第10話 疑念
『町田さんなら、実家のあった大分に帰ったはずよ』
夜になってやっと、リツコに教えてもらった元ホステス、聡美に電話が繋がったのだが、開口一番彼女はそう言った。
どうやらリツコがあらかじめ連絡を入れてくれていたようで、聡美はとても好意的に春樹に協力してくれた。
『私も偶然出身が大分だったから、その事もあって話が弾んでね。咲子と二人で町田さんの田舎の別府の話で盛り上がったの』
「じゃあ町田さんは田舎に帰るから会社を辞めて、咲子さんの前から消えたんですか?」
春樹が訊くと、聡美は少しばかり不思議そうな声を出した。
『ねえ、君はさあ、咲子から町田さんを捜すように頼まれたの?』
「・・・はい」
『それだったら変よね。だってさ、町田さんが田舎に帰ったことを、私は咲子から聞いたのよ。町田さんの実家が売りに出されていることも、町田さんが別の借家に住んでることも。2カ月くらい前かな。街で咲子にバッタリ会ってね』
「・・・え?」
『目の下にアザ作ってたからどうしたのか訊いたら、昔の男に住みつかれちゃったって、苦笑いしててさ。だから、そんな男蹴り飛ばして、町田さん捜して懐に飛び込んじゃいなさいよって言ったの。そしたら咲子が言うのよ。“町田さんは大分に帰っちゃったからね”って。でもまだスッキリ酒もクスリもやめられないから、会いに行けないんだって。・・・ね? だから変でしょ? 咲子は町田さんの居場所を、少なくとも2カ月前までは知ってたのよ』
春樹は言葉が出なかった。
今現在の居場所が分からなかったとしても、大分に帰っていたことを最初に教えてくれれば、そこからの調査はスムーズに行けたものを。
咲子はいったい何を考えているのだろうか。その真意が全く分からなかった。
『まあ、咲子は変わり者だからね。悪い子じゃないんだけど、結局弱いのよ。クスリも、半年前はきっぱりやめてたのに。・・・あ、でもね、クスリって言っても、たぶん脱法ドラッグだから。通報とかしないでやってね』
「大丈夫です。・・・いろいろありがとうございました」
『ねえ、春樹くん・・・って言ったっけ』
「はい」
『町田さんはね、咲子には唯一の光だったのよ。町田さんは優しい人だから、咲子から逃げ出したんじゃないって私は思うの。それだけでも分かれば、咲子は幸せなんじゃないかな。見つけてあげて欲しい。町田さんを』
しんみりと言った聡美のその言葉は、いつまでも春樹の耳に残った。
僕もそのつもりでいます。
そう言おうと思ったのだが、なにか割り切れないものを咲子に感じ、結局春樹はただ礼を言っただけで、電話を終えた。
◇
「暗いっ!!」
春樹の目の前のテーブルに缶コーラをドンと置いて、隆也が言った。
春樹がマンションに帰るとすぐに、この友人はスーパーの袋をひっさげて訪ねてきたのだ。
「例の人捜し、行き詰まってるのか?」
前回春樹に無理やりビールを飲ませたことを反省しているのか、隆也は今日、大人しく一人で飲んでいる。
「行き詰まってるっていうか・・・依頼人が何考えてるのか分からなくて」
「いいじゃん。何考えてたって。ターゲットをとにかく捜して、見つかれば万々歳。見つからなければ『ごめんなさい』だ。割り切っちゃえばいい。変に依頼人の気持ちを考えたりするから、そんなに暗い顔になっちゃうんだ」
春樹はゆっくり顔を上げ、健康的な肌をした生気のみなぎる友人の顔を見つめた。
「美沙もずっと前、同じ事を言ってた」
「そうだろ? あの人もたまには良いこと言う」
「たまにはって・・・」
春樹は小さく笑った。
隆也の美沙嫌いは、少しマシになったのだろうか、と思いながら。
「ところで美沙さん、どう? 今日も病院行ってきたんだろ?」
「いや・・・行かなかった」
「めずらしいな。そんなに忙しかった?」
「そんなこと無いけど、行ったって、なにも話すことないし・・・どうせあと一週間もすれば退院だし・・・」
春樹は言いながら、ほんの少し視線の置き場を探した。
胃の辺りが、ザラリとする。
「ふ~ん」
隆也は缶ビールを口に付けたままチラリと春樹を見たあと、「まあ、どっちでもいいけど」と、付け加えた。
隆也のそんな反応は、こちらの本心を見透かされているような、落ち着かない気分にさせられる。
何を感じ取ってるんだと、隆也に訊きたくなる。
けれどこんな時にはこの友人は決して春樹に触れては来ないのだ。
あの突き抜けた秋の青空、乾いた草の大地に包まれるような安心感が欲しくとも、春樹が自分から手を伸ばすことはできない。
春樹が隆也と友人で居続けるために、自分で作ったルールだった。
「なあ、春樹!」
いきなり目の前にグイと突き出された隆也の顔に春樹はハッとし、我に返った。
「俺もやっぱり人捜し、手伝うよ。この頃ちょっと勉強のほうも余裕あるしさ、なんか手伝わせてくれよ」
「ダメだって言ったろ? 規約に反するし」
「事務所通さない仕事だろ?」
「そうは行かないよ。それに、どっちにしろ依頼人のプライバシーに関わる」
「関わらない範囲で」
「しつこい」
「協力したいだけなんだ」
「これは僕の仕事だし、自分一人でやり遂げたいんだ。隆也にやって貰えることは、何もないよ」
「冷たいな・・・」
隆也は本気か嘘か分からない口調でそう言うと、もうぬるくなったであろうビールをまずそうに啜った。
そして目の前のビールの缶に視線を落としたまま、今度は、静かな優しげな声色で、
「じゃあ、そんな辛そうな顔、するな」と、ポツリと付け加えた。




