召喚された世界でギルド職員やってます。
居酒屋の中のような若干薄暗い中で、私のいる受け付けは火属性魔術の炎に照らされてその場から浮くぐらいに明るい。文字が読みやすくていいが常に一定の明るさのために時間の感覚が狂いそうだ。
「こちら冒険者ギルド魔物討伐課受付です、本日はどのようなご用件ですか?」
私は受付の前の椅子に座ったいかにも魔術師然とした濃紺のローブの男に決まりきった台詞と一緒に笑みを作る。
確かこの人は冒険者ランクはC、パーティランクはBの火属性魔術師だったか、ここの冒険者ギルドの登録人数は二百人弱で少ない方だが一人一人覚えるには多い。ランクC以上はなるべく覚えるようにしているがそれでも名前とかはどうしても失念してしまう。
差し出された水晶を呪術と魔術の施された金属板にはめ込み、出された依頼書の番号を打ち込んで私の魔力を金属板に注ぐ。これでこの依頼はこの魔術師とそのパーティが受けたということ、そしてその時の受付が私であったことが記録される。
「これで手続きは終了しました、どうぞ行ってらっしゃいませ。あなたに精霊の祝福がありますように」
私はそう言って四属性それぞれの加護魔術を順番に発動する。義務は無いのだが魔力量が人よりも少し多く、死なれるとどうしても後味が悪いので行っている。そのお蔭かこのギルドでの死亡率はここ半年平均よりも少し低い。それでも死ぬ人が出るのは悲しいことだが私にはこれ以上どうにもできない。
今の依頼は夕方に出る魔物の討伐依頼だったため昼過ぎの今受付に来たが、大体この時間は人は来ない。朝受付を済ませ、簡単な依頼なら昼前か、もしくは暗くなり魔物達が活発に行動を始めるようになる前に帰ってくるのだ。野営してまでということもあるがその時はそれなりの依頼が多い。
私は冒険者よりも早く出勤し、大体の冒険者達の受付を済ませ、昼まで受け付けた情報を紙に写し、昼に帰ってきた冒険者達から納品される品や討伐報告を受け、納品された品は担当の職員へパス。日が落ちるまでまた紙に依頼の完了報告を写し、日が落ちた頃に来る冒険者達からまた納品と討伐報告を受ける。そして完全に日が落ちて二時間ほど経つと夜勤と交替し家路につく。
この世界に勇者に巻き込まれてトリップした私は平穏無事で収入も安定している毎日を全うしていた。
最初この世界に来た時のことは細部は怪しいがだいたい覚えている。図書委員をサボったやつにプリントを渡そうと、同じ図書委員のクラスメイトとそいつのクラスを訪ね、プリントを渡そうと近づいたら教室が吐き気のする匂いとスタングレネードみたいな音と光に包まれてこの世界の神殿にいた。
その後、偶然その時クラスにいた男子の一人が魔王を倒す勇者と発覚し、勇者と他にいた四人がチートを持っていることがわかり、一か月調べた限りでは同じ委員のクラスメイトと私は何のチートも持ってないただの一般人だったとされ、王様のせめてもの謝罪ということでこの世界の高校か大学ぐらいにあたる総合学校に三年間通い私は学校を卒業した。
教育を受けられる人の少ないこの世界で学校を出た家族以外の人は大体王都近郊か外国の中心部で働くのだが、王宮の近くやそれなりに大きな街だと勇者に遭う可能性が高いのでかなり控えめにここ、王都から東に大きな街を二個ほど経由しなければいけない中規模の町、リークのギルド職員に就職した。
就職して一年研修を経て、魔物討伐課受付になり半年が過ぎた。この世界に来た時は十二歳の中学一年生だったが今では私も十七歳、だいたい十五から十八で大人とされるこの世界に置いてはもうすでに大人になった。
「相変わらずだけどシノブ君はすごいね。ボクだったらそこまで魔力保たないよ」
隣の賞金首担当の受付に座っている青髪の女性が今受け付けた内容を書き写す私に話し掛けてくる。
「イレイスさんは失礼ですけど魔力の扱いが荒い様な気がします。魔力量ならイレイスさんの方が多いじゃないですか」
イレイスさんは先輩ギルド職員で本人曰く永遠の十六歳、外見年齢二十五歳のクウォーターエルフ。純粋なエルフには劣るものの魔力量はただの人間である無人種の冒険者の倍近くある。私は異世界人で普通の無人種の冒険者に比べたら多いがそれでも倍とまではいかない。一般職の人の大体の平均に比べたら数倍はあるけれど。イレイスさんは更に多い訳で五倍ぐらいはあるんじゃないかと思う。
