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会いたかった

母が死んで、誰かもわからない侍女に育てられた。


覚えている。私を一番いじめた女。私を産ませた女。いつでも、狂っていた。


淡々と育てられ、立てるようになった頃。染め粉で髪を赤くされ私は、母親に紹介された。


「陛下。あなたの子供ですよ。」


そう言われた陛下という人は、私の記憶にある通り、美しく、儚げで強くすべてを思いのままにする私の母だった。ああ、そうこんな顔をしていた。


「ああ、私の子。生きていたのね。」


正気ではなかったけれど。今でも覚えている。茶髪のあの人と不貞をしていたのでしょう?愛してもいないあの人と。優しい、優しい私のお母様。


「はじめまして?」


だから、私は知らないフリをする。たとえ、母が私を苦しめても。



その日から、私は、母親と常にともにあった。お人形遊びも、愚痴を言うときも、罵倒されるときも。普段は優しい人だった。愛なのかわからない日々を過ごす。ただただ、微笑し、機嫌を取るように声を出す。お人形のように。


「私の子。ああ、お前は、私にちっとも似ていないわ。どうして、そんな醜いの。ねえ、どうして。本当の子はどこにいるの。私にそっくりな子は。きっと。ああ、私の子。あなたさえいなければ。本当の子といられたのに。」


醜い。お母様が死ぬまでに何度その言葉を聞いただろうか。8歳になるまでその言葉を聞き続けた。結局、お母様は自分に似ている子がほしかっただけなのだ。ただ、それだけ。生まれた子は、皆陛下に連れて行かれ、訪れることさえなくなった。陛下も、もう来ない。だから、彼女は、不貞をして、子供を授かろうとした。彼女の唯一を求めて。でも、残念。子供はいない。お母様はこうなると決まって


「あなたさえいなければ、愛する人は私のもとにいたのに。私は愛されるべき人なの。こんなの間違っている。あなたもそう思うでしょ。あなたは、私を愛してくれるわよね。」


そう言って、痛いほど、私を抱きしめる。泣きながら、すがりつくように。きっと、お母様はお母様で陛下を愛しているんだろうな。歪んだその愛は、行き場を失ったけれど。そして多分私は、その愛に救われてた。だから、せめて


「お母様、大好き。」


「ああ。そうよね。そうじゃなきゃ。私のことをわかってくれるのはあなただけよ。」


にっこり笑って、ただ見返す。うそ。そんなこと思っていないくせに。名前、呼んでくれないじゃない。


お母様は、段々と弱くなっていった。食事を十分に食べられなくなり、起きても、あまり元気ではない。私も、お母様の部屋から移され、使用人の部屋へと入れられた。お母様がいなければどうせ相手のされない私だ。醜く、汚いから。食事も減っていった。それでも、毎日、お母様の部屋へ行った。何をするでもなく、本棚の本でも取ってそばにいるだけ。もう、お母様の目は、私を写していなかった。うわ言のように。私二返事をするだけ。ただ、昔の話を良くするようになった。陛下が来てくれた日や、結婚式の日。段々と私のこともわからなくなっていくのだろう。それでも、最期まで。あの日のように、一人でいかせたくはない。お母様。わたし、これでも、お母様のこと大好きなのよ?


そんなとき、陛下が来た。あの侍女が何度も説得したのだという。あまり覚えていないけれど、これだけは記憶にある。お父様が来て、その日からお母様は起き上がれなくなった。私のことも、無視し始めた。何があったのか。前回はわからなかった。今は、今なら。


お母様の部屋に急ぐ。扉を叩けば、明るいお母様の声がした。「どうぞ」

ガチャ


「誰?あなた、ここは入ってははいけないところよ」


優しい。私の知らない、お母様がそこにいた。ああ、そうか、昔に戻ってしまったのね。最近は、昔話ばかりしていたから。私に気づいていないけれど、そっと近づいて挨拶をする。


「お母様、私です。あなたの娘の。静かにしているから、ここにいてもいい?」


「?よくわからないけれど、もうすぐ、陛下がいらっしゃるの。ここにいてはだめよ。」


コンコン。


「ああ。陛下だわ」


嬉しそうに微笑む。


「あ、あなた。仕方ないわね、クローゼットに隠れられる?」


「はい」クローゼットに入り込み、少しだけ、隙間を作る。


「どうぞ」


隠れた隙間から、陛下の顔が見えた。最後にわたしを軽蔑するように憎むように見ていた顔を思い出す。


「皇后。お前は、自分の立場を理解しているのか。」


開口一番きれいな顔を歪ませてそう言い放つ。


「ライモンド陛下?何をおっしゃっているのか。」


「お前が仕組んだのだろう。お陰でラリエットが悲しんでいるのだ。金輪際、私に関わるな。」


「え?」


「その何もわかっていないような顔が一番嫌になる。裏では汚いことばかりしているくせに。醜い。お前のことなど誰も愛しはしない。」


「あ、やめ」


お母様。どんどん追い込まれてる。違う。お母様は、なんにもしていない。だって、毎日いたもの。やめてよ。


「お前も、その豪華な服を着て満足しているだろう?これ見よがせに、そんな服を着て、何をしたいんだ。反吐が出る。」


「あ、ライモンド陛下…」


「だまれ、二度と、私の名を呼ぶな」


やめてよ。なんで、そんな事言われなきゃいけないの。ああ、そういうことだったの。あなたが。あなたが、お母様をあんなふうにしたのね。今お母様が来ている服は、陛下が送ったのに。お母様は、だから、狂ってしまったのね。


