手をかける
私は、丁寧なほうだと言われていた。
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訪問介護のヘルパーを、十九年やっている。
途中からサービス提供責任者になったので、いまは計画も書くし、新人の同行にも入る。
それでも、いちばん長くやっているのは、人の家に上がって、四十五分で帰ることだ。
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時間は、細かく決まっている。
身体介護なら、二十分未満。二十分以上三十分未満。三十分以上一時間未満。それから、一時間以上一時間三十分未満。
生活援助なら、二十分以上四十五分未満か、四十五分以上。
この区切りで、値段が変わる。
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四十五分というのは、短い。
台所に入って、冷蔵庫を開けて、あるもので一品つくって、洗い物をして、洗濯機を回して、干して、それから次の家に行く。
移動の時間は、この四十五分に入らない。
入らないので、走る。
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一日に七軒か、八軒まわる。
朝は八時半に事業所で記録を出して、九時の家に入る。自転車で移動する。雨の日は合羽を着て、脱いで、また着る。
家に入る前に、携帯で開始を押す。出るときに終了を押す。その時刻が、そのまま記録になる。
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押した時刻と、実際に入った時刻が、一分か二分ずれることがある。
鍵を開けるのに手間取ったとか、そういうことだ。
ずれた分は、こちらが飲む。
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昼は、自転車を停めたところで食べる。
コンビニのおにぎりを、袋のまま食べる。手を洗う場所がないからだ。
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この仕事は、時間を売っている。
だから、時間の使い方だけが、うまいとかへただとか言われる。
私は、うまいほうだった。
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宮下さんの家に入ったのは、四年前の春だった。
八十二歳。ひとり暮らし。要介護一。
膝が悪くて、長く立っていられない。それ以外は、しっかりしていた。
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最初の日、宮下さんは台所に立っていた。
「お味噌汁だけは、自分で作りたいんです」
そう言って、笑った。
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台所は狭かった。
流しの左に、二口のガスコンロ。右に、まな板がぎりぎり置ける幅の台。
宮下さんは、その台に片手をついて立っていた。膝に体重をかけないための立ち方だった。
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だしは煮干しだと言った。
頭とはらわたを取って、前の晩から水に浸けておく。
朝、それを火にかける。
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娘さんがひとりいて、九州にいると聞いた。
年に二回、帰ってくるという。
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私は、いいですね、と言った。
本当にそう思った。
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訪問介護には、そういう区分がある。
「自立生活支援のための見守り的援助」という。
利用者と一緒に手助けしながら行う調理。そう書いてある。
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研修で習った。
通知の文面も覚えている。括弧の中まで覚えている。
(安全確認の声かけ、疲労の確認を含む)
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一緒にやる、というのは、手を出さないということだ。
横に立って、危ないところだけ見て、あとは待つ。
包丁を持つのを見ている。玉ねぎが転がるのを見ている。転がったのを拾おうとしてよろけるのを、支える用意だけして見ている。
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これは、身体介護に入る。
値段は、生活援助より高い。
制度は、ちゃんとそうなっている。
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それでも、私は代わりにやった。
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理由は、はっきりしている。
宮下さんが玉ねぎを一個切るのに、十二分かかったからだ。
私が切れば、四十秒で終わる。
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十二分の中身を、書いておく。
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まず、冷蔵庫から玉ねぎを出すのに、しゃがむ。
しゃがむのに、流しの縁を持つ。持って、片膝を落として、右手で野菜室を引く。
玉ねぎを取って、閉めて、縁を持って立ち上がる。
ここまでで、二分ほどかかる。
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皮をむくのは、早い。指先は動く。
半分に切るところで止まる。
丸いものは転がるので、押さえる手に力がいる。左手の握力が落ちているから、玉ねぎが逃げる。
二回、逃げた。
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切りはじめてからは、一定だった。
とん、とん、とん、と、同じ間隔で音がする。速くはない。でも、止まらない。
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私はその横に立っていた。
立って、見ていた。
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見ているというのは、何もしていないということだ。
手はうしろで組んでいた。組んでいないと、出てしまうからだ。
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ポケットの中で、携帯が震えた。
次の家の家族からだった。あとでかけ直せばいい種類の電話だ。
でも、震えたことは、体で分かる。
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残りの時間を、頭で数えた。
あと三十一分。洗濯機を回して、干して、風呂の掃除をして、記録を書く。
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とん、とん、と音がしている。
まだ半分だった。
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四十五分しかない。
次の家は、二駅先だ。そこには、朝から誰も来ていない人がいる。
私は玉ねぎを取った。
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「すみません」
宮下さんはそう言って、椅子に座った。
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すみません、と言われたとき、私は否定した。
「そんなことないですよ」
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本当は、そんなことがあった。
