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Case48205:令和の米騒動時の会話

作;碧銀魚

2025年5月27日

『政府備蓄米について、小泉農林水産大臣は、大手スーパー等からの申し込みが殺到したとして、全ての受付を、一時休止すると発表しました。

 令和の米騒動と呼ばれるようになった一連の騒動は、昨年8月頃に一時的な米の品薄状態になったことから始まりました。

 9月から新米が出回ったことで、流通は回復したものの、米の価格は上がり続けており、現在は5キログラム4285円と、過去最高を更新し続けています。

 それに伴い、政府は今年1月、価格の安定化の為、政府備蓄米の放出を決定しました。

 しかし、3月10日に1回目の入札があったにも拘わらず、現在も備蓄米は殆ど市場に流通しておらず、備蓄米を大部分がJA全農に放出されていたことと併せて、その方策に疑問と批判が集まっていました。

 そんな中、江藤前農林水産大臣が5月18日、佐賀市で行われた講演にて、「(私は米を)買ったことがありません。支援者の方がたくさん下さるので、まさに売るほどある。私の家の食品庫には」と発言。その後の釈明の不備もあり、21日に辞任に追い込まれました。

 石破総理大臣は後任に小泉進次郎を指定。

 小泉新農林水産大臣は、今月末に予定されていた4回目の入札を中止し、随意契約に切り替えると発表しました。

 農家からは―』



 古色蒼然とした大きな日本家屋の一室で、部屋には不似合いな大きな液晶テレビからニュースが流れている。

 そのニュースを一人の青年が眺めていた。

 家屋宜しく、蒼の着流しを来た黒髪長身の優男で、ひょろっとした体躯は、冬の広葉樹を思わせる。

「令和の世になっても、米騒動が起こるとはねぇ。」

 青年は画面を見て、ニヤっと笑った。

「お兄ちゃん、面白い番組やってた?」

 そこへ、一人の少女がやってきた。

 年の頃は小学校高学年くらいで、青年とは違い、可愛らしい洋服姿だ。愛嬌のある顔立ちで、背中まである黒髪をポニーテールにしてまとめている。

「ああ、司。」

 青年は少女を見て言った。

 司と呼ばれた少女は、テレビに目を遣ると、途端に詰まらなさそうな顔になった。

「なーんだ、またニュースじゃん。全然面白くなーい。」

 お兄ちゃんと呼ばれた青年は、その様子を微笑ましく見ている。

「そりゃあ、司は面白くないだろうな。でも、僕にはこの退屈なニュースが、途轍もなく面白く見えたんだ。」

 お兄ちゃんがそう言うと、司は不思議そうな顔をしながら、横に座った。

「何がそんなに面白いの?」

 お兄ちゃんは、司を一瞥すると、テレビの画面の方に顔を向けた。

「今ニュースでやってる、“令和の米騒動”って、何かわかる?」

「何となく……」

 司の年齢の少女には、確かに小難しい話だ。

「簡単に言うと、米が足りなくなって、そのせいで米の値段が高くなってしまった、ということが起こっている。それでみんな、米がなかなか買えなくなって、困ってるんだ。」

「あー、確かにお米高いって、みんな言ってるね。でも、何でそうなったの?」

 司は可愛らしく小首を傾げた。

「正確な理由はよくわからないらしい。きっかけは、去年の8月に南海トラフ地震の情報を政府が出して、いろんなものが品不足になった事件だったけど、他のものの流通はすぐに回復したのに、米だけは未だにこの状況だ。元々、米の生産量が足りてないって説があるけど、それだと凶作でもないのに、新米が出てもこの状況なのはおかしい。転売の為に誰かが買い占めてるって説もあるけど、米は嵩張るから、値段が2倍になるほど、どこかに溜め込んだら、バレると思うんだよね。今はみんなスマホを持ってるご時世だし。」

「じゃあ、何でお米が足りなくなったか、わからないんだ。」

「今のところね。」

 お兄ちゃんは頷いた。

「でも、そういう時って、政府が何とかするんじゃないの?」

「そうだね。ただ、政府は減反政策といって、長年田んぼを減らす政策をしてきたから、急に米を増やすほうに舵を切ることができないんだよ。」

「え?田んぼを減らしてたの?どうして?」

「端的に言えば、農家を守る為かな。高度経済成長時代から、日本人は米以外のものをよく食べるようになったから、米の消費量が減り続けてきたんだ。あと、人口も減ってきてるしね。でもそうなると、農家は米を作っても売れなくなるから困るわけだ。」

「そうだね。」

「なので、政府は田んぼを減らせば、補助金という形でお金を出すという政策をとった。更に、戦後出来たJAを使って、米の価格の統制を併せて行っていって、同時に農家を補助金で保護していった。これで、農水族と呼ばれる議員とJAと米農家の間で、鉄壁の利権が成立し、同時に米余りを解消していったんだ。」

「JAって、なんなの?」

「農業協同組合の通称。農協ともいうね。簡単に言うと、農業をする人を支援をする為の組合なんだけど、政府との繋がりが強いから、農業関係のいろんなコントロール機能を持っていると言われている。農水族の政治家にとっては、大事な天下り先の一つだね。」

