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第6話 華蓮

クラブ『華蓮かれん』は、雑居ビルの地下一階にあった。

5時くらいから店の前に貼り付いていた春樹は、いかにもホステスらしい女性が階段を降りようとするのを呼び止め、訊きたいことがあるのだと正面から切り出した。

咲子よりも少し若いと思われるその女は、器用にセットした巻き髪を触りながら、「いいよ。なんでも訊いて頂戴、少年」と屈託なく笑った。


「あの、いくつかの質問の前に・・・今日は咲子さんも、この時間に出勤ですか?」

依頼人と出くわすのはなんともマヌケだ。どうにか避けたいと思い、春樹は予防線を張った。

「咲子? 咲子ですって? 彼女ならひと月も前に辞めたわよ」

「え? そうなんですか?」

「うん。でも、なんでそんなことを訊くの? 咲子の知り合い?」

「・・・」

「込み入った話?」

女はさっきまでの笑いとは別の、密やかな笑いを口元に浮かべ、びっしりと付けまつ毛で縁取られた目で春樹を覗き込んだ。


「ねえ、店へいらっしゃいよ。君の質問にゆっくり答えてあげるから。こんなとこじゃ、話しにくいんじゃない?」

ふわりと甘ったるいローズの香りが漂う。

おいでと手招きする赤いマニキュアの指に吸い寄せられるように、春樹は薄暗い階段をゆっくりと降りて行った。


咲子は辞めていたのか。

なぜ、それを言わなかったのだろう。隠す必要もないものを。

いや、もしかしたら咲子は、重要なことは何も春樹に伝えていないのかもしれない。

そんなことを取り留めもなく考えていると、ふいに「入って」と女の声が飛んできた。

従業員用の入り口と思われる細く簡素なドアを女と共に入ると、雑多なもので溢れた薄暗い小部屋があり、そこにはすでに二人のホステスがソファに身を沈めていた。


化粧と香水の匂い。

年輩の女の方は普段着だったが、一番若い茶髪の女は、豊満な胸の谷間がくっきり見えるドレスに身を包み、組んだ白い足がスリットのせいで付け根まで見えそうだった。

春樹が目のやり場に困り、赤くなってうつむくと、巻き毛の女は面白そうにケタケタ笑い、先に来ていた二人に声を掛けた。


「リツコ姉さん、ミヤコ。可愛いお客さんよ。咲子のことを聞きたいんですって」

「いえ、そうじゃなくて・・・」

春樹は慌てて首を横に振ったが、リツコと呼ばれた40後半に見える女と、ミヤコと呼ばれた20代と思われるドレスの女はムクリと体を起こし、こんな場所に不釣り合いな少年に好奇の目を向けた。


「座りなよ、少年。私は奈津実。リツコ姉さんに続いて古株だから、何でも訊いてよ」

奈津実は春樹をリツコ達の向かいのソファに座らせると、自分もその横にドスンと座ってハーフコートを脱いだ。

こちらも胸元と背中の大きく開いた紺のシフォンドレス。

成熟した大人の肌をわざと見せるための服なのだと、頭の隅でボンヤリ思った後、息苦しさと居心地の悪さに春樹は身を小さくした。


「あ~らら。また奈津実の病気だよ。本当にあんたって若い坊や好きよね。ついに拾って来ちゃったわけ?」

ロングトレーナーにスパッツ姿のリツコが、タバコに火を付けながら苦笑したあと、自分もテーブルに身を乗り出して春樹を覗き込んだ。

「ああ、でも、可愛い子だ」

ハスキーな声でリツコが言う。

「少年。奈津実さんは手が早いから気をつけなさいよ」

他の二人よりも明らかに肌も若く艶やかなミヤコがニヤニヤしてそう言うと、

「馬鹿言わないでよ。この子が訊きたいことあるって言うから、親切に連れてきてやっただけじゃん」と、奈津実は口を尖らせた。


「咲子のこと知りたいの?」

ようやくリツコが本題を口にしてくれたので春樹はホッとし、とにかく用件を早くすませようと身を乗り出した。

「いえ、じつは咲子さんの事ではなく、半年前までこちらにお客として来ていた町田健一郎さんを捜しているんです」

「町田さん?」

ミヤコはキョトンとしてリツコと奈津実をみたが、二人のベテランホステスはチラリと顔を見合わせ、目配せした。


「少年、名前は?」と、リツコ。

「あ・・・天野春樹です」

「春樹くんか」

とっさに言ってしまってから春樹は自分の未熟さに顔を赤らめた。

調査員であることを隠している場合、とりあえずは名前を偽るのが原則だった。


「ねえ、春樹くん。それは咲子に頼まれたの?」

リツコの質問に春樹はドキリとして、しきりに首を横に振った。

「いえ、咲子さんは関係ありません。これは、僕の個人的な事で」

「そうか、咲子に頼まれたのね」

「違います!」

「かわいいなあ。まあいいじゃない。どっちだって」

3人のホステスは心底楽しそうにクスクス笑い、

「もし春樹君が探偵さんだったら、再教育だね」、という奈津実の追い打ちで、春樹は再び顔から火が出そうな恥ずかしさと憤りを覚えた。

「ちが・・・そんなんじゃないです!」

「だったらそんなムキにならなくていいでしょ? 春樹くん。からかっちゃいけないタイプだったかな? 君は」

奈津実はそう言うと、楽しそうに春樹を覗き込んできた。

「さ。もうからかうのはやめるから、何でも訊いてちょうだい、坊や」


悔しかった。

“春樹は未成年だし、風俗店には調査に回らないこと”

“勝手にやろうとしないで、まずは私に相談しなさい”

“一人じゃ無理だから。私が居ない間は、事務所を閉めます”


結局の所、いつまでたっても自分は、美沙の中では無能な子供なのだった。

そうじゃない、一人でやれる、美沙の片腕になれる。

そう思って突っ走る度、すべて裏目に出て、今までに何度も失敗した。

もうこれ以上自分の無能さを思い知るのは嫌だった。

何の価値もないと、悔しくて眠れぬ夜を過ごすのは嫌だった。


「お願いします。何でもいいから町田さんの情報が欲しいんです」

「おお、真剣だね、少年」

ミヤコが茶化す。

リツコはタバコの煙を器用に右側に吹き出し、「どうしようかねえ」と勿体付けて呟いた。


そして奈津実は相変わらず楽しそうに春樹を金魚でも鑑賞するように眺め、

「じゃあさ、ここにチュッてしてくれたら、教えてあげる」と、自分の赤い唇を指でつついてニンマリ笑った。

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