第9話
入院生活では比良田のテープが定期的に届いたので退屈しなかった。
それから数度の検査を挟んで三週間後。
ようやく動けるようになった俺はレコーダーを片手に退院する。
まだ松葉杖をついている状態だが、ひとまず生活はできるレベルだろう。
入院費は宝くじの百万円でちょうど支払うことができた。
これも比良田の計算通りと思われる。
退院した俺は、その足で比良田のいる場所へと向かう。
直接会うという約束だったからだ。
ここまで酷使された以上、顔を見ながら文句を言ってやらないと気が済まない。
最寄りの駅に着いた俺は、再生中のレコーダーに話しかける。
「ちゃんと約束を守ってくれるんだな。誤魔化される可能性も考えてたんだが」
『ひどいな。君と違って私は誠実なんだ』
「誠実な奴は赤の他人を金で釣って悪霊にぶつけねえだろ」
『……はは、そうかもね』
比良田は意味深に笑う。
それについて尋ねる前に道案内が再開した。
『私はこの先にいるよ』
駅を抜けて住宅街をひたすら進む。
指示通りに移動すること数分。
辿り着いたのは小さな墓地だった。
道はそこで途切れており、他に行ける場所はない。
俺は顰め面で問いただす。
「おい。どういうことだ。ジョークのつもりか?」
『私はその角だ』
比良田は淡々と指示を続けた。
仕方ないので俺は墓地内へと入る。
指定された墓石には「比良田家之墓」と刻まれていた。
「こ、これは……」
『察しの通り、私は故人だ。テープの音声は生前に予知して録っている。最初に封筒に遺書と書いていたのも、そういうわけだね』
「なぜ俺を選んだんだ」
『実は君と私は遠い親戚関係でね。霊感ゼロは便利だから注目していたんだよ』
比良田は次々と事実を明かす。
いずれも嘘か本当か確かめる術はないが、おそらく真実なのだろう。
『比良田家は予知能力者の一族でね。未来で発生する災いを察知し、それを関係者に伝えることで食い止めるのが役割なんだ』
「お前みたいな奴が他にもいるのか?」
『そうだね。君の生きる時代にも存命の比良田はいるし、きっと未来の脅威を知って記録を残しているところさ』
「…………」
俺は何も言えず黙り込む。
比良田は少し皮肉った口調で質問を投げてきた。
『というわけで、私の遺骨はここにある。約束通りに会えた感想は?』
「……別に。何もねえよ」
『つまらない反応だね。もっと驚いてくれてもいいじゃないか』
「スケールがデカすぎて頭が追い付いてないだけだ」
俺は大きく息を吐いて髪を掻く。
思考の整理が付かない。
ずっと喋ってきたこいつが既に死んでいるという事実を受け止め切れないのである。
そんな俺を差し置いて、比良田は世間話のように話題を変える。
『ところで君さえよければ、他にも頼みたいことがあるのだが。もちろん報酬は支払うよ。今回の一件で一億円が入るわけだから、現金以外で用意しよう』
「俺が引き受けると思うか?」
『予知によると、比良田家に興味を持った君は承諾してくれるそうだ』
比良田の指摘に俺は笑う。
そして墓の前に煙草の箱を備えると、踵を返して駅に戻り始めた。
「さっさと次の遺書を持って来い」
『そう言うと思って事務所に郵送してあるよ。さっそく取りに行こう』
奇妙な予知能力者とのゴタゴタはまだまだ続きそうだ。