私が取ったから、宮下さんは座ったのだ。
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あとから知ったことだが、待つというのは、技術がいる。
黙って立っているのは、動いているより疲れる。
手が出そうになるのを止め続けるというのは、体力を使う。
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私は十九年、動くほうの体力しか鍛えていなかった。
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次の週も、私が切った。
その次の週は、宮下さんが包丁を出さなかった。
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半年ほどで、宮下さんは台所に立たなくなった。
私が来ると、椅子に座って待っている。
「今日もお願いします」
そう言うようになった。
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私は、喜ばれていると思っていた。
実際、喜ばれていた。
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洗濯物も、私が畳むようになった。
最初は一緒に畳んでいた。宮下さんはタオルを畳むのが上手で、角をきれいに合わせた。
でも、畳んだものを箪笥にしまうのに、立ち上がらなければならない。
立ち上がるのに、時間がかかる。
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私は、しまうところまでやった。
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訪問介護計画書には、こう書いてあった。
自立生活支援のための見守り的援助。一緒に行う調理。
私が書いた。
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書いたときは、そのつもりだった。
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実際にやっていたのは、代わりにやることだった。
記録には、そう書かなかった。嘘を書いたわけでもない。
「調理」とだけ書いた。誰が切ったかは、欄がない。
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モニタリングは三か月に一度ある。
ケアマネジャーが来て、変わりないですか、と聞く。
宮下さんは、よくしてもらっています、と答える。
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それは、本当のことだった。
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人の体は、使わないと落ちる。
これは知っていた。研修でも聞いた。
安静にしたままだと、一日に一から三パーセント、一週間で一割から一割五分の割合で筋力が落ちる、と言われている。三週間から五週間で、半分になる、とも。
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ただし、これは寝たきりの数字だ。
宮下さんは寝たきりではなかった。
トイレには行っていた。玄関まで新聞を取りに出ていた。
だから、私は当てはまらないと思った。
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いま思えば、当てはまるかどうかは、程度の問題でしかない。
落ちる速さが違うだけで、方向は同じだ。
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二年目の秋に、区分変更の申請をした。
立ち上がりに時間がかかるようになった、というのが理由だった。
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認定調査の人が来て、いくつか動作をしてもらった。
結果は、要介護二だった。
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担当のケアマネジャーは、妥当ですね、と言った。
私も、そう思った。
実際に、前より動けなくなっていたからだ。
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要介護度が上がると、使える上限が上がる。
訪問の回数を増やせる。時間も延ばせる。
宮下さんは、週三回から週四回になった。
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事業所の売上は、その分だけ増えた。
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所長の河野さんが、その月の会議で言った。
「宮下さん、増えてよかったですね」
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よかった、というのは、宮下さんにとってのことだ。
支援が手厚くなった、という意味だ。
私はそう受け取った。
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いまでも、河野さんがどちらの意味で言ったのかは、わからない。
両方だったのかもしれない。
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介護報酬というのは、要介護度が高いほど高くなる。
だから、利用者の状態がよくなると、事業所に入る金は減る。
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これは、制度が始まったときからずっと言われてきたことらしい。
あとから、状態を維持したり改善したりした事業所を評価する加算が作られた。
作られた、ということは、それまでなかったということだ。
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私は、それを知っていて働いていた。
知っていて、何も考えていなかった。
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訪問介護には、やってはいけないことが山ほどある。
草むしりはできない。庭木の手入れもできない。
大掃除はできない。窓拭きも、換気扇の掃除もできない。
ペットの世話はできない。
利用者本人以外の、家族の分の食事は作れない。来客のお茶も出せない。
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全部、覚えている。
断る言い方も覚えている。「それは介護保険では、できないことになっていまして」
何百回も言った。
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やってはいけないことの一覧は、こんなにある。
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やりすぎてはいけない、という項目は、その一覧にない。
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法律のほうには、書いてある。
介護保険法の第一条に、こうある。
尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、と。
第二条には、保険給付は要介護状態等の軽減又は悪化の防止に資するよう行われる、とある。
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条文には書いてある。
できないことの一覧には、書いていない。
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私は、一覧のほうを覚えていた。
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三年目の一月に、宮下さんが転んだ。
