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Case48201:トランプ関税発動時の会話

作;碧 銀魚

2025年4月10日

『アメリカのトランプ大統領は、日本時間の本日未明、昨日発動させたばかりの相互関税について、「90日間の一時停止を許可する」と発表しました。

 アメリカの関税措置に関しては、4月5日にすべての国や地域を対象に、一律で10パーセントを課す措置が既に発動されており、更に国や地域ごとに異なる税率を上乗せする形で設定することが発表されていました。

 日本は24パーセントの相互関税を課せられることが発表されており、他の地域では、EUが20パーセント、韓国が25パーセント、台湾が32パーセント、ベトナムが49パーセント、カンボジアが49パーセント、イギリスは10パーセント、対抗措置をとった中国は84パーセントと、などとなっています。

 米東部時間9日午前0時1分、追加関税は予定通り、全面発動しましたが、わずか13時間後の米東部時間9日午後1時18分、トランプ大統領は自身のSNSで、90日間の一時停止を発表しました。

 専門家によると、今回の―』



 古色蒼然とした大きな日本家屋の一室で、部屋には不似合いな大きな液晶テレビからニュースが流れている。

 そのニュースを一人の青年が眺めていた。

 家屋宜しく、蒼の着流しを来た黒髪長身の優男で、ひょろっとした体躯は、冬の広葉樹を思わせる。

「事実は小説より奇なり、だねぇ。」

 青年は画面を見て、ニヤっと笑った。

「お兄ちゃん、面白い番組やってた?」

 そこへ、一人の少女がやってきた。

 年の頃は小学校高学年くらいで、青年とは違い、可愛らしい洋服姿だ。愛嬌のある顔立ちで、背中まである黒髪をポニーテールにしてまとめている。

「ああ、(つかさ)。」

 青年は少女を見て言った。

 司と呼ばれた少女は、テレビに目を遣ると、途端に詰まらなさそうな顔になった。

「なーんだ、ニュースじゃん。全然面白くなーい。」

 お兄ちゃんと呼ばれた青年は、その様子を微笑ましく見ている。

「そりゃあ、司は面白くないだろうな。でも、僕にはこの退屈なニュースが、途轍もなく面白く見えたんだ。」

 お兄ちゃんがそう言うと、司は不思議そうな顔をしながら、横に座った。

「何がそんなに面白いの?」

 お兄ちゃんは、司を一瞥すると、テレビの画面の方に顔を向けた。

「今ニュースでやってる、“トランプ関税”って、何かわかる?」

「何となく……」

 司の年齢の少女には、確かに小難しい話だ。

「簡単に言うと、アメリカが外国から何かを買う時に、料金にプラスしてお金がかかるっていう決まりを、あのトランプっていうおっちゃんが作ったんだよ。」

「トランプ?」

「今年から、アメリカで一番偉くなったおっちゃん。正確には、今年再び、かな。」

「ふぅーん。でも、トランプおっちゃんは、何でそんなことしたの?」

 司は可愛らしく小首を傾げた。

「アメリカは今、色々調子が悪いんだけど、それは外国が沢山ものを買わせてくるから、って、トランプおっちゃんは言ってるんだ。」

「そうなの?」

「そのくせ、外国はアメリカのものを買ってくれない。だから、アメリカは外国からものを買うばかりになっていて、それでお金がなくなっている。そこで、その取引にお金がかかるようにして、外国がアメリカにものを売りにくくすると同時に、それでも売ってきたら、料金を取る仕組みにしたんだ。」

「へぇ~、これが“トランプ関税”なの?」

「そういうこと。」

「でも、そんなことしたら、外国の人達は困らないの?」

 この質問が出てくる辺り、司は話を理解しているようだ。

「うん、凄く困る。だから、みんななんとかして、止めさせようとしたんだけど、トランプおっちゃんは話を聞いてくれなくてね。昨日、関税を始めちゃったんだ。」

「えー?じゃあ、日本もアメリカにものを売りにくくなっちゃったの?」

 お兄ちゃんは頷いた。

「ああ……そうなったんだけど、1日も経たない内に、ストップしちゃった。」

「えー?何でー?」

 司が素っ頓狂な声を上げた。

「それが、よくわからないんだ。」

 お兄ちゃんはニヤっと笑った。

「日本を含む外国の政治家や専門家は、トランプ関税を始めたら、アメリカはもの不足になって、景気が悪くなるって言ってたんだ。それと、ちょっと難しい話になるけど、アメリカのダウ平均株価が暴落すると見られていた。」

「ダウがぼーらくすると、どうなるの?」

「簡単に言えば、アメリカの企業の価値が下がるんだ。これは、結局アメリカからお金が外へ出て行ってしまうことを意味している。」

「えー?じゃあ、結局ものを買うのを止めても、お金がなくなっていくんじゃないの?」

「ところが、トランプおっちゃんは、これをすると、お金がどんどんアメリカに入ってくるって、主張してた。で、それを強行したわけ。」

「えー?頭おかしいんじゃないの?」

 司の暴言に、お兄ちゃんは苦笑いした。

「流石に、アメリカの一番偉い人は、そこまでバカじゃないよ。トランプ関税の本当の狙いは、アメリカ国債だ。」

「こくさい?」

 司は首を傾げた。

「国債っていうのは、国の借金のこと。基本的に、株価と国債の価格は反比例の関係にある。つまり、株価が下がれば、国債の価格は上がる。」

「なんで?」

「株に比べて国債の方が信用できるから。なんて言ったって、国が価値を保証してるわけだからね。だから、トランプおっちゃんが関税をぶち上げたら、株価は暴落しても、国債が沢山買われて、アメリカの国自体には、大量のお金が入ってくるという絡繰りだ。」

