Case48242:2025年自民党総裁選時の会話
応援:蒼風雨静(3話~) 作;碧銀魚
2025年10月4日
『本日、自民党本部にて13時から行われている自民党総裁選ですが、一回目の投票では過半数を獲得した候補者はいませんでした。
得票数は、小泉進次郎氏が164票、高市早苗氏が183票と、党員票で勝る高市氏がリードしています。
この後、得票数が最も高かった、小泉氏と高市氏で決選投票となります。
一回目の投票では、党員票で勝る高市氏がリードしていますが、事前の世論調査では、小泉氏が高市氏をリードしており、議員票でも小泉氏がリードしていることから、ジャーナリストや政治学者の間では、小泉氏の当選が確実との見方が広まっています。
小泉氏が自民党総裁に当選し、内閣総理大臣となれば、初代総理大臣の伊藤博文に次ぎ、史上二番目に若い総理大臣となります。
決選投票はもう間もなく―』
古色蒼然とした大きな日本家屋の一室で、部屋には不似合いな大きな液晶テレビからニュースが流れている。
そのニュースを一人の青年が眺めていた。
家屋宜しく、蒼の着流しを来た黒髪長身の優男で、ひょろっとした体躯は、冬の広葉樹を思わせる。
「事実は小説より奇なり、だねぇ。」
青年は画面を見て、ニヤっと笑った。
「お兄ちゃん、そーさいせんの番組、終わった?」
そこへ、一人の少女がやってきた。
年の頃は小学校高学年くらいで、青年とは違い、可愛らしい洋服姿だ。愛嬌のある顔立ちで、背中まである黒髪をポニーテールにしてまとめている。
「ああ、司。」
青年は少女を見て言った。
司と呼ばれた少女は、テレビに目を遣ると、途端に詰まらなさそうな顔になった。
「なーんだ、そーさいせん、まだやってるじゃーん!もういいよ!」
お兄ちゃんと呼ばれた青年は、その様子を微笑ましく見ている。
「一回目の投票で総裁が決まらなかったから、長引いているんだ。でも、僕にはこの退屈なニュースが、途轍もなく面白く見えたんだ。」
お兄ちゃんがそう言うと、司は不思議そうな顔をしながら、横に座った。
「何がそんなに面白いの?」
お兄ちゃんは、司を一瞥すると、テレビの画面の方に顔を向けた。
「司は自民党総裁選が何か、わかるかな?」
「日本で一番偉い政治家を決めてるんじゃないの?」
司は無邪気に言った。
「まぁ、間違ってはないかな。日本の政界には自民党っていう、最も人数が多い集団がいて、今回はその集団の新しいリーダーを決めてるんだよ。」
「それが、そーさい?」
「そう。一番大きい政治集団のリーダーだから、自動的に日本のリーダーになるっていうシステムなんだよ。」
「ふーん。でも、この前、自民党はしょーすー与党って言ってなかった?それでリーダーになれるの?」
「それを今回、何とかしたいんだろうね。」
「どうして?」
司は可愛らしく小首を傾げた。
「まぁ、これは日本人の悪い癖でもあるんだけどね。成果が出なかったり、何か悪いことをしたりしても、トップが変われば、それで納得しちゃうんだよ。」
「そうなの?トップ以外の他の人が一緒だったら、変わらないんじゃないの?」
この質問が出てくる辺り、司は話を理解しているようだ。
「その通りなんだけどね。なんか日本人は遥か昔から、この方法に騙されやすいんだよね。」
「そうなんだぁ。日本人はチョロイんだね。」
「言い得て妙だ。」
お兄ちゃんは頷いた。
「それで、自民党はリーダーを変えようとしてるの?でも、リーダーが変わっても、自民党の人数は変わらないから、しょーすー与党は変わらないんじゃないの?」
「ところがどっこい。変わっちゃうんだよ、これで。」
「えー?うそー!?」
司が素っ頓狂な声を上げた。
「今、優勢とされている小泉さんが総裁になった場合、連立している公明党に加えて、日本維新の会が連立に加わることが、既に予定されている。そうなれば、衆議院の過半数を超えるから、少数与党から脱することが出来るんだ。」
お兄ちゃんはニヤっと笑った。
「じゃあ、また与党が好き勝手できるようになるんだ!」
司の暴言に、お兄ちゃんは苦笑いした。
「まぁ、好き勝手って言い方が適切かどうかは別として、最近停滞していた政治は動き出すだろうね。」
「じゃあ、これで政治がスムーズになるんだね。よかった!」
お兄ちゃんは、んー……と、考えてから、またニコリと笑った。
「それはどうかな?」
