Case48250:台湾有事発言時の会話
応援:蒼風雨静(3話~) 作;碧銀魚
2025年11月8日
『昨日、11月7日の衆議院予算委員会での、高市早苗総理による発言が物議を醸しています。
立憲民主党の岡田克也議員との質疑応答の中で、高市総理は「先ほど有事という言葉がございました。それはいろいろな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます」と発言しました。
この発言に対し、中国・大阪総領事の薛剣氏が「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか。」とのポストをX上に投稿、波紋が広がっています。
これまで、歴代政権は中国が台湾に武力攻撃を行った場合、日本の対応をどうするかを明言しない、いわゆる「あいまい戦略」をとってきており、そうすることで、中国や台湾との距離感を保ってきた。
しかし、今回の高市総理の発言は、その姿勢を翻すととられてもおかしくないものであり、中国本国による、強い反発が予想されます。
また―』
古色蒼然とした大きな日本家屋の一室で、部屋には不似合いな大きな液晶テレビからニュースが流れている。
そのニュースを一人の青年が眺めていた。
家屋宜しく、蒼の着流しを来た黒髪長身の優男で、ひょろっとした体躯は、冬の広葉樹を思わせる。
「事実は小説より奇なり、だねぇ。」
青年は画面を見て、ニヤっと笑った。
「お兄ちゃん、こっかいのにゅーす番組、終わった?」
そこへ、一人の少女がやってきた。
年の頃は小学校高学年くらいで、青年とは違い、可愛らしい洋服姿だ。愛嬌のある顔立ちで、背中まである黒髪をポニーテールにしてまとめている。
「ああ、司。」
青年は少女を見て言った。
司と呼ばれた少女は、テレビに目を遣ると、途端に詰まらなさそうな顔になった。
「なーんだ、にゅーす、まだやってるじゃーん!もういいよ!」
お兄ちゃんと呼ばれた青年は、その様子を微笑ましく見ている。
「ちょっと大事になりそうだから、ニュースでも繰り返しやっているんだよ。でも、僕にはこの退屈なニュースが、途轍もなく面白く見えたんだ。」
お兄ちゃんがそう言うと、司は不思議そうな顔をしながら、横に座った。
「何がそんなに面白いの?」
お兄ちゃんは、司を一瞥すると、テレビの画面の方に顔を向けた。
「司は中国と台湾という国がわかるかな?」
「知ってるよ!どっちも、日本のお隣の国だよね。」
司は無邪気に言った。
「まぁ、海は挟んでるけどね。日本の西側にある大陸にあるのが中国、日本の南側、沖縄諸島の先にあるのが台湾で、こっちは小さな島国だね。」
「学校の社会の授業でやったよー。地図で見たことあるから、場所とかはわかるよ。」
「じゃあ、話が早い。ところでこの中国と台湾、同じ国だと思う?違う国だと思う?」
「えっ?名前違うから、違う国じゃないの?」
司は可愛らしく小首を傾げた。
「それが微妙なんだよね。」
「びみょー?」
「ああ。台湾というのは、台湾島という島の名前からくる呼び方で、国名じゃないんだよ。今、台湾を支配している国は中華民国という国なんだ。略して中国。」
「ええ?じゃあ、大陸の方にあるのは?」
「中華人民共和国。略して中国。」
「どっちも中国なのに、違う中国なの??」
「そう、紛らわしいから、中華民国の方を、通称台湾って呼んでるんだよ。」
「へぇ~……でも、同じ中国ってことは、やっぱり同じような国か何かなのかな?」
この質問が出てくる辺り、司は話を理解しているようだ。
「司はまだ歴史の勉強をしてないだろうから、簡単に説明するけど、今現在、中華人民共和国がある場所に元々あったのは、中華民国なんだ。1912年に清という国がなくなって、作られたのが中華民国。日本が戦争で戦ったのも、実はこの中華民国の方なんだよ。」
「そうなんだ!中国と戦争したって学校で習ったから、今の中国なんだと思ってた!」