お母様が膝をつき、座り込む。静かに、クローゼットの扉を開け、お母様の側に駆け寄る。

そして、お母様を背中でかばい、前を向いた。ただただ、立つ。怖い。けれど。お母様はもう限界なのだ。二度目の人生なのに失敗はしたくない。でも後悔は二度としたくない。


陛下は、黙り込み、じっと私を見つめた。そして出ていった。


「お母様。」


呆然としていた。今ここにいるのは、何にもないお母様だ。


「どうして、  どうして、あの人を帰してしまったの?」


結局、お母様はあの人が一番か。苦しくなる。でも、いいもん。それでも、守るから。


<あなた、あなたがいなければーーーー


いつものように始まった。と思ったそれは、急に止まった。


「ごめん。ごめんなさい。こんなことを言いたいわけではないのに。私は、どうして。」


「お母様…」


きっと、お母様はとても優しくて皇后できれいだったのだろう。でも、とても弱いただの人間だったんだろう。


「ラティーナ。女の子が生まれたらそう名前をつけようと決めていたの。ラティーナ。私の子。」


お母様が、初めて名前を呼んだ。知らなかった。生みの親は私のことを名前では呼ばなかった。だから、誰が私の名前を決めたんだろうってずっと思ってた。お母様だったのね。でも、私は、本当の子じゃない。いっそもう話してしまおうか。


「お母様、私は、お母様の子供じゃ」


「いいの、わかっているわ。でも、もう何年も一緒にいたのよ。あなたは、私の子だわ。小さい頃から、あなたが連れてこられたときから。ずっと。あんなにちっちゃかったのに。大きくなって。小さい頃から、静かだったけれど、いつの間にか、所作もきれいになって。毎日、来てくれて。ああ、ごめんなさい。私、自分のことばかりで、ひどいことを言った。ひどいことを。」


「おかあさま。私のこと好き?」


「ええ、もちろんよ。ラティーナ」

お母様は、そう言って優しく抱きしめてくれた。一度目の記憶にある優しい優しい手。

愛しているか。そう聞く勇気はなかった。でも、それで十分だった。


二人で随分と泣いた。泣いて、泣いて落ち着いた頃。

「さて、ラティーナ。お母様はね、もう長くはないわ。だから、あなたのことをちゃんと守ってあげられないの。」

「わかってるわ。お母様。」

ふわっと笑ってお母様は皇后の顔になった。

「ラティーナ。ここは王宮よ。だから、あなたは王女になります。けれど、あなたにその意志がなければ言ってちょうだい。こんなところに閉じ込められる必要はないの。」

はっとする。お母様は、私を逃がそうとしてくれているのだ。陛下から、この道から。

「いいえ。お母様。私は、お母様が大好きです。この国を守っていたお母様が。だから、私は、王女としてこの国を守りたい。ここで生きている身として。」

お母様は、驚き、悲しそうな顔をして、仕方ないというように笑った。

「そう。なら、貫きなさい。これから、いろんなことが、多分私が想像できるよりもっと辛いことが待ち受けているわ。守られるなんて考えないこと。一つだけ、お母様と約束してちょうだい。」

「何?」

「もし、辛くなって、危なくなったら、逃げなさい。たとえ、王女としてすることがあっても、何があっても、命だけは、守りなさい。」

「はい!」

「お母様は、応援するわ。でも、私みたいになってほしくないの。強く、生きて。ラティーナ。あなたを巻き込んでしまってごめんなさい。」

「いいえ。お母様。私、私の人生が嫌だとは一度も思わなかったわ。」

憎いと思ったことはある。でも、私の人生を恨んだことは一度もない。

「あなたは、強い子ね。それでいて、まだ、幼いのね。子供時代を過ごさないで大人になったような。強いのに、とても、壊れやすい」

「お母様?」

「いえ、なんでもないわ。散歩でもしましょうか。今日は、気分がいいの。」

「はい!」


次の日から、お母様は、寝込んだ。近寄ってはいけないと侍女に言われたけれど、お母様が受け入れず、毎日そばにいる。その日の出来事。皇族としての務めに、振る舞い。普通の親子のような会話。何でも話した。ある日、一緒に寝ようと言われその日の夜。お母様は静かにいった。

かすかに、お母様がいっていた気がした。「愛しているわ」と。

お母様、私もよ。愛なんて信じない。でも、お母様のは本当の気がした。

子供のようなラティーナ。その心は、実は、8歳のまま。でも、知識と、経験と、思いが彼女を大人に見せている。 子供のような子供時代を過ごせなかったから子供というものを知らない。

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