第5話 町田
病院を出てから一時間後、春樹は町田健一郎が勤めていた水島証券の本社ビルの前に立っていた。
個人投資家相手のリテール営業が中心の中小証券ということもあり、自社ビルもわりと小ぢんまりとした印象だ。
先だって電話で、町田が半年前に辞めたことは聞きだしてあったが、さすがにそれ以上は踏み込めなかった。
正攻法としては正面から出向き、彼の顧客を装って情報を聞き出すのが一番だと思ったが、どう転んでも高校生にしか見えない春樹に、それは無理だった。
他に手もなく、春樹は幼さを逆手に取ってみることにした。
「え? 町田さん、会社辞めちゃったんですか? どうしよう、せっかくお金を返せると思ったのに。あの・・・自宅とか教えて貰えませんか?」
春樹は1年前、岡山からこの街に2~3日遊びに来た事のある少年、という設定を作り出した。
JRの駅前で全財産の入った財布を無くした事に気付いた自分は、親切な町田に助けられ、帰るための金を貸してもらった。町田はこの会社の名刺を一枚だけ春樹に渡し、次にこの街に来たときでいいよ、と、笑いながら言ってくれたのだと、受付の女性に話したのだ。
「へえ、町田さんが? ああ、でも、あの人なら有り得るな。すっごく優しいから」
女性社員は思い出すようにやんわり笑ったあと、休憩を入れようとしていた40がらみの太った男性社員を捕まえ、「話を聞いてやって下さいよ、部長」と言って春樹を紹介した。
男性社員の胸には“営業部長 河田”とある。
春樹の代わりに女性社員があらましを説明してくれると、河田は懐かしそうに目を細め、「町田らしい」と呟いた。
河田は事務所の隅に置いてあった丸椅子を春樹にすすめると、自分も向かい側に座り、懐かしそうに話し始めた。
「あいつはそんなところがあったよ。困った人を放っとけないタイプでさ。自分に時間がない時だって、他人に時間を割いてやれる奴なんだ。そう言えば、俺もいろいろ愚痴を聞いてもらったな。たぶんね、君に貸したお金だって、返って来なくていいと思ってたと思うよ」
どうやら、春樹が思いつきで作った設定は、偶然にも町田の人間性に沿っていたようだった。
「だけど半年前に急に会社を辞めちまって、それ以来ぷっつり消息が消えちゃってね。マンションも引き払ってるし、実家とも連絡が付かないし。保険等の事務手続きが終わったあと、気がついたら、だれも連絡先を知るものは居なかった・・・って感じなんだ」
半年前に消えた。
咲子の前からだけでなく、この街から町田は消えたのだ。
難しい調査になりそうな予感がして、春樹は少しばかり気が重くなった。
念のために実家の住所と電話番号を訊いた後、出入りしていた場所があれば教えて欲しいと願い出た。
けれど河田の口から出てきたのは、何のことはない、『華蓮』。
咲子の勤めるクラブの名だった。
「まあ、君にはまだ縁のない世界だな、青少年」
河田は最後にそう言って笑った。
春樹はそのでっぷりと太った気のいい営業部長に丁寧に礼を言って、本社ビルを出た。
振り出しに戻ったかな。
春樹はどこか冬の匂いのする歩道で一つ、ため息をついた。
そこに勤めている咲子自身が何の情報も持っていないのだから、当然収穫は望めないだろう。
けれど、無駄だと思っても他に手は無かった。
もしかしたら咲子以外のホステスに、何か僅かでも情報を貰えるかも知れない。
春樹は、店が開店準備を始める時間を待って行ってみることにした。
調査中、咲子に出会わなければいいな・・・。 そんなことを思いながら。