「へぇー……」

 司は首を傾げている。

「とにかく、日本の稲作はそういう鉄壁の利権で出来上がっていたんだけど、ここ数十年、それが経年劣化でだいぶガタがきていたんだ。」

「ガタ?」

「そう。具体的には、時代の流れで農業が儲からなくなってきたのに、JAと農水族議員の利権はそのままだったから、農家がおいしい仕事じゃなくなったんだよ。バブル崩壊後のデフレ経済で、米を含む農作物の価格が安くなった。でも、不景気下で農作物の値上げが起きると、農水族議員は選挙で負けるから、JAを通じて、価格は安いままに抑えさせる。そうなると、農家はせっかく作った作物をJAに安く売らざるを得なくなる。だから、農家は儲からず、離農する人が増えて、残る農家も高齢化していっている……それが現状だね。」

「そっかー、儲からない仕事を、若い人がやろうと思わないもんね。」

「そういうこと。」

 お兄ちゃんは溜息混じりに頷いた。

「じゃあ、実はお米って、結構前からやばい状態だったの?」

 司は確信を突いた質問をしてきた。

「そうだね。」

「でも、去年急にお米はなくなったんだよね。どーして、そーなったのかぁ。」

「問題はそこだよ。」

 お兄ちゃんはニヤっと笑った。


「これはもしかしたら、危機的な状況で膠着している農政を何とかする為の、一世一代の大芝居だったかもしれない。」


 途端に、司の表情は凍り付き、額に冷汗が滲んだ。

「えっと……どういうこと?」

「さっきも言ったけど、今の米農家は政府及びJAに米価格を決められているから、儲からない状態になっている。だから、この状況を打破する為には、米農家が儲かる仕事にするのが、一番手っ取り早いわけだ。」

「……うん。」

「そこで、農水族とは別の政府内の勢力が、一計を案じることにした。どこか、バレないところに米を大量に隠し、価格を無理やり上げるという手に出たわけだ。」

「……それで?」

「当然、農林族議員は対抗策として、備蓄米放出という手段に出た。だが、農水族議員はやはりJAを通して備蓄米を出そうとするから、そこで目詰まりしてしまった。それすらも、別勢力の計算の内だったんだ。」

「……そんなことが、あるの?」

「ああ。しかも折よく、農水族だった前農林水産大臣が失言で失職。新しい大臣に代わった瞬間に、JAを流通から排除して、随意契約の形で備蓄米を放出して、米の流通システムそのものを変えるきっかけを作ることに成功したわけだ。」

「……」

「あまりにも、失言のタイミングが良すぎるから、もしかしたら、前の大臣にも、実は別勢力の息がかかってたのかもね。何かの代価と引き換えに、わざとあんな失言をしたのかも。」

「……」

 司は何も言わない。

「これで米の価格は6月以降、ある程度下がるだろう。だけど、今回の一件で、米作りと流通への問題意識が国民に深く根付いたことと、米の適正価格への意識が芽生えたから、以前のような格安にはならないはず。いやー、うまいことやったよね。」

 お兄ちゃんは皮肉っぽく笑った。

「それにしても、恐ろしいのは、今回米を隠した、政府内の別勢力だよね。さっきも言ったけど、ここまで米不足にするには、相当量の米を流通から隠さなきゃならないから、組織立って動いてるんだろうけど……何と言うか、やり方がアクロバティックだよね。」

「……そんな人達がいるんだね。」

 司がようやくつぶやいた。

「そういう奴がいるから、この世の中は面白いよね。たまに、こちらの予想を大きく上回ることを起こしてくれる。おかげで、永く生きていても、退屈しない。」

 お兄ちゃんは、実に愉快そうに言った。

「……そうだね。」

 司は、若干無理のある笑顔で、答えた。

 その時だった。

 司が持つスマートフォンが鳴った。

「あっ、友達から電話だ。お兄ちゃん、ごめんね。」

「ああ、いってらっしゃい。」

 司はバタバタと部屋から出て行った。



 司はそのまま、自室に飛び込むと、スマートフォンの通話ボタンを押す。

「司令から緊急通知。被検体3861に米の件を勘付かれた。以降の作業は慎重にするように。」

 司の顔には、はっきりとした焦りが滲んでいた。

「大臣交代と同時に、備蓄米が流通する準備は出来た。後は、それに合わせて少しずつ、我々が保管している米を市場に流出させ、最終的に5キログラム3000円台で安定させろ。以上だ。」

 司は端的に伝達すると、スマートフォンの電源を切った。

 そして、偽装の為に置いた、可愛らしいクマさん柄の椅子に腰を下ろす。

「米が日本人の主食だからって、いつまでも利権に貪りつきやがって……てめぇらが本来やらなきゃならないのは、国民の食の安全と安定を守ることだろうが。」

 司は溜息をついた。

 そして、スマートフォンを、ベッドに放り投げた。

不定期連作短編陰謀論小説、『被検体3861経過観察報告書』の2話目「Case48205:令和の米騒動時の会話」を投稿しました。


人気があったら続きを書くと、宣言しましたが、結局関係なく書きました(笑)

まぁ、PVが100近くはついたので、人気があると判断しました(笑)


今後も気が向いたら、書いていこうと思います。

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