。イレイスさんと同じ見た目は大人中身は子供の残念な人だ。
「あー……じゃあまた被害届は出さないの?」
「はい。ダンジョンの人は相性いいので負ける気がしませんから」
「ところでこのクッキー食べなよ、美味しいよ。」
イレイスさんが食べかけのクッキーの袋をリコリスさんへ差し出す。このままゆっくり二人でつまむ女子会ルートは避けたい。
「イレイスさん。そろそろ仕事に戻りましょう。リコリスさんの分のクッキーは別にありますし」
私は時計を指差し、クッキーの小袋をリコリスさんに渡して受付内から出てもらう。これでいい、当面の危機は去った。
「最初はイレイスさんの分だけだったんですけど作りすぎたのでどうぞ」
なるべく素っ気なく聞こえるように言って書類の整理に入る。リコリスさんの性格なら多分、受付を塞ぎ続けることはない。実際クッキーをサクサク食べながらギルド内に置かれたベンチに座った。視線は一切私から動かない怖い。
今出ている依頼の多くは湖の方向から来る魔物達の討伐、加えて足止めのための罠の設置や規模の調査なんかもある。
しかし、討伐報告の方はあまりない。こういう異常発生の際は早期の対応が求められるため重要度が高く普段より報酬は割高になっているのだが、普段よりも若干危険度が高いからか依頼を受ける冒険者の数はそんなに多くない。やり過ごそうとするか街の近くに来る弱い魔物をサクサク狩る人が多い。この町からリコリスさんがいなくなると本当に色々と危うくなる。主に支部の利益がだけど。
そして、今そのリコリスさんはと言えば連日休んでしまっている。リコリスさんが高ランクの魔物を数体倒してくれるだけでも他の冒険者達の危険度は下がり割りはさらによくなって他の冒険者達が依頼を受け易くなるかもしれないのに。
まぁ、まずい状況ではあるけれどうちのギルドには最終兵器の支部長がいるので本当に問題になる前には片が付く。いざとなったら王都の支部から派遣される冒険者もいるだろうし。
とりあえず今日私のやることは決まっている。定時になったら速やかに家に帰り、骨ばってるカケルに縋りつきながら気が済むまで鬣に顔を埋める。
そう考えていたのだけどリコリスさんも帰って定時になる前にまた面倒なことが起きた。
「やぁシノブくん、頑張って仕事してるかい?」
聞きたくない声の主が私の肩にぽんと手をおきながら話しかけてきた。
「……支部長、どうされたんですか?」
手には一見何も持っていない。しかし服の中には何があるか判別できない、なんといってもあの支部長なのだからなにか嫌がらせをしてこないわけがない。そんなのスズメがスイカに勝つぐらいあり得ない。必ず何かある。
「ちょっと君にしかできない仕事をね。先方がご指名なんだ」
「先方って……何の仕事ですか?」
少なくとも受付の仕事でないことは確かだろうけど私を指名する理由がわからない。まさか私が異世界人だと知っている類の人達、王族や貴族、または勇者だろうか。そうだったら是非お断りしたい。リコリスさんが嫌なのは勇者の目につきやすくなるからなのだ。
勇者とか勇者と関係が深い貴族、王族は第六王子以外全力でお断りだ。もう首になってもいいから逃げる。それぐらいにお断りだ。
「あるSランク冒険者が来るんだけど、来ること自体は前から知ってたんだけどさ、突然シノブとかいうやつを迎えに寄越せって手紙が届いて。まったく、昔から勝手なんだよねぇ……」
「支部長の知り合いなんですか?だったら支部長が行けばいいじゃないですか」
とりあえず勇者方向では無いらしい、支部長は知らないのだから当然か。支部長と勇者に接点があるわけがない、さすがに戦争の道具として異世界人という不安定なものを使うこの無人種の国もそこまで愚かじゃないと思う。正直魔人種や精霊人種、獣人種の国に連合国の方が酸い気だがこんな人と国が接点を持っていて欲しくない。
そして一つ思ったのは飽きたという理由でパーティ捨てる人が勝手とか言いますか?ということだが正面から言ったりはしない。失職するのだけは本当に遠慮したい、暴言は吐けないのだ。
「知り合いって言うか……元パーティメンバーだからさ。飽きたから抜けるって言った時は殺されかけたりしたからあまり顔合わせたくないんだよ」
「じゃあ殺されてくればいいじゃないですか、どうせ支部長にも迎えに来いって書いてあるんじゃないですか?」
「いや、見ると殺したくなるから顔を絶対に見せるなって書いてあるんだよねこれが。というわけで明日の朝、北門のところで待ってればいいから」
支部長はそう言って訓練場の方へと歩いていった。人がいないとはいえ一応業務中だから受付を空にすることもできないし私はそれを黙って見ているしかなかった。
その後は比較的穏やかで、騎士崩れの社会不適合者さんがまた来て文句を言いに来たので顔面にアースボールをぶつけて縛った後でギルドが連合国発祥の組織でギルド職員は連合国民でもあるため全てがこの国の法律の下にあるわけではないということを懇切丁寧に説明してあげたりしたぐらい。
帰った筈のリコリスさんがこれ、もらってもいいですか?と言ったので本人が了承すればどうぞと言ったところ騎士崩れは私に暴言を吐きながら引き摺られて出て行ったりもしたがまぁ穏やかだった。その後、私が先方の事を調べていたりした間、騎士崩れさんは訓練所でひたすらリコリスさんと立会いをしていたらしい。リコリスさんのワンピースに埃一つつけることすらできずにひたすら訓練用の木製の戦斧で殴られていたんだとか。もうやめたらとある職員が提案したら戦斧からやっぱり木製ではあるけれど大剣に持ち替えて続けたらしい。
違う、斧の使用をやめたらという訳じゃない。
ただ、そんなことはスズメ並みにどうでもいいことなのでそれについて考えることはやめておく、やめておいた方がいいと頭の片隅にいる何かが警告しているような気がする。
とりあえず私はできる限り早く帰って面倒事にしっかり備えるべく泥のように眠りたかった。