ちなみにこの世界のエルフは寿命は長い方ではあるが無人種との差は十年ほどしかない。大体寿命は八十とか九十ぐらいだ。
「ボクはそこも含めて言ってるんだけどねぇ。四属性だけじゃなくエーテルまで使えるのは天才とまではいかなくても非凡だと思うよ?」
「そうでも無いですよ、学校卒業した人はみんな使えたんですから誰でも使えるようになる筈です。実際イレイスさんも三属性使えるじゃないですか」
「……シノブ君、ボクはエルフの血が入ってるからだし、学校通えることがまず非凡なんだから結局誰でもできる才能があろうが使える人は非凡なんだよ?」
これだからお子様はとイレイスさんは呆れる。確かにそうだが私はこの人にお子様とは言われたくない、この人は一年前お菓子につられて誘拐されかけたことがある。この人の方が頭の中はよっぽど子供だ。普通大の大人がお菓子につられるだろうか?いや釣られまい。
「そういえば勇者、この前東の国境をまた更新したそうですね」
勇者は四年半でほんの少しではあるが確実に魔王軍から領地を取り戻している。こんな少しだと日本の政治家なら一年で退陣要求されてそうなところだが、この世界の人達は心が広い。もしくはあまり関係無いと思っているのだろう、私もそうであって欲しい。
「そうだね、噂だとパーティメンバーが足りないらしいよ」
「どんなメンバーが足りないんですか?」
「さぁ?」
それで話が終了する。勇者の話は誰にでも切りだせるがいまいち成果が出ていないので盛り上がりに欠ける。パーティメンバーが足りなかろうがもう少し頑張ってほしいところだ。
「……しかし暇ですね」
紙に写し終えるともうすることはほとんどない。送り出した情報の整理はまた別の課の仕事、アイテムの鑑定も別の課、受付の私達は冒険者がその場にいないと仕事がほとんどない。本なんかを読めればいいところだけどあいにくお金にそれほどの余裕がないから持ち出せる様な本がない。
「暇なんだったらこれを飲みなさい。私から何時もがんばってくれている君達への差し入れだ」
柔らかい声にありがとうございますと答えようとして目の前に置かれた液体を見て私は固まった。
緑色で熱くも無いのにぼこぼこと泡が立つ液体、これが魔力を多分に含む薬草のお茶を濃縮した安価な魔力回復薬であるとわかっていてもとても飲む気にはなれないまるで魔女の劇薬の様な見た目だ。
実際味も見た目に準じてコーヒーとかゴーヤの美味しい類の苦みとは一線を画す苦みを持つ。通常は蜂蜜で割るか舌を麻痺させる果実を食べてから飲むものだがこれは原液そのままで果実も添えられていない。もう、拷問である。
「どうした? 私からの差し入れは飲めないのかね?」
ふと横を見ると意地悪そうな赤髪の中年男性の口がニヤァッとあけられているのが見えた。この男が従業員への親切と言う名の嫌がらせに人生を捧げるこのギルドの支部長である。
「い、いただきます」
飲みたくはない、だがどんな奴であっても上司だ。それにかつては冒険者としても名を馳せ、飽きたという理由で若すぎる年齢で引退した今もギルド直営の訓練所の教官としても働いている支部長だ、力づくで飲ませられる。
「すみませんちょっとのどの調子が……」
ごほっごほっとわざと咳き込んで口の中に魔術で作った空気の渦を設置する。これで飲んだ瞬間舌の上をスルーして食道へと運び込まれる。
改めてコップを口に近づけ液体を口の中へと運び込む。液体は舌に触れることなく順調に喉へと運ばれ、壊滅的な苦みを感じることなく飲みこんだ。
「ご馳走様でした支部長」
「うん、喜んでくれたようでよかった。でも、魔力を回復するために魔力を使っちゃ意味が半減するから次は魔力を使わないようにね?」
やはり高レベルの冒険者経験のある支部長が私の動作を見逃すわけもなかったか。明日からはあの果実を持ち歩くことにしよう、そうすればもう今後この嫌がらせには引っかからなくて済む。そう思ったのだが。
「わかりました、気を付けます」
「じゃあもう一杯行こうか」