「えっ?」
司の動きが、突然静止した。
「この前の参議院選挙の時に言ったけど、今回一時的に自民党を少数与党になったのは、何者かの思惑じゃないかと僕は考えている。理由は恐らく、国民の間で加熱していた物価高対策への拙速な給付金や減税への要求を、国民自身に却下させる為。」
「う、うん。」
「だから、それが終わった今、また多数与党に戻そうっていう段取りなんだろうけど、なかなかあくどいことを考えるなぁと思ってるよ、その誰かさんは。」
お兄ちゃんは皮肉っぽく笑った。
「えっと……お兄ちゃんはどうするべきだと思うの?」
司が無邪気に尋ねると、不意にお兄ちゃんが黙った。
そして、ゆっくりと司の顔を見詰めた。
「このまま、少数与党のままにすべき。少なくとも、国民が選挙で自民党を多数与党にすると選択するまでは。」
そしてニヤリと笑う。
その迫力に、司の表情は凍り付き、額に冷汗が滲んだ。
「ど、どういう、こと?」
お兄ちゃんは画面に目を戻す。
「理由はどうあれ、少数与党となった今の状態は、日本の政治のあるべき姿だと僕は思っている。」
「う、うん。」
「なぜなら、事実上大多数がいないから、あらゆる法案が議論の対象になるし、自民党が自分達に都合のいい法案を、官僚と結託して押し通すことも出来なくなっている。」
「うん……」
司の表情が、若干引き攣っている。
「確かに、政治は以前より停滞しているかもしれないが、国民の生活に致命的な打撃を与えるには至っていない。その程度には、日本の官僚は優秀だからね。官僚はしんどいかもしれないけど、ああいう超優秀な人間は、与党政治家と結託して楽させるより、働かせた方が日本の為だよ。」
お兄ちゃんは笑ったままだ。
「まぁ、国民の意志を妙な方法で謀った罰だ。」
「で、でも、やっぱり政治が進まなかったら、国民はそのうち困ったことにならないかなぁ。」
司はどこか慌ててそう言ったが、お兄ちゃんはまだ、笑ったままだ。
「いや、これが民主主義政治における、立法議論のあるべき姿だ。しばらくは、政治のあるべき姿で、真っ当に皆、頑張ればいいんじゃないかな。」
「そ、そうなのかなー……」
司は固唾を飲んだ。
「まぁ、もしこれで小泉さんが総裁になって、維新の会と連立して、自民党が多数与党になったら、僕はこれを企てた奴を許す気はないな。」
「……」
司は何も言わない。
「まぁ、その誰かさんは、僕の呟きなんて、聞いちゃいないだろうけど。」
「……」
「そういう奴がいるから、この世の中は面白いよね。たまに、こちらの予想を大きく上回ることを起こしてくれる。おかげで、永く生きていても、退屈しない。」
お兄ちゃんは、実に愉快そうに言った。
「……そうだね。」
司は、若干無理のある笑顔で、答えた。
その時だった。
司が持つスマートフォンが鳴った。
「あっ、友達から電話だ。お兄ちゃん、ごめんね。」
「ああ、いってらっしゃい。」
司はバタバタと部屋から出て行った。
司はそのまま、自室に飛び込むと、スマートフォンの通話ボタンを押す。
「司令から緊急通知。被検体3861は小泉氏の総裁選当選と、自民党の連立拡大による多数与党復帰を拒絶した。急遽予定を変更し、高市氏を総裁にした上で、少数与党体制を維持しろ。」
司の顔には、はっきりとした焦りが滲んでいた。
「なに?議員票は小泉氏と林氏が一位二位だったから、不自然になる?仕方がないから、麻生派に働きかけて、麻生派、茂木派、小林派の票を全て集めた形にしろ。世間的には麻生氏がキングメーカー復活と言われるだろうが、今回はやむを得ない。」
そこで、司の顔が曇る。
「公明党が離脱する?だから、それが目的だ。どうあっても、維新は自民党と連立するだろうから、少数与党に留め置くには、高市氏と相性が悪い公明党を連立離脱させるしかない。調整期間は、総理大臣は石破氏にそのまま勤めてもらえ。総総分離状態が長引くが、それも仕方がない。」
そこで再度、司の顔が曇る。
「なに?そんなに長引かせられない?だったら、何とかして10月中には決着を着けろ。以上だ。」
司は端的に伝達すると、スマートフォンの電源を切った。
そして、偽装の為に置いた、可愛らしいクマさん柄の椅子に腰を下ろす。
「少数与党が民主主義のあるべき姿、か……わかっちゃいるんだけどなぁ……」
司は溜息をついた。
そして、スマートフォンを、ベッドに放り投げた。