「そう考えると、中華人民共和国の方が、盛んに反日運動をしているのはおかしいんだけどね。で、その戦争が終わった後、今度は中国の中で争いが起こって、国が分裂。大陸の方には中華人民共和国ができて、争いに敗れた中華民国は、台湾島に逃げて、新たに政府を作り直したんだ。」
「じゃあ、やっぱり別の国なの?」
「それが難しいところでね。台湾側は独立国家だと主張しているし、中国側は中国は一つで、台湾は中国の一部に過ぎないと主張しているんだ。」
「じゃあ、ケンカしたまんまなんだ。」
「そういうこと。」
お兄ちゃんは頷いた。
「それで、にゅーすで何をずっと揉めてるの?」
「この前、なぜか総理大臣になった高市さんが、国会の答弁の中で台湾有事を、日本の存立危機事態だと言っちゃったんだ。それで、中国側が怒ってるんだよ。」
「たいわんゆうじが、そんりつききじたい?」
「簡単に言うと、もし中国が台湾に戦争を仕掛けたりしたら、日本にとっても危ないから、日本も自衛隊を使って戦うかもしれないって言ったってことかな。」
「えー!?日本は戦争しないんじゃなかったの!?」
司が素っ頓狂な声を上げた。
「一応、日本は憲法9条により、他国に宣戦布告をして戦うことはできないんだけど、2015年に安全保障関連法っていう法律が制定されてて、密接な関係な国とか、近所の国が戦争をして、日本が危なくなったら、自衛隊が他国に武力行使できるようになったんだ。」
「そうだったの?」
「知らない人は、案外多いけどね。」
お兄ちゃんはニヤっと笑った。
「じゃあ、中国と台湾が戦争始めちゃったら、日本も戦うの?」
「そういうこと。しかも、今回の高市さんの言い方だと、日本は台湾に味方する形になるから、中国が怒ったんだよ。」
「そっかぁ。でも、そんなに中国は怒ってるの?」
「中国の領事が、首を切り落とすって言ってるよ。」
「えー!そんなこと言ったら、自分がそうなっちゃうよ!」
司の暴言に、お兄ちゃんは苦笑いした。
「それは笑えないなぁ。まぁ、中国は人口がとにかく多いから、経済的に力を持ったものの、政治は上手くいっているとは、言い難いところが多いからね。だから、こういうタイプの過剰反応をしちゃうのも、今回が初めてじゃないしね。」
「でも、日本は中国とケンカしたら、困ったことになっちゃうじゃない。高市さんは、言っちゃいけないことを言っちゃったんだね。」
お兄ちゃんは、んー……と、考えてから、またニコリと笑った。
「それはどうかな?」
「えっ?」
司の動きが、突然静止した。
「確かに、日本にとって中国は大きな貿易相手だし、経済的な結びつきも強い。でも、その中国ともし仲違いしたら、日本の国がダメになるだろう?そんな状態を、日本政府がずっと維持するとも思えないんだ。」
「そーなの?」
「理由としては、急激な少子高齢化。中国は1979から2014年まで、一人っ子政策というのをしていて、子供の数を敢えて減らす国策を講じていた。その結果、現在は若者の数が極端に少なくなり、高齢者が大量にいる状態だ。今になって、結婚奨励だの、出産奨励だのの政策をやり始めたらしいけど、人口は減り始めているし、人数もインドに抜かれて、世界1位の座から転落している。この歪な人口構成だと、近い将来に深刻な多死社会になるのは確実で、下手をしたら国としてうまく回らなくなる可能性すらある。」
「じゃあ、そこに頼りっ放しだと、日本は危ないってこと?」
「その通り。だから、中国依存から脱却をしなきゃならなくなったので、日本中枢の誰かが着々と準備をしていたように思うんだ。その一つのアクションが、今回の失言にみせかけた発言だったんじゃないかな。」
「えっ……」
「高市さんに助言できる誰かが、ある程度準備ができた段階に差し掛かったから、ああいう発言をさせて、中国の出方を見たんじゃないかな。多分、中国が予想通りの反応を見せて、ほくそ笑んでいると思うよ、その誰かさんは。」
お兄ちゃんは皮肉っぽく笑った。
「えっと……お兄ちゃんはどうするべきだと思うの?」