懐から取り出された瓶からコップになみなみと魔法薬が注がれる。私が何かしらの対抗策をして来ることを見切った上での行為。ほら、意味が半減しちゃったからさという支部長の声に含まれる楽しそうな空気に私は文句も言えない。絶句とはこういう事だろう。
仕方が無いと覚悟を決め、それを飲み干して私は視界が揺れる感覚と共に意識を失った。
起きるとそこにはすでに支部長の姿は無く、この世界では珍しく黒髪の魔術師が私の受付の前の椅子に座っていた。
「おはようございますシノブさん。死神マンティスの討伐及び卵のうの回収終わらせてきました」
にっこり笑顔で言う彼女はこの町でも指折りの冒険者で、ソロでもAランクの実力を誇るエーテル属性主体の魔術師リコリスさんだ。魔術師にしては珍しく武器は斧を使い、魔獣の皮を使ったレザーメイルに身を包んでいる。このギルドには一握りしかいないAランクの実力者だ。
「すみませんリコリスさん、今確認します」
カウンターから出て彼女の持ってきた身の丈ほどもある麻袋の中身を確認する。
死神マンティスは地球のカマキリの様な姿ををしている魔物で体高は一メートル五十から七十ぐらいで死神と言われる所以はその外見が死神らしいことにある。
まず複眼の周囲が落ちくぼんでいて、口元は普通のカマキリより太く、まるで人の歯のように歯が並ぶ。鎌の模様は血が付いたかの如く斑に赤黒い模様が付き、翅は巨大化したためか飛べないがそれを振るわせることで金切音に似た誰もが不快になる様な音を放つ。体色も黒みがかった緑と何処と無く不気味でさらに赤が映える。
だが、死神マンティスは特別外見がグロテスクなモンスターではない。グロいのは確かだけど。そもそもこの世界の魔物はよく見るRPGのような純粋な可愛さや格好良さはほとんどない。だいたいグロテスクで気持ち悪いか、残念かだ。
さて今リコリスさんが持って来た様な卵のうを放置すると死神マンティスが孵る。それ自体は問題ではないが、この地方では元々いない魔物で、死神マンティスを刺激した獲物を追いかけて外から入って来ている。天敵が少ないため居つかれると他の魔物への被害は甚大になる上、あまり人間にとって有益な要素がない。
リコリスさんが渡した麻袋の中には確かに死神マンティスのものとわかる卵のうと、髑髏にも見える不気味な首が入っていた。ちなみにこの首、一部では厄除けとして飾る風習もある。
「間違いなく卵のうと討伐部位の首ですね。お疲れ様でした、卵のうはギルドの方で焼却処分します。報酬は水晶を報酬受付の方に提出して受け取ってください」
水晶を受け取って金属板にはめ魔力を流し、水晶を外してリコリスさんに渡す。
「そういえばシノブさん。イレイスさんが言うには五時間ほど寝ていて、私以外は支部長さんが代わりに受付していたらしいですよ?」
リコリスさんが水晶を受け取りながら笑いかける。ふと気づくとリコリスさんの後ろには誰も並んでおらず、時計を見ると夜勤との交代まで三十分もない、ピークはもう過ぎてほとんど誰も来ていないようだ。
「それ……本当ですか?」
ただ恐ろしいのはそこではない。支部長のせいとはいえ支部長に借りを作ってしまった。一体どんな鮮烈な嫌がらせをされるのか想像するだけでも恐ろしい。今回の様に物理的なものでも恐ろしいし、嫌がる仕事を押し付けられる可能性もある。
「はい。支部長さんにシノブ君に伝えてくれって頼まれちゃいました」
リコリスさんの事情を理解していない屈託のない笑顔が憎い。
それにしてもこのリコリスさん、不思議なのはAランク冒険者にまでなっているというのに職員に対して非常に腰が低い事だ。冒険者の中ではランクが高いほどギルド職員を下と見る傾向が強いのに対等に接してくれている。八割以上が対等に話してくれるのはDランクぐらい、リコリスさんより三つ下のランクぐらいだ。
それは性格の問題なのかそれとも驚くべきことに十七歳で私と同い年であることが関係しているのか。まぁどっちにしても気楽に話せる高ランク冒険者はあまりいないのでありがたいと思う気持ちはある。
「そうですか、それはわざわざありがとうございます。お手数をおかけしてすみませんでした」
