表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

終章 開花

空に浮かぶ蛍の数は、年々、確実に減ってきていた。

けれど人々はそれを「偶然」と呼び、数字を並べて安心し、気づかぬふりを決め込んだ。

誰も見上げない空には、もう、還る魂など残っていないというのに。


氷室山の中腹。

少女が転落死したとされる崖のふちに、赤黒い染みがまだ残っている。

澄みきった日差しがそれを照らすと、岩肌の色とも区別がつかない。

誰も気づかない。気づいても、見なかったことにする。


かつて蛍が舞ったこの地は、いまや、何の面影も残していない。

爆ぜた肉片は空に還らず、ただ土に吸い込まれ、骨だけが音もなく沈んでゆく。


夢の思惑通り──あの事件は“事故”として処理された。雪で足を滑らせたことによる転落死。


教室で未来の名前が呼ばれるたびに、一瞬の沈黙の後、重苦しい雰囲気が漂うようになった。

しかし、誰一人として夢を咎める者はいなかった。


当然だ。夢は、未来に無理やり連れられて巻き込まれてしまっただけの、可哀想な“普通”の少女なのだから。


夢は今も“普通”を演じている。

小さな声で挨拶をし、無難な言葉を並べ、一日、一日を生きている。

けれどその目は、鏡に映せば正体を映す。

乾ききった炎の奥で、誰の声も届かない何かが、じっと瞬いている。


あのじくじくした痛みを、彼女が感じることは、もう、無い。

彼女はもう、何も感じていない。

哀しみも恐怖も、まるで他人のもののように、彼女の耳元を通り過ぎていった。


今日もまた、氷室山には、ひとりで山を登る少女の姿がある。

リュックには小さな水筒。首からは鈴。

彼女はまだ、誰も信じて疑わない年頃だ。


道の途中、木陰で誰かが待っている。

声をかけると、あちらも笑った。

柔らかな声だった。


「…迷子?」


「うん…」


くすん、と鼻を鳴らす少女に夢は目線を合わせる。


「じゃあ、一緒に行こうか。」


少女は、少し戸惑いながらもその声に頷き、そっと歩み寄った。

その背中に、誰も知らない世界の匂いが漂っているようだった。


──その直後、遠くで鳥が飛び立つ音がした。

山は何も言わず、空は今日も静かだった。


そしてまた一つ地上に、赤い花火が咲いた。


来年も、そのまた来年も。

夢にとっての火薬が尽きるまで、花火は咲き乱れるのだろう。


冬──到来である。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

どうか皆さまは、夜空に咲く花火を存分に楽しんでくださいね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