「へぇ~、よく考えられてるね。」

「猪口才だけどね。」

 お兄ちゃんは皮肉っぽく笑った。

「じゃあ、何で止めちゃったの?」

「理由は簡単。予想してたお金が入ってこなかったからだ。」

 司はえっと驚いた。

「どうして?」

「株価が下がったのは、予想通りだったけど、同時に国債の価格も下がるという、怪奇現象が起きたんだ。」

「怪奇現象……」

「そう。さっきも言った通り、本来なら株価が下がれば、国債が買われ、価格が上がるはずだ。ところが、今回は株価が下がると同時に、国債も暴落したんだ。これで、アメリカからは、途轍もない金額の金が、毎秒出て行く形になり、せめて株価だけでも食い止めようと、トランプ関税の一時停止が発表された……というわけだ。」

「へぇ~、何でそんなことが起きたんだろうね?」

 司が無邪気に尋ねると、不意にお兄ちゃんが黙った。

 そして、ゆっくりと司の顔を見詰めた。


()()()()()()()()()()()。」


 そしてニヤリと笑う。

 その迫力に、司の表情は凍り付き、額に冷汗が滲んだ。

「ど、どういう、こと?」

 お兄ちゃんは画面に目を戻す。

「具体的に誰が何をしたかはわからない。でも、作為的に何かされたのは間違いないと思う。」

「……」

「僕の浅はかな知識で推察するなら……世界中の金持ちに働きかけられる“誰か”が、トランプ関税を止める為に、関税発動のタイミングで大量に所有しているアメリカ国債を売って暴落させるように仕向けた、くらいかな。」

「そ、そんなこと、あり得るの?」

 司の表情が、若干引き攣っている。

「勿論、アメリカ国債は個人だけでなく、国も持っているけど……いや、違うな。国が大量に売ったら、流石にマスコミが勘付く。未だに出所がわかっていないということは、少なくともマスコミに嗅ぎ付けられない個人か、せいぜい企業が売ったんだろうな。」

「そうなんだ……でも、そんなこと出来る人が、本当にいるの?」

「ああ、それが怖いよね。」

 お兄ちゃんは笑ったままだ。

「そうだよね、アメリカって世界一強い国だよね?それにこんな影響を与えられる人なんて、本当にいたら、怖すぎるよね。」

 司はどこか慌ててそう言ったが、お兄ちゃんはまだ、笑ったままだ。

「勿論、それも怖いけど……それより、恐ろしいのは、こんなルールの穴を突くような形で、トランプおっちゃんの足元を掬った点かな。」

「……どういうこと?」

 司は固唾を飲んだ。

「トランプ関税が発表された時点で、こういうカウンターが存在するという報道は一つもなかったし、少なくとも僕は思いつきもしなかった。それに気付き、素早く実行に移している、この機転と行動力は、驚嘆に値するね。」

「そう、かな。」

「だって、相手はあのアメリカ大統領だよ?その足元を掬うなんて、とんでもない奴だよ。」

「……」

 司は何も言わない。

「そういう奴がいるから、この世の中は面白いよね。たまに、こちらの予想を大きく上回ることを起こしてくれる。おかげで、永く生きていても、退屈しない。」

 お兄ちゃんは、実に愉快そうに言った。

「……そうだね。」

 司は、若干無理のある笑顔で、答えた。

 その時だった。

 司が持つスマートフォンが鳴った。

「あっ、友達から電話だ。お兄ちゃん、ごめんね。」

「ああ、いってらっしゃい。」

 司はバタバタと部屋から出て行った。



 司はそのまま、自室に飛び込むと、スマートフォンの通話ボタンを押す。

「司令から緊急通知。被検体3861に国債操作の件を勘付かれた。以降の介入は中止とする。」

 司の顔には、はっきりとした焦りが滲んでいた。

「取り敢えず、関税は90日の一時停止となっている。あとはその猶予を使って、各国の首脳陣に何とかさせろ。以上だ。」

 司は端的に伝達すると、スマートフォンの電源を切った。

 そして、偽装の為に置いた、可愛らしいクマさん柄の椅子に腰を下ろす。

「トランプおっちゃん、いい加減にしろよな……」

 司は溜息をついた。

 そして、スマートフォンを、ベッドに放り投げた。

読んで頂き、ありがとうございます。

知り合いに「トランプ関税って、何で中止になったの?」と訊かれたので、分かり易くする為に、ホラ話を交えて説明したところ、「面白かったから、小説にして」と頼まれて、書いたのが本作です。

それで書いて持って行ったところ、「活字は読まない主義」とのことで読んでもらえず、ここに投稿する流れになりました。

少しでも面白いと思ってくれた方、作者が哀れだと思ってくれた方は、評価して頂けると嬉しいです。

反響があれば続きを書くかもしれないので、一応、連載扱いになっています。

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