原因が支部長のせいで、その支部長が一方的に迷惑をかけた事で、私には罪が無いとしてもギルド職員としてきっちり感謝と謝罪をする。
「謝らなくても大丈夫です。その代り今度一緒にランチしましょう、確か明日はシノブさん非番でしたよね?私も明日は働きませんから一緒にランチです!」
何とも楽しそうに笑うリコリスさんに私も曖昧な笑みを返す。さっきまでに比べて大分はしゃいでいるのが少し無理矢理な感じに見える。
「は、はぁ……」
ではまた明日ですねと強引に言ってギルドから出て行ったリコリスさんの後姿をぽかんとしながら見送ると私はため息を一つ吐いた。
後は大体いつも通りに支部長が適当にやっていた仕事の修正とかをして、夜勤の人と交替し、いつものように家路についた。
夜だというのにまるで日本の都市部のようにように明るい。街灯は火属性の魔術道具のオレンジ色の光でキラキラと輝き、家々にも同じオレンジ色の明かりが灯る。店も夜遅くまで営業しているところは少なくない。そんな感じだから大通りは夜でもカラフルな頭の人々が絶えることはない。この世界の住人の髪色はカラフルだ、ただ白、黒、金は少ない。
こんな風に夜も色々とできることがあるからかギルドは推奨していないが、朝受けた依頼から夕方戻って再度依頼を受けて夜通し動き、朝ギルドが開業すると共にまた依頼を受け……とタイトなスケジュールを組む人もいる。
私は定時に帰る平々凡々なギルド職員なのでそんなきつくてきつくて嫌になるようなことはしない。
ただ魔力を酷使しているという点ではそれなりに重労働なのだが、収入も安定して失職の心配もほとんど無い、命の危険も冒険者ほどはないのだから安いものだろう。
そうこう考えている内に家が見えてきた。中央の街道からは外れた場所に私の家はある。国王から手切れ金のような形で渡された金は、贅沢しなければ一生過ごせるだけの金があったので高校に通うのに使った残りはこの家を買うことに使った。
一軒家としてはそこそこのサイズで、元々貴族が愛人を囲っていたらしいが家が没落し安くてもいいから即金で買い手が欲しいとか言っていたので多少値切って買った。独り暮らしには部屋が多すぎることを除けば悪くない家だと思う。
もっとも、私の場合一人暮らしだが独りだけではないのでこれぐらいで丁度良い。
「ただいま」
タッタッタッと玄関に入ると同時に出迎えに来る足音が聞こえてくる。これで外見がもう少しまともならかわいらしいのに。まともじゃなくてもかわいいので問題ないが。
『お帰りー!』
階段を駆け下りてきたのはいわゆる魔物と呼ばれる類の生物だ。強いて言うなら狼といった感じで、特徴は普通の狼の二倍近い前足とさらに二倍以上の長さがある後ろ足、そしてどれだけ食べさせても一向に太くならない肋骨の浮き出て見える胴体。動体は太らないのに足は太く強靭になるから野生個体に比べて比較的豊かな生活をしているこの個体は通常より余計にバランスが悪く見える。特に大腿部がすごい、鋼の筋肉とはこういうものかという感じだ。
「出迎えご苦労さんカケル」
駆、強靭な足腰でGと同程度に気持ち悪く走る種であるラピッドウルフに私はそう名付けた。
尚、魔物の飼育は国の研究機関が行うレベルのもの。ラピッドウルフはCランクの冒険者がパーティで挑むレベルでソロならAランクに届くかどうかというレベル。私の収入の何倍も稼ぐリコリスさんとタイマンできる。こんな魔物は通常は言葉も通じないし飼うことは国に認められていない。そもそもどんな魔物でも家畜種以外は違法だ。
お帰りお帰りお帰りと家の中から魔物達のねぎらいの言葉が聞こえてくる。私はそれを嬉しく思うと共に不安にもなってくる。
勇者達よりも一足遅く発現したか発言していたのに気づかなかった私のチートは魔物との意思の疎通を可能とする、まるで魔王のような能力だった。しかもこれで働いているのが魔物の討伐依頼を請け負うギルドの、その中でも魔物の討伐依頼を受理する場所なのだからどうしようもない。学校で学んだ分野が悪かった。
まぁそれでも私は平々凡々のギルド職員として生きていくためにこれを隠し続ける。
「……みんなただいま」
それがどれだけ難しいかも解らずに。