司が無邪気に尋ねると、不意にお兄ちゃんが黙った。
そして、ゆっくりと司の顔を見詰めた。
「中国依存からの脱却に異存はない。ただ、やり方は考えるべきだね。」
そしてニヤリと笑う。
その迫力に、司の表情は凍り付き、額に冷汗が滲んだ。
「ど、どういう、こと?」
お兄ちゃんは画面に目を戻す。
「確かに、中国の国が傾いたら、日本が共倒れになるのは避けなければならない。加えて、台湾は現在、半導体のシェアトップだから、IT全盛のこの時代では、仲良くしておくに越したことはない。」
「うん。」
「だが、今現在中国企業との取引で生活が成り立っている人がいることも、考慮すべきだ。多分、ここまで挑発したからには、今までのパターンからいって、中国は日本への渡航禁止だの、日本製品の輸入禁止だのを言ってくると思うけど、それは決して好ましいことではないと、肝に銘じておくべきだ。」
「うん……」
司の表情が、若干引き攣っている。
「恐らく今回の計画の意図としては、昨今問題になっているオーバーツーリズム問題と、中国企業による、日本の土地や不動産の買い占めへ問題を、一緒に解決したいという魂胆もあるんだろう。確かに、中国を怒らせれば、どちらも一気に解決だから、よくこんな大胆な手を考えたもんだと感心するよ。」
お兄ちゃんは笑ったままだ。
「でも、それがなくなれば、食うに困る日本人もいることは、忘れちゃいけない。今時、中国人に与する非国民だから、それも仕方ないなんて言うわけにもいかないだろうしね。」
「で、でも、多少の犠牲がないと、問題は解決しないんじゃないかな?」
司はどこか慌ててそう言ったが、お兄ちゃんはまだ、笑ったままだ。
「そういう粗い政治に未来はないよ。政治なんて、いかに細やかに、そして全ての人々の為に政策を考えられるかが勝負なんだから。」
「そ、そうなのかなー……」
司は固唾を飲んだ。
「まぁ、そうは言っても、中国のやり方が目に余るところがあるのは事実だし、日本国民がその迷惑を被らないようにしなければならないのも事実だ。方向性は間違ってないけど、別に中国は日本にとって悪者というわけではないことは、念頭に置いておくべきだね。」
「……」
司は何も言わない。
「近い将来、中国が多死社会に陥った時、日本が救いの手を差し伸べて、恩を売るくらいが丁度いいんじゃないかな。人の恨みは買うもんじゃないが、売れる恩は、出来るだけ売っておくに越したことはない。まぁ、その誰かさんはそのくらいわかってるだろうけど。」
「……」
「そういう奴がいるから、この世の中は面白いよね。たまに、こちらの予想を大きく上回ることを起こしてくれる。おかげで、永く生きていても、退屈しない。」
お兄ちゃんは、実に愉快そうに言った。
「……そうだね。」
司は、若干無理のある笑顔で、答えた。
その時だった。
司が持つスマートフォンが鳴った。
「あっ、友達から電話だ。お兄ちゃん、ごめんね。」
「ああ、いってらっしゃい。」
司はバタバタと部屋から出て行った。
司はそのまま、自室に飛び込むと、スマートフォンの通話ボタンを押す。
「司令から緊急通知。被検体3861に台湾有事発言の件を察知された。」
司の顔には、はっきりとした焦りが滲んでいた。
「今回は拒絶はされていないが、予定していた強硬路線は危険になる可能性がある。ある程度、貿易や文化交流は維持しつつ、中国の国力低下時に、日本から手を差し伸べる形にシフトしていくように。」
そこで、司の顔が曇る。
「いや、台湾との関係は勿論維持だ。せっかく裏に手を回し、TSMCを熊本に誘致したんだ。中国の弱体化までのバランスは難しいと思うが、なんとしてもやり遂げる。以上だ。」
司は端的に伝達すると、スマートフォンの電源を切った。
そして、偽装の為に置いた、可愛らしいクマさん柄の椅子に腰を下ろす。
「大陸側が中華民国のままだったら、こんな苦労はなかったんだろうが……まっ、歴史に“もしも”はないか。」
司は溜息をついた。
そして、スマートフォンを、ベッドに放り投げた。




