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第19話 エゴ

「春樹!」


ゆっくりとこちらに歩いてくる春樹に声を掛けると、その時初めて気が付いたらしい春樹は、ボンヤリした眼差しを上げて隆也を見た。

「ああ・・・隆也」

生気のない、ため息のようなその声に、隆也は訳もなく怒りが込み上げてくるのを感じた。


「ああ、じゃねえよ。どこで何してた。三日も。メールも電話もシカトして」

「・・・ごめん」

「ごめんって事は、やっぱりワザと無視してたんだな。そうなんだな、春樹」

春樹は少し怯えた目を隆也に向けた後、無言でポケットから鍵を取りだし、素早く鍵穴に差し込んだ。


「何だよ。何でそんな目すんだよ。何で逃げようとすんだよ。俺が心配すんのは迷惑なのか?」

「ごめん、隆也。メールや電話のことは謝るよ。心配させてごめん。でも今は・・・ちょっと疲れてて。また、今度話すから」

「なぁ、春樹。お前、何を溜め込んでんだよ。俺にだったら何でも言えるだろ? 俺だってお前が苦しんでるの見てたら苦しいんだ。ここんとこ、美沙さんの所にも行ってないんだろ? メールも返さないって言ってたし。彼女にも言えない事なんだろ? だったら俺に言って見ろよ。俺ならお前のこと、全部知ってるし、言えるだろ?」

「何もないよ。・・・仕事がオフだから、ちょっと一人でぶらついてただけで。携帯は・・・今、調子悪くて・・・返信できなかったんだ」

春樹は隆也を見ようともせず、焦ってでもいるように鍵穴を回した。


そんな春樹の様子を見ながら、隆也はムカムカしたどす黒い感情が、喉元まで込み上げてくるのを感じた。


・・・ああ、こいつはダメなんだ。

腫れ物に触るように接したって、結局最後は自分の中に逃げ込もうとする。殻に閉じこもろうとする。・・・


隆也はドアレバーに伸ばした春樹の手首を、無言で素早く掴んだ

力強くぐいと引き、その体を自分の方に向かせると、春樹は驚いたように体を強ばらせ、音を立ててドアに背をつけた。

「ほら、分かるだろ? 俺がどんな気持ちなのか。言葉で分からないのなら、お前のもう一つの目で見てみろよ!」


とてつもなく酷いことをしているのかも知れないと思ったが、自分を避けようとする春樹を見ていると、先程までの心配がすべて苛立ちに変わってゆくのを止められなかった。

春樹が初めて自分の手から逃げようと本気で力を入れてくるのが、悲しくて腹立たしくて、隆也は更に腕の力を強めた。

「ほら、読めよ。分かるだろ? どれだけ心配してるのか、わかるだろ? 感じるだろ?」


いつも隆也の中にあった、さらりと心地よい優しさはもはやそこにはなかった。

その瞬間流れ込んで来た傲慢な悲しみと憤りは、憔悴した春樹を蝕み、打ちのめした。


春樹は蒼白な顔を更に青ざめさせ、ただ隆也から逃れようと藻掻いた。


「放せ! 手を・・・手を放せ!」


ついには叫ぶように言った春樹の言葉にハッとして力を緩める隆也。

その手を振りほどいた春樹は二度、三度、肩で息をし、ほんの一瞬泣きそうな目をして隆也を見た後、クルリと背を向け、再びエレベーターに向かって走り出した。


フロアに留まっていたエレベーターは、春樹を飲み込むとすぐに閉じて降下を始め、隆也は為すすべもなく、呆けたようにエレベーターの前に立ちつくした。


しんと静まりかえったその空間が隆也を我に帰し、不安に落とし込んでゆく。

春樹の手首を掴んでいた掌が、ひどく熱かった。

ゆっくりと心が静まるにつれ、自分がたった今やってしまった仕打ちがジワジワと蘇ってきた。

その衝動の恐ろしさと、春樹の辛そうな声が胸に染みこんでくる。


愕然とし、震えた。

俺はいったい何をやってるんだ。


主を待っていた部屋のドアが、鍵を開けられたまま、寂しそうに冷たく佇んでいる。

今この手の中で、大切なものをひとつ、握りつぶしてしまった気がした。


隆也は、喉の奥から込み上げてくる後悔と自分への怒りで、しばらくその場から動くことが出来なくなった。



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