トイレから戻るところだった。
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あとで本人から聞いた話を書く。
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夜中の二時ごろだった。
トイレの電気を消して、廊下に出て、壁を伝って戻ろうとした。
壁と箪笥のあいだに、三十センチほど、つかまるものがない場所がある。
そこを、いつもは一歩でまたいでいた。
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その夜は、またげなかった。
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宮下さんは、なぜまたげなかったのかを、うまく説明できなかった。
足が上がらなかった、とだけ言った。
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三十センチというのは、またぐ距離としては、短い。
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大腿骨の付け根を折って、手術をして、入院した。
入院は三か月になった。
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その三か月で、宮下さんは歩けなくなった。
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手術そのものは、うまくいったと聞いた。
翌日からリハビリも始まったという。
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それでも、病院のベッドの上にいる時間のほうが、圧倒的に長い。
台所はない。新聞を取りに行く玄関もない。
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安静にしている人の筋力が、一日に一から三パーセント落ちるという話は、このときのためにある数字だ。
三か月ある。
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私は見舞いに一度行った。
宮下さんは、ベッドの上で膝を立てて、看護師さんに数を数えられていた。
いち、に、さん、と数える声がして、宮下さんが息を吐いていた。
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その日、私は四十分いた。
仕事ではないので、時間を計らなくてよかった。
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退院してきたとき、宮下さんは車椅子だった。
要介護四になっていた。
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訪問は週六回になった。
入浴の介助が入り、排せつの介助が入った。
時間の区分は、いちばん長いところを使うようになった。
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私は、前より長く宮下さんの家にいるようになった。
台所には、誰も立たなくなった。
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こういう状態を、廃用症候群という。
生活不活発病、という言い方もする。
動かないから機能が落ちる、というだけの話だ。
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調べていて、ひとつ気づいたことがある。
この病気には、国の定義がない。
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診断名としては使われている。介護の現場でも使われている。
でも、どこからがそうなのかは、決まっていない。
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決まっていないので、いつ始まったのかも決められない。
いつ始まったのかが決められないなら、誰のせいなのかも決められない。
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去年の秋、事業所が表彰された。
市の、在宅サービスの何かだったと思う。
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利用者からの感謝の手紙が、何通か読み上げられた。
そのうちの一通が、宮下さんのものだった。
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いつも助かっています。ありがとうございます。
それだけの、短い手紙だった。
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私は、その字を見た。
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四年前、宮下さんは訪問記録の確認欄に署名をしていた。小さくて、線の細い字だった。
手紙の字は、大きかった。
一文字が枠からはみ出していて、線が震えていた。
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握力も落ちる。
当たり前のことだ。使わなければ落ちる。
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私は、その手紙を最後まで聞いた。
拍手をした。
*
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今年の四月から、二年目の子と組んでいる。
まじめな子で、時間を守る。
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この前、新しい利用者の家で、その子が言った。
「これ、私がやったほうが早いですよね」
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そうだね、と私は言った。
言ってから、口をつぐんだ。
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通知には、こう書いてある。
利用者と一緒に手助けしながら行う調理。括弧、安全確認の声かけ、疲労の確認を含む。
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疲労の確認、というのは、疲れているかどうかを見る、ということだ。
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私は、宮下さんの疲労を、一度も確認しなかった。
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確認する必要がなかったからだ。
疲れることを、させていなかった。
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手をかける、という言い方がある。
世話をする、という意味だ。
私は十九年、それをしてきたと思っている。
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辞書には、もうひとつ意味が載っている。
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長い作品も読みたい方へ
代表作『善き隣人』(全13章)があります。
築四十年の団地。壁の向こうの泣き声。記録をつけはじめた女の話です。
https://ncode.syosetu.com/n0138ms/
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なお、本文の執筆には生成AIを使用しています。構成・設定・事実確認・最終稿の判断は著者が行っています。




